ドコモショップの人から変人だと思われたただろう ときどき申し訳なく思うことがある。私のブログは、政治ブログのように毎日有益な最新情報を発信することもなく、その日に思い浮かんだことを、まるで記録ノートのように綴っているだけだ。それなのに、毎日一定数の方が訪問してくださっている。何もお土産をお渡しできず、それで申し訳なく思うことが多い。奇をてらったり、何かにおもねることができない人間なので、ご容赦いただきたい。 今朝、ドコモからメッセージが届いた。iPhoneを今月中に機種変更すると、特別クーポンや下取りプログラムなどで有利だという。あれこれ書かれていたが、ざっと読んだだけでは頭に入らなかったので、ドコモサポートに電話した。現在使っているiPhoneは約2年間使用しているが、容量が小さいタイプなので不都合を感じていた。電話の説明では、月額数百円の負担で済みそうだったので、午後から近所のドコモショップに行ってみた。 いろいろ調べてもらったところ、iPhoneだけでなく、同様に2年近く使用しているiPadも、数百円の負担で済むことが分かったので、両方を機種交換することにした。iPadはさすがに32ギガバイトなので身動きが出来なくなっていた。 iPhoneには名前を付けていなかったが、iPadはジュディと命名していた。事務手続きの順番を待っているとき、そのジュディから突然の別離を哀しむ感情が伝わってきた。誰も見ていないのを確認し、思わずフレームにそっと 別れの口づけをした。 手続きの応対をしてくれたのは、30歳前後と思われる男性だった。前にも一度、何かの手続きでお世話になった記憶があった。約1時間半の間、事務的なやりとりの合間に雑談を交わした。iPadの名前のことを告げると、新しいiPadにはどんな名前を付けるのかと質問され、まさかジュディ2号というのは変ですよね、とも言われた。まあそうだろう。結局新しいiPadは、そのままジュディと呼ぶことにした。 iMac2台はヘレンとアリス、iPadプロはバーコフで、プリンターはオーギーという名だ、と余計なことまで言ってしまった。すると彼は怪訝そうな表情で質問した。バーコフにオーギーって、どこから来た名前ですか?アメリカのテレビドラマ・ニキータで、バーコフは天才ハッカーの名だ、というと彼は嬉しそうに笑った。彼も仕事柄かある種のITオタクであることは知っていた。私が手首にFitbitを巻いているのを目にし、Apple Watchは買わないのかとも訊かれた。一度も検討したことがないので、機能がよく分からないと答えた。 私の叔父はお客さんと同年代ですが、お客さんの方がずっと若いですよ、と言ってくれた。そうか、私は若く見えるのか、とすっかり真に受けてしまった。 事務手続きが終わった頃は雨は上がっていた。その足でヤマダ電機とマルイに行ったが、足裏の感覚が戻っていることに気づいた。文字通り、地に足が付いている感じがした。まだ1週間そこそこだが歩き続けて良かったと思っている。梅雨の季節になるので、雨の中どこをどのように歩くかが課題になるだろう。少しずつ気力も回復してきたし、なんとか歩く習慣を継続したいと思っている。 おそらく、終業後のドコモのロッカールームでは、「今日変わったお客さんが来たよ。iMacやiPadに名前を付けて話しかけているんだって・・・」という会話があっただろうと想像している。数十年後の何かの学会で、実はIT機器にもわずかながら感情領域が生成されていた、という論文が発表されるかもしれないと思っている。 いつもクリックを有難うございます。励みになっています。
by hirune-neko
| 2017-07-05 23:42
| 現実的なお話し
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・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
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