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昼寝ネコの雑記帳

たまには広告宣伝をお許しくだされ


Astor Piazzolla - Los sueños

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昨日、大船渡の実家に寄ってきたという知人から
大船渡銘菓・かもめの玉子の夏季限定商品をいただいた。
奥方様の説明によると、さいとう製菓に立ち寄ったとき、
不意に私の顔が思い浮かんだそうだ。
普段から、かもめの玉子が好物だといっていたので
思い出してくれたようだ。
ブドウ味かブルーベリー味かよく判らなかったが、
注意書きを読まずに、美味しくいただいた。

東日本大震災から、もう4年が過ぎ去った。

凄惨な別離が随所で発生した。

ある福祉団体の要請があり、父親や母親を亡くされた
子どもさんたちの、心のケアになる文章を考えた。

もともと「天使版」の文章はあったので、お子さんを
亡くされたご両親のための文章は、すぐに作れた。

しかし、お子さんを残して他界された父親や母親の
心の中の悲痛な叫びを推察し、文章を考えたのだが、
決して簡単ではなかった。

被災され、大変な状況で子育てをされるご両親にも
励ましの文章が必要だと思うようになった。

結局は、駆け足で北海道を皮切りに、青森、岩手、
宮城そして福島までの新聞社10数社を回り、
寄贈絵本を記事で紹介してほしいとお願いした。
ほとんどの新聞社が応じてくれた。
今さらではあるが、改めてお礼を申し上げる。

また、一般個人・法人の皆さんも寄贈のお願いに
快く応じてくださり有難く思っている。

縁とは不思議なもので、大船渡に本社がある
東海新報社とは、その後もやりとりが継続した。

年月の経過とともに、寄贈の予算も確保できず、
寄贈対象地域も縮小せざるを得なくなった。

被災地の中では、大船渡周辺に一番足を運んでいる。
カモメの玉子を食べたかったから
という理由だけではない。

エピソードを数え上げればきりがないのだが、
被災された一般市民の皆さんとの交流が生まれ、
日本将棋連盟の大船渡支部にもお邪魔したりなど、
地元の皆さんの人情に接した経験から、
自然と親近感を感じるようになったのだと思う。

それと、やはり大きな理由は東海新報社の存在にある。
全国紙と地方紙の社説を読みくらべ、報道姿勢を評価した
記事をインターネットで読んだことがあった。
そこでは東海新報の評価がナンバーワンであり、
「神のごとき新聞」と評価されていた。

もちろん新聞なので「紙の新聞」なら理解できるのだが
「神のごとき新聞」とは恐れ入った。

これまでに何度か、常務と編集局長にはお目にかかっている。
広告に論調を流されたり、明らかに国益に反する報道を行う
マスメディアの存在が浮き彫りにされている時代だが、
その点、東海新報は背筋が真っ直ぐで、筋の通った報道姿勢を
貫いていると敬服している。

私自身、寄贈予算の枯渇とともに絵本の寄贈そのものを
終結させることには抵抗があった。
いつの頃からか、気仙の子どもたちにはなんとか
絵本を残してやりたい、という思いが強くなった。
できれば、地元の皆さんにも関わっていただき、
一緒になって気仙の子どもたちのための、オリジナル絵本を
作りたいと思うようになった。

その主旨を常務に伝え、ご足労いただいて地元大船渡出身の
女性に絵を描いていただいた。
非力な私なので、なかなか順調に準備が進まなかった。
いつもデザインを手伝ってくれていた北海道在住の女性が
家族でオーストラリアに移住してしまい、あれこれ
多事に忙殺されるうちに、時間だけが経過してしまった。

でも、ようやくデザイン3案が届き、なんとか
気仙の赤ちゃんのためのオリジナル版ができそうだ。

これまでいろいろご支援いただいている東海新報は
郵送購読で、ずっと読者になっている。
もう10日以上前だろうか。その東海新報社から
封書が届いた。請求書だろうと思い、開封せずに
振り込みだけ済ませていた。

今日、その封筒を開けてみたら、請求書ではなかった。
「電子新聞、本日配信開始」と書かれたチラシだった。
記事内容は、地方新聞なので地元のニュースがメインだ。
しかし、凄惨な震災の爪跡を残しながら、まだまだ
終わりの見えない苦難の旅路を歩んでいる、
地元の皆さんに寄り添って報道活動を継続している。

また、社説に相当する「世迷言(よまよいごと)」では
ときどき舌鋒鋭い時事評論が掲載される。

被災地、あるいは被災者の皆さんへの応援方法は
いろいろあるとは思うが、月額2,160円で、
申し込み月は無料の、この「東海新報電子版」を
購読することで、間接的に気仙地域にお住まいの
皆さんに、声援を送っていただけないだろうか。
私からのお願いである。

■WEB東海新報
 https://tohkaishimpo.com/

■先刻、オーストラリアから届いたばかりの絵本の表紙デザイン
 「大切なわが子へ〜気仙の風に乗せて」

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by hirune-neko | 2015-07-07 00:19 | 現実的なお話し | Comments(0)
<< そういえば、振り返ることは少なかった 自分の弱点を再認識。しかし改め... >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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