昼寝ネコの雑記帳

13日の金曜日もなんのその・・・2駅乗り越してしまった


Marcos Valle & Stacey Kent La Petite Valse

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 朝のミーティングを終え、ビルを出てすぐに紹介者の方に報告メールを送った。携帯へのショートメッセージである。五反田駅まで歩き、池上線に乗った。ほどなく、紹介者の方から返信のショートメッセージが着信した。私より年長者の方なのだが、対応が速く、携帯機器を使いこなす。助言をいただいたので返信しようとしたのだが、電車の中なのでさすがにいつものように、音声変換で文書を作成できず、iPhoneの小さなキーで文章を作成した。そんなに長い文章ではなかったのだが集中し、それなりに時間がかかったようだ。送信を終えてほどなく、電車が停止したので駅名を確認した。えっ!?洗足池?あらら乗り越してしまった。飛び下りて反対側のホームに行き、電車を待った。

 旗の台で乗り換えたが、4人掛けの対面座席でお母さんと2歳ぐらいの女の子の前に座った。マスクをした私の顔を、ときどきチラッと見る。不審者に見えるのだろうか。やがて二子玉川駅に近づくと、お母さんが荷物を手に取り、立ち上がろうとした。試しに女の子に手を振ってみた。女の子は笑顔で手を振った。そのやりとりを見たお母さんも笑顔になり、「さよなら」という言葉を女の子に教えて下車した。最近は小さな子どもを見かけると、かわいくて仕方がない。ほっぺを撫でたい衝動に駆られるのだが、知らない老人(本当はこの表現を使いたくないが適切な言葉が見つからない)が、いきなり手を伸ばしてきたら、親子ともどもびっくりして警戒心が高まるだろう。

 夜のウォーキング中、道ばたで夫婦らしき男女と、お父さんに抱っこされた小さな子どもの横を通りかかった。そのまま通り過ぎればいいものを、思わず立ち止まってしまった。不審そうな目を向けるお父さん。「お父さんに抱っこされてるの?いいね。お父さんに”いいこいいこ”してあげなさい」それを聞いたお父さんは笑顔になった。

 空のベビーカーを押すお母さんの横を、ヨチヨチ歩きの子どもが歩いていた。思わず声をかけてしまった。「一人で歩いてるの?いいこだね」お母さんは声を上げて笑ってくれた。

 しかし、神奈川県警から「最近、小さな子どもに声をかける高齢者(本当はこの表現も使いたくない)の男性がいるので、注意するように」という警戒注意報が出されているという話は、一向に聞かない。

 子どもは無垢で無邪気である。どんな色に染まるかは親次第である。子どもを子ども色に染められる染料を、できれば無料で提供したいと思う。・・・やっぱり私も、老成という言葉が似合う年齢になってきたのだろうか。道ばたで、小さな捨てネコが甘えた鳴き声をあげながら、足許に駆け寄ってこないかなと、そんな妄想願望もまだ健在である。困ったものだ。


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by hirune-neko | 2018-04-14 00:39 | 心の中のできごと | Comments(2)
Commented by causal at 2018-04-14 12:07 x
こんにちは。
池上線の五反田・洗足池・旗の台…目蒲線の長原(旗の台の次の駅)…。私は中学までその近辺が縄張り ? と言うか、遊び場でした。
旗の台駅は池上線と目蒲線の交差する駅。洗足池は日蓮上人の銅像があり、勝海州の墓もあり、図書館もありで、そこはもっぱら
授業をサボってランチタイムに使用していました。鹿もいて、貸しボートもありで、のどかな場所でした。
高校は目蒲線の池上駅のそばでした。高校の近くに池上本門寺がありまして、柔道部に属していましたので、よく鍛錬で
訪れていました。階段をうさぎ跳びで登ったり、人を肩に担いで登るなど。力道山のお墓もそこにあります。
社会人の時に知り合った女性は、かつて防衛省の市谷勤務で、三島由紀夫と何度も遭遇していたとの事。
(自決の時にも在籍していたとの事)
三島氏は幹部であろうが事務員であろうが、対応は全く同じで、分け隔てなく接していたとの事。ひとたび事務所に入ってくれば
「パッっと空気が明るくなる程だった」と話していました。その方は雪谷駅のそばに居住。
あっ、歌手になるため関西から上京してきた大津美子が下宿していたのが雪谷で、よく知っていたそうです。
「ここに幸あり」で有名ですね。
1976年の西島三重子さんの歌う「池上線」を聞きながら書いてます。







Commented by hirune-neko at 2018-04-15 19:56
causalさん

コメントを有難うございました。
そうでしたか、池上線沿線で活躍されていたんですね。

授業をサボって、柔道部で、階段をうさぎ跳び、人を肩に担いで、そして防衛省勤務の女性と知り合う・・・これだけのモチーフだけでも、なんとなく人物像がイメージされます。音楽的感性と語学力まで含めると、かなり人間的な幅の広い方なんだなと想像しています。一番気になっているのは、その防衛省勤務だった女性とは、ゴールインには至らなかったのでしょうか。好奇心が湧いてしまいました。

洗足池は、家内と始めてデートした場所です。一緒にボートに乗りました。そのまま結婚し、今では私の厳しい調教係です。池上線は、私たち夫婦にとっても懐かしい場所です。「池上線」の歌を、私も改めて聴きました。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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