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昼寝ネコの雑記帳

最後の投票者


Astor Piazzolla - Finale (Tango Apasionado)


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最後の投票者

今日は川崎市長選挙の投票日だった。
いつもは期日前投票に行くのだが、
今週は忙しさに紛れ、とうとう投票日まで
持ち越してしまった。しかも締切時間まで
あと35分というぎりぎりだった。
歩いて区役所に行き、入り口を入ると
呼び止められ、整理券の提示を求められた。
「これは、お近くの小学校が投票所になります」

そこでようやく気づいた。なんの疑いもなく
区役所に行ったのだが、そこは期日前の投票所であり
そういえば確かに、何度か近所の小学校に
投票に行った記憶がある。あと10分しかない。
目の前にタクシーが列を作って客待ちをしていたので
飛び乗り、投票所に指定されている小学校に向かった。

校門到着は5分前で、係員の方から急いでくれといわれ、
体育館の入り口を入った時点で、扉が閉められた。
文字通り、最後の投票者となってしまった。
どうせ現市長の後継者である、保守系候補が
当選するのだろうけれど、棄権はしたくなかった。
なんとか市民の義務は果たした。

川崎市には、「有事のときは武装放棄する条例を作れ」と
主張する市民団体があるので有名だ。
つまり、どこかの国と交戦状態になったら、
武装解除して平和主義を貫けば、無用な戦争は終結する
というロジックなのだろうと想像している。
もし本当に川崎市がそんな条例を制定し、
他国と交戦状態になったら一切の軍備を排除し、
街を明け渡すなんていうことになったら、
残念だが、住み馴れた川崎を離れようと決めている。

ジャングルで野生の猛獣に遭遇したとき、
人間側が攻撃的な姿勢をとらず、握手を求めたら
相手はゴロゴロのどを鳴らして、擦り寄って来るだろうか。
ましてや交戦相手が、徹底した反日教育をしてきた
国だったとしたら、川崎市民の武装放棄の潔さに感動し、
肩を組んだり抱き合ったりして、友情を讃えるだろうか。

いささか政治めくが、数年間の民主党政権は誰の目にも
明らかに特定の近隣国に迎合した、売国政策が目についた。
最近の複数の論調で目につくのは、日本人を甘く見るな、
という静かな怒りであり、ある意味では健全な
ナショナリズムが台頭してきているように思う。
日本人は譲歩する国民であり、自分が譲歩すれば
相手もその意を汲んで譲歩するだろうと、ぎりぎりまで
忍耐する、しかし、ある一線を超えると、
一気に怒りが爆発し、反撃に転ずる。
そのような分析をする人がいる。

私は、かなり保守的な思考になっていると思う。
40年近く前に、初めてアメリカを訪れた。
日本的な譲歩や、自己主張をせず黙する美徳など
まったく通用しないことを痛感した。
馴れるのに時間はかかったが、日本人としては
かなり自分の意見を主張する、うるさい人間に
なったように思う。
しっかり自己主張する人間が存在しないと
いつの間にか、寄生虫に食い荒らされた、
無残な日本を子孫に残すことになってしまうと思う。
そうなると、日本というのは名前だけで
ずるずると他国に実効支配されても、何もいえない
奇妙な国家に成り下がってしまうことを懸念している。
そのように感じている日本人は、確かに増えている。
一般市民といえども、甘く見てはいけない。
何もいわないが、静かな不買運動が穏やかに
拡がっているのも、その現れなのだろう。

新川崎市長様、安心して暮らせる清潔な街作りを
是非宜しくお願いいたします。


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by hirune-neko | 2013-10-27 21:57 | 現実的なお話し | Comments(2)
Commented by El Bohemio at 2013-10-27 23:20 x
昼寝ネコさん

川崎市に本籍を置いている者にとつて
ただならぬ問題ですね。なんという
”平和ボケ団体”これには驚きの一言
です。貴氏と同意見です。
川崎市を、いや日本を真剣に防御
してくれる人を首長に選んで下さい。
Commented by hirune-neko at 2013-10-28 05:21
El Bohemioさん

ご賛同くださり、有難うございます。
近隣国の国家財政破綻が現実視されており
何が起きるか予断を許さなくなってきました。
注意が必要ないやな状況です。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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