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昼寝ネコの雑記帳

福田進一さんのギター独奏

ピアソラ 「ブエノス・アイレスの夏」 福田進一



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昨晩、ピアソラの女性ヴォーカルかギター演奏を聴きたくて
iTunes Storeを検索していた。
何人かの日本人演奏家も名を連ねていたのだが、
ギタリスト・福田進一さんのアルバムを見つけたので
早速ダウンロードし、夕べは何回も聴いていた。

もう20年近く前のことだが、自宅に
「Yesteryears Hall」(イエスタイヤーズ・ホール)という
ヘンテコな名前つけて、コンサートを主催した時期があった。
延べで50回以上はコンサートを開いたと記憶している。
ホール名を考えていたとき、たまたまボストンに滞在していて
ケープ岬(同名の映画がある)にYesteryears Doll Museum
という名の、人形美術館があることを知った。
タクシーで訪れたはずなのだが、記憶にない。
その名前が気に入り、拝借したというのが命名の経緯だ。

コンサートはほとんどが日本人演奏家だったが
ある日、フルート奏者の工藤重典さんが
共演者として、ギタリストの福田進一さんを選んでくれた。
あの当時の私は、もちろん音楽は好きだったのだが、
仕事以外のほとんどの時間を、運営の事務的な作業に追われ
おまけに、夜中には一軒一軒コンサートの案内チラシを
ポスティングして歩いていたので、考えてみたら
コンサート・プログラムには、完全に演奏家にお任せで
一切口を挟んだことはないはずだ。
あったとすれば、ロンドンで知り合った森尚子さんが
来日されたときに出演していただき、そのときに
多少何か言ったかもしれない。
彼女は、ロンドン公演で
ミュージカル「ミス・サイゴン」の主役・キムを演じた女性だ。
英語もアメリカのアクセントと英国のとを両方使いこなす能力があり
英国の人気テレビドラマにも出演していたほどだ。
(以前、このブログで紹介したことがある)

もし、今の私が小さなコンサートホールを所有していたら、
(「Yesteryears Hall」はすでに売却してしまっている)
間違いなく、ピアソラの作品でコンサートを組み立てるだろう。
20年前は、ピアソラをまったく知らなかったし、仮にもし
当時ピアソラの曲を聴く機会があったとしても、おそらく
今ほど傾倒することはなかったと思う。
つまり、音楽というのは聴き手の感性や感覚、
それと記憶のヒダに染みついた様々な思いと、
微妙に共鳴するものなのだろうと感じている。

この約15年を振り返ると・・・うまく表現できないのだが
先の見えない、そして昼間でも太陽の光が届かない
樹海の中を、出口を求めて彷徨い、木々の棘に傷つきながら
ひたすら前進していたという思いが強い。
そんな時期に、魂を揺さぶられたのが
ピアソラの曲でロベルト・ゴジェネチェが歌う
「南へ帰ろう」(Vuelvo al Sur )だった。
あれで何か、すっと憑きものが取れた感じがした。
それ以来、徐々に、そしてますますピアソラの作品に
傾倒してきている。

いつか、ピアソラ・プログラムのコンサートを
主催する機会があったら、そして福田進一さんと
「条件」が折り合ったら、彼には是非出演していただきたいと
そう思ってしまっている。

そんな、懐かしい思いと希望的な展望を描きながら、
改めて福田進一さんの演奏を、じっくりと聴いている。
ブエノスアイレスの夏(Verano Porteno)を。


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by hirune-neko | 2013-06-28 23:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)
Commented by papabubure at 2013-07-10 08:22
今朝、ラジオから聞こえてきたのは福田さんのバッハ。バロック時代の音楽がギタリストによってはこの様に魅力溢れるんだ!
と、電車内で聞き入る私でした。
ぜひ、いつかまたサロンコンサートを企画して下さい。
Commented by hirune-neko at 2013-07-10 11:46
papabubureさん

なかなか文化的な通勤風景なんですね、
私なんか、いつも居眠りしています。
福田進一さんは、フラメンコも含め多ジャンルの
奏法をマスターしているようです。
サロンコンサートは希望を持っています。
papabubureさんの豪邸の一部を貸してください。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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