昼寝ネコの雑記帳

完結編・ボクのご主人様はプロフェッサー

Luciano Pavarotti - Che Gelida Manina (La bohème)


・前書き
 「ボクのご主人様はプロフェッサー」には正編と続編があります。
 まだお読みでない方には、正編、続編、完結編の順番で
 お読みになることをお勧めします。
 決して強制はいたしませんけど・・・。

正編「ボクのご主人様はプロフェッサー」 2008.06.20
続編「ボクのご主人様はプロフェッサー」 2011.11.29



消化試合っていう言葉があるけれど、
ご主人様の人生は、まさにそれでした。
大学を定年になるまでの数年間をなんとか過ごし、
定年後は、天からのお迎えがあるまでの残り時間を
なんとか消化しようという、もう人生には
何の希望も目標もない、抜け殻の人間・・・
逆にいうと、肩の力が抜けて達観し、
性格もずいぶん丸くなってしまいました。

そんなある日、学部長から、国際的に著名な
活断層の研究所が、内閣府を通じて
ご主人様に所長への就任を依頼してきたと知らされました。
スイスのローザンヌにある研究所でした。
ご主人様は迷いました。
消化試合気分で生きている自分に、果たして
情熱を持って仕事ができるだろうか・・・。
賢明なご主人様は、即答せずに
一ヶ月の猶予をお願いしたのです。

ご主人様が教えている旧帝国大学の
学部事務室に、定年を迎える女性がいました。
もう何十年も事務室を仕切っていましたので
教授や学部長ですら、陰では「お局様(おつぼねさま)」
と呼んで、誰からも疎ましく思われていました。
一切妥協せず、融通が利かず、ペン1本、コピー用紙
1枚だって私用に使わせない厳しさを持っていたからです。
「本当は、この女性が民主党政府に代わって
復興予算を管理すればよかったのに」って、
学部内では本気で囁かれていました。

ある日、滅多に人が訪れないご主人様の研究室のドアが
ノックされたんです。開けるとお局様でした。
突然の来訪を受けて、キョトンとするご主人様に
お局様にしては珍しく、少し笑みを浮かべて言いました。
「先生、最近デスクの上に、花が飾られているの、
気がつかれましたか?」
「・・・そういえば、赤だの黄色だの、ありますね」
「先生は花を色で判断なさるんですね。じゃあ
花の種類と、その花言葉なんて全然ご存知ないんでしょうね」

一体、何の用件なんだろうと、ご主人様はいぶかしく思いました。
ちょっとだけご挨拶に、という割には、どうやら
簡単な用事ではなさそうなので、お局様に椅子を勧め
ご主人様も自分の席に戻りました。

お局様は、まだ定年まで5ヶ月を残しており
お別れの挨拶にしては早すぎるし、花言葉?
でもまあ、お局様が直々にいらっしゃったのだから
そうは邪険に扱う訳にもいかない、と覚悟を決めました。

お局様は何度も、「定年までに終えなくてはいけない
大事な仕事が残っていて、時間が無い」というのです。
どうにも論理性に欠ける飛躍した話し方に
ご主人様は困惑していました。
「先生、オペラがお好きでしたよね、確か?」
ご主人様のオペラ好きは、学内ではすっかり有名な話しで
ニューヨークのメトロポリタン、ミラノ・スカラ座、
ロンドン・コベントガーデン、ウィーンのオペラハウス、
ヴェローナの野外オペラ歴訪など、確かにオペラ・オタクでした。

ヨーロッパで大人気のテノールとソプラノ歌手が客演し、
上野の文化会館で、コンサート形式のオペラが聴けるというんです。
プラチナチケットなのだけれど、音楽事務所に姪が勤めていて
2枚送ってくれたというお話しでした。
およそ鈍感なご主人様ですが、
どうやら自分を誘っているのではないかと感じました。
でもそれは気の回しすぎでした。
1枚はもう知人にあげる約束をしたので、
残る1枚をご主人様に差し上げたいというのです。
聞けば、プログラムはプッチーニのラ・ボエームだとのこと。
数あるオペラの中でも、ボエームはご主人様が
最も好きな作品なのです。

翌週の金曜の夜、上野駅の公園口近くにある駐車場に車を入れ、
文化会館の大ホールに向かいました。
かなりの人気公演らしく、入り口にはたくさんの観客が
列を作っていました。

なかなかいい席でした。
ゆったり鑑賞できそうで嬉しくなりました。
周りはおろか、ホール全体を見回しても
空席が見つからないほどの満席でした。
書類カバンからプログラムを出し、眺めていたとき
左の席の女性が遠慮がちに声をかけてきました。
「先生・・・こんばんは」
ご主人様はまったく気付かなかったのですが、
隣の観客は、お局様の部下の女性でした。
挨拶を交わしたことしかなく、名前すら覚えていませんでした。
彼女は見透かしたように、自分の名を名乗りました。

ご主人様は、ボエームのアリアはどれも好きなのですが、
とくに、ミミとロドルフォが初めて出会ったシーンで歌う
「冷たい手」、そのすぐ後で、ミミが自己紹介をする
「私の名はミミ」が、何よりも好きなのでした。
ですから、挨拶もそこそこに、ご主人様の神経は
ステージに向けられていました。

コンサート形式ですので、アリアが一曲ずつ歌われ始めました。
やがて、灯りを切らしたミミが、ロドルフォが住む部屋の
ドアをノックします。
うっかり鍵を落としたミミが、暗い部屋の床を手探りで探し、
一緒に探し始めたロドルフォの手が、ミミの手に触れて・・・
さあ、アリア「冷たい手」が始まります。

不思議なことですが、そのとき、ご主人様のヒザの上の
プログラムが、スーッと滑り落ちてしまいました。
慌てて拾おうとしたご主人様の手が、滑り落ちたプログラムを
拾ってあげようとした、隣席の彼女の手に触れたのです。
その瞬間、ロドルフォの歌声が流れました。
「冷たい手だ・・暖めてあげよう」というステージ上の
進行に合わせるように、二人は手を触れあい、
瞬時ではありますが、あのご主人様が彼女の手を握ったのです。

休憩時間にも席を立たず、言葉も交わさず、
最後まで、二人は無言でオペラに聴き入りました。

・長〜い短編ですので、続けて
マリア・カラスが歌う「私の名はミミ」を
お聴きになりながら、読み進んでください。
Maria Callas Bohème: Si, mi chiamano Mimì...


終演後、ホールの入り口で彼女は短く別れを告げ、
駅に向かって歩き始めました。
ご主人様は、時間にして数秒間、彼女の後ろ姿を見つめました。
まるで映画のラストシーンを観るかのような、
感傷的な気分に包まれました。
そしてご主人様は、まったく非論理的な行動に出たのです。
彼女に追いつくと言いました。
「電車でお帰りですか?」
そんなの当たり前でしょう?駅に向かってるんだから。
「どちらまで?私は車なんです。良かったら送りますよ」

ブラボー!上出来ですよ。
あのご主人様が、女性をエスコートする気になるだなんて。
プッチーニに感謝しなくてはね。

どこをどう走ったものか、記憶には残っていないでしょう。
上野から靖国通りに向かい、半蔵門辺りの道路沿いにあった
フレンチ・レストランに入りました。
あの無口なご主人様が、堰を切ったように話し出したんです。
・・・すぐ横に、ウェイターが立っているのに気付くまで。
「何か?」
怪訝そうな表情のご主人様に、ウェイターは
申し訳なさそうに告げました。
「あのう、大変申し訳ないのですが、
当店の閉店時間は11時なのですが・・・」
時計を見ると、もう11時半を回っていました。

さて。その後、この二人はどうなったでしょうか。
勿体ぶらないでお教えしましょうね。
あっという間に事態が進展し、クリスマスの時期に
ささやかな結婚式を挙げたんですよ。

お局様は、定年前に大事な仕事を残していると
何度も言っていました。
内輪だけの結婚式で、お局様はその意味を
すっかり暴露してしまいました。

新婦は、英国留学から帰国し教壇に立った
ご主人様の最初の教え子だったこと、
そして彼女は、凜とした英国風の
紳士然としたご主人様の(当時の)風貌に惹かれ、
卒業時に、大学の職員採用試験を受けたこと・・・
つまり、ひと言も何も言わず、行動に移さず
ただひたすら20年以上、彼女はご主人様を
想い続けていたことになります。

そのうち、いかに秘めた想いではあっても
お局様の目はごまかせず、とうとう
お局様には本当の気持ちを打ち明けることになりました。

お局様には離婚歴があり、一人娘を
大切に育てていたのですが、高校生の頃
彼女は事故死してしまいました。
新婦はちょうど、他界した娘さんと同じ世代で
お局様としては、まるで娘のように
行く末を案じていたというのです。

折り悪く、そんなときに、
ローザンヌの研究所の話しが持ち上がり、
もしかしたら先生は
単身でスイスに行ってしまうかもしれない・・・
そうなったら、二度と会えないかもしれない・・・
娘同然の新婦が苦しむ様子を見かねて
お局様は、あれこれ秘策を授けました。
新婦に、ご主人様のデスクに、
そっと花を置くよう仕向けたのは、お局様でした。
花音痴のご主人様には、
まったく効果がありませんでした。

そうこうするうちに、時間だけがどんどん経過し、
お局様の奸智奸計の最終手段が、
プッチーニのボエームで、無理矢理
二人を引き合わせる強引なスキームだったのです。
お局様は心配で心配で、実はホールの
後ろの席を確保し、様子を見ていました。
終演後、ホールの入り口で新婦が一人きりで
駅に向かったときは、本当にもうこれで
おしまいだと、ほぼ諦めたそうなんです。
でも、そこがお局様のお局様たるゆえんでした。
言葉にならない言葉で、強く心の中で念じました。
「このへっぽこ朴念仁(ぼくねんじん)めが、
突っ立てないで、彼女を追いかけなさい!!!」
見事な呪文でした。
プッチーニの素晴らしくロマンチックな曲想も
かなり影響していたかもしれません。
でも、それ以上に、お局様のまるで
母性愛のような必死の執念が、不思議な影響力を
及ぼしたに違いありません。


   *   *   *   *   *   *   *


今、ご主人様と新婦は、スイス航空の機内です。
そうなんですよ。
二人で相談し、新天地を求めてローザンヌの研究所に
行くことにしたんです。
人生に結末などなく、いつでも途中である、という
著名な宗教家の言葉があります。
今が幸せでも明日は分からない・・・でもね、逆に
ご主人様のように、最悪な人生だと思っていても
こんな至福が訪れることだってあるじゃないですか。
この際、難しい話しはもう、よしにしましょう。
とりあえずは、二人で新しい人生の
スタートを切ったのですから。

・・・二人が今、機内でどんな話しをしていることやら、
残念ながら私には聞き取ることができません。
なぜって、私も今、スイス航空の同じ飛行機に
搭乗してはいるものの、空腹と寒さに耐えながら
動物用貨物ケージに隔離されているんですから。
チューリッヒ空港に着陸するのを、
じっと待っているんですよ。

ご主人様は、私がスイスに行って、
現地の生活になじめるかどうか心配なようです。
私が、日本語だけでなく、英語、フランス語、
ドイツ語、ヘブライ語など、多言語を理解することを
全然分かっちゃいないんですよ。

Fine

追伸
この完結編は、めでたく博士号を取得して
社会人生活をスタートされた、メタセコイアさんに
就職のお祝いとして贈呈するものです。
普段は、割合と短時間で書いてしまうのですが
この完結編だけは、二日がかりで推敲しました。
なので、ご主人様のように、最終的には
がっちりと幸せ空間を築いてください。
活断層だけでなく、ちゃんと女性にも
優しい視線を向けてくださいね。
吉報・朗報を期待しています。
以上です。
あっ、ローザンヌにそんな研究所はないはずだ、
などという突っ込みはしないでください。
そこまで調べる余裕がありませんでした。
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by hirune-neko | 2012-10-18 21:09 | 創作への道 | Comments(8)
Commented by gigue at 2012-10-20 17:37 x
短編だけど長編の僕のご主人さまはプロ・・・を全編通して読みましたよ。
製本してメタセコイアさんにプレゼントしたら喜ばれそうですね。

必ず人は生涯の人と何処かで巡り合っていると信じています。
gigueの面々もそう信じています。
Commented by hirune-neko at 2012-10-20 20:10
gigueの面々の皆様

読破、お疲れでした。
ハッピーエンドは苦手なんですが
あまりいつも悲劇的だと、リクエストしてくれる方に悪いので
まあ、希望ある展開で終わりました。

まさか、20年後の最終編で、ご主人様が糖尿から
失明して、歩けなくなって・・・だなんて、書きたくもないですしね。
そんなのは、私だけでたくさんですから。
久しぶりに創作してみましたが、こんな日常の連続で
月末にはいつも、銀行口座に印税が数百万・・・いや欲張らずに
5〜60万円、いやせめてひと頃の年金程度の
20万円でも振り込まれていたら、生きていけますので
そうなることを望んでいます。
Commented by メタセコイア at 2012-10-20 23:03 x
完結編ありがとうございました。
ご主人様は幸せになったんですね。
今日は土曜出勤で、上司の目を盗みながら
「完結編」を読ませていただきました。

仕事は毎日勉強になることが多く、
給料をもらいながら勉強させてもらっているようなものです。
もうしばらくは「勉強」の日々が続きそうで、
女性に優しい視線を向けられるような
余裕が出るのは当分先かもしれません。

と、そんなことを言っているといつまでも
「へっぽこ朴念仁」なままかな・・・
職場の人たちは皆フレンドリーに接してくれますので
積極的に「幸せ空間」を築いていきたいと思います。

いいお話をありがとうございました。
Commented by ayrton_7 at 2012-10-20 23:25
人生に結末などなく、いつでも途中である、良いお言葉ですね。
僕も頑張りましょう。
Commented by hirune-neko at 2012-10-20 23:29
メタセコイアさん

土曜日もお仕事なんですね、お疲れ様です。
個人的に、結構このシリーズが気に入ってるんですよ。
いつの間にか、この気難しくてシャイなご主人様が
すっかり友達みたいに思えてきました。

ローザンヌには行ったことがないので
新婚生活の様子は書けそうもありませんが、
そのうち気が向いたら何か書いてみます。
でも、完結編って書いてしまいましたからねえ・・・
ああそうだ、独身時代の完結編ということにしておきます。

仕事環境が良好なようで何よりです。
Commented by hirune-neko at 2012-10-20 23:30
ayrton_7さん

そうですね。私もこの言葉が好きです。
苦難にあっても悲観せず、順調の絶頂でも慢心せずという
人生を経験した人の成熟した洞察ですね。
Commented by 寿司母 at 2012-10-21 12:00 x
読んでいるうちに涙がでてきちゃいました。
素敵なお話です。
Commented by hirune-neko at 2012-10-21 21:33
寿司母さん

おやおや、泣かせてしまいましたか。
それは申し訳なかったです。
いまどきの時代には、あり得ない設定のようには思うのですが
でも案外、どこかにひっそりとあるかもしれませんね。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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