昼寝ネコの雑記帳

実売部数と公称部数・・・生き残れる出版社の条件・メディア雑感


Bill Evans Trio - Seascape

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 雑誌には、発行部数と実売部数、さらには公称部数というのがある。ある、といっても随分前のことなので、現在も使われているかどうかは、調べてみないと分からない。日本ABC協会や日本雑誌協会のサイトで、調べることができるようだ。私の会社は書籍のみを出版しており、雑誌は発行していないため、詳細は把握していない。

 昨日の夕方、電話がかかってきた。出ると「山と渓谷社です」と名乗った。懐かしい名前だ。聞くと、30年ほど前にわが社が出版した選書シリーズの1冊を、自社から文庫で出版したいという。このシリーズは、草野心平さんの息子さんに編集をお願いし、自然界と関わる著者をシリーズで紹介したものだ。もちろん快諾した。何十年経っても、どうやら同じコンセプトで出版活動を継続されているようで、敬服すると同時に嬉しく思った。

 あるブログを開いたら、次のような文章が目に留まった。何かと話題を提供している雑誌についてである。

(一部引用開始)
 「有田芳生の盟友で民青あがりのガチの共産党員が社長になってからの文藝春秋社はその看板雑誌の週刊文春や月刊文藝春秋などで極端なアカへの転回を行い、甘利明大臣を嵌めた一色武について一色武の後ろに見え隠れしている共産党による仕込みの構図を完全に隠して甘利明だけが一方的に悪いように騒ぎ続けたり、その後も証拠ゼロで大臣の噂話を事実のように騒ぐなど安倍潰しの為ならどんなクズ記事でも書くという有様でした。」
(一部引用終了)
 【引用元・パチンコ屋の倒産を応援するブログ】
 「全国のマッサージ業者を敵に回す積もりかね?」

 この情報が事実とすると、文藝春秋社に対する認識が浅かったようだ。

 出版物ではないが、歴史や社会事象を丹念に調べ、創作作品としてブログで発信している人もいる。国々を擬人化してコミックにしている「ヘタリア」のスタイルをそのままに、読み物として作品化している。なかなかリアリティを持ち、また作者の日本語と着想が秀逸である。創作作品以外にも、頻繁に時事情報を追いかけて紹介している。私は個人的にファンになっており、出版するといいのに、と思っている。以下にその作品の冒頭の一部を紹介させていただく。

(以下、途中まで引用開始)
【徒然なるままに [時代の行方⑱・花綵(はなづな)列島]】
ブログ主・ちはや

英:一年か、早いものだな…

日:はい、G7の在り方、意味合いが変わった伊勢志摩サミットから、間もなく一年になりますね。我が国の国会は『蕎麦』で空転した一年でしたが、日米同盟は一層強固になりました。

英:ああ、日米首脳会談も好感触で世界に発信されたしな。

日:ええ、特亜の傀儡メディアはほとんど放映しませんでしたけどね。

英:そう言えば、日米首脳会談の一次ソースは日米首脳のTwitterだったな。メディアなんてもう要らないんじゃないか?
日:おっしゃる通りですね。本来のニュース報道は何処へやら、継ぎ接ぎ捏造印象操作ばかり、日本語すら正しく使いこなせない報道機関に存在意義などありませんしね。

英:トランプ大統領が、フェイクメディアに愛想を尽かし、対抗手段として始めFacebookやTwitterからの情報発信は、大衆に受け入れられ娯楽化しつつある。国民との距離も近くなり、また国民の反応もストレートに理解できる。自分の言葉で発信するっていうのは大事だよな。

日:トランプ大統領が、安倍総理のTwitterをフォローしているのを見て、思わずフォロワーになってしまいました、フフフ。案外、可愛らしい方なのですね。

英:日本が思っている以上に、安倍首相の動向は世界から注目されているからな。
北朝鮮が急遽、核実験、ミサイル実験の中止、核実験場の廃棄を発表したのは、日米首脳会談の蜜月振りに危機感を抱いたからだろうな。メディアは、Korea主導で米朝首脳会談を取り付けたと印象づけ、日本は置いてきぼりと煽り、鉄鋼やアルミの懲罰関税が日本にも適応されたことで、日米の関係は冷めたと印象づけようとした。日米首脳会談の失敗、とは言わないまでも『成果はなかった』と印象づけたかったんだろう。

英:だが、ネット時代の到来は、メディア報道よりも濃密に日米首脳会談を伝えただけでなく、トランプ大統領一家との親密な関係まで伝えた。メディアは、『日米冷却』『成果なし』という事前のシナリオの結論通りに演出する為、最重要である日米首脳会談をまともに報じようとはしなかった。だが、結局それは、メディア不用論を補強したに過ぎなかったわけだ。本当に、彼奴等、ブーメラン大好きだよなwww

日:フフ、イギリスも、メイ首相がご活躍ではありませんか。鉄の女サッチャー首相の再来かと思うばかりの確固とした政治決断は称賛するばかりです。あのロシアに対して一歩も引かないばかりか、シリア空爆を主導したのですからね。イギリス女性が強いのは、伝統なのかもしれませんね。

英:まあな、俺のベス(エリザベスⅠ世)は大英帝国の基礎を造り上げた女だからな。

日:国家と結婚した女王陛下。生涯独身を貫き、イギリス王国を帝国へと導き、世界最強の国家に造り上げた。イギリス女性が強いのは、宜(むべ)なるかなですね、フフフ…

英:お前と英日同盟を築いていた時代が、大英帝国の最後の栄光の時代だったのかもな…あの栄光も今は彼方だが、お前とまた『準同盟』が結べて…、ああ、つまりだな…

日:私は嬉しいですよ、アーサーさん。『日英同盟再び』と、世界から歓迎されればされるほど、『戦後』が遠ざかっていくようで…やっと、『敗戦国』ではなくなったのだと、そう思えるのが嬉しいのです。

英:嬉しい…

日:はい…

英:その、すまない、日本…

アーサーは頭を下げた。

日:え…、あの…

英:日本にもドイツにも、敗戦国の軛を負わせ続けたのは、俺たちの責任だ。東西冷戦時代が終わって、俺たちには次なる敵が必要だった。国内の不満を粉塗(こと)し、一つに纏め上げる為には、『外なる敵』が必要だったんだ。1990年代初頭は、ドイツが東西統一を果たした結果、欧州一人勝ちだったドイツ経済は、元東ドイツを支える為に急激に疲弊し、その影響は欧州全域に及んでいた。アメリカも、後に『貿易戦争』と揶揄された日本との貿易競争に敗北して、青息吐息の状態だった。世界経済一人勝ち状態の日本を、『次なる敵』に仕立て上げるのはとても容易いことだった。剥がれかけた『敗戦国』のレッテルを貼り直せばいいだけだったからだ。だが、自らを省みず、日本を敵認定し、日本を都合良く利用したツケは、結局自分たちに還って来ただけだった…

日:……

【平成29年度、対外純資産26年連続世界一】

英:バカだよな、俺たちは…他人の所為にして、その上に胡座をかいて、それで国内問題が解決するなんて、そんなことがあるはずないのに…結局俺たちは、戦前も戦後も、こつこつと努力を積み重ねて来た日本に勝てなかったんだな。

日:それでも、我が国にとって、欧米は近代化の師です。昔も今も、理不尽なことは多々あれど、我が国はその恩を忘れることはないでしょう。

『仇は水に流しても、恩は忘れない』

日:そういう国民なのです、我が民は。
(以上、途中まで引用終了)


 メディアに対する改めての雑感である。書籍も雑誌も、もちろん新聞も、一定部数を販売したり広告収入がなければ継続できない。従って、売れそうな内容かどうか、広告の営業ができるだけの販売部数を確保してるか、が重要な要素になっているはずだ。数十年前は、売れれば売った者勝ちだった。膨大な発行部数の雑誌や新聞が情報を発信すれば、かなりの数の読者に影響を与えることはできた。検証したり疑問に思う読者は少なかった。

 しかし今はどうだろうか。メディアが捏造情報を発信するなら、ネット上ではすぐさま実態や真実に反する点を指摘されてしまう。情報市場を寡占していたメディアの優位性は急速に色あせており、その背後で蠢いている政治関連組織の存在が見破られてしまう。

 信念と理念・理想を持ち、私心を持たず、正義感に促されて創作したり情報発信を継続している個人の存在が、クローズアップされるべき時代になっていると感じている。またぞろ妄想狂といわれるのを承知でささやかな宣言をしたい。

 出版社を創業してからの37年間、書籍出版と販売の両方で辛酸を舐めてきた経験を活かし、真の著者を発掘しつつ、出版リスクを最小化してその出版を実現できる手法を編み出したいと考えている。求めよ、さらば与えられん、だと思っている。

 大切なことを忘れていた。そのためには、私自身が心身ともに壮健であるよう努めることが先決である。堅固な理念・理想と意志薄弱さが同居したような欠陥人間ではあるが、もうしばらく見守り、声援を送っていただきたい。


いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


[PR]
by hirune-neko | 2018-05-10 01:29 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by ちはや at 2018-05-10 09:35 x
昼寝ネコ様

日々の楽しみにブログを拝見させていただいております。

この度は、拙作をご紹介いただき、ありがとうございました。
思わぬ評価に、赤面の思いです。


本当は[花綵(はなづな)列島]
という日本国の雅語をお知らせしたかっただけなのですが、
昼寝ネコ様から、あのような評価をいただけるとは思っていませんでした。

『個人的にファンになっており』
とおっしゃっていただけたことが、何よりも嬉しかったです。

また、拙ブログへの御訪問、コメントをありがとうございました。

今後もよろしくご指導ください。

              ちはや拝
 
Commented by hirune-neko at 2018-05-10 11:36
ちはやさん

コメントを有難うございました。
創作は誰にでもできるものではなく、また
独自の視点と個性・感性を必要としますが、
地道にお続けになって、ご自分のスタイルを
確立なさってください。
<< 恐ろしいことに、どうやら監視対... 隣の芝生は青く見えるものだ〜昼... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
konronさん ..
by hirune-neko at 13:15
いつも興味深く拝見してお..
by konron at 07:11
千波矢さん お下数..
by hirune-neko at 18:14
千波矢さん 拙稿の..
by hirune-neko at 18:03
匿名で失礼しますさん ..
by hirune-neko at 17:43
記事ランキング
以前の記事
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ