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昼寝ネコの雑記帳

報道の原点について考えている


Astor Piazzolla - Il pleut sur Santiago


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ジャーナリストではないが、報道の原点について考えている


いつだったか忘れたが、政治学者の岩田温先生と
Facebook友だちになっている。
もともとは、彼がまだ早稲田の大学院生の頃
主催していたセミナーに出席したのがきっかけだ。
保守主義を前面に出し、なかなかの
論客だと思っている。

その岩田先生が今日、Facebookで
エルサレム・ポストの記事をシェアしていた。
ガザ攻撃によって、世界中から非難されている
かのように見えるイスラエルだが、
それと比較すると少し異色なので紹介したい。

(以下、岩田温先生の記事を転載)

アラン・ダーショウィッツ氏の見解が
エルサレム・ポストに掲載されていた。
彼はリベラル派だが、イスラエル擁護の知識人。
日本では単純な同情論が多いが、
イスラエルにとってもこの問題は死活問題なのだ。

簡単に要約してみよう。
下記はダーショウィッツ氏の見解。

そもそもハマスを民主主義国家イスラエルと
同等に扱うこと自体が最大の誤りだ。
今回の停戦協定をハマスが受け入れた理由に関して
様々な憶測が飛び交ったが、今となっては明らかだ。
彼らは停戦協定を利用して、彼らの戦争目的である
イスラエル兵士、イスラエル市民の誘拐を実行したのだ。

このことからして、彼らが正規の軍ではなく、
テロリストであるということがわかる。
軍隊であれば、捕虜を捕虜として遇する。
しかるに、テロリストは彼らを捕虜ではなく、
人質として取り扱い、ときに殺害する。

テロ組織は市民の背後から、イスラエルに対する
ロケット攻撃を実行し、市民地域内にある
トンネルへと隠れてしまう。

イスラエルの存在そのものを認めないといっている
テロ組織、ハマスは、国際社会の共通の敵である
海賊と同様の存在だ。彼らは国際社会そのものの
敵として扱われなければならない。

http://www.jpost.com/Opinion/Op-Ed-Contributors/Why-did-Hamas-accept-the-cease-fire-369787

(以上、岩田温先生の記事転載を終了)

で、標題の「報道の原点」なのだが、
社会がここまで高度にシステム化されてくると、
記者個人のジャーナリズム精神に期待することは
なかなか難しい状況だと判断している。

つまり、デスクなり編集主幹なりが、社の方針に沿った
記事の校閲を命じているだろうと思うからだ。
年間数十億円の広告予算を出してくれる企業や団体、
さらにいうと、外国情報部から迂回されて拠出される
財政的支援に生殺与奪の権利を握られていれば、
彼らの意向に逆らうような報道はできかねるだろう。

さてそこでだ。
だからこそ、今の時代には金銭で買収されない
純粋な報道姿勢を貫くのが、本当の意味での
報道の原点なのではないかと思うが、どうだろうか。

広告収入で運営しているように思うテレビ、ラジオ局や
販売部数だけでは維持が困難な新聞社、雑誌出版社の
内部の人たちからは、「そんなのは書生論だ」
と、一笑に付されるに違いない。

まだまだ個人的な見解の域を出ないのだが、
IT技術の革新的発達と、ネット閲覧人口の増大は
実は既存メディアの崩壊の序章であり、
金銭で良心を売り渡さない、真のジャーナリズム精神こそが
潜在的に、その顕在化を待望されているのだと思っている。

ただし、現実的な手法としては「両論併記論」になるだろう。
つまり、両論に分類して分かりやすく提示し、最終判断は
読者に委ねる。こちらからは、断定的に判断を固定化しない。

ひと言で表現すると、対立構造に巻き込まれないことも
重要な要素のひとつだと考えるからだ。
最終的な判断を下し、結論を出すためには、それこそ
自前のかなりしっかりした情報網を有し、かつ
有能な情報分析官を抱えていなければ、とても無理だ。

なので、感情論に流されず、少し引き気味のスタンスで
努めて冷静沈着に客観視して進めていきたいものだ。

進めるって何を?・・・さてなんだろうか。
自分でもまだ良く分かっていない。


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by hirune-neko | 2014-08-03 23:52 | 現実的なお話し | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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