昼寝ネコの雑記帳

プリン島のペトルーシュカ

Wes Montgomery-A Day In The Life


プリン島のペトルーシュカ

 駅弁を車中で食べるのを楽しみにしていたのだが、いつの間にか寝入ったらしく、車内放送で目が覚めた。新幹線はもうじき新潟に着くらしい。途中の景色を見損ない、少し損をした気分になったが、まあいいや。思いは、まだ見ぬ日本海へと飛んでいた。

 店内設備のメンテナンスもあり、7日間の夏休みをいただきます。お客様にはそう説明して、いつもより長めの夏休みを取った。知っている人が誰もいない所に行き、少し神経を休めたかった。ずっとそう思っていたが、ある日突然、日本海が見たくなった。とにかく人と騒音から離れたかった。

 新潟駅でレンタカーを借り、海岸線を目指して走り続けた。しばらくすると、潮の香りとともに水平線が目の前に開けた。日本海の海の色は思ったより明るかった。海を右手に見て運転するうちに街並みは徐々に途切れ、対向車も少なくなった。
 視界に手書きの看板が飛び込んできた。「プリン島行き不定期船乗り場」と書いてある。船着き場らしき所に、所々ペンキの剥げた古い小さな船が係留されている。粗末な小屋に人影が見えたので、車を停めて近づいてみた。パイプ椅子でうたた寝している老人がいた。船の関係者だろうか。
「あのお、こんにちは。済みません。」
 老人は顔を上げた。
「あい?」
「あのお、船の方ですか?」
 心なしか、老人は背筋を伸ばし、膝の上に置いていた帽子を被った。
「わし、船長だけど、プリン島に行きなさるか?」
「そのプリント島って近いんですか?どんな島なんでしょうか?」
 老人は海の向こうに目を向けた。
「ああ、今日は見えんなあ。晴れてると良く見えるんじゃがのう。今日はちょっと薄曇りじゃからなあ。」
「じゃあ、そんなに遠くはないんですね?」
「おお、1時間もかからんで行けるさ。」
「泊まるところはあるんですか?」
「ああ、民宿が一軒あるよ。」
 全然聞いたこのない島に興味が湧いた。どうせ何も予定を立てていないし、一晩滞在してみようか。
「船は何時に出ますか?」
「別に時間は決まってないんだけんど、行きなさるんなら、すぐにでも出航するよ。」
「で、明日には戻ってきたいんですが、プリン島の出航は何時ですか?」
「決まっていないんじゃが、帰ってきたいときは合図をしてくれれば、海が荒れていない限り、迎えに行くがのお。」
「合図?ですか。」
「向こうの船着き場に、発煙筒が置いてあるんじゃよ。それで合図してくれればええんじゃ。」
「どなたかが合図を見ていてくれるんでしょうか?」
「わしがちゃんと見とるよ。じゃけんど、プリン島はええ所らしくて、行ったきり帰ってこない人も多いみたいなんじゃよ。」
 えっ?行ったきり帰らない?聞けば聞くほど、得体の知れない不思議な島のようだが、話しの種に行っていようと決心は固まっていた。ここまで好奇心が強いとは思っていなかった。
 
 帰りの打ち合わせはともかく、乗船することにした。船長さんは係留していたロープを解き、舵を握った。まるで古い乗り合いバスのような、布地がすっかりすり切れた椅子で、左右に5列。20人も乗れば満員になる。
 船長が一向にエンジンをかける気配がないので、少し不安になってきた。
「あのお、エンジンの調子が悪いんですか?」
「えっ?この船にゃあ、エンジンなんてついておらんよ。」
「じゃあ、どうやって動くんですか?」
「この船が現役の時には、石炭でボイラーを熱してな、勢いよく水蒸気を噴射して、それが推進力になったんじゃよ。」
「はあ。」
「最近じゃあ石炭もなかなか手に入らのうなってな、それで最新式のメタンガス噴射推進装置を考案したんじゃよ。」
「メタンガス、ですか?」
「そうそう。ボイラーにな、醗酵しやすいものを閉じこめて、ガス化させるんじゃよ。そのガスを噴射して推進力にする、自慢のエコ・シップじゃ、ガハハ。」
「なんか、あんまりスピードが出そうもないですね。」
「そうそう、スピードより環境じゃよ。もうそろそろ行けるかな?」
 船長がレバーを持ち上げると、船尾からゴボゴボという音が出始め、船はゆっくりと前進し始めた。

 30分も経った頃、水平線にプリン島が姿を現した。皿の上にプッチンプリンを逆さに乗せたような、本当にプリンのような形だった。船長は船の操縦に集中しているせいか、ひどく寡黙だった。
 プリン島に岩肌はなく、ぎっしりと樹木で覆われた、緑の濃い島だった。途中で「醗酵」が途切れることもなく、船は無事に船着き場に到着した。
「ほんじゃ、帰りたくなったらこの発煙筒で知らせてな。ゆっくりして行きなさるといいがな。民宿はあそこの材木置き場を曲がったところじゃから、すぐ分かりなさるさ。」
 そういうと船長は、今度はメタンガスの醗酵を待たずに、船を反転させた。そういえば、かすかに臭う噴射装置だなと、今頃気づいた。同時に、独り取り残されて、妙な不安感が拡がってくるのを感じた。だが、とにかく民宿だ。

 民宿は、まったく普通の民家だった。外仕事をしている高齢の男性が見えた。声をかけようと近づいたが、気づかないらしい。
「あのお、済みません。こちら民宿なんでしょうか?」
「あ?船で来られたの?」
「はい。船長さんが民宿があるとおっしゃったので。」
「そう。夕食と朝食付きで一泊840円だけど。」
「へっ?840円ですか?」
「じゃあ、800円に負けとくよ。」
「いえ、あんまり安いんでびっくりしたんです。」
 老人の方が、驚いた表情を見せた。
「よろしくお願いいたします。」
「ん。」
 そういうと、老人は手招して玄関に向かった。

 平屋建ての民宿は、木造だった。ペンキはすっかり剥げ落ちており、永年の風雪に耐えた光沢を放っていた。
 通された部屋は土間だった。右奥には台所があり、奥さんらしい老女がなにやら料理している。土間に置かれた木製のベンチに座るよう促され、老人はテーブルの上にあったノートを開いた。
「宿帳みたいなんもんだけど、名前と連絡先を書いてくださいや。」
「はい。」
 氏名、住所、電話番号を書き終え、辺りを見回すと入り口近くに公衆電話があるのに気づいた。
「電話、あるんですね。」
「ああ、電話ね。あるよ。」
老人は「宿帳」確かめながら言った。
「電話、お借りしていいですか?」
「ん?これはね、飾りで置いてあるだけで、使えないんだよ。この島には、NTTが電話線を引かないことになっているらしくてね。」
「はっ?使えない電話なんですか・・・。」
 携帯電話を持ってきて良かったが、果たして電波が届くのだろうか。あとで試してみよう。
「おお、東京からおいでになったかね。世田谷・・・道理であか抜けて。」
「いえいえ、そんなことないです。」
「鈴林さん、うちは家庭料理しかできないけど、和食と洋食どっちがいいですか?」
「洋食もできるんですか?」
 シーフード・イタリアン・・・期待がふくらむ。
「いやいや、和食しかできないんだけど、洋食が好きな人には目玉焼きを用意するもんだから。」
「あっ、じゃあ和食でお願いします。」
「そうかね。和食がいいかね。それは良かった。」
 老人は台所の老女に声をかけた。
「おい、ばあさんや、お客さん和食がいいそうだ。今日はなんだね。」
 老女はなんの反応も示さず、黙々と煮炊きを続けている。
「今朝、魚とカニが届いたもんで、魚介汁だね。米は新潟から新米を取り寄せているから、おいしいよ。」
「もうこちらには長くお住まいなんですか?」
「そうだね。もう20年近くになるかな。」
「それまでは別の場所に?」
「うん、わたしとばあさんはね、北海道でラーメン屋をやってたんだけど、街がどんどんさびれてお客が入らなくなってね。店をたたんで二人で旅行に出たんだけど、この島が気に入って、そのまま住み着いたんだよ。」
「北海道はどちらなんですか?」
「室蘭。昔は富士鉄や日鋼が景気よくて、いい時期もあったんだけどさ。東室蘭という駅前で店を開いた当初は、高校生やサラリーマンのお客さんが多かったんだけど、すっかり灯が消えたようになってね。まあ、見切りをつけて正解だったと思うな。」
「あの、わたしは室蘭生まれなんですよ。高校まで室蘭でした。」
「あっらあ、お客さん室蘭の人?いやあ懐かしいな。そうかそうか、よく来てくれたね。」

 老人は、同郷と聞くや途端に気を許し、身の上話を始めた。年寄りは、どこでも同じだ。自分の身に起こったことが特別であり、人に理解を求めて安心する。終始、無言だった老女も、少し表情が穏やかになり親近感を持ってくれ始めているようだ。結局は土間のテーブルで三人一緒に食事をしながら話し込んだ。人から離れようと思って東京から旅だったのに、こうして偶然のいたずらがまたわたしを人の輪の中に追いやる。

 そのとき、土間の上がり台の床で何かが動いた。丸い茶褐色のボールみたいなものだが、確かに動いたような気がする。老人はわたしの表情を見ると、声をひそめて話し始めた。
「いやあ、驚くのも無理はない。あれはね、動物なんだよ。見たことないと思うけどね。何年か前に、ロシアの科学者が泊まったときに置いていったんだ。今じゃ、我が家のペットになってね、名前はペトルーシュカ。なんでも、クローン動物を作る実験の最中にできた生き物らしいんだよ。普段はじっとして、あんな風にまん丸なんだけど、人に甘えたくなると身体を円盤みたいに丸く拡げて、乗っかってくるんだよ。いやあ、最初は不気味だったけど、慣れるとかわいいもんだよ。ペトルーシュカ、こちらは鈴林さんだよ。」
 外はもう暗くなっているが、今からでも発煙筒で合図したら、船長さんは来てくれるだろうか。お腹の底から、恐怖感がじわじわと拡がってくるのを感じたが、努めて平静さを装った。このペトルーシュカが何匹もいて、ひょっとして大きいのがいて、何も知らずに島に来た人間を食べているのではないだろうか。こんなに緊張したことはない。
「なにね、よくしつけられていてね、まとわりついてしつこく思ったら『ズドラストヴィーチェ』ってきつく言うと、おとなしく引き下がるんだよ。利口な動物なんだよな、ペトルーシュカや。」
 老人はペトルーシュカに優しく声をかけた。
「ロシア人がこの島に来ることがあるんですか?」
 老人はさらに声を小さくした。
「これはね、他言しないで欲しいんだがね。決して人に漏らさないで欲しいんだが、この島は特別なんだよ。」
 それはもう十分理解した。本当に特別な島だと心底思ってしまっている。
「佐渡で金がとれるのは有名だが、この島はね、金ではなく『あれめたる』が豊富にあるらしいんだよ。」
「『あれめたる』、ですか?」
「そう。なかなか埋蔵されていない貴重な鉱物資源で、医療や原爆に不可欠のものらしいんだ。」
「それって、ひょっとして『レアメタル』のことですか?」
「そうそう、その『あれめたる』が大量に埋蔵されていることが分かってね、ロシアや北朝鮮、中国の連中が定期的に引き取りに来てるんだよ。」
「それって、密輸じゃないですか。警察は見過ごしているんですか?」
「だからね、大物の政治家が動いて、警察も海上保安庁も自衛隊も動かないんだよ。」
「へえ、そんな島には見えませんでした。」
「そうなんだ。日本の方から見ると普通の島なんだけど、反対側は大違いなんだよ。ホテルはあるしドンキホーテもある。もう治外法権のやりたい放題なんだよ。下手に探りを入れると命にかかわるんだから、今聞いたことは忘れてね。室蘭の人だから本当のことを教えるんだからね。東京に帰っても、誰にも言っちゃ駄目だよ。民間人になりすまして捜査に来た関係者が何人も殺されているんだから。」

 なんてひどい島に来てしまったんだろう。とにかく明日の朝おきてすぐに発煙筒で合図しよう。

 あてがわれた部屋は、土間から数えて二部屋目だった。布団が敷いてある。中から鍵をかけたかったが、ついていないという。お風呂どころではない。パジャマに着替えるなんてとんでもない。服を着たまま、朝まで起きていようと決めた。
 なかなか寝付けない。目と頭が混乱して冴えてしまっている。だが、旅の疲れが出てきたようで、いつの間にか寝入ってしまったらしい。
 部屋の入り口辺りで物音がした。もしかしてペトルーシュカ?いやな予感がした。暗闇に目を凝らすと、予感は的中していた。ペトルーシュカは器用にドアを開けると、丸い身体を徐々に拡げ、わたしの方に近づいて来る。おまじないはなんだっけ?必死に思い出そうとする。そうだ、ズドラストヴィーチェだ。なんて記憶力がいいんだろう。ペトルーシュカに向き直ろうとした。だが、身体が動かない。金縛りだ。こんなときに、どうして金縛りなんだ!
 ペトルーシュカは完全に身体を拡げ、わたしににじり寄ってくる。拡げた身体の裏側で、大きな目が3個、異様に光るのが見えた。魚によく似た唇も見えた。声を上げようとしたが、自由がきかない。ペトルーシュカは目の前で完全に身体を開き、わたしの足下からじわじわと顔に向かってくる。
「お願いだから来ないで。わたしには年老いた母がいるの。独り残すわけにはいかないの。あっちへ行け!ズドラストヴィーチェ!ズドラストヴィーチェ!」
 どうあがいても、声は出ないし身体も動かなかった。ついにペトルーシュカは、わたしの顔全体に身体を覆い被せてきた。生暖かい、そして毛むくじゃらの身体に鼻と口をふさがれ、息ができない。ああ、こんなに一生懸命人に尽くしてきたのに、こんな所で人生を終えるなんて・・・。
 あまりの苦しさに口を少し開けたとき、ペトルーシュカのお腹のような柔らかい部分を感じた。最後の力を振り絞り、その身体の一部に渾身の力で噛みつくことができた。
「ギャイーン!」
 ペトルーシュカは絶叫し、一気にわたしの顔から離れた。ようやく深呼吸することができた。身体も動く。わたしはペトルーシュカを確認しようと目を凝らした。
 怯えた表情でわたしを見つめる目・・・さっきは目が3個あると思ったのに、よく見ると2個のようだ。平べったく拡がった身体も、完全に丸くはなっていないが、徐々に戻りつつあるようだ。
 わたしは辺りを見回した。どうやら民宿とは雰囲気が違う。えっ?ここはどこ?わたしは誰?
「ん?おまえはポチではないの?」
 確かに愛犬のポチが、すっかり怯えた表情でわたしを見つめている。なんだ、夢だったのか。それにしてもなんてリアルな夢だったのだろう。ポチにはかわいそうなことをしてしまった。
「おいで、ポチ。こっちにおいで。もう噛んだりしないから。」
 ポチは素直に言葉に従った。改めて、今の自分の小さな幸せを実感する一瞬だった。

---------------------------------------------
(作品解説)
この作品は、2009年に同郷の、つまり室蘭で青春時代を過ごした
知人の誕生日に贈呈した、少しおふざけの作品です。
本人と愛犬の名前だけを変えましたが、あとは原文のままです。

選曲は、ウェス・モンゴメリーが演奏する
A day in the life ・・・文字通り、人生で経験した
奇妙な一日の物語でした。

当時、室蘭には幕西通りに「伊吹」という名の
ジャズ喫茶がありました。高校生だった私は、
毎朝授業前に学校を抜け出して、ほぼ毎日、通っていた店です。
現在、その「北海道立室蘭栄高等学校」は
室蘭では著名な進学校ですが、私は一部の先生たちから
すっかり疎ましがられ、留年させずに放校しようという
意見が大勢を占めて、無事に卒業したという
札付きのはみ出し劣等生でした。

あの頃は、ビートルズの曲だなんてちっとも知らず
A long and winding roadなんかも、
このウェス・モンゴメリーの演奏で聴いてました。
数々のジャズ・ミュージシャンを知った
旧き佳き貴重な時代を、改めて懐かしく思い起こしています。

わが家の子どもたちは皆、現実社会のただ中で
しっかりと目標を持って生きており、
私などとは正反対なのです。
こういう私を「反面教師」の成功例だと
自画自賛している、未だに落ちこぼれの父親なのです。

 
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by hirune-neko | 2013-03-01 12:41 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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