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昼寝ネコの雑記帳

10ドルで買われた絵(その1)

Bill Evans Trio - I Will Say Goodbye


「10ドルで買われた絵」

 映画制作会社の用意してくれたホテルは、サンセット大通りから少し離れた閑静な場所にあった。名の通ったチェーンのホテルではないが、ロビーが高級で趣味がいいだけでなく、部屋のインテリアもどことなくクラシカルで、ヨーロッパのホテルを思わせた。

 一時期、ロサンゼルスに住んでいたことがあるので、土地勘はあった。仕事の関係で東海岸を拠点にするようになって、もう十年以上が経っている。久しぶりに訪れたハリウッド地区は、昔ほどの活気はないものの、映像パッケージ商品の普及と、ネットテレビ局の増加を見込み、今でも映画に投資する人は多いらしい。
 傾斜地に建つホテルの窓からは、ダウンタウンの高層ビルが午後のスモッグに霞んで見えた。東海岸からは飛行機で五〜六時間の距離だが、やはり街の雰囲気が違う。

 ニューヨークには、気心の知れた編集者や発行人が多く、ようやく私の読者が固定化されてきたこともあって、頻繁に会食をする機会がある。彼らのほとんどは、男性も女性も例外なくトラディッショナルなスーツに身を包んでいる。贅肉を敵視しているかのようにジム通いを欠かさず、もしかしたら菜食主義であり、クラシック音楽以外は雑音だといいかねないストイックなのが特長だ。間違っても原色のTシャツで街を歩いたりはしない。だが、彼らの洞察力と知性は底知れずであり、畏敬の念を持って接している。

 ロスには最低一週間滞在して関係者との打ち合わせをすることになっている。長期に渡って外食だけだと健康に悪いと考え、食料の買い出しに行くことにした。
 空港のレンタカー会社に予約していたボルボのセダンは、ブルーだった。サンセット大通りからウィルシャー大通りに向かい、適当に右折してしばらく走ると、右側に大きなスーパーが視界に入ってきた。

 カートに、ミネラルウォーターや果物、ハム、サラダ、パン、バター、紙製食器などを入れて、レジに並んだ。どのレジにも十人近い客が並んでいた。閑静な住宅街のせいか、年配の品のいい女性が多い。一人一人人間観察をしながら、レジのスタッフに視線を移した。単純作業だが、神経が張り詰める孤独な作業だ。フランスの自殺者の職業別統計によれば、スーパーのレジ係が一番多いという話しを思い出していた。
 列に並びながら、全部で二十近くあるレジの一人一人の表情を観察することにした。どこから始めようか・・・。その時、私は自分の目を疑った。左側の三列目のレジ係。なぜレイチェルが、ロスのスーパーで働いているんだろう。

   *   *   *   *   *

 ノン・フィクション作家としての自分の才能に見切りを付けたわけではないが、確かに限界は感じていた。図書館や各種のブログを調べ、政治家や政府高官への取材を重ねても、所詮は部外者が表面を撫でただけのレベルに過ぎないのではないか、という思いは消えなかった。八年ほど前だっただろうか。そんな葛藤の最中に、編集者や作家が集まるパーティーに招待された。人の集まりに入っていくのは苦手だったが、かねてから付き合いのある主席編集長が主催する、プライベートなパーティーだというので、気乗りしないまま参加した。
 社有と思われるコンドミニアムは、ブロードウェイからそう離れていない、マンハッタンにひしめく高層ビルと一緒に立ち並んでいた。ドアマンのいるコンドミニアムだった。
 ペントハウスなので天井高があることが、ひと目で分かった。少し照明を落とした広いリビングで、すでに十数人の先客があったが、主席編集長の女性秘書が目ざとく私を見つけ、手招きした。名の通った出版社の人たちだと思うが、彼女はファーストネームだけで紹介してくれた。気後れがなかったと言えば嘘になる。
 結局私は、いくつかの話しの輪に留まることができず、窓際のソファに身体を預けて、辞去するタイミングと理由を考えていた。入り口近くに置かれた、グランドピアノはスタンウェイで、ずっとミュージカルの曲を弾いている。ピアニストではなく、どうやら編集者のようで、彼らの多才さには驚かされる。この曲は確か、ファントムの・・・曲名が思い出せない。
 通りの反対側のオフィスビルは、ほとんどの部屋の明かりが消えている。そう思ったとき、窓ガラスに女性が映っているのが目に入った。振り向くと、その女性は笑顔を見せて言った。
「ここのパーティーは退屈?」
 まずいぞ。そう見られていたんだ。
「ああ、いえいえ。さっきから私の好きな曲ばかり演奏してくれているので、ちょっと聴いていたかったんですよ。」
「レイチェル。レイチェル・ウォレス。」
 彼女は手を差し出しながら、名乗った。
「これは失礼。ジョナサン・プライスです。」
 立ち上がってレイチェルの手を握り、自己紹介した。
「ジョナサン・プライス?」
 彼女は怪訝そうに顔を少し傾け、真意を探ろうとするかのように、私の眼をのぞき込んだ。
「本名なんですよ。たまたま、高名な舞台俳優と同姓同名というわけです。偶然です。」
 レイチェルは納得したように笑顔に戻った。
「随分以前だけど、ジョナサン・プライスがミス・サイゴンのエンジニアを演じたのをブロードウェイで観たわ。リー・サロンガがキムで。」
 レイチェルが話題を提供してくれている。立ちっぱなしはまずいだろう。
「まあどうぞ。すわりませんか?」
 自分の家ではないが、ソファを勧めた。彼女はほほえんで座り、脚を組んだ。少し威圧感を覚えるほど、魅力的な女性だった。改めて向かい合ったが、彼女の大きな眼に見つめられると、心理分析をされる側になったようなかすかな不安を感じた。

   *   *   *   *   *

 あれが、レイチェルとの出会いだった。謎の多い女性だったが、それがかえって捉えどころのない魅力となっていた。児童書編集者として高く評価されていた彼女が、なぜロスのスーパーで働いているのだろうか?当時の記憶を辿ってみても、てきぱきと袋詰めをしているレイチェルの表情との整合性は見いだせなかった。
 ちょっとためらったが、支払いを済ませるとカートを押して、レイチェルには視線を向けず、そのまま駐車場に向かった。ホテルまで、どのコースで戻ったかを思い出すことはできなかった。ずっとレイチェルが頭の中にあった。

 ロス滞在二日目。午後三時には関係者との第一回目の打ち合わせが終わった。電子端末の普及を見込み、廉価なダウンロード版とネットテレビ、それとオンデマンド用など、多極化する販売チャネルに対応する商品企画会議だった。コンテンツの基本スキームが私の担当であり、打ち合わせの間は仕事に集中することができた。しかし、終わってみるとやはりレイチェルのことが気になった。
 スーパーの駐車場から店内に向かいながら、ためらいを感じ始めていた。もう過ぎ去った昔の人間に、なぜ干渉しようとしているのだろうか。レイチェルに対する負い目なのだろうか。
 マンハッタンのパーティでの出会いが思い出された。

   *   *   *   *   *

「ジョナサンって呼んでいいかしら?」
 私は軽くほほえみ返した。それを同意と受け取ったレイチェルは、以後、私をジョナサンと呼ぶようになった。
「あなたは編集者じゃないわね、ジョナサン。」
 苦笑して答えた。
「編集者ほどの幅広い知識もないし・・・」
「営業販売をするほど、人付き合いが上手ではない?」
 レイチェルは引き取って言った。
「ライターなのね。ごめんなさい、あなたの作品について何も知らないわ。」
「迷えるノンフィクション・ライターで、人気作家のような知名度はないんですよ。」
「質問していいかしら?ノンフィクションを選んだ理由はなんなの、ジョナサン?」
 知らず知らずのうちに、私はレイチェルの世界に引き込まれていた。彼女は自分が児童書の編集者だと説明した。大人の汚れを浄化するのは困難な作業だが、子どもが少しでも汚れないように手助けする方がまだ可能性がある。そう考えたレイチェルは、子どもの感性に影響を与えるメディア制作に達成感を見いだしていた。レイチェルの動機や情熱は、おそらく何かに対する深い絶望が原動力になっている、そう直感したが、具体的に質問することはためらわれた。

   *   *   *   *   *

 店内に入ると、レイチェルは昨日と同じレジにいるのが分かった。私は一体何をしようとしているのだろう。まるで記憶を喪失したかのように、次の行動に移ることができなかった。消極的な方法だが、ホテルの電話番号を渡して電話を待とう。レジには何人もの客が並んでいたので、辺りを見回しマネージャーらしき人物を探した。幸いにすぐに分かった。
「ちょっと失礼。」
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
 男性マネージャーは愛想良く答えた。
「あの、十二番レジの女性ですが・・・。」
 男性は笑顔を崩さなかったが、何かクレームがあるのかという警戒の表情を隠すことができなかった。
「彼女は高校時代の同級生なんですが・・・レイチェルだったと思うんだけど。」
「ああ、レイチェルの同級生だったんですか?」
 彼は安心したように警戒を解いた。ロスに来て久しぶりに見かけたのだが、お客さんが込んでいて迷惑になるといけないから、電話番号を書いたのでこのメモを渡して欲しいと頼んでみた。毎日五時までのシフトなので、もうじき終わるから待っていてはどうかと言われたが、直接会う勇気など持ち合わせてはいなかった。仕事があるのでと言って、ホテルに引き上げた。

 いつ電話がかかるかと考え、部屋を一歩も出なかった。だがとうとう電話はなかった。

 ロス滞在三日目。自分の準備不足を反省させられるミーティングだった。投資家は、投資金額を時間軸に沿ってどのように回収し、最終利益はどの程度見込めるかという視点から決して外れることはなかった。そりゃまあ、当然のことだとは思う。
 プロデューサーは明らかに苛立っていた。時折、私に視線を向けて発言を期待しているようだった。だが不謹慎なことに、時折、レイチェルが私一人を相手に、雄弁に演説した論旨が思い出された。

   *   *   *   *   *

 「大多数のアメリカ人は、大いなる幻想に拘束されているのよ。お金さえ掴んでいれば、それが人生の成功であり、未来がバラ色に光り輝いて見えるの。広大な敷地に大きな邸宅、メルセデスにベントレーにマイバッハ。いつから人間は一度に何台もの車を運転できるようになったのかしら。誰しもが避けられない死。死んだ人に必要なのはたかだか棺桶を埋められるだけの小さな土地だけなのに。みんな取り憑かれたように富を追い求めている。」
 レイチェルは、淡い幻想を片手に児童書の世界に憧れてやってきた人間ではない。何か心の奥に深い闇がある。そういう印象は徐々に強まっていった。

   *   *   *   *   *

 「ジョナサン!」
 プロデューサーの声に、我に還った。一瞬、会話の現在位置が掴めなかった。
 「君の意見を聞きたいのだが、現在のトレンドを分析してその要素を取り込み、話題を提供するという手法が、販売本数やダウンロード数につながり、かつ作品の継続的な付加価値を生むことができるといえるのだろうか。どうだね?」
 投資家は投資金額に対するリターンに興味があり、プロデューサーは作品に対する評価に興味があるのは明らかだった。少し紛糾したため、打ち合わせが終わったのは五時近かった。私は自分自身に呆れながら、レイチェルの様子が気になり、スーパーに車を走らせた。

 スーパーの駐車場に着いたときは、すでに五時を大幅に過ぎていた。なんて無駄なことをしているんだろう。いささか自己嫌悪に陥ってホテルに引き返すことにした。そのとき、駐車場の外れの方に向かうレイチェルが見えた。五〜六歳の男の子の手を引いていた。その光景を見て、心が軽くなるのを感じた。レイチェルは結婚し、子どもを産み育てている。良き母、良き妻として、おそらく平凡だが平安な生活を送っている。だったら昔の恋人に電話などできるわけがないさ。そりゃあ当たり前だ。私は一人で納得し、レイチェルを頭の隅に追いやって、仕事に没頭した。その夜は遅い時間まで打ち合わせ用の資料を作った。さすがにくたくたで深い眠りに落ちた。

 私の先をレイチェルが歩いている。両側に灌木が生い茂る山道なのに、濃紺のハイヒールを履き、ローズ色のドレスを着ている。不意に、あの男の子が現れ二人は手をつないで歩き続けた。男の子はデニムのズボンにスニーカー、ニューヨーク・ヤンキースの野球帽を被っている。追いついて声をかけようと思ったが、脚が重くて追いつけない。少し前方に男性が立っているのが視野に入った。こちらに手を振っているようだ。遠目にもブルックスのスーツだと分かる。チャコールグレー。白いオックスフォード生地のボタンダウン・シャツに、渋いレンガ色系のレジメンタルストライプ・タイだ。やがて男性は合流し、男の子を挟んで三人で手をつなぎ、歩き続けた。ああ、レイチェルの旦那、男の子の父親なんだ。
 不意に彼らは立ち止まり、一斉に振り返る。何か言わなくては。だが言葉が出ない。いつの間にか男の子は籐製の大きなランチボックスを抱えていた。開こうとしている。サンドイッチでも入っているのだろうか。不意にオルゴールの曲が流れ出した。ショパンの子犬のワルツだ。男の子はほほえむと、ランチボックスの中が見えるように傾けた。白黒まだらの、ほぼ生まれたてとおぼしき子ネコが三匹、ひとかたまりで眠っている。

 目覚めて夢だったことが分かった。ぼんやりと反芻を試みたが、途中で記憶は曖昧になってしまった。面倒だったが、ホテルのブッフェに下りて行って朝食を摂った。シリアルにミルクをかけ、果物も適当に入れて食べ始めた。口に入ればなんでもいい気分だった。

   *   *   *   *   *

 レイチェルは、ノンフィクションばかり追い求める私に、懐疑的な意見をぶつけるようになっていた。なぜ、そんなにムキになって意見を言うのか理解できなかった。私たちは意見の相違を乗り越えて、お互いを必要とするようになった。冗談めかして私は自分の妄想の世界にレイチェルを招待した。ありえない設定で、世相を批判し同時に受け入れる。小さき者、弱き者が王者になり、動物たちの知能が人間を凌駕する世界・・・レイチェルはいつも興味深く聴いてくれた。

お読みくださり、有難うございました。クリックして「その2」へお進みください。
by hirune-neko | 2013-02-27 23:23 | 創作への道 | Comments(0)
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妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在

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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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