昼寝ネコの雑記帳

また突然やってきたクレモンティーヌ

Clementine Ponyo ANIMENTINE


「おじさん、ずいぶん調子が悪そうね」
「あん?なんだクレモンティーヌか」
「なんだはないでしょ?心配してやって来たのに」
「ああ、ありがとよ」
「病院、行ってないんでしょ!だめねえ」
「うん・・・ところでお前、ずいぶんおしゃれになったなあ。
ようやく恋人ができたのか?」
「相変わらず女性に対するデリカシーがないのね、おじさんは。
恋人なんて、もう何人も袖にしてるわよ・・・
それより、どんな症状なの?」
「鼻水が止まらず、くしゃみの連発、眼がショボくて涙が溢れ、
身体がザワつく・・・ってとこかな」
「睡眠は取れてるから大丈夫だと思うけど、
『萩の月』とか、調子に乗って甘いものばかり
食べちゃ駄目よ!」
「げっ!お前、なんでそんなことまで知ってんの?」
「忘れたの?おじさんは24時間監視されてんのよ!」
「ああ、そうだったな」
「最近は品行方正になってきたから
監視態勢の効果があったって、議長も喜んでたのに。
おじさん、監視されてるっていう自覚があるの?」
「そんなもん、すぐに忘れてるよ」
「監視レポートが回覧されて、恥をかくのは私なんだから、
お願いだからちゃんとしてね」
「へえ〜、ドゥーヴィルにも恥の文化なんてあるのかい?」
「いくらジャポンが、アジアのはじっこだからって
恥の文化は日本だけの専売特許じゃないのよ」
「クレモンティーヌも、しゃれを言うようになったんだな。
お前の日本語はなかなか達者なもんだ。感心だよ」
「おじさん、あと何日ごろごろしてる気?」
「ごろごろなんてしていないよ。いつだって
毎晩夜中まで働いてたんだから」
「おじさん?本当に仕事だけ?」
「あっ、そうだったな。監視されてたんだ。
いや、将棋はね、頭のトレーニングなんだよ。
最近は『実践詰め将棋』に凝っててさ」
「おじさん、将棋の話しは分かったわ。
あのね、昼寝ネコ世界最高会議では、
おじさんが、いつになったら行動を開始するかって
評議員のみんなが、やきもきしてんのよ」
「行動?なんの行動だったっけ?」
「あらいやだ、おじさん本当に憶えてないの?」

クレモンティーヌはいつだって災害みたいに
忘れた頃にやって来て、あれこれ小言を言うんだから。
ネコのくせに、日本に来るときは人間の格好で、
しかもすっかり若作りで来るんだもの・・・。
でもまあ、姪ネコとは言っても、娘みたいなもんだから
あけすけに小言を言うが、それがまた心地いい。

さてと、日本における昼寝ネコのミッションは・・・?
本当になんだっけ?すっかり平和ボケしたようだ。
それと、連日あれこれ処理案件が増えているので
視野が狭まっているのかもしれない。
昼寝ネコ世界最高会議に寄せられた
世界中のネコ情報を分析した結果、ここ1〜2年のうちに
非常事態に対応するサポートシステムを構築するように・・・
とくに、防諜システムが脆弱で、外国の工作員が
多数潜伏し、活動している日本での構築を急ぐように・・・
確かそんな内容だったように思う。確かそうだった。

やれやれ、クレモンティーヌがやって来ると
決まって督促なんだもの、かなわないや。
いや、別にサボっていた訳ではないんだよ。
ちゃんと基本プランはできているさ。
あとは、表面にでることなく、舞台裏から
コントロールできるよう、人選中なんだよ。
人知れず、そっとね。

あれこれ守備範囲が広いものだから
慎重に人選してるんだよ。

「おじさん!」
「なんだお前、まだいたのか」
「するべきことをしていても、
ちゃんと報告書を出さなきゃだめでしょ?」
「だってお前、24時間監視してるんじゃないのか?」
「監視してるって言ったって、おじさんの頭の中までは
見ることできないじゃないの」
「はいはい、分かりましたよ」
「『はい』は1回でいいの。
後の『はい』はクソ喰らえっていうでしょ?」
「げっ、お前すごい日本語を知ってるんだな」

とまあ、こんな風にお互いに言いたいことを言い合って、
知らないうちにクレモンティーヌはいなくなった。
おそらく今頃は、浅草に行って浅草寺の境内に足を伸ばし
梅園であんみつを食べるか、あるいは雷おこしを
食べながら、スカイツリーに行ってみようかどうか
迷っているのだと思う。

ドゥーヴィルの岬の、海を見下ろす部屋で
いつもシャミナードの「Meditation」を弾いていた
クレモンティーヌの母親が脳裏に甦る。
クレモンティーヌを生んで、すぐに急逝したが・・・。
クレモンティーヌという名前は、産んですぐに
彼女が決めたんだった。
・・・独り残されたあの時の私は、
まるで死にながら生きている廃人だった。
子どものいない夫婦にクレモンティーヌを預け、
何も考えずに貨物船にもぐり込んだのは憶えている。
船が横浜に寄港したとき、下船しようと思ったのは
偶然だったのかどうか、今でも判然としない。

初めてドゥーヴィルに行ったときのことを
ときどき思い出すことがある。
生きる気力を失った私は、自分の存在を喪失できる場所を求め、
気がついたらドゥーヴィルの海岸で・・・
避暑客など誰もいなくなり、ひっそりしたドゥーヴィルの海岸で
すっかり思考力を失い、海辺を見つめていた私に
話しかけてきたのが、クレモンティーヌの母だった。
ロシアンブルーの、とてもエキゾチックな、
そして吸い寄せられるような、エメラルドグリーンの瞳だった。

「おじさん、何を黄昏れてんの?」
「げっ!なんだ、クレモンティーヌか。
帰ったんじゃなかったのか?」
「うん、帰るつもりだったんだけど、
梅園に行ったら『でかどら焼き』があったの。
これって、食べると将棋が強くなるって、
おじさん言ってたわよね。別名ドラえもん特製の
『どこでも王手どら焼き』だって」
「・・・」
「おじさん、まだ眼がショボいのね。
かわいそうに、すっかり涙目ね」
「・・・」

私はクレモンティーヌに頼んで
ネコの姿に戻ってもらった。
「変なおじさん。なんか変ね」、と言いながら
クレモンティーヌは、人間の女性から、ネコに変貌した。
ロシアンブルーで、眼の色はエメラルドグリーンだった。
すると突然、どこからともなく、来る日も来る日も
クレモンティーヌの母親が毎日弾いていた
シャミナードのMeditationのメロディーが
聞こえてきたような気がした。

私の涙目が、さらに悪化したのは言うまでもない。

Meditation, Chaminade

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by hirune-neko | 2013-03-30 00:47 | 現実的なお話し | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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