昼寝ネコの雑記帳

何事も一朝一夕ではできないだろうと思う

Silvius Leopold Weiss - " Fantasie", guitar Asya Selyutina

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 この三日間、私にしては短時間睡眠が続いてしまった。そのせいか、今日は朝からクシャミと鼻水が止まらなかった。かなりの量のディッシュペーパーを消費した。

 人前で話す予定があったが、とうとうそのままの症状で始めてしまった。それで皆さんには事情を説明し「目からも涙が出ていますが、別に感動しているわけではありません」と申し上げた。人の笑い声を聞くのは、案外楽しいものである。いっそのこと、吉本興業のオーディションでも受けてみようかと思うが、分かりやすく一般受けするようなジョークは苦手なので、止めておく。

 さあ、明日から新しい一週間が始まる。あと数時間もすれば、次男が出社してくる。現時点までの受注データを処理し終えたので、やれやれだ。

 昨晩のコンサートの後、控え室で音楽監督、出演者の皆さんと一緒に弁当を食べた。横浜近辺に演奏に来る方には、崎陽軒のシュウマイ弁当をお出しするよう、県の条例で決まっている、と言うつもりだったが失念してしまった。

 食事中、いろいろなテーマで話をした。私が、音楽を職業として選択すると、なかなか厳しい道だと思うと言うと、音楽監督の梶野さんは深く頷いて同意した。音源や演奏を商品と捉えてのマーケティングは、かなり独創的な手法が必要なのではないだろうか。そのために、音楽プロダクションが存在するのだと思うが、独自にファンを固定化しダイレクト・マーケティングのような展開ができる方法はないものだろうか。

 現代は、種々のデバイスで気軽に音楽を聴くことができる。時間と場所を選ばずに聴ける。生演奏を聴きに、時間と交通費をかけて来ていただくというのは、簡単ではないだろうと思う。そのハードルをクリアできれば、将来に続く砂利道も徐々に舗装されるようになるのではないだろうか。

 考えてみたら、私が文章を書いている名入り絵本も、これまでの15年間、様々な工夫を加えてきた、製作工程の効率化も進めてきた。最初の1冊から絵本番号を記載するようにしたが、製作データを管理する上で有効な手段となっている。もうすでに5万冊は製作したと思っていたが、製作データを統合したら4万7千冊ちょっとだった。

 書籍は雑誌と違い、商標登録ができないし、おそらくは意匠登録も難しいと思う。強力な競合相手が出現しても、負けないだけのノウハウと付加価値を培っていきたいと思っている。

 改めて、音楽演奏も、また聴きたい、是非生で聴きたい、と思っていただける工夫が、これからも必要なのだろうと思っている。私が聴きたいと思い、実際に聴いている作曲家や演奏家は、ほとんどが他界している。その点、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のように、孫のような年齢で、しかもコマーシャリズムとは一線を画し、ひたむきに努力している皆さんを見ていると、木管五重奏の生の響きに包まれ、ぴかりんさんの軽妙なトークも聴きながら、楽しい時間を過ごせたらいいなと思っている。何人もの高齢の方が参加されていたが、お帰りになるときの表情は、和やかで穏やかな笑顔だった。もうかなり以前、自宅でサロンコンサートを主催していた時期があるが、演奏中にお客様の表情を見るだけで、熱心に集中されているかどうかを敏感に感じ取ることができるようになった。

 今考えるとぞっとするのだが、20年以上も前の当時、キャパシティ80人のスペースで、チケット代を5千円で設定していた。毎回、それなりの人数のお客様がよく来てくださったと思う。たまたま近所にNHKの寮があったご縁で、ある日のコンサートの収録を受け、朝のニュースで全国放送されたことがある。しかし、毎回のコンサート毎に、夜遅くまで近隣を回ってポストにチラシを投げ込む努力はしていた。やはり何事も、簡単に一朝一夕で出来上がるものはないと思う。・・・自分に対する励ましと慰めでもある。

 さて、ようやくクシャミと鼻水が治まったようだ。睡眠が一番の薬のようなので、夜更かしの習慣を是正する努力を続けたい。入会して一度も行っていないジムにも、顔を出そうと思う。昨日の長男のメールに、バスケ中にアキレス腱を痛めたと書かれていた。もう40歳を過ぎているのだが、コート上でボールを持つと、つい現役時代の感覚で動こうとしたのが原因だと思う。

 私も人のことは言えない。三男が高校のバスケ選手だった頃だから、15年以上昔のことになる。ということは、私が50歳ぐらいの頃だ。無謀にも高校の顧問の先生にお願いし、審判の見習いとして参加させていただいた。中体連から高体連の公式試合にかけてだった。最初はさすがに、あれこれご指導を受けたが、やがてクラブチームの審判は大丈夫だと評価していただいた。

 新しいジムには、オールコートでバスケの試合ができるスペースがある。私はまだ、寝たきり老人ではないが、ほぼ座りきり老人である。こんな状態でコートに立ち、7号(だったと思う)のボールを手にしたら、一体何をしでかすだろうか。昔の感覚で急に激しい動きをしたら、アキレス腱を切るどころではなく、下手をすると心肺停止状態になるかもしれない。まあ、何事もほどほどにしておこうと思う。


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by hirune-neko | 2017-11-27 00:57 | 心の中のできごと | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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