人気ブログランキング |

昼寝ネコの雑記帳

恥ずかしくもなく、ミッキーマウスのTシャツを着た


" RETRATO EM BRANCO E PRETO " ROSA PASSOS ARR. BY JORGE CALANDRELLI

いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。


そういえば高校の同級生が、当時の男性ファッション雑誌である
メンズ・クラブを愛読しており、アイビー・スタイルに凝っていた。
今どきの高校生に、トラッドとかアイビー・ルックなどといっても、
何それ?の世界になってしまっているだろう。

シャツなどの柄には、いわゆるアイビー・ボーイ着用の
定番のものがあり、同級生の彼は実によく知っていた。
ヘリンボーン、タッターソール、タータンなど、
すべて柄の名前だ。
靴だって、あの頃はリーガルが定番で、お洒落な高校生は
スリッポンいわゆるコイン・ローファーだの、プレーン・トゥだのを、
競って履いていた。ウィング・チップなど履こうものなら、
羨望の的で、尊敬の眼差しで見られたものだ。

その後遺症なのかもしれないが、私自身もシャツは
オックスフォード生地のボタンダウンと決めていた。

20歳代の後半から、割と頻繁にアメリカに行くようになった。
ロス・アンゼルスが第一の拠点になったが、当時は
センチュリー・シティーという、ビバリー・ヒルズに近い地域に
ショッピングセンターがあった。
その中にテナントとして、ブルックス・ブラザーズが
割と大きい店を構えていたので嬉しくなり、通うようになった。
日本で買うとかなり高額なスーツやシャツが、手頃な値段で
買うことができたので、嬉しくなった。

当時購入した、オックスフォード生地でボタンダウンのシャツは
今でもまだ着られるし、濃紺のブレザーもまだ愛用している。
品質がいいのだと思う。

肌寒い晩夏になったので、風邪をひかないよう薄手の
カーディガンを買いに、マルイまで行った。
バーゲン中の店も多く、1,000円程度で変える長袖シャツもあった。
しかしどういう訳かXLサイズを扱っていないし、
カーディガンなるものも売っていない。

ようやく見つけたが、Lサイズまでだった。
親切な女性店員さんが、伸びる生地だからといって
試着を勧めてくれた。
なんとか着られたし、半額セール中だというので
買うことに決めた。

会計をしながら、最近は着るものがどうでもよくなって、
ミッキーマウスのTシャツで来てしまいました、といった。
昔の私だったら、絶対にそんな格好で外出はしなかった。
ずっと以前は、すべてブルックスだったんだけどね、
といったが、無反応だった。
大体、現在日本にはまだブルックス・ブラザーズの店なんて
存在するのだろうか。
女店員さんは、なかなかいいTシャツですね、といってくれた。
店員教育がいいのか、はたまた彼女の性格がいいのか。
確かに感じのいい応対をする女性だったので、教育も性格も
どちらもいいのだろうと思う。

私としては、久しぶりに長時間歩いたので、途中で
何度も足が攣ってしまった。
対応方法を心得ているので、路上で無様な格好にはならなかった。

途中、コンビニで日刊ゲンダイと夕刊フジのトップページに
掲載されている見出しを確認した。
夜、早い時間に帰宅し、ひととおりいつものように
いろいろな人たちのブログを閲覧してみた。

久しく中断していたが、政治関連の資料を数時間かけて
まとめている。まだまだ終わらない。
自分たちに不都合な情報は、大手メディアだとコントロールが
しっかりできているようで、報道管制が敷かれているようなものだ。
中国の報道規制と大した変わりはない。
目障りなブログに対しては、表面には出ないものの
人海戦術で削除依頼をかけているのか、重要な情報を発信している
ブログが削除されるのを目の当たりにしている。

あくまでも根拠のない、あくまでも想像の世界での話だが、
9月あたりからは、そろそろ日本国内も騒然とするのではないだろうか。
戦後70年の年だそうだが、この年月の評価は、今や
完全に二分されている。
あくまでも、日本は悪いことばかりした国だと非難する勢力が
あるかと思えば、それを覆す情報提供を行い、
いわゆる自虐史観からの脱却を説く人もずいぶん増えた。

日本の軍隊が一般市民を虐殺したという主張を前提にする人たち、
逆に多数の日本人が虐殺された史実を広めようとする人たち、
さらには国際法で禁じられていた、非武装の一般市民数十万人を
原爆で虐殺したと、アメリカを非難するアメリカ人も現れている。

いずれにしても、誰の主張も鵜呑みにせず、時間と手間をかけても
自分自身で調べたり、あるいは同じ考えの仲間と一緒に
協同で研究調査して、結果を共有するなど、健全な政治意識の
一般市民が増えて行くことを期待したいが、実際にそうなるだろう。

老兵の私としては後方支援しかできないが、より正しい情報を
必要とする方々に提供するお手伝いができるよう、今しばらく
生きながらえて奮闘したいと思っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。

by hirune-neko | 2015-08-27 01:21 | インテリジェンス | Comments(0)
<< 新設「余命三年時事日記」の全... やってしまった、机の上が洪水だ >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
ちはやさん コメン..
by hirune-neko at 15:15
昼寝ネコ様 クスリ..
by ちはや at 08:51
ちはやさん コメン..
by hirune-neko at 00:57
昼寝ネコ様 興味深..
by ちはや at 22:51
いちファンさん あ..
by hirune-neko at 18:45
記事ランキング
以前の記事
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ