昼寝ネコの雑記帳

余名初代・かず先生との約束を果たせそうだ


04.Stacey Kent-L'etang

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 気力と集中力が回復してきたような感じがある。すべてに積極的に取り組めそうな気がしている。

 一昨年の5月に独り住まいだった母が他界し、住まいなどの後始末を始めた頃から徐々に仕事が忙しくなった。

 余命初代のかず先生が存命中、余命記事を資料として保存するよう、ブログを通して呼びかけていた。事実に立脚し、感情的にならない冷静な記述内容は、非常に資料性が高いと思っていたので、全記事をコピーし加工してPDFファイルとして保存していた。

 ところが、仕事の忙しさが増し、2016年の秋口から資料化が途絶えてしまった。締め切りのある待ったなしの仕事が連続したため、手が付けられなかったためだ。あの頃からすでに20ヶ月が経過してしまった。

 ここ最近の余命記事は、読者の投稿参加が増えており、別の意味で資料性が高いと思っていた。しかし、せんたくチャンネルやterumi_satohと悪魔の提唱者の登場、懲戒請求に対する弁護士からの逆提訴など、風向きが変わってきているように感じる。それだけ注目度が上がり、これ以上余命記事への同調者が増えて、さらなる行動の輪が拡がると都合が悪い人たちが増えるのだろうか。

 過去に余命ブログが閉鎖に追い込まれたことがあるが、どのような妨害が起きても不思議ではないと感じ始めているので、今日はとりあえず、Evernoteに文章だけでもクリッピングしようと思った。圧倒的にテキストが多いが、画像や動画データも貼られている。すべてを一気に加工するには、記事数が膨大すぎるので、まずは重要なテキストデータを保全しようと考えた。

 いざ始めてみると、1ページの記事数が多く、最初から最後の記事までカーソルを移動して選択するのに、とんでもない時間がかかってしまう。2018年の1月など、1ヶ月に193記事も収納されているので、2分割した。

 途中で操作ミスをしたような気がしたので、どこまで選択したか確認してみた。すると途中だったにも拘わらず、最後の行まで選択されていた。不思議に思い、試しにカーソルで記事の上部から選択移動させ、画面の少し下までスクロールしたところで止め、確認して驚いてしまった。上部の一部を選択したはずなのに、最下部まで選択されていた。これだと作業時間が大幅に短縮できる。体感的には数十分の一に短縮できたと思う。おかげで2016年の秋から最新記事までの、約1300記事のテキストデータを保全することができた。あとは気長に、画像や動画データを加工し、最終的にPDFファイルで保存できれば、当面の目的を達成できることになる。

 戦時国際法や外患罪などは、余命記事を読むまでは聞いたことがなかった。過日、Amazonで戦時国際法に関する書籍を探してみた。すると驚いたことに、1900年頃の論文など、かなり古いものが商品として紹介されていた。希少価値が高いのか、中には数万円、高いものだと十万円単位の値がついていた。私は文庫本を購入した。著者は、憲法関係の著作が多い倉山満氏で、書名は「歴史戦は『戦時国際法』で闘え」だ。

 将来は余命全記事をサイトに掲載することを考えている。特定の政治家、評論家、法曹関係者、政治団体などの背景調査をするときに、余命記事からかなりの参考情報を得られると考えている。

 いつのことになるか分からないが、余命関係者の皆さんの労作を死蔵せず、少しでも多くの方々に有効活用していただきたいと考えている。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。

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by hirune-neko | 2018-05-15 01:54 | インテリジェンス | Comments(2)
Commented by 千波矢 at 2018-05-15 03:14 x
昼寝ネコ様

余名初代・かず先生のことを想うと、涙が溢れて来ます。

私が余命ブログを知ったのは、かず先生が亡くなった後でしたが、余命一年との宣告を受けての、正に命懸けで戦後の闇を明らかにしてくださいました。

今を…、余命ブログに集う数多の人々、美しい日本を取り戻す為に鬨の声を上げてくださっている人々が、天の星の数ほどに、海の真砂の数ほどに、集い合い心を一つにしている今を…、かず先生に見ていただきたかったと思います。

かず先生のご遺志を受け継ぎ、必ずや日本国を日本人の手に取り戻しましょう。
その為に、私は私の鬨の声を上げ続けて行きたいと思います。
              千波矢
Commented by hirune-neko at 2018-05-15 12:29
千波矢さん

コメントを有難うございました。
時間のかかる、気の遠くなる手法かもしれませんが
私は私なりの手法で、進めていきたいと思っています。
感情的に激論を戦わせ、黒白を決めるのではなく、
個々人の良識に訴えて、判断力を醸成していただく
お手伝いができるようになりたいと考えています。

今後も気長に、宜しくお願いします。
<< 心を澄ますときに、清流が心に流... 自分の日常生活を客観視し、行動... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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