昼寝ネコの雑記帳

川崎郷土・市民劇「大いなる家族」観劇記

Julia Zenko Chiquilín de Bachín


川崎郷土・市民劇「大いなる家族」の初日公演を観劇した。

ホールの入り口で手渡されたプログラムには
一切目を通さず、先入観のない状態で席に着いた。

登場人物は決して少なくはなく、
異なる色彩の何本もの糸が、悲喜こもごもに絡み合い
時代に翻弄されながら、再出発という名の
到着点に至るストーリーだ。

緊迫感溢れる空襲のシーンから始まるが、
音響と照明が終始、舞台の雰囲気を支えていた。
舞台は二重構造になっており、上層では
この作品の軸ともいうべき「沖縄舞踊」の
様々なシーンが演じられる。

登場人物は、それぞれに過去を背負い、
同時に未来を失いながら、葛藤と向き合う。
演じている、という領域を超えて、それぞれが
登場人物を忠実に再現しているという印象だった。
演出家の冴えを感じる。

いつもながら、小川信夫作品に特有の、社会的視点、
弱者へのいたわりの視線を感じ、共感を覚えた。
さらに、ともすれば争点になりがちな歴史や
社会構造に対する見解、そして人間の生き方にも
多様性があることを明示しており、救いだった。
重い悔悟と葛藤を抱える登場人物の台詞で示唆した、
現代人の生き方に対するメッセージは、
まさに規格化され、主体性を喪失したかのような
一般市民に対する、ある種の警鐘とも受け取れた。

観劇中、意識下にイメージが浮かんだ。
社会構造は、本来は単純なものだと思うのだが、
単純化しようとする過程の水面下で、事態が複雑化されている。
また、人間は誰しもがいくつもの選択肢と葛藤を抱え、
錯綜した一定期間を過ごすものの、最終的には
単純化されたライフスタイルを希求するようになる。

終戦直後と違い、現代社会に生きる人は、物質的には
ほぼ満たされており、極端な飢餓や生命の危機に
直面する人は少ないと思う。
その半面、マスメディアの垂れ流す情報に対し
疑念を抱く人の絶対数が増え、国際情勢にも
不安感が増大している。
なかなか困難なことだとは思うが、台詞に込められた
「人間個人として主体的に生きるべきだ」
というメッセージを、改めて反芻している。
人によって、この作品から受け取るメッセージは異なると思う。
私には、人生そして社会との関わりについて
考えさせられる作品だった。

休憩時間に、隣の席で観劇していた娘から注意を受けた。
「どうして静かに観劇できないの?」
気付かなかったが、どうやら時々咳払いをしたらしい。
「年齢相応に身体もあちこち老化してるからね」
「ずいぶん歳をとったんだね」
・・・当たり前だろう?自分の歳を考えてみなよ、
と言いたがったが、苦笑してそれで会話は終わった。

・公演資料
 東日本大震災復興祈願 川崎・しんゆり芸術祭
 第4回 川崎郷土・市民劇
 大いなる家族〜戦後川崎ものがたり
 作・小川信夫 演出・杉本孝司
 多摩市民館 2日(木)19:00 3日(金・祝)14:00 
 4日(土・祝)14:00
 川崎市教育文化会館 24日(金)19:00 25日(土)14:00 
 26日(日)14:00
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by hirune-neko | 2013-05-03 00:59 | 創作への道 | Comments(4)
Commented by El bohemio at 2013-05-03 04:12 x
昼寝ネコさん

「戦後川崎ものがたり】随分注意を引かれる
タイトルです。できれば鑑賞したい所ですが、、、
少なからず川崎は本籍地なのです。
幸区鹿島田、祖父は鹿島田村の村長でした。
あの貨物線の操車場があつた、横須賀線の
今の新川崎駅の一帯の土地の大地主で、
貨物線を通す為に強制的に立ち退き処分
された父の家はいくらか土地代金を使い
果たし兄弟皆が道楽で財産一際をなくし
戦後はサラリーマンとして細々と生活を
立てていたようです。鹿島田には祖先の
墓があり、帰国する墓参に訪れます・
川崎はどんどんと変貌しますねー
私にはかけがいの無い土地です。
全然関係の無いことを書いてしまい
ました。お許し下さい。

Commented by hirune-neko at 2013-05-03 12:12
El bohemioさん

鹿島田村の村長さんの、お孫さんなんですね。
それはそれは、由緒ある家系でいらっしゃいますね。
川崎郷土・市民劇は、作者の小川信夫先生が
川崎の史実や人物に題材を求め、オリジナルで書かれています。
今回で4作目になりますが、前作の「枡形城・落日の舞い」に
わが家のアホ娘を、舞いで使っていただきました。
派手さはありませんが、なかなかいいシリーズです。
ご覧いただけないのが残念です。
Commented by El bohemio at 2013-05-05 01:45 x
昼寝ネコさん

由緒ある家系などではなく没落した
下級武士のような家系です。
母親に見せられた旧家の新築祝いの
時に群衆に餅や菓子を豪勢に振舞う
写真が記憶にあります。
そして、その家も隣りにあつた鹿島田神社
も歴史から消抹したのです。
郷土史を探って見ましたが1929年に神社
は移転したとのみ記載されているのみです。

Commented by hirune-neko at 2013-05-05 17:20
El bohemioさん

価値には、一過性のものと永続性のあるものの
2種類があるように思います。
その当時の一過性のものは、消失したかもしれませんが
揺るぎない価値観が自己の中心部に存在すれば
それは最も価値のある、永続的な資産なのではないかと
そんな気がします。

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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