昼寝ネコの雑記帳

さて、日本語ではどう訳すのだろうか


Diana Krall - You Go To My Head

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 いつも不思議に思いつつ、面倒で調べていない。このYou Go To My Headという曲は、結構いろいろな歌手が歌っているのを知っているのだが、果たしてどのような意味なのだろうか。

 You Go To My Head・・・まさか「あなた、頭にくるわね」ではないと思うのだが、さて実際にはどのようなニュアンスなのだろうか。辞書を調べず曲想だけから感覚的に訳すと、「あなた、頭にくるわね」ではなく「あなたのことが思い出されます」なのではないだろうか。もう少し感情を込めると「あなたとの思い出が脳裏から離れません」とでもなるのだろうか。

 今頃になって、学生の頃に付き合った数人の女性に感想を訊いたら「アンタのことなんか思い出したくもなかったよ」と言われるに決まっている。それでいいんだよ、と自虐的に納得している。

 ちょっと珍しい新聞記事を目にした。その記事に関連した明治神宮の公式サイトの記述と比較して興味深く思った。かねてから明治神宮と交流のあった、アメリカに本部があるキリスト教会の上層部の人が明治神宮を訪ね、正式な参拝をしたという内容だった。つまり、クリスチャンが神道の儀式を受け、巫女による神楽「倭舞(やまとまい)を観賞した、とされている。これらの記事を紹介している方の論調では、どうやらこのキリスト教団は、神道をイスラエルの伝統につながる宗教として認知している、ということになる。双方にとってこのような正式な交流は初めてだという。

 折しも、アメリカが英仏との共同作戦でシリアに爆撃を加えた、という報道を目にした。ある宗教研究家によると、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、神道は同根だとされている。いわゆる一神教と多神教のいずれが正しいかは、人間社会の論争によって決するのではなく、一神教に共通の「救い主の降臨による福千年」が実際に、目に見える形で訪れればはっきりするのではないだろうか。

 今日は改めて、評論家の存在価値について考えていた。スポーツ評論家、文芸評論家、音楽評論家、映画評論家、宗教評論家、政治評論家などなど、評論家と名の付く職業は多い。それなりに仔細を研究し、専門知識を有し、実態を的確に評価してその情報を発信する。

 ただ間違いなく言えることは、文芸評論家自身が必ずしも優れた文芸作品を書けるわけではない。すべての経営学の教授が起業し、事業で成功できるわけではない。では、政治評論家の場合はどうだろうか。ある政治家の失言や誤った判断を指摘し、批判することはできるだろうと思う。それはそれで貴重な情報発信だと思う。しかしでは、その政治評論家に批判相手の政治家の代わりが務まるだろうか。まずは困難を極めるだろうと思う。従って、評論家の評論の限界を視野に入れて、その評論を読む必要がある。学術的な知識と実務的な知識は別物だと思う。

 では、政治評論家から評論家の文字を削除した場合を考えてみたい。つまり、政治家の能力はどのように発揮されるべきなのだろうか。政治家とて人間である。ちょっとした失言や判断ミスは皆無という訳にはいかないだろう。そのときに、その失言や判断ミスをあげつらい、大騒ぎする政治家が目立つ。マスメデイアも同様であるが、政治家の本来の使命を放棄して、内閣総辞職を要求し、大臣の罷免を迫り、根拠のはっきりしない情報をもとに国会を空転させている政党・政治家が目立つように見える。

 最近、ケント・ギルバート氏が、そのような野党政治家は、政治家を辞めて市民運動家になるべきだと主張しているのを読んだ。率直にいうなら、私もほぼ同感である。省庁のセクハラ問題には罷免を要求するが、自党の議員の同様のケースでの場合は、和解が済んでいるからと言い、それ以上の追求を拒む。まさにダブルスタンダードではないだろうか。

 日本の国益を考えた上で政権批判をするのは正常な行動だと思う。しかし、いわゆる反日左翼政党といわれる政党所属の議員の皆さん、そして同じく反日メディアと呼ばれる新聞社やテレビ局の皆さんは、おそらくインターネットを介在した情報浸透の速さと深さ、さらにはそれに伴う一般国民の洞察力の深化を軽視しすぎているように思えてならない。

 記憶は定かではないが、アメリカのテスラ社やFacebookが、脳とインターネットを直接リンクさせた技術を開発中のようだ。脳内でイメージした内容を自動的に文章化するなど、とんでもない技術が誕生しそうだ。そのうち、脳と同期する語学チップが販売され、世界数十カ国語を自由に操れる時代が来るのかもしれない。

 現代人の知能は、そのような情報環境の発達に伴い、確実に高まっているそうだ。これからの時代は、目に見えない変化を察知し、将来を予測する能力がない人間は淘汰されるとも断言していた。

 さて、私自身は仕事のスピードをアップし、できるだけ早く現役引退したいと考えている。世の中の激動とはできるだけ距離を置き、まるで地下生活者のように静かに過ごしたいものだ。100%断絶するのは不可能だと思うので、会社には顧問か相談役として籍を残して助言し、残りの時間は創作活動に没頭したいというのが、最終的な理想の生活である。おそらくは自分で原稿を書き、電子書籍化の作業も自分で行う。編集、カバーデザインやイラスト・画像は協力者にお願いすることになるが、まだ元気なうちはコストダウンを重視して、製作作業は自分で行いたいと思っている。

 相変わらず、主人公の生い立ちをイメージするため、北欧、東欧、西アジアの国々を取材で訪れたいと、夢みたいなことを考えている。・・・考えているだけならば、現実の苦しみや痛みを伴わないので、そのままの方が至福なのかもしれない。

 単行本「昼寝ネコの雑記帳」は、まだ1冊しか出版していない。すでに品切れであり、古書ルートでも見当たらないので、年内に重版し、さらにはKindle版で初めての電子書籍にチャレンジしてみたい。その勢いで、ずっと昔の団伊玖磨さんに倣い、続・またもや・まだまだ・・・のように、際限なく出版できるようになるといいな、なんて思っている。なんでも思っているだけが一番いいのかもしれない。

 そういえば、私の日本語をニュージーランド出身の知人が英訳し、その知人の英語を私が和訳するという形で協力関係にあったD氏が、年初まで慶応大学で英語を教えていたのだが、先月から家族で英国・オックスフォードに移転した。1年間の予定で、何やらオックスフォード大学で研究するらしい。もともと村上春樹の研究家で、村上作品を日本語で読むほど日本語に堪能な人間だ。私の作品には興味を示さないようだが、いつか彼に英訳をお願いし、英語でのKindle版出版にチャレンジしてみようかな、なんて脳天気なことを考えている。その前に、村上作品を読んでみなくては。

 今後の出版販売をどのように促進しようかと話したら、次男が助言してくれた。理由は思い出せないが、昼寝ネコのステッカーを作ったまま、何も活用しないで保存してある。それをオマケにつけたら売れるよ、なんてからかわれてしまった。確かに大量に保存されていた。カトリ〜ヌ・笠井さんのイラストを中心に、上部には「1951年からずっと見果てぬ夢を見ています」と英語で表示され、左には「おいらの名前は昼寝ネコ。ムニャムニャ・・・ダンゴが大好き」という寝言がフランス語で書かれている。

 以下にそのステッカーの画像を掲示する。お札代わりに目立たないところに貼っておけば、ひょっとしたら家内安全、商売繁盛、無病息災という御利益があるかもしれない。人生に行き詰まってしまい、頼るものが何もなくなってしまった、という境遇の方には、無料でお送りさせていただくので、メールで請求していただきたい。送付先の郵便番号、ご住所、ご氏名をお送りいただければ、普通郵便でお送りさせていただく。もし明らかにこのステッカーのおかげで、宝くじが当たったとか、ビットコインや株で莫大な利益を得たという際には、5%を振り込んでいただければとても嬉しい。

 不思議なもので、たった今、私が館長を務める「ピアソラ音の出る図書館に会員登録があった。横文字なので確認したら、なんとフランスにお住まいの方だった。国籍は不明である。・・・う〜ん、いよいよ昼寝ネコもインターナショナルに活動する展開になってきたのだろう、と勝手に思い込んでいる。おそらくは、長生きするのではないだろうか。
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 【ステッカーの送付請求先メールアドレス】
 hirune-neko@crossroads.co.jp


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by hirune-neko | 2018-04-15 01:53 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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