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昼寝ネコの雑記帳

強い雨の中、久し振りに湘南・逗子を往復した


María de Buenos Aires - (06) Poema Valseado


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行きの第三京浜は、渋滞こそしていなかったものの、
かなり強い雨で、その雨煙が視界を妨げるほどだった。

鎌倉に較べると、逗子は明るく空気も澄んでいる感じだった。
鎌倉には静けさと落ち着きがあるものの、古都独特の
陰影が見え隠れする。
アメリカ東海岸の都市ボストンと、西海岸のロスに例えるなら、
失笑を買うかもしれないが、それぐらいの違いを感じる。

海岸線しか走ったことはないが、逗子から葉山にかけての
地域には、なぜか惹かれるものがある。
いつかずっと遠い将来であっても、
窓から海岸線を眺望できる、仕事部屋が確保できたらいいなと、
繰り返し想像している。

あれこれ思い巡らしてみると、何ごとであっても、
創作意欲が刺激される場所や人間、環境を好むようだ。
とくに自己分析をしてみた訳ではないが、
現実生活は拒否せず、折り合いをつけて生きているものの、
正直にいうと、現実世界そのものにはあまり安住していない。

どちらかというと、現実に背を向けて、空想の世界や
妄想の世界という、非現実な世界の方に重心を置いてるようだ。

創作意欲を刺激してくれる相手は、音楽であれ映画であれ、
あるいは特別な人間であれ、非現実の世界に沈殿する
何かを呼び覚ましてくれる助けになっている。

本を読む際に、「行間を読む」という表現がある。
仕事の会話であっても、その「行間」から、
何かしらの非現実的な兆候を嗅ぎ取れると、私の場合は
相手を信頼することができる。
単純な表現をするなら、物欲や金銭欲・名誉欲などのみが
前面に出てくる相手よりも、
現実の仕事をきちんとこなしつつ、その人固有の世界をも
共存させている相手は、理解しやすいし受け入れやすいと思う。

久し振りに会った孫は、もうじき2歳になる男の子だ。
私とは数えるほど、しかも短時間しか会っていない。
そのせいか、私をじっと凝視し警戒心を解かない。
娘が「じいじだよ」といっているのに、「ばあば」としかいわない。
何度も同じことを繰り返すので、すっかり諦めてしまった。
まことに存在感のない祖父なのだろう。

別れ際に、娘の頭を撫でて「きれいな肌になったね」といい、
すぐさま孫の小さな顔を両手で包んで
「お前の肌の方がずっときれいだね」といってみた。
意味など理解しているはずはないのだが、にこっと笑い、
初めて「じいじ」と呼んでくれた。
小さな子は正直なものだ。

帰りの横浜横須賀道路は、雨は上がっていたものの、
反対車線が大渋滞だった。
赤のランプを点滅させた消防車が10台近くも並んでいて、
大きく潰れた乗用車が移動されていた。
爆発の危険性でもある状態だったのだろうか。

未来のことは、そう簡単に予測できるものではない。
しかし、いつかは逗子から葉山にかけてのどこか高台に、
小さな家を持ちたいという希望は強まった。

数年前のノーベル文学賞受賞者は、カナダの80歳の
女流短編作家だった。
へえ、80歳になって、しかも短編小説家でも
ノーベル文学賞の対象になるんだ、と驚いたのを憶えている。

後日、ある新聞社に勤めている知人にその話をし、
「私も80歳まで生きたら、ノーベル文学賞を受賞できそうな
気がしてきたよ」と、冗談をいった。
彼曰く、「まずは80歳まで生きてください」だそうだ。
そりゃまあ、そうだろう。

少年よ大志を抱け・・・だったら壮年だって老年だって、
妄想世界での大志を抱いてもいいのではないだろうか。
最期に意識が薄れ、息を引き取る間際まで、
私はおそらく、妄想世界の方に重心を置いているだろうと思う。

次は、いつ逗子に行く機会があるだろうか。
今度行ったときは、少し高台の方を走ってみたいと思う。


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by hirune-neko | 2016-09-23 02:22 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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