昼寝ネコの雑記帳

電話を切って通話時間を見たら、なんと70分を超えていた


Rosa Elvira Sierra - Pie Jesu- Requiem-Fauré

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 記憶に残る限り、これまでの人生で70分も電話で話したことはない。終わってみて自分でも驚いている。一体電話の相手は誰だろうか。・・・クイズにしても始まらない。長男である。

 私は飛行機を利用して出張する際には、必ず旅行傷害保険に入るようにしている。そして飛行機事故などで死亡の際は、生命保険+事故割増+旅行傷害保険で支払われる保険金額を算出し、法定相続分で相続した後の使途についてメールで指示している。あまりにも度重なるものだから、またか、という感じになっていた。

 ところがごく最近、一緒に仕事をしている次男を除く兄弟間で話し合い、親父にもしものことがあったらどうなるのか、ちゃんと理解しておきたい、という結論になったようだ。そこで、長男が代表して電話をかけてきた次第だ。

 もしもの場合のことは視野に入れている。しかし、その「もしも」には、一体いつ発生するのか特定できないという流動性があるものだから、ついつい先延ばししてしまっている。本音では、確か92歳でアメリカ大統領の軍事顧問を現役引退した、アンドリュー・マーシャルを意識しているものだから、そう簡単にはおさらばしないぞ、と思っている。しかし、長男が言うように、脳梗塞や心筋梗塞はいつだって発生する可能性はある。

 電話では、仕事に関する現況説明や今年の見通し、長期構想を説明した。しかし現実問題として、状況の変化とともに逐次、見通しレポートを作成して「有事」の際の対応指示は書面に残しておいた方がいいだろうと思う。みんなの安心のために。

 あの小さかった長男が、今ではそれなりに仕事をこなすようになっている。時間経過を感じる。母は生前、私のことを親不孝息子と呼んでいた。母の亡き後、今では子どもたちが、私の余命残存期間を心配をするようになっている。脳内では、そんなに時間経過を感じていないのだが、現実には容赦なく時が流れているのだと、実感した次第だ。

 さて、何からどのように手を付けたらいいのだろうか。とりあえず、音楽はフォーレのレクイエムを流し、あたかも余命宣告されて、生存期間がほとんなくなった、という気分になれるよう演出してみた。さらには、死後の世界から現実生活を俯瞰し、客観的に記述できるよう想像力を働かせてみたい。

 言葉とは裏腹に、仕事が一段落して人に任せられるようになったら、後の人生は作家業に専念し、ノーベル文学賞でも目指すよ、と言ったところ、長男からは何の反応も無かった。おそらく、呆れ顔だったのだろうと思う。兄弟を代表して深刻な申し出をしているのに、なんて脳天気な父親なのだろうと思ったに違いない。

 脳天気なのには根拠がある。冗談めかして、私は紀元前1000年に生まれ、3000年を生きていると言っているが、それは実は本当の話である。宇宙時間によれば、そろそろ地球は最終終末期を迎えつつあり、終末期を迎えた後の30年間を見届けるのが、私の密かな使命である。従って、予定では少なくとも、あと37年間を地球で過ごし(地球人年齢104歳)、その後、銀河系の彼方に旅立つことになっている。もちろん、そのような話は機密事項なので子どもたちには伝えていない。ここについうっかり書いてしまったが、ブログ記事で読んだ荒唐無稽な話など、誰も信じないので何も懸念はしていない。

 不死身の私にとって、生命保険も旅行傷害保険も、無駄といえば無駄なのだが、でもそこはそれ。あくまでもいつ死ぬか分からない人間、つまり地球人であることを演じなくてはならないので、そこが辛いところではある。


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by hirune-neko | 2018-04-08 23:41 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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