昼寝ネコの雑記帳

平日なのに、昼間から酒宴で賑わっていた

Bill Evans Trio - Lucky to be me

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 午後2時を過ぎた頃だったろうか。あるメールアカウントから、メール送信ができなくなったため、アップルサポートに電話して、相談していた。その最中に携帯に着信があった。見ると恵美ちゃんからだった。中学校の同窓会を仕切る豪傑女性だ。やけに騒がしい場所からだったが、「電話サポート中なので、かけ直すから」とだけいって電話を切った。

 サポートが終わったので、電話をかけた。すると、神奈川在住の同窓生が集まる、呑兵衛会の最中だという。道理で騒がしかった訳だ。恵美ちゃんがいうには、私がいつも仕事で欠席するので、今回は案内しなかったそうだ。ところが、みんな私の声を聞きたいというので、電話をかけてきたらしい。私はそんな人気の高い人間ではなかったのに、不思議なものだ。恵美ちゃんは電話の向こうで大声を出し、「ほらみんな、○○君だよ」と叫んだ。入れ替わりで何人かの男性と話をした。名乗られても、名前に記憶はあるのだが、顔も何も思い出すことができない。しかし、そうはいえないので、いやぁ懐かしいね、半世紀ぶりだね、といってお茶を濁した。

 最後はまた、恵美ちゃんが電話に出た。仕事の様子を訊かれたので、日頃考えていることを少しだけ伝えた。すると突然、大声で笑い出した。真面目な内容の話をした私が、半世紀前の当時の私と較べて、あまりにも似つかわしくないと思ったからなのだろう。一瞬は、怪訝に思ったのだが、半世紀以上前の中学生だった私は、完全にはみ出し・規格外の人間であり、間違ってもまともな発言をすることがなかったのだろう、と思い至り、納得した次第だ。

 そうなのだ。当時の私は人間的に下等であり、決して高尚な発想をせず、気まま気まぐれに生きる人間だった。あの当時の私しか覚えていない恵美ちゃんは、今の私も当時と同じ下等な人間だと考えているのだろう。しかしふと考えてみた。では、今の私は高貴で高等な人間になっているのだろうか。改めて考えるまでもなく、答えはノーである。人間の本質なんて、そう簡単に変わるものではない。

 いや、全く変わっていないという事はないだろう。半世紀という長い時間をかけ、いろいろな経験をし見聞を広げ、その結果今日の私がある。少なくとも、無節操な中学生時代と比べれば、ある程度の変化や成長があったと自認している。むしろ、何も変化していなければ、それこそ天然記念物なのではないかと思う。

 巷間には、スペシャリストという言葉とゼネラリストという言葉がある。スペシャリストは文字通り専門家であり、その分野に関しては隅々まで熟知している。改めていうまでもなく、私はどの分野の専門知識も持っていない。したがってスペシャリストではない。しかし、屁理屈をこねるようだが、今私がしようとしている事は先人が存在しない分野である。その意味では、その新しい分野でのスペシャリストになろうと努力している。手引きもマニュアルも存在しないので、勘という名の羅針盤を頼りに進めるしかない。

 なかなか思い通りに進まず、堂々巡りのように思えて自信がなくなることもある。そんな時は、まるで廃人のように、何もせず何も考えず、大地に背中をつけて、天を仰ぎたくなる。分不相応なことをしようとしているのではないかと、立ち止まってしまうこともある。

 改めて、半世紀も前の青春時代の自分自身を思い出し、今の自分と比較対照してみる。明らかにいえる事は、ずいぶん私利私欲が薄れてしまい、思考そのものからも贅肉が削げ落ちているように思う。ほとんど自分のことしか考えなかった人間が、今ではほとんど他者のことを考えるようになっている。とても大きな変化である。

 虚々実々の言葉が錯綜し、気を許すことのできない時代を、私たちは生きている。さすがに人の好い日本人が、これまで通り人を疑わず、何でも鵜呑みにすることは極めて危険な時代になっているといわざるを得ない。そんな時代にあって、無私無欲で私利私欲のない人間には、どれほど高い価値があるだろうか。自分のことよりも他人のことを大切に考え、正直に誠実に思いやる人間の存在が、どれほど希少で尊いだろうか。

 もし私が今日、このような話を恵美ちゃんに電話で話したら、大笑いするのを通り越し、精神に異常を来したと考えて救急車を呼ぶだろうと思う。半世紀前には、かくも下等な人間だった私が、50年以上の長い熟成期間を経て、このような形而上学的発想を思い浮かべるなど、まさに奇跡なのではないだろうか。同窓生の皆はおそらく、私に出家を勧めるのではないかとすら思う。

 毎日時事速報を発信している、ちはやさんのブログ「徒然なるままに」を読んでいたら、興味深い文章が目に留まった。


 いよいよ追いつめられているのだとは思うが、最後まで予断が許さないのが、国際政治の世界だと思う。しかし、北朝鮮の内情をあれこれ見聞すると、これ以上の悲惨な状況を国民の皆さんに背負わせるのは、実に忍び難いことである。この国家元首の土下座が、神学的終焉の始まりであってくれるよう、願っている。

 そう思わないかい?恵美ちゃん。・・・恵美ちゃんは、このブログのことはまったく知らない・・・はずだ。


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by hirune-neko | 2018-06-08 23:23 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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