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昼寝ネコの雑記帳

ダルフールからの遺言


RESURRECCIÓN DEL ÁNGEL POR ÁSTOR PIAZZOLLA


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ダルフールからの遺言

映画レンタルショップのTSUTAYAには、
2箇所で会員になっていた。
札幌の手稲区5号線店と、田園都市線・高津駅前店だ。
でも、いつしかまったく足を運ばなくなってしまい、
その期間はおそらく2年や3年どころではないはずだ。
映画そのものを観る習慣から、徐々に遠のいてしまった。
当たり前の話しだが、映画も作品である以上、
そしてドキュメンタリーでないということは、
あくまでも「作り物」であり、リアリティのなさに
最初からのめり込むことができず、
少々飽きが来てしまっていた。

ごく最近、インターネットで有料の映画レンタルが
あることを知ったが、お金を出してまで観る気がしない。
でも、無料のサービスもあるというので
頭の疲れ休めに何本か試してみることにした。
最新映画など、タイトルのリストに目を通しても、
何が何だかさっぱりだった。なので、5〜6行の
作品概要を読んでみて、興味を持った作品を拾ってみた。

知っている俳優は皆無で、製作もベルギー、ポーランド、
フランス、アメリカとあれこれになった。
でも、秀作というか力作であり、すべて最後まで見終えた。
印象的だったのはポーランド映画で、政府の情報部に
スカウトされた女性が、反政府運動の急先鋒である
大学教授を監視する目的で、大学に職員として潜入する。

フランス映画は、実在した情報部将校の手記を元に、
パレスチナ解放機構幹部で、著名なテロリストの
アブ・ニダルの側近を、二重スパイに仕立て上げ、
そこにモサドの工作員が絡むという筋立てだった。

昨晩は「ダルフールの虐殺」(アフリカ・スーダン)
をテーマに、ドキュメンタリー風に仕上げた映画だった。
アメリカ人ジャーナリストのグループが
停戦監視機構AUの軍人に引率されて、ある村の
取材に行く。ところが、スーダン政府軍とスーダン政府に
支援されたアラブ系の「ジャンジャウィード」という
民兵が、その村を襲撃し老若男女の区別なく
村人を殺戮するという展開になってしまう。
いわゆるジェノサイド(大量虐殺)で、ある部族
または血族を地上から抹消するという思想に基づいている。
軍や政治家の取り決めに従い、AUの軍人には
交戦権が与えられていないため、村人を見捨てて
引き返してしまう。途中で、男性ジャーナリスト二人が
戻って戦う決心をし、小銃を片手に村に向かう。
相手は武装した民兵なので、もちろん最後は
射殺され、一人はガソリンをかけられて焼き殺される。
被弾し重篤な状態のジャーナリストは、赤ん坊をなんとか
助けようと、最後の力を振り絞って地面に
小さなくぼみを作り、その上に身を伏せて赤ん坊を隠した。
彼はそのまま息絶えたが、民兵たちは赤ん坊に気づかす、
引き上げて行った。
しばらくして様子を見に引き返してきた女性ジャーナリストは
仲間の遺体の下で泣き叫ぶ赤ん坊を見つけ、
抱きかかえて車に戻る・・・ほとんどドキュメンタリーだった。

映画はそこで終わるのだが、私の脳内では新たなストーリーが
そこから始まった。彼女は肌の黒い赤ん坊をアメリカに連れ帰り、
養子として育てることになる。
年数が経ち、成人した子どもはやがて、養母の死を迎える。
葬儀の参列者に対する謝辞を述べ、次に、養母が自分が死ぬまで
開封しないようにと言い残した手紙の内容について触れる。
その手紙には、ダルフールでのできごとと、
自分を養子にした経緯の詳細が書かれていた。

葬儀での喪主の挨拶という、ほんの数十分のシーンをふくらませ、
実在したであろうジャーナリストたちへの、
私なりの鎮魂と彼らの勇気、そして人類愛に
敬意を表する短いストーリーに仕上げたいと思っている。
・・・いつ仕上がるかは分からないけれど。
でも、タイトルだけはもう決めている。
「ダルフールからの遺言」にしようと思っている。

結局、いい映画は自分自身の疑似体験にもなり、
さまざまな創作上の刺激になるので、やはり映画は
いいものだなと、かつての淀川長治さんの言葉を
改めてかみしめている。


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by hirune-neko | 2014-04-07 00:31 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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