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昼寝ネコの雑記帳

久しぶりに消耗した一日だった

Barbara ma plus belle histoire d'amour c'est vous

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 なんとか今日なすべき最低限の作業を終えた。かなり消耗していたらしく、途中で何度もうたた寝をしてしまった。手からiPadが滑り落ちるのを感じ、反射的に目が覚めて大事には至らなかった。そんなことが数回あった。

 もう11月も残りが少なくなってきた。しかしなんとか遅延案件に手がつき始めているので、精神的重圧は徐々に快方に向かっている、やれやれだ。

 ふと思い出した曲がある。もう何年も前のことだ。仕事で車を運転し、どこかに営業に行った帰り道だったと思う。あのときは初めて聞く「クミコ」という名の女性シャンソン歌手で聴いた。日本語の歌詞で歌ったので、意味は良く理解できた。原題はフランス語の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”で、ネット上を検索すると、邦題は「私の最も美しい恋物語」となっている。どうも、いかにも直訳表現だと思う。クミコ流では「我が麗しの恋物語」だったのではないだろうか。

 外国語から日本語への翻訳は、とても難しい作業だと思う。その逆もまた然りではないだろうか。翻訳家が日本語に訳す際、翻訳能力が重要なのは当然だが、文法的に間違っていない訳であることは当然としても、日本語としての善し悪しがとても重要だと、個人的にそのように思っている。

 ある感情や感覚的なイメージを表現するとき、どの言葉を使ったら最も適切かを考えて文章は練られる。それを日本語に訳す際に、やはり日本語としての様式美が要求されて当然だと思う。・・・翻訳家の皆さん、生意気を言ってしまいお詫び申し上げる。

 この原題の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”に込められた感情を、全て日本語で言い尽くすとするなら、「私の人生で最も深く愛した人、それはあなた」となるように思う。勿論、歌のタイトルなので長ったらしくてはいけないだろうと思う。全てを言い尽くさずに、行間にイメージを埋め込むことで簡潔に表現する手法が必要なのだろう。従って個人的には「我が麗しの恋物語」の方が「私の最も美しい恋物語」より、数段いいタイトルだと思う。

 なんだか翻訳評論家のような言い草になってしまったが、この曲の歌詞を日本語で味わっているとなかなか大人の恋、そして哀惜、離別の悲しさが伝わってくる。歌詞には火葬場の煙突から出て、空に上っていく相手に対する気持ちを織り込んでいるが、フランスでは火葬をしていないと思うので、日本的に翻案したのだと思う。しかし日本人のメンタリティを巧みに捉えた名訳だと思う。

 ちょっと調べたら、「我が麗しき恋物語 」作詞:覚和歌子 作曲:Barbaraとなっていた。覚和歌子さんという方は、とても秀逸な感性の方だと敬服している。

 フランス人女性は離婚したその瞬間に、「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切る、と何かで読んだ記憶がある。私はこれでも精神的にひ弱なので、冒頭のバルバラのような迫力ある女性よりも、クミコのような日本的優しさを感じさせる女性に愛される方がいいなと、贅沢な希望を持っている。

 ここまで書いたのだから、その、クミコの歌う「我が麗しき恋物語 」を以下に掲載する。ご自分の感性に照らし合わせながら、日仏比較鑑賞をしてみていただきたい。作詞をされた覚和歌子さんが、ご自身でフランス語から訳詞されたのかどうか、それはご本人に訊いてみなければ分からないことだが、それは別問題として、とても情感溢れる歌詞に仕上げてくださり、お礼を申し上げたい。

わが麗しき恋物語


あたしは十九で 町でも噂の ちょっとした不良で
わりかし美人の 部類だったから ちやほやされたわよ
眉をひそめてる 大人を尻目に ずいぶん遊びもしたわ
人生って 何て ちょろいもんだって 冷めたまなざしで

あなたがあたしを 好きといったとき 思わず笑ったわ
あんまり真面目で こちこちになって ふるえてさえいたでしょう
そんな男って 見たことなかった それであたしもふるえた
人生って 何て 奇妙で素敵って 少しだけ泣いた

安いアパート 暗い部屋 景気の悪い時代だって
へらないジョーク言い合って ふたり笑えば しあわせで
五年がたったら あたしはやめてた 煙草をまたはじめ
あなたの浮気が 七回目 数え あたしも三回目
視線をそらして 会話も減ったけど どこでもそんなものでしょ
人生って そうよ 退屈だったって 思い出しながら

さもない毎日 半年が過ぎた その日は止まない雨
聞いたこともない 病気の名前が あなたのくちびるから
あたしは壊れた 空缶みたいに 口を開けていただけ
人生って 何て 意味が不明なの いなくなるの あなた

白い煙が昇った日 空はどこまで よく晴れて あたしは泣いた 
自分でも疑うくらい 大声で
愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない

とっくに忘れた 昔の日のこと 時々浮かぶけど
ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ
人生って 何て 愚かなものなの あとになってわかる
人生って 何て 愚かなものなの みんなあとで気づく


< クレジット >
「わが麗しき恋物語」
作詞 覚 和歌子 作曲 Barbara
2003年 エイベックスイオ IOCD-20045
< コメント >
シャンソンの名曲を覚さんが訳詞。
「覚和歌子の物語詩」の世界がそのまま歌詞になった。
クミコさんの歌声が多くの人を泣かせた傑作。

【作詞図書室より転載】


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by hirune-neko | 2017-11-19 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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