昼寝ネコの雑記帳

絡まってしまった糸がほぐれるのを待っている


"Los paraguas de Buenos Aires" (A.Piazzolla/H.Ferrer) ArgEnTango live at Sala Radio, Bucharest

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 すぐに判断し、対応策を決められたら理想だ。しかし、他者のいろいろ異なる考えが絡み、調整が必要だとなかなか思うように進まないときもある。極度にペースダウンし、実質的には半ば停止状態になってしまう。忍耐力が必要なときだ。

 あくまでも想像だが、ひとつのプロジェクトにいろいろな国籍の人間が絡むと、人間性よりもむしろ国民性の違いが阻害要因になることがある。その意味では、異なる国々の人たちと折衝する、いわゆる外交に携わる人たちの苦労は並大抵ではないだろうと思う。

 到達地点は見えているのだが、習得が容易ではないくつもの異なる技術的な関門があり、消化不良に陥っている。焦りは禁物だと分かっているのでしばし立ち止まり、高次方程式の解法をじっくり考えたい。そんなに時間的な余裕はないのだが、あまり自分の年齢を意識せず、ほんわりと鷹揚になるよう努めている。

 今日、3週間の入院を終えて、次男のお嫁さんが退院した。次男はすっかり頼り切っているので、伴侶不在の21日間は心が安まらなかったことだろう。子どもたちの家庭だけを見ても、仕事上でいろいろ大変な状況に直面し、それぞれが必死で努力している。ふと、以前の創作で使用した言葉を思い出した。

 「艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ず。」(聖書の言葉)

 誰でも、艱難や苦難の渦中にあっては、自分が置かれている状況を客観的に見ることは難しいと思う。しかし、一定の時間が経過したときに、このような言葉を深く味わうことができるようになっている。そう思うので、子どもたちが家族共々大変な毎日を送っているのを知っても、過度に心配しないようにしている。そのときを通り過ぎれば、書物からは学ぶことのできない、得難い経験と知恵が身についていると思っている。冷たい父親である。

 最近、とっさに言葉が出てこないことがある。あまり嬉しいことではない。過去の思い出したくない出来事が、徐々に記憶の彼方に薄れていくのは安堵につながる。しかし、日常的な仕事の会話で、まるで失語症のように説明が不能になることがある。考えてみたら、IT技術関連だけでも次々と意味不明のカタカナ言葉が増えている。外国語の表現も無理矢理、脳内に詰め込もうとしている。果たして脳を酷使していると、脳の記憶領域が拡大するのだろうか。

 そんなとりとめもないことを考えながら、今日は頭休めをしていた。しかし、決して気休めではなく、何か考え続けている最中に具体的なイメージが浮かび、答えが閃くこともある。傍目には、何もせずぼーっとしている、と思われているかもしれないが、実は・・・その通りなのである。しかし、私には不可欠で貴重な想像・妄想・思索の時間である。・・・そのように正当化しておきたい。


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by hirune-neko | 2017-09-27 00:04 | 心の中のできごと | Comments(0)
<< 具体的なイメージが像を結んだ 私にとって、どうやら永田町は鬼... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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