昼寝ネコの雑記帳

心を澄ますときに、清流が心に流れ込んでくるかのようだ


Bill Evans plays "I Love You, Porgy”

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 今、世界で一番不安と怖れを感じている人には、どんな人がいるだろうか。誰にでも多かれ少なかれ、不安と怖れはつきものだろうと思う。

 ここ数日、米朝会談を中心とする情報が飛び交っている。驚いたことに、南北朝鮮の和平交渉の延長線上には、両首脳のノーベル平和賞受賞が描かれているという。核ミサイルで国際社会を恫喝していた張本人が、ノーベル平和賞で自尊心をくすぐられ、懐柔されつあるのだろうか。それとも、それが格好の退路なのだろうか。

 私は何十年も前に、成田からソウル経由の飛行機でアメリカに向かう途中、突如飛行機が飛ばなくなり、ソウルのホテルに一泊を余儀なくされたことがある。韓国の土を踏んだのは、後にも先にもあの一度だけである。北朝鮮には足を踏み入れたこともない。皆目想像もつかない国ではあるが、脱北者の話や現地の若人の本音を読むならば、決して安泰の独裁国家ではないように思う。

 想像するに、北朝鮮に対するアメリカからの圧力は、本気で相当なものだろう。金正恩委員長は、国を留守にするとクーデターが起きることを懸念していると聞いている。自分に対する暗殺未遂も、何度か経験しているようだ。正確な人数は把握していないが、兄弟や親族を含むかなりの人たちを粛正してしているというのも、事実だろう。直接接する周りの人たちからは、ちやほやされているかもしれないが、北朝鮮の一般の人たちの本心はどのようなものだろうか。餓死寸前まで追いつめられた農民が、農耕用の牛を屠殺して食用にして死刑になったこともあるようだ。現在も、兵士ですら劣悪な食糧事情にあるらしい。再び餓死予備軍が、相当数控えているのかもしれない。

 そのような北朝鮮と対峙するアメリカ、中国、ロシア、韓国、そして日本は、北朝鮮の窮地をいかに自国の国益に結びつけるか、という政治的な発想で様々な駆け引きをしているのだろう。

 私はどの国の政権とも完璧に無関係だが、韓国を除く各国首脳はとっくに北朝鮮を見切り、いかに自国に有利な環境を作るかに腐心しているように思う。韓国の文在寅大統領は別で、北に対してはどうやら強烈な同胞意識があり、強い融和感を持っているように見える。過日、英語だけのミーティングに出席したが、司会者は韓国人男性だった。間接的に聞いたのだが、その男性は「北朝鮮は敵ではない」と明言し、逆に親近感を持っているようだったそうだ。

 ある新聞の電子版には、北朝鮮が日本を攻撃する5つのシナリオというタイトルで、想定される攻撃パターンを紹介していた。かなり以前、中国人民解放軍による日本侵攻マニュアルなるものが漏洩したことがあった。いずれにしても、日本に侵攻しようという作戦は実在し、国内に潜伏しているスリーlパー工作員も、それなりの人数にのぼると考えるべきなのだろう。仮に、米朝会談が決裂に終わったとき、北朝鮮が日本を攻撃する可能性が高まると、その記事では述べられていた。

 つまり、日本も決して安泰の国ではなく、状況によっては軍事侵攻があり、あるいは国内に潜伏する工作員による、テロ攻撃が実行に移される可能性が高まると見るべきなのだろう。

 それらを勘案し、何年も前から安倍総理は布石をうってきているのではないだろうか。外国人登録法の改正、マイナンバー制度の導入、共謀罪、テロ関連法案。そしてある日突然、竹島不法占領を根拠とする有事宣言と、それに伴う外患罪の適用、戦時国際法の適用・・・これらによって国家の安全保障を脅かす勢力の一掃を、目指して来ているのでは内だろうか。余命記事で何度も表現されていた、「安倍総理は一括処理を目指している」というのは、どうやらそういうことではないかと考えている。

 前置きが長くなったが、私は個人的にずっと、自然災害以外の非常事態・緊急事態の発生を想定して、個人レベルの備えをするよう勧めてきている。食糧、飲料水、日用必需品、医薬品、燃料、予備電源、などである。その考えは今でも変わらない。変わらないどころか、急激にその警戒心は高まってきている。

 さらにいえば、軍事侵攻以前に繰り広げられている情報戦争に目を向け、どの政治家、政党、マスメデイア、司法関係者、ジャーナリスト、学者などが、他国の国家や情報機関の影響下で、日本国内におけるプロパガンダ活動を、捏造情報、印相操作や世論誘導の形で展開しているかを英邁に見抜くことも期待されているのではないだろうか。

 選挙には棄権せず、日本の将来を託せる候補者に一票を投ずることが、国民としての権利であり、同時に義務でもあることを認識すべき時代に、私たちは生きているという自覚を持つべきなのではないだろうか。

 雑音に遮断されず、心を静かに澄ますときに、私たちそれぞれは、自らの責務に思いが向くのではないだろうか。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

[PR]
by hirune-neko | 2018-05-15 23:43 | インテリジェンス | Comments(0)
<< ボランティアの遅延案件が、よう... 余名初代・かず先生との約束を果... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
konronさん ..
by hirune-neko at 13:15
いつも興味深く拝見してお..
by konron at 07:11
千波矢さん お下数..
by hirune-neko at 18:14
千波矢さん 拙稿の..
by hirune-neko at 18:03
匿名で失礼しますさん ..
by hirune-neko at 17:43
記事ランキング
以前の記事
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ