昼寝ネコの雑記帳

小説家志望だという孫、小学3年生の女の子


Ottmar Liebert ~ Morning Glory

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 「私は将来、小説家になりたいです。そのためには、どうしたらいいですか?」

 この手書きメッセージを送ってきたのは、小学校3年生の孫娘である。過日、家族揃って遊びに来た、三男家族の長女だ。妹はまだ4歳で、会う度に「人間の言葉を話す動物の赤ちゃんだね」と、声をかけている。まだまだ無邪気さが残っている。

 長女は頭の回転が速く、まるで大人のような口調で話す。個性的な女の子で、何か才能を秘めているのだが、文才があり観察眼も鋭いので、作家としての才能があると思っている。何年も前に家族でグアムだかに旅行に行ったとき、ホテルのステージで演奏が始まると、なんと孫娘は単身ステージの前に行き、衆人環視の場所で踊り始めた。そのときの動画を観て驚いたのを憶えている。

 さて、小説家になるためには何をしたらいいか、という質問にどう答えたらいいだろうか。

 いい作品を読む、いい音楽を聴く、いい絵画や彫刻を鑑賞する、いい映画を観る、人の心を理解するよう努める、毎日日記を書く、頭の中にストーリーが思い浮かんだら文章にして書き残す・・・字数制限があったので、これぐらいの内容を書いてメール送信した。果たして本気で取り組むだろうか。

 チャレンジなんとかという仕組みがある。インターネット上のサイトで勉強すると、その内容が私に報告されてくる。数行だが、いつも励ましのメッセージを送っている。おそらく、自分に関心を持ってくれている、というので嬉しいのだろう。どうしても両親は小さく無邪気な妹の方に手をかけるので、寂しい思いをしているのだろうとも思う。

 本当のことを言うと、どうすれば小説家になれるか、いい方法があれば私の方が教えてほしい。しかし、決まった法則は無いような気がする。
 大学生の頃、青学の文学部に在籍していた寮生仲間が、同級生と一緒に同人誌を発行することになった。私も入れてもらい6人で始めた。誌名は「六重奏」に決めた。当時、北海道庁に勤めていた、文学好きの叔父に1冊送った。評価は「一応は読ませる」のひと言だった。それはそうだろうと思う。人生経験も浅く、苦労も知らない若造が書く作品だもの、内容が深いわけはない。

 多感だった青年時代から、半世紀近くを生きてきた。割と冷静に周りの人たちを観察してきたように思う。何かに夢中になることもなく、ひたすら時間を浪費し手探りの人生だったのではないだろうか。既成の価値観には迎合せず、納得のいく目標を希求してきた・・・と書けば、なんとなく格好はつくかもしれないが、どこにも帰属せず、世の中から取り残されていたような思いもある。

 別に後悔はしていない。自分らしく生きてきたという実感はある。これからも、最後まで自分らしく生きて、人生を終えられればいいなと思っている。
 で、自分らしい生き方とは、一体どのような生き方なのだろうか。明確に定義することはできない。要するに、確信を持てる選択を続ける、ということなのではないだろうか。

 何かを共有できると思った人たちは、今は既に故人となっている。将棋を通してだったり、ピアソラだったり・・・しかしそれは単なるきっかけであり、感覚や感性、心象、価値観などに通底するものを共有していたのだろうと思う。

 約半世紀にわたる人生での愚行と愚考、過誤など数え上げれば限りがない。自省と自責の念は今でも消え去っていない。しかし、そのような経験があるからこそ、自分の家族や子孫、知人・友人、そして一面識もない多くの方々に対して、「下から目線」で、助言をさせていただきたいという思いが募っている。

 ここ最近は、肉体と脳に衰えを感じている。それを緩和するには、肉体を鍛えるしかない。馬鹿のひとつ覚えだが、ジャック・バウアーのガッツを見習って、老化スピードが遅くなるよう努めたい。

 そして、孫娘が作家になれるよう、祖父として、また良きライバルとして、コーチングしてやりたいと思っている。

 そういえば今日、思いがけない人から連絡があった。一度聞いたら決して忘れないその人の名は「フォアグラ肝臓」さんだ。何年も前に指導棋士でプロの堀川修先生の門を叩いた。そのときの兄弟子がフォアグラ肝臓さんだった。当時はアマ三段だったと記憶している。でも一度だけだが勝ったことがある。
 詰め将棋の作品集を出版したい、という相談だった。かれこれ6年にはなるだろうか。私はなかなか昇段できていないが、将棋は思考力の低下には役立っていると思う。
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by hirune-neko | 2017-09-29 00:18 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< ついに漏洩した安倍晋三総理と小... 具体的なイメージが像を結んだ >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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