昼寝ネコの雑記帳

3.11荒海での航海・・・流浪の民

Doble Concerto para Bandoneón y Guitarra Astor Piazzolla I. Introducción


視界が開け、車のフロントガラス越しに見た光景は、
・・・すでにがれき処理を終えて「整然」となってはいたものの
凄惨な出来事を想起させるには十分だった。

正確な場所は思い出せないが、
大船渡から気仙沼に向かう途中の、海岸線だったと思う。
海からそう遠くない、6〜7階建てのマンションだと思うが、
金属製の窓枠が、ぐにゃりと曲がっていた。
左側には、墓地があるのだと思って良く見たら
墓石などではなく、上屋を撤去された跡に
整然と残された、基礎石の群れだった。
石は寡黙で何も語らないが、しかし
悲惨な出来事を饒舌に語っていた。

報道では、避難を余儀なくされ
そのまま避難先に留まる人たちが31万人だという。
食べ物と飲み物で、腹は満たされ乾きは癒えるかもしれない。
肉親を失い、住み馴れた郷里を追われ、心に重荷を背負ったまま・・・
失われた時間に思いを馳せている人が、31万人存在する。
静かな叫び声が聞こえ、
暗く重い瞳の色が目に見えるようだ。

終わったことは振り返らない主義だが
こればかりは、どうしても振り返ってしまう。
たとえ街並みが再現されたとしても、
取り戻せないものは過去に存在する。
過去に存在したものは、未来には存在し得ないのか?
そうとは思えない。
修復され、改良された過去こそが、
未来に存在するように思えてならない。
耳を澄まし、心の眼を見開けば、
その未来の光明が、少しずつ明るさを増す。

閉塞感の強い現実生活で、重い過去を背負い
視界の開けない闇の中で道標を失い、
冷たい鉛の部屋に隔絶されたまま
人は朽ち果ててはならない。
善意の使者を通し、まず心の中に灯が点る。
そんな情景が眼に浮かぶ。

私自身は、裸足のまま荒野に立ち尽くし、
方向感覚を失ったまま、すり切れた
空の布袋を背負って途方に暮れている。
眼を凝らすと、遠く地平線の彼方から
何かが姿を現す。
ゆっくりと、徐々に姿を現すのは
古代から現代までを旅している、賢者たち。

賢者たちは意味不明の言葉を語るが、
私の内面はその言葉を理解する。
賢者の言葉には力があり、砂漠を緑に変える。
乾いた砂地が湿り気を得て、瞬く間に清流となる。
呆然とする私は、ときに疲れ果て、ときに飢えるが
その都度、賢者たちの姿を遠い地平線の彼方に見る。
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by hirune-neko | 2013-03-13 01:22 | 心の中のできごと | Comments(9)
Commented by El bohemio at 2013-03-20 11:03 x
昼寝ネコさん
生々しい自然の猛威と破壊力の
恐ろしさが真に迫る光景、、、
いまだに援助の手が行届かない
現状を目の当たりにさせる情景が
せまるようです、皆さんもコメントが
できない亜然とした、表現するすべ
もない感がせまリます。
ところで、やはりピアソラの曲は
バンドネオンで演奏されたほうが
聴きこたえがあります。
Tangazoもしかりです、、、
Commented by hirune-neko at 2013-03-20 14:19
El bohemioさん

そうだと思います。
直後は日本中が、復興支援の大合唱でしたが
日が経つにつれ、新たな社会的事件も起きて
関心が徐々に薄れていくのでしょうね。
でも、被災者の皆さんは、風化して忘れ去られるのを畏れているようです。

ピアソラの曲ほど、いろいろな演奏バリーションがある曲は
少ないのではないでしょうか。
私も、ピアソラの曲を使用した舞台脚本を考えていますが
和楽器、弦楽器などいろいろイメージしてみても
やはり、バンドネオンの音色の切なさがなかなか再現できないような気がします。
日本では若手の小松亮太さんがブレークしましたが
無名でも、情感溢れる演奏をするバンドネオン奏者と
知り合いになりたいと願っています。

昨年、被災地回りをしていたとき、盛岡に滞在しました。
「アンサンブル」という名の、タンゴ生演奏の店があり、
オブリヴィオンをリクエストしました。
やはり、バンドネオンですね。
時代劇の舞台で舞うにしても、ピアソラの曲を
バンドネオンで演奏して、違和感がないように思っています。
Commented by El bohemio at 2013-03-21 00:07 x
昼寝ネコさん
自然の猛威の被害に遭遇された
方々は被害者の立場を世間から
忘れられていく風化現象はどんなに
歯がゆいことでしょう。当地でも
あれほど騒いだ原発の放射能
騒ぎは無知とデマであたかも
日本全体、いや日本人を見ると
放射能運搬人の犯人とみる
果てな迷惑ものでした。
今は当然そんな迷惑ことは
風化されています。
ピアソラにしてもやはり真髄の
魅力はバンドネオンを演奏した事
に尽きるとおもいますが、、、
バンドネオンは日本音楽にも
すんなりとマッチする音色を
奏でてくれる楽器でしょう。
日本のバンドネオン奏者で若く
優れた三浦一馬氏とか田辺氏が
いますがいかがでしょうか。
Commented by hirune-neko at 2013-03-21 00:25
El bohemioさん

「若く優れた三浦一馬氏とか田辺氏」ですか?
不勉強で全然知りませんでした。
調べてみますし、タイミングが合えば
コンサートなど、出向いてみます。

娘の方が、仕事面での展開が速くて
置いて行かれそうです。
そのうち、私の作品は娘の知名度で
話題になるのかなと想像しています。
それはそれで、親としては嬉しいですけど。

類似作品のないものを手がけたいと思っています。
思っているだけです。
Commented by El bohemio at 2013-03-21 23:02 x
昼寝ネコさん
お譲さんのご活躍素晴らしい。
お父さんとしても喜ばしいでは
ありませんか。子息の活躍は
頼もしいくも、満足いくものでしょう。

日本のバンドネオン奏者についてgoogleで
バンドネオン奏者と探索します驚くことに女性
バンドネオン奏者やかなりの数の演奏者を見出す
ことができます。その中で、おや、と注目させられる
一人のバンドネオン奏者。彼はクラシカル独奏家者と
名乗っています。そして、ピアソラと音楽学論争を
したウルグアイ出身のクラシカル独奏者アレハンドロ・
バルレッタ氏に師事したという経歴の人です。
彼のURLはwww.keiichiroshosu.com/profile.html
を参考ください。
Commented by El bohemio at 2013-03-22 02:10 x
昼寝ネコさん
URlを間違えました。
www.keiichiroshozu.com/profile.html
sをzに修正します。すみません
Commented by hirune-neko at 2013-03-22 15:10
El bohemioさん

いつも情報を有難うございます。
教えてくださった方については
確認させていただきます。

日本では、演奏家に対しても芸大?国立?のように
出身校を気にしたり、コンクールの受賞歴を
気にする方がいらっしゃいますが、
私は、自分の好き嫌いで判断するものですから
まさに、演奏そのものが判断基準です。
いい方との出会いがあるといいですね。

タンゴモノローグを5月にエントリーしていますが
恥ずかしくない内容だったら、せめて音だけでも
You Tubeで公開し、大々的にお知らせします。(笑)
Commented by El bohemio at 2013-03-22 22:40 x
昼寝ネコさん
小生も貴氏のご意見に同感です。
タンゴモノローグ楽しみです。
Commented by hirune-neko at 2013-03-22 23:04
Ei bohemioさん

有難うございます。
昼寝ネコの絵を映して、音声だけにしておきます。
そろそろ発声練習を始めることにします。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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