昼寝ネコの雑記帳

二つの選択肢を前に、思い悩んでいる

"Adagio en Sol menor" - Tomaso Albinoni - "European Jazz Trio" - HD

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 昨日はご心配をおかけしたが、手先の症状は元に戻ったのでご安心いただきたい。ご心配にお礼申し上げる。

 過日、ブログ読者のcausalさんが投稿してくれた折に、また何かいい音楽を教えてください、とお願いした。数日後に送ってくださったのは、

♪アルビノーニ:《弦楽とオルガンのためのアダージョ》 ト短調
 
 それと、この曲をジャズトリオで演奏したものの2曲だった。

♪"Adagio en Sol menor" - Tomaso Albinoni - "European Jazz Trio" ?

 どちらも捨てがたいが、ジャズ演奏は珍しいので、そちらを掲載紹介した。

 二つの選択肢を前に、思い悩んでいるというのは、別の案件である。2年前に亡くなった母が遺した短歌が、2千首近くある。ノートやチラシの裏に手書きで書いた原稿なので、最後までお世話をしてくれたケアマネージャーの女性に相談し、お姉さんに「読める字」で書き直してもらった。それを、ケアマネージャーの息子さんが仕事の合間にテキストデータ化してくれていたのだが、ようやく作業が完了したという連絡があった。

 短歌集は以前に出版したことがあるので、要領は分かっているつもりだ。問題は母の遺稿作品集に私がどのように関わるかだ。奥付の発行人には私の名前が記載される。しかし、お手伝いしていただいた皆さんに、なんの説明も謝辞もなしに書籍化するわけにはいかない。

 そこで、母の生い立ちや出版するに至った経緯を、どの名前で説明すべきか迷っている。2年以上遅れた香典返しとして送る相手もいるので、昼寝ネコの名前で書くと、誰だ、こいつは?となってしまうと思う。しかし、親子といえど、創作領域に関わる文章は、やはり昼寝ネコとして書きたいという願望がある。

 第三者から見れば、何をそんなにこだわる必要があるのか、と思われるに違いない。まあ、今から早計に結論を出さず、編集作業を続けながらじっくり考えようと思う。

 書名に使う候補名は「短歌集・名もなき歌人の遺せし歌」、だろうと思っている。若き頃からの苦難の日々を、三十一文字に託して昇華させながら、心の重荷に耐えた。文字通り、母の人生の足跡である。存命中に、歌集の出版について話すと、人に見せられるような内容ではないので、自分が死んだらそのまま廃棄するように、といった。しかし、それは本心ではないことは分かっていた。

 壮絶な人生、家庭環境の中で、小さい頃の私を守り、その後も成長を見守ってくれた母に対する、私からのせめてもの感謝のメッセージとして、出版したいと思っている。

 戦後の時代から相当の年月が経過したが、人間が味わう辛酸、艱難はどの時代にも存在する。たまたま母の遺作を読み、心に励ましを受ける人が一人でもいてくれれば、母も喜んでくれるのではないかと思う。すべての作品に目を通してはいないが、悲壮、絶望、苦渋に満ちた作品のはずである。晩年近くになって、ようやく草花を題材にした達観し、枯れた作品を作るようになったようだ。

 多くの、親切で愛情溢れる皆さんの、親身なお世話によって、長年の不幸という固定観念が氷解したのは、亡くなる数ヶ月前のことだった。私の顔を見ると、ずっと不幸な人生だったというのが口癖だった。しかし、脳に転移したガンのせいで歩けなくなり、寝たきりの床で、「私は今、幸せだ」と、涙を流しながらいうのを聞き、私自身も、多くの皆さんの、私心のない心からの親身な愛情に対し、改めて感謝の気持ちを抱いた。

 短歌の別称である「三十一文字」・みそひともじ。サーティーワン。まるでアイスクリームのような名前だが、そんなギャグは間違っても使えない。もしどこかで使おうとしたら、母はきっと夢枕に現れて、「お前がそこまで親不孝息子だとは思わなかったよ、情けない。死んでも死にきれないよ」というだろう。

 残念ながら、私には短歌の才がない。今さら勉強したいとも思わないが、気が向いたら作ることがあるかもしれない。

 亡き母の 遺せし歌を まとめんと まず手始めに サーティーワンかな

 ・・・今晩にでも、母が夢枕に立つかもしれない。


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by hirune-neko | 2018-06-05 01:15 | 創作への道 | Comments(0)
<< ようやく脳内クールダウンをしている なんとか正常に戻ったようだ >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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