昼寝ネコの雑記帳

印象に残った曲のひとつ

Los paraguas de buenos aires
- Astor Piazzolla y Amelita Baltar



ピアソラが、生涯で作曲した曲数は、全部で
二百数十曲だと、何かで読んだ記憶があります。
全曲を聴いたとは豪語できないのですが、
英語のスピードラーニングのように
かなりの回数、聞き流して曲想を味わっています。

標題の曲は、Los paraguas de buenos airesです。
直訳すると「ブエノスアイレスの雨傘」のようですが、
なんだか、シェルブールの雨傘を想起させます。

時代劇の舞台脚本は、まったく進展していません。
でも、タイトルはまた変更になりました。
「気仙しぐれ雪」が、今のところ第一候補です。
主役の天芽(つぼみ)お嬢様のエピソードを
一つひとつ考えています。
小さな女の子なのに、将棋の才能があり
序盤定跡を独自に編み出して、江戸から稽古に来た
将棋所・大橋宗桂の高弟をして
「あれは、まさに気仙流」と言わしめた・・・
そんなシーンを思い描いています。

将棋には、「鬼殺し」といわれる、相手を引っかけるハメ手や
「角頭歩突き」という、確か米長・現将棋連盟会長が
考案した意表を突いた戦法があります。
天芽(つぼみ)お嬢様が考えついた、気仙流といっても
まったく具体性のない、言葉だけの戦法では
納得がいかず、かといって将棋の素人の私が
そう簡単に思い浮かぶほど甘い世界ではありません。
ある日、私の師匠である指導棋士五段の
堀川修先生に、ちょっとその話をしたところ
とても興味を持ってくださり、これはどうですか、と
決して誰も指さないであろう、従ってプロの棋譜にも
残っていないであろう、序盤の定跡を教えていただきました。

まさか、舞台上で延々と、棋譜の解説など
できるわけがありません。
ですから終演後、受付に、江戸から来た高弟と
天芽(つぼみ)お嬢様との当時の対戦棋譜、「これが気仙流だ」、
という対戦記録をでっち上げて、お持ち帰りいただこうと
ちょっとしたいたずらを考えています。

学生時代から、まったく将棋を指していませんでしたが
6年ほど前に、突然将棋熱が発症し、当時ネットで
将棋を教える「ネット将棋スクール」を開いて間もない
堀川先生に弟子入りをしました。なかなか
序盤の戦法が定まらず、悪戦苦闘の末に落ち着いたのは
「立石流」(たていしりゅう)で、これは四間飛車から
石田流に変形していく指し方です。
堀川先生から、気仙流は立石流に持っていきやすい、
と説明を受けましたが、いろいろな将棋ソフトと対戦してみて
なるほど、比較的楽に立石流に変化させられるようです。

「気仙しぐれ雪」が初演までこぎつけたら
将棋戦法・気仙流指導 堀川修指導棋士五段と
敬意を表して記載させていただこうと思います。
舞台上では出てこないのですけど、こだわりで。

そうそう、今日、
天芽ちゃん、碧之介ちゃん、そして倖之介ちゃん
そしてご両親とお会いしました。
「おお、天芽殿か」といいながら、つい小さなほっぺを
ちょんちょんと指で突いてしまいましたが、
「なに?この変なおじさん」という表情でした。

しぐれは、普通は雨のことであり時雨と書きます。
藤沢周平作品の「蟬時雨」は秀作ですが
雨だと直接的で、少しイメージが強すぎるように思え、
錯綜した悲哀感を漂わせるのは、雪だろうと考えました。
でも、単に雪だと、きれいすぎるし静寂感も強すぎるので
どうもしっくり来ませんでした。
時雨雪は、本来は気象用語なのだそうです。
みぞれに近く、いわゆる雪混じりの雨ですね。
でも、時雨雪だと「じうせつ」と読む人もいるでしょう。
なので、ひらがな混じりの「しぐれ雪」にしました。
気仙しぐれ雪・・・大切な人を失った
切々とした感情を代弁してくれる、タイトルになってほしいなと
そんな気持ちを込めています。

さて、初稿の出来上がりは、一体いつになるのでしょうか。
でも、イメージがちゃんと固まってしまったら
あっという間に書き上げる自信はあります。
私の中に、天芽殿とばあやのイメージが
徐々に定着しつつあります。
そして何よりも、ピアソラの作品が
創作イメージを高めてくれています。

「ブエノスアイレスの雨傘」・・・

見上げる気仙の灰色の空から降る、雪しぐれ。
傘も開かず、降りしきる雪しぐれに向かって目を閉じれば
溢れる涙を隠し、悲しみを洗い流してくれるような気がする。
大切な人を失った多くの人々の、そんな心情と共鳴する作品に仕上がり
心深くに閉じ込めた重い感情を、少しでも薄めていただきたいのです。

乞うご期待、気仙しぐれ雪。
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by hirune-neko | 2012-09-16 22:58 | 創作への道 | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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