昼寝ネコの雑記帳

滅多にやらない作業だったので時間がかかった

ASTOR PIAZZOLLA TZIGANE TANGO
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 臨時株主総会議事録とか定款を自分で作成した記憶がない。実質的には初めてだと思う。横浜の法務局でもらった資料と、インターネットで検索・ダウンロードした資料を参考に、見よう見まねで作成した。明日、東京の法務局へ相談しに行くのに必要なので作成した。これでも、ささやかながら仕事上の反撃態勢の第一歩である。

 さて、先日注文していた書籍「余命三年時事日記」の第6巻と第7巻が届いた。副題は「テロリストと川崎デモ」となっている。まだ購入されていない方のために、カバー画像をご紹介させていただく。
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 余命ブログで事前の予告記事をざっと読んだが、ISBNコードを付して一般書店ルートで公刊・販売すると、これらの書籍による情報公開でかなりの不利益を被ると思われる個人や団体から、物理的販売妨害やスラップ訴訟的な圧力が発生することを懸念したため、敢えて自費出版に踏み切ったようだ。現に、昨日は余命ブログにアクセスできず、今日付の記事は以下のようになっている。

緊急のお知らせ
現在、猛烈な攻撃を受けており、アクセス不能の状況が続いている。
復旧に努めているが時間がかかりそうだ。
このメッセージがみなさんに届くかどうかわからないが、とりあえず送信する。
(以上は2018.3.4付けの余命ブログ記事から転載)

 新刊の奥付ページには、三代目余命というタイトルがあり、以下の短文が記されている。

三代目余命
敵勢力からは胡散臭いだの年金爺と呼ばれている。
余命三年が余命無限と言われるようになったが、その
実態は戦死者が相次ぐ悲惨な状況である。そしてつい
に黒子の登場となった。
黒子のはずが、日本再生作戦の結果を出すために死力
を尽くして戦っている。
(以上は「余命三年時事日記」の第6巻と第7巻奥付ページより転載)

 
 「余命三年が余命無限と言われるようになった」・・・この部分を読んで、以前私が書いた以下の表現を思い出した。
 「余命宣告されたとか、余命3年だとか、今にも呼吸を停止するかのように弱々しいふりをしているだけで、実際はこれではまるで、『余命永続時事日記』ではないか。」

 2015年12月23日の「新刊・余命三年時事日記は出版史上最悪の書籍である』」の一部である。あのときは確か一晩で1万数千人のアクセスがあり、私自身が何事かと驚くほどで、えらくお騒がせしてしまった。今はすっかり、借りてきたネコのようにおとなしくなっている。

 改めて、書籍「余命三年時事日記」の第1号が刊行されたときのことを、懐かしく思い出している。余命初代から二代、三代と続き、7冊目が刊行され、感慨深い。大変な信念と執念だと思う。もし余命ブログや余命書籍の内容が、捏造だったり恣意的な印象操作だとしたら、とっくにネット上で叩かれているだろう。初代かず先生が何度も書いていらっしゃったように、第一発信者にならないよう細心の注意を払ってきたはずだ。しかも、記事内での予測内容がことごとく実現しているようでもある。

 私自身は、何度も申し上げているように公開情報を収集し、比較分析して実態を絞り込むよう努力している。いわゆる世界中の情報機関が80%以上の予算・労力を費やして行っているといわれる、OSINT情報(Open Source Intelligence)という手法である。その視点から考えると、余命ブログも余命書籍もとても貴重な情報源だと評価している。

 であるがゆえに、外患罪集団告発の対象になっている個人や団体、そして裁判の証拠採用にもなるといわれる、新刊「余命三年時事日記」の第6巻と第7巻に実名が記載されている個人や団体は、なんとしてもブログと書籍の拡散を食い止めたいのだろうと推測している。

 折しも、安倍総理が電波法の改正に言及し、過保護状態のテレビ放送業界に,新規参入を認める方向になっているようだ。既存のテレビ局で、偏向報道の批判を強く受けているところは、死活問題になる可能性が高いのではないだろうか。

 あくまでも妄想世界からの一案だが、三代目余命ご自身が音頭をとり、広く一般国民を対象に株主として出資者を募り、「余命三年テレビジョン」なるテレビ放送局を立ち上げてはいかがだろうか。そうなれば、私自身もスィーツを購入するのを我慢して貯金し、微々たる金額ではあっても株主にならせていただきたいと思っている。しかし当面は、余命書籍の購入が活動資金の応援になるようなので、内容に興味がおありになる方は、購入を検討されてはいかがだろうか。

 心から、余命ブログの復活を願っている。

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by hirune-neko | 2018-03-05 02:34 | インテリジェンス | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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