昼寝ネコの雑記帳

創作「ハイヒールを履かない女の、雨上がりの午後」


Bill Evans - Remembering the Rain
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(まえがき)
旧知の間柄である女流カメラマン(カメラウーマン)
ケ・セラ・セラさんが、写真作品の、モノクロ画像一枚を送ってくれた。
かなり以前、彼女のブログに掲載されていた「青池」の画像を見て、
すぐにストーリーが浮かび、短い物語を書いたことがある。
(「青池物語」:http://hiruneneko.exblog.jp/14540344/

今日の「お題」は、ハイヒール姿の女性だった。
なんでも、まるでオードリー・ヘップバーンのように、
スカートの裾を翻し、早歩きで颯爽と通り過ぎた女性の姿を目にし、
後を追いかけて、後ろから撮った写真だそうだ。
かすかに創作意欲が湧いたのだが、この一枚の写真の背景に、
一体どのようなストーリーが隠されているのだろうかと、
目を凝らして眺めてみた。その結果が、
「ハイヒールを履かない女の、雨上がりの午後」
というタイトルの、超即興短編作品となった。

c0115242_0195365.jpg


(本編)

人間は誰にでも、思い出したくないシーンや
忘れたいシーンがあるのだろうか。

もし、「女性度」を測定する器械なんていうものがあったら、
間違いなくわたしは、限りなく男性に近い「中性」という
評価が出るに決まっている。

外出するときはいつだって、コットンパンツかデニム。
冬にはコーデュロイのときもある。
髪はヘアスタイルも何もなく、いつだってポニーテール。
駅に行く途中にある、gigueという名の洒落た美容室の店内を見ても、
まるで別世界を覗いたような印象しかない。
革靴はペッタンコのかスニーカー。
仕事仲間からは、いつも「スッピンの女王様」とからかわれる。

いくら厚化粧をしたからって、
パソコンが処理速度を速めてくれるわけではない。
香水の匂いを漂わせても、プログラムのバグが、
自然に解決されるはずもない。

こんなわたしを、コンサートに誘ってくれる男性が現れた。
最初は何かの間違いだろうと思った。
人違いをしているのだと思った。
朝から夜遅くまで、データベースのプログラム作成に取り組み、
人と接する機会が極端に少ない。
少ないというよりは、人間が訳の分からない、得体の知れない
生き物のように感じられるので、意識的に人を避けてきた。

彼は取引先の営業担当者だ。
イヤフォンで音楽を聴きながら、黙々と仕事をする
わたしの目の前に、突然メモ紙を突きだした。

「どんな曲を聴いてるんですか?」

一瞬驚いてイヤフォンを外し、すっとんきょうな表情で
ひと言だけ声を発した。

「はっ?」

そりゃそうだろう。
口も利いたことのない男性から、いきなりメモだなんて。

「中断させて済みません。いつもあまりにも仕事に熱中されているので、
一体どんな音楽を聴いていらっしゃるのか、お尋ねしたかったんです」

ずいぶん暇な営業マンだと思ったが、失礼な態度もできないので、
「ダイアナ・クラールです」と、ぶっきらぼうに答えた。
「へえ、偶然ですね。何枚もダイアナ・クラールの
アルバムを持ってますよ。趣味が合いましたね」
それが、彼と交わした初めての会話だった。

接線というのは、決して交わらず、ただ接点の一点だけで接する。
数学科出身のわたしは、なんでも公式や図形に置き換えて発想する。
その唯一の接点となった彼とは、知らず知らず親しくなった。

ああ、もしかしてこれで、わたしの人生も変わるのかもしれない。
少しずつだが、頭の中も心の中も、不思議な期待感で満たされた。

ある日、彼から電話があり、急な出張が入り三日ほど東京を離れるという。
久し振りで、独りの週末を過ごすことになった。
そういえば、神宮外苑の銀杏並木には久しく行っていないことに気づいた。
そろそろ紅葉の時期なのだろうか。

直射日光を避けるために、深々と帽子を被り、
疲れた眼を保護するために、大きめの濃いサングラスをかけた。
そんな無粋な格好のわたしの目に飛び込んできたのは、
出張で東京を離れているはずの彼の姿だった。
銀杏並木に面したカフェテリアで、深刻そうな表情で見つめ合う二人。
彼の向かいに座っているのは、「女性度測定器」では
まず間違いなく、女性度100%評価の女性だった。

「な〜んだ、そういうことか」

その一瞬、心の中が空洞になってしまった。
別に哀しくも悔しくもなかった。
でも、なぜか自分の殻から飛び出してみようという気になった。

気がついたら、表参道のお店で買った・・・普段のわたしなら
絶対に買うことのなかった、カラフルな柄のワンピース。
それと、ワンピースの柄の色に合わせたハイヒールが入った
大きな紙袋をぶら下げて電車の駅を降りた。
さらに異変が起きてしまった。
普段は横目でちらっと覗くだけの、センスの良さそうな
美容室の扉を開けてしまった。

「いらっしゃいませ」

予約などしていなかったが、感じの良い女性二人が出迎えてくれた。
少し待たされたが、わたしの順番がやって来た。

「あの〜、おまかせしますので、この洋服に合った
ヘアスタイルをお願いできますか?」

少し意外そうな表情を浮かべたが、快くわたしの注文に応じてくれた。
髪を少し染めた方がいい、とか、もう少し短めにして、
全体にボリュームを出した方がいいとか、いろいろ助言してくれた。
すべておまかせすることにした。

鏡の中の自分が、少しずつ変化していくのが分かった。
自分が自分でなくなり、自分の中から新しい自分が甦る。
見知らぬ自分と初めて対面するうちに、理由もなく
眼から大粒の涙が溢れてきた。

一夜明けて、わたしは鏡の中の自分と、改めて対面した。
馴れないメークにもチャレンジしてみた。
一体わたしは、何をしようとしているのだろう。

そのとき、携帯の着信音が鳴った。
見ると彼からだった。
一瞬迷ったが、応えることにした。

彼は早口でまくし立てた。

出張に行くはずだったが、妹さんが深刻なトラブルに巻き込まれ、
逃げるようにして、突然北海道から上京してきたという。
やむなく出張を延期してもらい、自分のアパートに泊めて、
昨日からずっと相談に乗っていたそうだ。
羽田まで送ってきた帰りなのだが、もうじき経堂の駅に着くから
今から会えないか、という。

断る理由はなかった。
いや、断りたくなかった。
鏡の中の自分に言い聞かせるように、すぐ駅に向かう、
と告げて電話を切った。

初めて着る女性らしい洋服、少しだけ茶褐色に染めた髪の毛、
薄化粧だが、少しは女性らしくなった表情、
そして、履き慣れていないハイヒール姿で、駅に向かった。

今のわたしを「女性度測定器」測ったら、
一体、女性度は何%になっているだろうか、と想像しただけで、
思わず可笑しくなった。
雨も上がり、中性人間プログラマーだったわたしが、
女性の姿になって男性に逢いに行く。
そう考えただけで、切なさと可笑しさが同時にこみ上げてくる。

新しいわたしと対面した彼は、どんな表情になるだろうか。
早くその表情を見てみたい・・・。

馴れないハイヒールなのに、いつしか足早になっていることに気づいた。

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by hirune-neko | 2016-09-21 00:20 | 創作への道 | Comments(7)
Commented by 日本晴れ at 2016-09-21 00:40 x
お疲れ様です。

久々に渾身の短編新作を読ませて頂き、お師匠ならではのテンポある文章と絶妙なオチに、ついニヤリとしてしまいました。 最高ですね!
それにしても、主人公の女性は、お師匠のタイプの特徴が仔細にわたって描きこまれているような感じがしましたが...

ぜひ、女性の読者の方の、このストーリーや主人公のキャラクターに対しての感想を聞いてみたいものですね。
Commented by 千波矢 at 2016-09-21 19:23 x

『妹落ち』

ありふれたシナリオなのに、心惹かれるのは何故だろうか?
男のような潔さ?
いやいや、男の方がぐちぐちとうるさそうだ。
自らを『限りなく男性に近い「中性」』と評するように、達観しているからだろうか?


『な〜んだ』

衝撃と一抹の寂しさを弾き飛ばし、クルリと踵を返す彼女は、きっと格好いいに違いない。
顔を上げ、背筋を伸ばし、颯爽と歩いていく姿が見えるようだ。
決して、項垂れない、言い訳をしない。


女らしい洋服を選び、ハイヒールを選ぶ。
素敵に髪を染め、『女』になる。
『紅の色』は何色だろうか?


『男』に応えて、『女』は一歩を踏み出す。
陽の光の中でスカートが翻る。
『男』はどんな顔をしているだろうか?


『男と女』
どんな未来が紡がれるのか…

彼女は、もう、自分を、
『限りなく男性に近い「中性」』と評することはないだろう…


ー…ー

上手く著せない…
明るい陽の光と弾むようなリズム感を、今も感じています。
           千波矢 拝

 
Commented by hirune-neko at 2016-09-21 23:00
日本晴れさん

いつも好意的なコメントを有難うございます。
改めて、「即興文学」みたいなジャンルがあると
トライしてみたいなと思いました。
それと、創作活動は一番自分に合っていると
再認識しました。

有難うございました。
Commented by hirune-neko at 2016-09-21 23:12
千波矢さん

格調の高い評論を有難うございました。
なかなか硬派の文章ですね。

ところで、『妹落ち』の意味を教えていただけますか?
調べてみたんですが、分かりませんでした。

これからの人生が、どのように展開するのか
皆目見えませんが、もしできれば
創作に割ける時間が十分にあり、自分で電子化して
アマゾンで売れるような環境を作れると
理想的だなとイメージしています。

千波矢さんも書き続けてくださいね。
声援を送ります。
Commented by 千波矢 at 2016-09-22 06:57 x
 
◇お早うございます。
声援をありがとうございます。
はい、できる限り書き続けて行きたいと思っています。

今月中に、もう一本書きたいなと思っているのですが、コンスタントに書くのはなかなか難しいです…
 
昼寝ネコ様のような、魅惑的なお話しがするりと書けるようになるといいのですが、まだまだハードルは高そうです。 
 
 
◇『妹落ち』

男性が書く小説には無い手法なのかもしれませんね。

女性が書くライトノベルとか漫画では、『妹落ち』というのは定番で、
昼寝ネコ様の小説のように、恋人が別の女性といるところに遭遇して誤解をするが、『妹だったという落ち』でハッピーエンドになるというものです。

『妹落ち』の導入には色々なパターンがあるのですが、
『出張→女性と会っていた』というのも定番のパターンになります。

ですから、『深刻そうな表情で見つめ合う二人』の一文の『深刻そうな』の描写で、妹落ちだなとわかってしまいました。

そういう意識下の思いがあってのコメントでしたので、ああいう感じになってしまいました。

お恥ずかしい…
                千波矢





Commented by hirune-neko at 2016-09-22 07:23
千波矢さん

なるほど、そういう意味でしたか。
教えてくださり、有難うございました。
知らないうちに、よくあるパターンになっていたんですね。
あな恥ずかしや、です。

新作を楽しみにしています。

有難うございました。
Commented by hirune-neko at 2016-09-22 07:49
千波矢さん

追伸です。
「深刻な表情で見つめ合う二人」で、
妹落ちの結末が見えるというのも、
なかなか驚きの洞察力ですね。
驚きました。y
見透かされているようです。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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