昼寝ネコの雑記帳

一日の終わりに思うこと


Astor Piazzolla - Romance Del Diablo

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


 まずは、ブログ読者の「台湾加油」さんから投稿された、以下のコメントをそのまま転載させていただく。東日本大震災の時の台湾の皆さんの大きな支援を、当時の民主党政権がきちんと評価せず、対応しなかったことは、記憶に新しいことである。おそらは、中国政府に配慮しての冷遇だったのではないだろうか。最近では、日本からの修学旅行の渡航先は、台湾がトップになっているというデータも目にする。台湾の歴史上、中国に支配された領土を,日本の旧陸軍の関与によって奪還し、無条件で台湾の皆さんに返還したという記事を読んだ記憶がある。台湾の皆さんの感謝の念が、今でも良好な対日感情になっているのだろうか。

【ブログへのコメント】
Commented by 台湾加油 at 2018-02-08 23:28 x
日本にこれまでこんなに惜しまず応援協力をしてきてくれた台湾の皆さんには、何が何でも恩返しするのが我らの役目。 ネット活用で日本人の心意気を示しましょう。
台湾は本当に比類なき親日国で、東日本震災や熊本震災も含め日本に多大な支援、義援を提供してきてくれてるんです。
今こそ「恩返し」するべき時。 そして、日本と台湾の友情関係だけにとどまらず、台湾が示してくれた温情を手本に世界各国も巻き込みましょう!
保守系で絶大な人気を誇る小坪しんやさんのブログ最新記事から、以下に信頼出来る募金振込先口座を転記しておきます。 変な団体通さずに、また国内送金なので振り込みしやすいと思いますよ。
皆さん、情報拡散ご協力お願いします。

* 沖縄銀行  本店営業部
* 普通 2002903
* 台北駐日経済文化代表処那覇分処
* タイヘ゜イチユウニチケイサ゛イフ゛ンカタ゛イヒヨウシヨ ナハフ゛ンシヨ
* ※振込者名に頭に「ギエンキン」と入れてもらった方が親切です。ご協力よろしくお願いします。
(以上、転載終了)


 上記のコメントで引用先の、「保守系で絶大な人気を誇る小坪しんやさんのブログ最新記事から、以下に信頼出来る募金振込先口座を転記しておきます。」との言及があった、一応念のため、該当のブログ記事を以下にご紹介する。

【行橋市 市議会議員 小坪しんや】
今こそ台湾に恩を返そう!義援金口座の紹介 #台湾加油 #花蓮加油」

     *     *     *     *

 主旨に賛同される方は、ご協力をお願いしたい。不勉強ながら、台湾加油と花蓮加油の意味が分からない。どなたかご存知の方がいらっしゃったら、ご教示願いたい。


 今日、とても嬉しいことがあった。朝、血糖値を測ったら,実に何年かぶりの低水準だった。もう少しで糖尿病と正常値との境界線という数値なので、逆にすっかり驚いてしまった。思い当たることと言えば、電子水しかない。毎日最低でも3リットル以上は飲んでいる。血糖降下剤を服用していないので、この調子で140を下回るようになったら、私によっては奇跡の水である。40年以上にわたって音信不通だった旧知の男性が、突然メールを送ってきたのが転機になった。一体どのような経緯で私のメールアドレスに辿り着いたのだろうか。

 冒頭の曲名はRomance Del Diablo、悪魔のロマンスである。神学的には悪魔と天使は対局に位置する。ある意味で,この地上では敵対関係であるが、もともとは天上でともに過ごしており、見知った関係なのではないだろうか。ピアソラには天使の組曲と悪魔の組曲がある。聴き比べても、どれが悪魔か天使か、聞き分けが難しい。冒頭の穏やかな曲想は、まるで天使の訪れのようにさえ感じる。ピアソラの音楽世界では、悪魔に対してもある種の慈悲といたわりの心を持っているのだろうと感じる。

 神学的に考えると、そう遠くない将来、悪魔とその軍勢は主の再臨を機に束縛されてしまう。そのような宿命を間近に感じ、これまでの長年の営みに対する徒労感に包まれているかのような曲想だ。現実世界では、悪政を強いる冷酷非道な独裁者は、これ以上無垢・無実の国民を苦しめることなく、静かに退場してもらいたい。

 私自身はあくまでも裏方に徹し、初志貫徹でこれまで通りに構想を進めていきたい。もし天使の助けが得られるのであれば、それは有難いことだ。

いつもクリックを有難うございます。励みになっています。


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by hirune-neko | 2018-02-10 01:28 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< お疲れさまでした。と、たまには... 深い眠りから目覚めようとしてい... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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