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昼寝ネコの雑記帳

固定化された判断力と柔軟な判断力


Diana Krall - Where Or When

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


人間は誰しもが、なんらかの判断をし選択しなければならない。
もちろん、慎重に検討するために、一時的に判断を保留することもある。
人生は、判断と選択の連続であるともいえる。

異なる人が、まったく同じ状況に直面したとき、
どのように判断するだろうかと、思い巡らせた。

そのとき、目に見える、あるいは耳に聞こえる情報だけで判断し
結論を出す人もいる。
いわゆるそのシーンをスクリーンショットで視野に入れ、
それまでの経緯や、それからの変化などを考慮に入れずに
いわば短絡的に結論を出してしまう。

一方、目に見える、あるいは耳に聞こえる情報を基にするが、
それまでの経緯を洞察し、さらには可能な限り将来における
変化の可能性も考慮して判断し、結論を出す人もいる。

どちらがいいか悪いかの問題ではなく、それはその人の
個性であり、生き方でもある。
個人的には後者の生き方が好きであり、そのような人を
思慮深い人間と呼んでもいいのではないかと思う。

判断を要するカテゴリーはいくつか存在すると思う。
直接知覚できる人間関係は、誰もが経験するだろう。
こじれれば付き合いを止める、感情的になれば罵倒する、
場合によっては訴訟になるかもしれない。

難しいのは、政治などの社会的テーマではないだろうか。
外部からは詳細に把握できないが、ここ数年の間に可決された
いくつもの法案は、かなり緻密なシナリオを書いて、
安倍総理が主導しているとしか思えない。
自らが確信と信念を持っている法案であっても、
頑強な抵抗に行く手を阻まれるのが、政治の世界なのだろう。

反対するのも自由だと思う。しかし、次善と思う対案を出すなど
建設的な反対をすべきだと思うのだが、最近の傾向を見ていると、
安倍総理に対する感情的な憎悪を前面に出して、
ヒステリックに反対する人や団体が目につく。
一部の政治家の皆さんも、本筋から外れた抽象的・形式的部分に、
難癖をつけて、反対のための反対をしているとしか思えない
醜態を頻繁に目にしてる。

とくに最近は、国家の秘密保護、テロ防止、国家安全など
国家存続の根幹に関わる法案が、連続して可決しつつある。

例えば、法治国家である以上、誰でも法律という基本ルールは
尊重すべきだと思うが、その目的はひとえに一般市民の安全や
安寧の実現だろう。

憲法については、その歴史的成立プロセスを論拠に、
疑義を唱える人もいるようだ。それはそれで自由なことだと思う。

しかし、憲法の理念と目的を尊重し、憲法に従うのもまた
国民としての義務だと思う。
憲法の存在理由はまさに、日本国民の平和と安寧を継続的に
守ることにあると思うからだ。

一方、主客転倒は困る。
国民のために憲法があるのであって、憲法を維持存続させるために
国民が存在している訳ではないはずだ。

戦後70年を経過し、国際的な軍事規模や水準も、経済構造も
政治システムも、当然だが生き物のように変化している。
日本国の存続に責務を持つ政権が、現実に即した対応をしようと
構想を持つのは当然だし、それをチェックして暴走しないよう、
あるいは誤った方向に進まないよう、正すのは野党の役割だと
期待している。

しかし、具体的な対案を出さず、反対のための反対を行って、
なんとか審議させまいとする野党の動きを見ていると、
彼等の真の目的がどこにあるのか、大いに疑問を抱く。

いわゆる特定アジア三国の影響と支配を受け、日本の国力衰退と
軍事的抵抗力の弱体化、世論を誘導するのが目的なのでは
ないのだろうかと、大いに疑問を持ってしまう。

すでに拡散されているスヒョン文書や花王文書などを読むと、
デマ文書だと必死に否定する人が存在するものの、私自身は
参考にさせてもらっている。

多くの識者が指摘するように、特定アジア三国からの
ハニートラップ、マネートラップ、違法な選挙支援その他
あらゆる画策によって、日本社会に根を下ろしている他国勢力。
これはもう陰謀論などと一笑に付すことはできなくなっている。

何度か紹介しているが、感情論ではなく、実体論として
特定アジア三国、とくに反日外交攻勢や日本と日本人への
憎悪教育を徹底している韓国政府に対しては、国家安全保障の
見地から、日本における影響・支配の実体を解明し、一国民として
できることは行動に起こすべき局面なのだろうと感じている。

韓国を日本の兄だと説く宗教指導者が存在し、それなりの方々が
そのように考えているようだ。
それはまったく自由だと思うので、否定も非難もしない。
私自身は、人類は皆、兄弟あるいは姉妹だという基本認識をしている。
ネコにだって、とても親近感を感じている。

しかし、ひとたび国家同士の関係という視点で見れば、これはもう
個人的な感情論を超えた、国家安全保障の領域の冷徹な関係だろう。

ひとりの日本国民としてできることは何かを、改めて考える時期
なのではないだろうか。

これまでに何度も紹介している旧・余命3年時事日記および
新・余命三年時事日記は、私にとって特異なブログ・サイトだ。
かなりのカテゴリーを網羅し、特定アジア三国が日本において
永年の間にどのように画策してきたかを精査し、公開している。

一個人の意思で、国家再生のために行動に移せる、集団通報や
官邸メールに至るプロセスを詳解している。
しかし、盲従することは勧められない。

いかに旧・余命3年時事日記、新・余命三年時事日記といえど、
その情報を鵜呑みにして、つまり固定化された判断基準によって、
盲目的に行動するのではなく、できる範囲で自分なりに情報を収集し、
比較検証した後に、得心がいったら行動に移すべきだと考える。
もちろん、特定アジア三国の一般国民を一括りにし、感情的に
忌避したり嫌悪することは勧められない。

私自身は、韓国が日本の兄だなどとは思っていないが、しかし
同じ人間である以上は、寛容に理解と尊重する姿勢は維持したい。
彼等の感情も視野に入れたいと思うし、彼等の変化にも期待したい。
それが、大人の人間として求められる柔軟な判断力なのではないだろうか。

私が指摘しているのは、国家存続の危機を視野に入れた、あくまでも
国家安全保障という一連のプロセスについてである。

改めて、初代かずさんから、現在の余名3代に至るまで、連綿と
継続されている旧・余命3年時事日記、新・余命三年時事日記に
敬意を表するものである。

個人的な認識をいわせていただくなら、仮に一連の余命情報が
極めて的確に現状にメスを入れたものであり、結果として
日本を「正常な国」として再生しようと努めている安倍総理の
構想に賛同できるのなら、集団通報や官邸メールはその構想を
後押しする国民の声になるだろうと思う。

相変わらず、私は私なりの独自の方法とペースで、諸情報を検証しつつ、
自分でできる範囲のことを行動に移そうと考えている、

なにせもう、後方支援がやっとの老兵であり、戦力といえば
ネコネットつながりのネコたちと、ごく少数の「ネコをかぶった人間」
しか存在しないので、無理は禁物だ。


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by hirune-neko | 2015-09-06 21:46 | インテリジェンス | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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