昼寝ネコの雑記帳

上有住の秋刀魚

Astor Piazzolla - Anjelika Akbar ' Libertango Istanbul '

上有住の秋刀魚・・・

「かみありすのさんま」と読んでください。
上有住の正式な住居表示は、
岩手県気仙郡住田町上有住なんです。
そこに住むSさんから、今朝電話があって
サンマを送るけど、明日は在宅ですか?と聞かれました。

「皆さん、落ち着かれましたか?」
「うん、少しね。6歳の孫が、夢に父さんが出てきたって。
急に、ボク医者になるって言うもんだから、
公文に通わせることにしたんだけどね、
間違った薬を渡したりしないか心配だって、今から」
「なんでまた医者なんていう発想が出たんでしょうか?」
「元気だった父さんが、急に亡くなったもんだからね」

        *   *   *

この5月のことでした。北海道から新聞社回りをスタートし、
青森、岩手の数社に記事化のお願いをして
仙台の駅近くにあるホテルに泊まりました。
翌朝、会社から電話があり、岩手日報の朝刊を読んだ
女性の方から問い合わせがあったとの伝言でした。
たまたま歩いて行ける距離に、岩手日報の仙台支社があり
そこで、記事の掲載を確認して購入し、ホテルに戻りました。
電話で問い合わせてきたのが、Sさんだったんです。

震災で亡くなったのではないけれど、
親を亡くした子どものために、絵本を作ってくれるのか、
というのが質問の主旨でした。
聞くと、1週間前に息子さんが心筋梗塞で急死し、
奥様と、まだ小さい子どもさん3人が泣いてばかりだというのです。
「どうして父さんが、おばあちゃんより先に死んだの?」
子どもにしてみれば、素直な疑問だったでしょう。
昨年の大震災後、ずっと職場のがれき処理に追われ
おそらく過労だったのではないか、と推測しました。

お子さん一人ずつの名前を入れて、3冊を送りました。

何週間かして様子が気になり、電話しました。
「四十九日が終わってないので、まだ読んでやってないです」

それから少しして、Sさんから荷物が届きました。
開けてみると、サイトウ製菓の「カモメのミニ玉子」でした。
特別な味で、とても美味しくいただきました。
お子さん3人は、2歳、4歳、6歳で
お名前には、漢字ひとつが共通で使われており
ご両親のお子さんたちへの愛情を感じました。

それから2ヶ月ほどして、8月の上旬でしたが
大船渡に行く用事ができました。
3人の小さな子どもたちのことが気になり、
玄関先に立ち寄らせてもらうことにしました。
安物ですが、未使用の将棋盤セットと、
自社商品である「わたしの読書記録ノート」。
それと、やはり自社商品の、小さな
合紙絵本数冊を選びました。

当日の朝、北上駅前でレンタカーを借りました。
レンタカーにはカーナビが標準装備で
Sさんの電話番号を入力すると、
女性の声に案内され、無事に到着しました。
突然の訪問でしたので、驚かれたようですが
ご挨拶を済ませて、辞去しました。
残念ながら、小さな子どもたちには会えませんでした。

        *   *   *

ただそれだけのことでしたが、
ずっと気になる存在であり、
行く末が心配な方々でもあります。

今日、割と遠大な構想の企画書を作りました。
あまりにも大がかりな規模なので、
30年来の知人が協力を申し出てくれました。
誰でも知っている著名な企業や通信社、そして
とある省庁を後援につけようと考えてくれています。
大変に有難いことです。
独力で実施するのは、ほぼ不可能だと思えるのですが
どこからも助力を得られなかった場合でも、
諦めずに、自力で全てを引き受けられるだろうかと
自問しながら、企画内容を考え続けました。
そんなとき、ふとある英文が思い浮かびました。

We walk alone toward the light.

でした。
主語は複数形ですが、
人に頼らず、たとえ自分独りになっても
光りに向かって歩き続ける・・・
そんな心象風景なのだと思います。

可能性を秘めた幼子たち。
その可能性と希望を絶やさないよう、
そして少しでも助力できるよう努めるのが
大人としての責務だと思うのです。

明日、上有住から秋刀魚が届きます。
6歳の子が、医学部を受験するまで
あと何年あるでしょうか。
私には、自分があと何年生きられるか
まったく想像すらできません。
でも、最近は心境に変化が見られ、
たとえ、今この瞬間に認められなくても、
そして評価されなくても、次世代の若人たちに
無形の遺産として継承してもらえればいいと、
そんな気持ちで仕事に取り組んでいるのを
実感するようになりました。

秋刀魚が何匹送られてくるか、さっぱり分かりませんが
一匹ずつ冷凍して、ゆっくりいただこうと思います。
目黒の秋刀魚ではなく、
上有住の秋刀魚ですので、それなりの
ストーリーを想像していただければ、嬉しく思います。

リベル・タンゴは、標題の演奏が気に入ってます。
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by hirune-neko | 2012-09-28 22:48 | 心の中のできごと | Comments(3)
Commented by romarin at 2012-09-29 21:33 x
感動しました。
昼寝ネコさんの心の優しさにです。
昼寝ネコさんの企画は何でしょう。成功することを祈っています。
Commented by romarin at 2012-09-29 21:43 x
ところで、次々にピアソラの演奏が聴けてすごいです!
Commented by hirune-neko at 2012-09-29 23:31
romarinさん

なんのことはない事実を書き連ねたのですが
被災地にはドラマが凝縮されていますね。

私はおそらく、人付き合いが極端に良くないはずです。
でも、ほぼ絶望的な環境にある方に出会うと、
他人の垣根を跳び越えて、一気に親戚感覚になるようです。

企画は、ある種の創作コンクールなのですが
対象となる人数が膨大なので、従来の
出版業界の感覚では、膨大な作業量になるんです。
ですから、まったく違う発想で組み立てを考えています。

ピアソラは、バカの一つ覚えであり、単に
他の作曲家を探求していないだけなんです。
でも、ピアソラは安住の地といって良く、
とにかく聴き続けています。
<< 届きました・・・上有住の秋刀魚が 人格が突然変異したのでしょうか? >>



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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