昼寝ネコの雑記帳

原因不明で作業が完了できない・・・苦闘の一日だった


Stacey Kent & Jim Tomlinson - The Gentle Rain

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 今年1月1日から今日までの受注データはExcelで保存してある。それをテキスト化してから、過去14年分のデータを保存している、4Dというデータベースプログラムに結合しようとした。1年に1度程度しか行わない作業なので、思い出しながら作業を進めたが、どうしても最後でエラーになってしまう。あれこれ考えつく限りの異なる保存方法を試したが、もうお手上げだ。サポートに電話しようとしたが、すでに午後6時を過ぎてしまっていた。これ以上粘ると心身に良くないと考え、明日になったらサポートに電話することにした。

 今日だけで、およそ10時間はかかりきったと思う。脇目も振らず、一心不乱に取り組んだため、想像や妄想とは無縁の一日だった。こんな日は脳内が無味乾燥になってしまい、何かを書こうという気力も低下してしまう。

 このけだるい曲を歌っているのは、ブログ読者のcausalさんが教えてくれた、Stacy Kentだ。歌声は不二家のミルキーみたいに甘ったるい。何を血迷ったか、今日コンビニでそのミルキーを買ってきた。口に入れたのは半世紀以上ぶりだと思う。

 世の中の事象がほぼ不変であると誤認させ、長期ローンを組ませて投資用のマンションの購入を勧める営業マンが存在する。今からほんの10年程度前だったら、そのような手法は通用しただろうと思う。しかし、多くの人たちは今、漠然とではあっても国内外の緊張度の高まりを肌で感じ、先が見通せない不安も感じている。

 私自身は、そろそろ余命が尽きてもおかしくない年代になりつつある。状況が許せば、自然に近い温暖な気候の地域に定住し、世俗とは距離を保って静かに暮らしたいと思うことしばしばである。iMac、iPad、iPhoneにインターネット環境が加われば、とりあえず情報の孤立は免れるし、音楽も映画も自在だ。ブログを続ける気力が残っていれば、読者の皆さんとも静かな対話ができる。徒歩圏にセブンイレブンさえあれば、日常生活も不自由には感じない。自家製の和菓子屋さんが近くにあれば、楽しみも増える。窓越しに水平線が見え、新鮮な空気を吸いながら散歩ができるとなお嬉しい。

 イメージは不思議と太平洋側だ。日本海はほとんど見たことがないせいだろう。能登半島にもいつか行ってみたいと思っている。北海道で生まれ育ったせいか、東北には違和感がない。とくに、東日本大震災後に、気仙周辺に何度もお邪魔したせいか、あのリアス式海岸の景観と、暗緑色の海水を湛えた湾内の不思議な雰囲気は今でも忘れられない。

 最も現実的なのは、湘南・逗子辺りだと思うが、そうなると娘から電話があり、「出かける用事ができたので、夕方まで預かってね」と、孫の世話を言いつけられそうな気がしている。それはそれで喜ぶべき晩年の姿だとも思う。

 ときどきふと、自分がいつまで生きて、どこまで仕事を進められるだろうかと、ぼんやり考えることがある。絶対的な目標値を掲げず、いつダウンしてもいいように、柔軟な危機管理対策を講じるようにしようと思う。

 改めて、絶対数は少ないもの、気を許し安心・信頼できる人間関係に恵まれていることを有難く思う。

 病は気からというが、やはり人生にも確固とした目的と目標を持ち、心身を鍛えるならば、かのアンドリュー・マーシャルのように、90歳を過ぎても思考力と判断力を維持できるようになるのだろうか。健康でいさえすれば、湘南といわず、東欧から北欧まで足を伸ばしてみたい。その頃に、年金はあまり当てにならないものの、毎月それなりの印税が銀行口座に振り込まれる環境になっていれば、地の果てまで行ったとしても、野垂れ死ぬことはないのではないだろうか。

 不思議なことだが、創作意欲は日本を超えて、なぜか北欧と東欧に向けられている。映画で垣間見ただけの自然の景観や人間の表情、陰影のある建物や歴史(歴史はほとんど勉強してはいないのだが・・・)。そこに興味を惹かれる登場人物が存在するという予感がある。雑踏を歩いているときにすれ違う人の群れの中に、唐突に出現するという予感がある。

 いつも冗談めかして、ノーベル即興文学賞だなんて言っているが、本当に冗談であって、脳内に登場した人物を丹念に描き、生命を吹き込むことができれば、それだけで大満足である。もちろん、少しでも多く買ってくれる読者が存在すれれば、餓死しなくて済むのでとても有難い。

 ・・・とまあ、このような荒唐無稽な妄想を公言できるうちはまだ、何かが激変して病院で緊急手術という事態にはならないのではないだろうか。

 ゆったりとした時間を確保し、作品を書ける環境に身を置ければ、それが最も自分らしい至福な生き方だと、改めて感じている。


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by hirune-neko | 2017-11-13 23:55 | 心の中のできごと | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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