昼寝ネコの雑記帳

知人が佐渡名産の"おけさ柿"を送ってくれた


佐渡島

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 最近は時節柄、リンゴと柿を常食している。今日、知人から佐渡名産の”おけさ柿”が送られてきた。普段食している柿は、カリッとした固さで甘みも薄い。”おけさ柿”はなめらかで、自然の甘みがほどよく濃く深い感じだ。口の中に入れると至福の瞬間である。柿を食べるのは一瞬だが、丹精込めて栽培している柿農園の方は、収穫時期までの長い間、柿の実をずっと見守ってきたことになる。改めてよく味わっていただいている。

 何かで読んだ記憶があるが、北海道、本州、四国、九州を除くと佐渡島が一番大きい島だそうだ。学生の頃、米原で乗り換えて福井県までは何度か行ったことがある。東尋坊にも行ったはずだ。去年は、北陸新幹線を利用し、初めて三男家族が住む富山に行った。石川県にはまだ行っていないし、佐渡島にも行ったことがない。

 佐渡島はどんな所なのだろうか。日本海に浮かぶ大きな島、といわれてもイメージが浮かばない。YouTubeで探したらいくつも出てきたが、冒頭の動画を観ていると佐渡旅行の気分を味わうことができた。観光旅行に縁のない私なので、束の間のバーチャル・トリップを楽しむことができた。
 どうやら起伏が多く、樹木が密生している島のようだ。周りは海だらけで・・・島だから当たり前だが・・・常に日本海の荒波に洗われているようだ。冬も含め、自然が厳しい島なのだろうか。

 佐渡出身の知人女性は、佐渡島のことを「ひょっこりひょうたん島」と呼ぶ。今の私には、旅行なんて贅沢な時間だが、一度は佐渡旅行を経験してみたい。本州から隔離された地勢というだけで、不思議と神経が休まる。海を挟んだ向こうには北朝鮮があり、さらにその向こうにはロシア大陸が拡がる・・・その程度の地理の知識はある。
 高校生の時に読んだ五木寛之作品の「青年は荒野を目指す」を思い出す。ジャズミュージシャンを志す若者が、ナホトカだったかハバロフスクだったからシベリヤ鉄道を乗り継いで北欧に向かったように記憶していたが、改めて調べたら空路モスクワに向かったようだ。どんなストーリー展開だったかはもう記憶の彼方に消えてしまっている。

 不良老人という言葉があったような気がする。本来の意味はよく知らないが、私の内面や感性はおそらく不良老人のカテゴリーに入るのではないかと危惧している。なぜなら、体力、筋力、視力、記憶力のいずれもが徐々に低下傾向にあるにも拘わらず、相変わらず意識はモスクワやウクライナ、東欧諸国、そして北欧に向けられているからだ。果たしてその頃に、海外旅行などできるのだろうか。自分でも不思議に思う。未だ見ぬ世界だからなのかしれないが、実際に彼の国を訪れ、街の空気を吸いながら散策してみたいという思いが、なかなか消えずに残っている。

 不良青年、不良外人ならぬ不良老人・・・まあなんとでも呼んでもらいたい。


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by hirune-neko | 2017-11-18 00:27 | 創作への道 | Comments(2)
Commented by きいろ香 at 2017-11-18 22:59 x
ご無沙汰しています。
このところブログを見ようとすると「ログインが必要です」と、IDとパスワードを入力する画面が出ていたので、はじかれたんだなぁと思いお邪魔していませんでした。
まぁ実際お邪魔しかしていなかったので、特段気にはならなかったのですが、久しぶりに覗いてみたら普通に入れたのでコメントを入れてみた次第です。
おけさ柿とは初めて耳にしましたが美味しそうですね。
機会があれば食してみたいものです。
Commented by hirune-neko at 2017-11-20 02:12
きいろ香さん

ひさしぶりですね。
寒い毎日ですが、お変わりないですか。
私はどんな態度の人であっても、拒絶などをしないですよ。
ましてやきいろ香さんとは、長いお付き合いですからご心配なく。

またたまにはコメントを入れてください。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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