昼寝ネコの雑記帳

どうやら高血圧体質から低血圧体質に変わったようだ


Bill Evans - Like Someone in Love

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 もう何年も前のことになるが、便秘気味でトイレでいきんでいるうちに・・・のっけからロマンチックな香りの話題で申し訳ないが・・・次第に意識が遠のいたので慌てて救急車を呼んでもらった。救急車が到着した頃は、なんとか自力で歩いて行き、救急車に乗り込むことができた。
 サイレンの音を聞きながら、血圧を測ってもらったら257だった。近くの大学病院に運ばれ、脳のMRI検査などを受けたが異常がなく、血圧降下剤を飲まされた。確かほどなくして180ぐらいまで下がったと記憶している。翌日外来に来て、弱い血圧降下剤を処方してもらうようにいわれた。しかし、それ以来病院には行かず、降下剤のお世話にはなっていない。しばらくの間、頭に違和感を感じて血圧を測ると、決まって200を超える時期が続いた。看護師をしている親戚に訊くと、血圧が高いまま放置すると脳出血を併発する可能性があると言われた。

 あれから何年になるだろうか。毎晩深夜過ぎまで仕事をするのが原因だと悟り、少しずつ寝る時間を早めるようにした。その甲斐あってか、起きがけの血圧は徐々に下降し最近は110〜120をキープするようになっていた。薬を一切服用せずにである。ところが今朝起きて血圧を測ると、80まで下がっていた。気持ちのいい数字ではない。やれやれだ。まるでモグラたたきのように、絶えず何か問題が起きてしまう。

 外出予定を取り止め、午後からはしばらく横になって身体を休めた。毎日このような楽をする生活を続けていると、そのまま寝たきり老人になってしまうのだろうなと実感した。

 夕方過ぎに義母の夕食を給仕した後、脳のトレーニングを兼ねてインターネット上の将棋対局場「81dojo」にログインした。つい最近登録し、7級からスタートしてせいぜい5局ぐらいしか指していない。それでも、いつの間にか1級の判定になっていた。今日は2級の人、次いで1級の人と対戦したが、終盤を手堅く寄せて二連勝だった。あと二回ほど連勝すると初段になるところまできた。

 夜になってから、しばらくサボっていたウォーキングに出かけた。最初は足全体がぐらついたが、5千歩ほど歩いて帰ってきたら、頭もすっきりしていた。歩きながら、バッハの無伴奏チェロ曲を聴き、例の「寂れた商店街の復興企画」についてあれこれ思い巡らした。ピアソラやシャーリー・ホーンを聴くより、バッハの方が考えに集中できることを発見した。

 静かな商店街が一転して「どっと混む」ようになるよう、商店街名・ドッココムのドメインを取得し、サイトを活用した「商店街ファンクラブ」を作って会員をできるだけたくさん確保する・・・というスタートラインが見えてきた。
 まるで創作ストーリーを考えるように、商店街に人が群がっていく様子を想像した。一気に実現する手法は一過性で収束しかねない。いくつもの伏線を作り、一つずつ外堀を埋めながら、カップルや家族連れで商店街が賑わうストーリーを創作している。ストーリーが出来上がったら、後はそのシナリオを元に現実的な要素を組み立てる作業になる。

 さて、果たして私の妄想企画が、当事者の実務家の皆さんにどのように受け止められるだろうか。おそらくは誰も考えつかないような、ユニークなストーリーを書き上げ上げられるだろうという自信はある。
 
 もし第一号が成功したら、社内に「寂れた商店街復興室」を作るかもしれない。もし需要があれば、その実績とノウハウをベースにして、次は「寂れた地方都市復興室」を作る機会があるかもしれない。・・・そんなことを続けていると、いつかは最終目標である「人生に希望を見失った人たちを活気づけるセンター」が発足するようになるかもしれない。

 妄想は決して悲観的にならず、できるだけ楽観的、創造的、建設的であるべきだと考えている。その割に私は暗い曲想の音楽を好んでいるようだが、暗い地の底から這い上がる自分の姿を想像し、案外そこからエネルギーを得ているのかもしれない。

 本件については、公開できるようになったら改めてご紹介させていただくことにする。妄想する、創造するというのは、実に楽しい作業である。


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by hirune-neko | 2017-11-12 00:21 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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