人間の存在にとって、本当の危機は何かを見極めるAstor Piazzolla - Moderato Mistico いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。 たとえ漠然とではあっても、危機意識を持つ人が増えていると思う。 最近の事例をひとつだけ挙げても、安全保証法案について、 成立すると戦争が起きる、徴兵制度が始まると、 危機感を煽る政治家やマスメディアが存在する。 逆に、現実的な国家安全保障の視点から考えると 他国からの軍事侵攻の危険性が高まっているので、 安全保証法案を成立させ、抑止力を増すことが必要だと 主張する政治家やマスメディアが存在する。 いずれが正しいにしても、 どうやら私たちの日常生活は危機に隣接していることになる。 しかし、危機はこれだけに留まらない。 実に多くの様々な危機を指摘する人が、数多く存在する。 彼等の多くは、善意の動機によりブログなどで できるだけ多くの一般市民に周知しようとしている。 結果的に、私たちにとってみれば、危機の情報過多になっている。 一般市民が、違憲か合憲か、あるいはどちらの歴史解釈が正しいか、 などの検証を、自分自身ですべて行うことは、実質的に不可能だ。 しかし、冷静に考えてみると、私たちすべてが政策決定の当事者ではなく 歴史認識の最終判断者でもない。 では、日常の限られた時間と労力で、どのように危機を特定し、 対応方法を考えればいいのかと、膨大な危機案件を目の前にし、 ともすれば思考が停止してしまうのを感じる。 誰かに指摘されなければ認識しなかった危機、 思いも寄らない危機構造がすでに社会に根を張っている。 小さな子どもを抱えていれば、余計に不安が募る。 あくまでも個人的な意見なのだが、安心していただきたい。 つまり、どれだけ調べても、危機的要因が至る所に 蔓延しているのは紛れもない事実なので、嘘か本当かなどと 悩む必要はないので、安心していただきたい。 間違いなく、現在の私たちは危機的状況に直面している。 で、さらに安心していただきたいことがある。 私たち全てが、中国の高層マンションに投資している訳ではない。 私たち全てが、中国企業の株式を所有している訳でもない。 私たち全てが、大切な戸籍を乗っ取られている訳ではない。 全ての隣人が、他国から潜入している秘密工作員な訳ではない。 そのように考えてみると、絶望的になる必要がないと思える。 まだまだ対処できる時間と方法がありそうな気がしてくる。 つまり、個々の危機要因全てを目の前に並べられてしまうと、 いかにもこの世の終わりが、もうすぐそこまでやって来ていると 無力感・絶望感に打ちのめされるかもしれない。 しかし安心していただきたい。 残念ながら完全に、絶対に、という保証はできないものの、 私たちには、自分自身や大切な家族が、危機的状況を回避し、 あるいは被害を極力軽減できる方法がある。 ただ、あまりにも情報過多の状況に追いやられてしまい 少し悲観的になってしまっているに過ぎないのだと思う。 さて、それではどのような方法があるのかという 現実的な視点から考えてみたい。 私個人はかなり以前から、そのような発想で回避方法を 考え続けてきた。 別段、特別なことでも何でもない。 現実社会を見るベクトルを、180度反転させるだけだ。 発生しうる個々の状況を想定羅列すると、あたかもそれら 全てに対してどのように回避しようか、何が起きるだろうかと 不安感が増大してしまい、収拾がつかなくなる。 そうではない。全く発想を逆転してみることだ。 つまり、緊急事態・非常事態が発生した時に 共通して私たちの日常生活の安全や平安、心身の健康を 脅かすことになる状況を、具体的かつ冷静に想定してみることだ。 そうすれば、普段の日常性がどのように非日常的なるかが 具体的に分かってくるはずだ。 想定されるひとつひとつの状況に、具体的な解決方法を考え 実行することが、緊急事態からの影響を回避・軽減することにつながり、 精神的な平安・安心にもつながる。 そうはいいながら、具体事例を挙げればかなりの量になる。 また改めて、別の機会に紹介したいと思っている。 繰り返すが、安心していただきたい。 目の前の危機も、中長期的な危機も、その基本構造さえ把握できれば 安全性を高めることは可能だ。 人間ウソつく。昼寝ネコ、ウソつかない。 しかし、タイトルにもあるように、残念ながら人間は誰でも 生きる上で根源的な危機要因を背負っている。 それはいうまでもなく、精神的・心理的破綻だろう。 生きる希望がなく、生きる気力を喪失し、人に心を開けず、 言葉を発することも億劫になってしまう。 精神的・心理的ダメージは、肉体に対しても大きな影響を与える。 薬物投与だけでは根源的完治は望めないだろう。 人間として地上に生を受け、人間らしく生きられるようになり、 人生の晩年に振り返ってみて、ああ、佳き人生だったと、 そのように思える人生を、一人でも多くの方に味わっていただきたい。 それが実は、昼寝ネコ一族のDNAでもある。 人間ウソつく。昼寝ネコ、ウソつかない。でも時々冗談はいう。 いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
by hirune-neko
| 2015-07-22 21:00
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・1951年
小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。 ・1969年 中央大学経済学部入学 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。 ・1974年 同大学卒業 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。 ・2006年 現在に至る プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。 ・2010年 宇宙の旅 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。 ・現在 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。 お気に入りブログ
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