昼寝ネコの雑記帳

予備自衛官補には、年齢制限・視力制限があるのだろうか


Summer of 42 - Music by Michel Legrand

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ここ数日、ブログ・余命三年時事日記では、有事に関する記事が
何編か掲載されている。

現在は休戦状態だといわれる朝鮮戦争が再開した場合。
また、韓国によって不法占拠されている竹島を巡っての、
日韓武力衝突に言及している。

ざっと読んだだけだが、朝鮮戦争再発の場合、日本は中立宣言する、
と予測している。
それもどうやらスイス式の中立宣言だとのことで、
領空、領海を侵犯する相手は撃墜・撃沈となる。
つまり、どちらか劣勢に立たされた国の軍人や民間人が、
船で日本に逃れてきても、追い返すということになるらしい。

またぞろ、人道的見地とかの議論が百出するだろうと思う。
食糧支援とは異なり、日本への門戸を開放すると、偽装難民を含め
国としてどのようなリスクを伴うのか、冷徹に判断すべき
案件なのだろうと思う。

かねてから、自衛隊の隊編成や装備が、暴動やテロ・騒乱を
想定した市街戦向けに変更されているそうだ。
警察と自衛隊の共同訓練も公に実施されているようだし、
テロやゲリラ予備軍にとっては、かなりのプレッシャーだろう。

かなり以前の余命記事で、予備自衛官だけでなく予備自衛官補の
公募について触れられていた記憶がある。
昨日の余命記事を改めて読むと、もしかして今現在も
予備自衛官補を公募・訓練しているのかもしれない。

かなり以前の話だが、C.W.ニコルさんに監修をお願いして
アウトドアやハンティングに関する、ムック誌を発刊した。
そのとき、日本人がサンフランシスコで経営する
銃砲店を取材した。
その後、何度か私自身もお邪魔するようになり、
日本人観光客向けの射撃ツアーに加わった。

ベイブリッジを渡った所に公営射撃場があり、そこで
回転式の拳銃、オートマチック拳銃、MI6という
ライフルの実弾射撃訓練を受けた。

どこまでもアホな私は、オートマチック拳銃の
ワルサーPPKを数百ドルで購入し、銃砲店で保管してもらった。
許可を得れば、ホルスターに入れて携行できると聞いたが、
さすがにそこまではしなかった。
本当は携行したかったが、今考えるといかにアメリカといえど、
千歳空港での、特殊警棒事件どころでは済まなかっただろうと思う。

余命記事にには「予備自衛官補」については、最寄りの自衛隊募集の
窓口に問い合わせるようにと書かれていた。
なんでも実弾射撃訓練を含め、しっかりしたカリキュラムがあるらしい。
やはりアホなDNAは未だに健在なようだ。
年齢制限はあるのか、視力制限はあるのか、問い合わせよう
という気になってしまった。
介護保険証をポケットに入れ、視力も弱ってきた高齢者に、
実弾射撃訓練やハードな訓練は、まず無理だろうと思う。
あと10年若ければ、もしかしたかもしれないのに。

いろいろな人の記述を思い出す。
「日本人は優秀な戦闘民族である」
「アメリカは日本を一番恐れている」

俄には信じがたい表現だか、そうかもしれないとも思う。
やはり余命記事で読んだ記憶があるが、日米合同で日本の
戦車の性能試験をしたとき、アメリカサイドの軍関係者が
驚嘆の声を上げるほど、とにかく凄かったらしい。

同じく余命記事の記述だが、中国の軍事委員会で、
日本の潜水艦や機雷に関する軍事機密の検証をしたところ、
中国とのあまりの格差に驚いて、日本への軍事侵攻を諦めたそうだ。

あくまでも私の想像だが、日本では既に核ミサイルを無力化できる
特殊な電子兵器を開発したり、一瞬で相手国のミサイル基地の
中枢に到達可能な、どこでもワープドアがあったり、
ミサイルが飛来しても迎撃するのではなく、発射された基地に
そのまま自動的にUターンしていただく、
いってらっしゃい電磁波兵器があったり、その他、世界中の
軍事専門家が驚嘆するような兵器ができているのではないだろうか。

でも、一応は念のため自衛隊の公募事務所を探し、
介護保険証を持っているが、有効な運転免許証はゴールドで、
アメリカでの拳銃所有歴と実弾射撃訓練経験もあるんだけれど、
それと、性格は至って温厚・冷静であり、人情味もあるので、
どうにかなんとかして、予備自衛官補の申請だけでもさせて
いただけないかと、確認してみたい。

まあ、視力検査段階で、味方や一般市民を誤射する危険があるので、
熱意だけは有難く承るから、お引き取りください、といわれるだろう。

残念だが、では一応ダメ元で予備自衛官補の後方支援として、
情報処理や指令伝達などの、IT関連従事者は必要ないか、訊いてみよう。
それでもダメといわれたら、最後は、もし軍用犬以外に
軍用ネコなる存在があるのなら、昼寝の相手は得意だといってみよう。

そこまでいっても断られてしまったら、もうそれ以上の悪あがきはせずに、
潔く、自分のブログを通しての情報発信に専心しようと考えている。


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by hirune-neko | 2016-03-16 00:42 | 現実的なお話し | Comments(4)
Commented by 月見酒 at 2016-03-16 23:13 x
それから、私の夫は自衛官です。
上官のアドバイスを無視したり、起床時刻を守らなかったりする若い自衛官が毎年十数人は入ってくると言って、夫は嘆いております。
志ではなく、公務員の仕事の一つという感覚で自衛官になる若い子が、年々多くなっている印象だとも申しておりました。
昼寝ネコ様のように年齢や視力を心配しながらも予備自衛官補を志される方が、若い世代にもいらっしゃると良いなと思います。
予備自衛官補の公募は今年も行われているようですが、年齢は技能のほうが55歳未満という制限のようですよ。
でも、もしかしたら特別採用ということもあるかもしれませんし、どうかご熱意をお伝えになっていただきたいと思っております。
Commented by 千波矢 at 2016-03-16 23:51 x
◆月見酒様へ

初めまして、横から失礼致します。
『伏見ブログ』について、私も友人から、どう思うか尋ねられたところです。

余命ブログをきちんと読んでいるなら、最初の数行を読んだだけで『嘘』だとわかります。
私個人は、余命ブログに関するあるシリーズ物を書いていた経緯があり、余命ブログを繰り返し読んでいます。
人様に噛み砕いた説明をしたり、文章を書いたりできる程度には理解しているつもりです。

昼寝ネコ様に注意を促す前に、他人の意見でなく、
『ご自分の目』で、余命ブログを熟読されることをお勧めします。

念のため、誹謗中傷の意図はありません。
ご不快に思われましたら、ご容赦ください。

                     千波矢拝


◇昼寝ネコ様へ

初コメントお邪魔致しました。
余計な口出しをお許しください。

みるとす9号、ブログの記事一編を、先週末に転載させていただきました。
ありがとうございました。

                     千波矢拝
Commented by hirune-neko at 2016-03-17 02:18
月見酒さん

ブログをお読みくださり、有難うございます。
またご丁寧に情報を投稿してくださり、お礼申し上げます。
ご紹介くださったブログは閲覧したことがありませんので
伺ってみます。

私の個人的なポリシーについてお伝えします。
余命ブログであれ、仕事であれ、人種や国籍のみを基準に
最終決定することはしていません。
自分自身が無国籍人間だと思っていますし、
海外での仕事の機会が多かったせいか、多国籍の方と
交流がありました。

ですから、余命ブログの皆さんが仮に朝鮮属の方であっても
それだけで、信憑性を失うということはありません。
どの国籍・人種であっても要は人格と向き合って
交流しますので、私にとっては何人であっても
スタートラインは一緒です。
もちろん国民性とか血という個性はあると思います。
しかし、最終的には信頼できる人格か、共有できる感性か
によって、人間関係は構築されると思っています。

ただ、国家安全保障の見地から見ますと、
国家対国家は、ある意味で熾烈な戦いをしていますので、
その場合に限っては、他国を一括りにして議論することは
やむを得ないことであり、それは差別のカテゴリーではなく
純然たる国家として当然有するべき、
カウンター・インテリジェンスの基本機能だと考えます。

私見ですが、日本は国家インテリジェンスという見地から
見るならば、まだまだ未成熟であるというのが
個人的な感想です。

私自身は、ズボラではありますが、
オープンな性格だと思っていますので、
お気づきの点は、ご遠慮なくご指摘くださいますよう
宜しくお願いいたします。

コメントに対し、改めてお礼申し上げます。
有難うございました。
Commented by hirune-neko at 2016-03-17 02:21
千波矢さん

コメントを有難うございました。
ようやくかなり、遅延案件が片付いてきましたので、
ゆっくりと作品を読ませていただきます。

自分でも不健康な生活パターンになっていることを
反省しています。

引き続き、宜しくお願いいたします。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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