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昼寝ネコの雑記帳

津波でお子さんを亡くされたご両親へ贈る絵本

Julia Zenko Chiquilín de Bachín


被災地への絵本寄贈プロジェクトには
「大切なわが子へ」に三種類の文章を用意しました。
その中のひとつは、お子さんを亡くされた
ご両親のために作られた文章です。
私は標準語で作ったのですが、
一番被害の大きかった、宮城県・三陸地方の沿岸地域で話されている
「浜言葉」のバージョンができあがってきました。
大嶋亜紀さんには、お子さんが二人いらっしゃいます。
津波の時、お子さんと一緒に河口にいたそうなのですが
膝まで水に浸かりながら
慌ててお子さんを連れて高い場所に駆け上り
危うく難を逃れたと聞きました。
その大嶋さんが、地元の言葉で「仙台方言版」を
作ってくれました。
今日、届きましたので、是非お読みください。

標題の曲は、ピアソラの「チキリン・デ・バチン」です。
小さな孤児の男の子が、食べ物もなく、
ある朝、冷たくなっていた・・・天に召され、という
内容の曲です。いろいろな歌手が歌っていますが
このフリア・センコの歌が一番好きです。


仙台方言特別版(2)の文章
お子さんを亡くされたご両親のための絵本

(とびらページ)

大切なわが子へ
おっとうとおっかぁからのメッセージ

著作 ●●●●●
   ●●●●●
*著者名として、お子さんを亡くされたご両親の氏名が記載されます。

(2ページ)
*■■■■■には、亡くなられたごお子さんの名前が記載されます。
大好きな■■■■■
残念だげっど さようなら

大切な ■■■■■
つらいげっど さようなら

おっとうはさ
おなかの大きいおっかぁといっしょに
■■■■が生まれんのを
ずっと楽しみに待ってだんだ

(4ページ)

■■■■はまだ憶えでっか?
生まれる前の遠い世界のごどを

■■■■■は 小鳥さんやどうぶつだぢど
いつもたのしぐ お話しをしていだんだよ

大きな木の枝から流れる
ふしぎなメロディーを聞きながら
この地上に生まれてくる順番を
今か今かと楽しみに待ってだんだ

(6ページ)

いつも■■■■■の心を優しつつんでくれだ
青空と陽の光は
■■■■の成長を見守っでだ

おっとうとおっかぁも
■■■■■の成長を楽しみにしていだ

(8ページ)

■■■■■
おっかぁのお腹の中にいだどぎ
おっとうとおっかぁの声が聞こえていだが?

■■■■■にやさしく声をかげでだのを
憶えでっか?

おっとうとおっかぁは
■■■■■を おらいに迎えるごどを
とても楽しみにしていだんだ

(10ページ)

愛する ■■■■■

■■■■■は おっとうとおっかぁの
神聖な愛の力によって生まれできたんだよ

この世が■■■■■をこばむはずがねぇ
■■■■■がこの世をこばんだのがもしれねぇ

なぜ■■■■■の成長して行く姿を
見守ることがでぎねぐなったのが
とても思い悩んだんだ

(12ページ)

大切な ■■■■■

おっとうとおっかぁからの
最初の贈り物だった ■■■■■の名前を
そっと心にしまっておぐがらね

おいだぢより先に
次の世界に行ってしまった■■■■■のことを
いつまでも大切に
憶えでっからね

(14ページ)

おいだぢの ■■■■■

■■■■■とはいつかまた 会えるような気がしてっから
不思議なこどだげっど
立派に成長した■■■■■と
また次の世界で会えるような気がしてっから

■■■■■が なぜ先に行ってしまったのが
今は理解でぎないげっど
そして受け入れるのは簡単ではないげっど

でも もしかして ■■■■■には
何か特別な理由があったのがもしれないな

(16ページ)

おいだぢの ■■■■■

おっとうとおっかぁには
もう ■■■■■の姿は見えないげっと
でも どこかで見守ってくれているような気がしてっから

夏の暑い日に
さわやかな涼しい風が頬をなでだら
それは ■■■■■のささやきだど思うようにすっから

寒さが厳しい冬の日に
心が温かく感じだら
それは ■■■■■がらの思いやりだど思うようにすっから

(18ページ)

優しい ■■■■■
おいだぢと同じ心をもっている ■■■■■

いつか
なにがに感動したときや
とっても悲しいと感じだどき
そこに手をおいでみでほしい
■■■■■の心は そこにあんだがら

おっとうとおっかぁがもってんのど同じ心が
■■■■■の中にもあんだがら

(20ページ)

おっとうとおっかぁは
■■■■■が この世から離れでしまっても
■■■■■の心が
すこやかに成長すっこど願ってから

悲しいごどもつらいごども 乗り越えで
たぐましぐ成長するごどを願ってから

大切な ■■■■■
おっとうとおっかぁは
いつまでも ■■■■■を愛し続げっから

(22ページ)

短い時間だったけど
■■■■■は おっとうとおっかぁに
幸せを残してけだね

本当に短い時間だったげっど
おっとうとおっかぁは
■■■■■に会えて感謝していっからね
by hirune-neko | 2012-01-21 00:51 | 現実的なお話し | Comments(4)
Commented by romarin at 2012-01-26 05:43 x
この曲と絵本のテキストを読むとなんだか涙が出てしまいます。
絵本が子供を亡くされたご両親の心に灯火をともしてくれますように・・・
Commented by hirune-neko at 2012-01-26 14:11
romarinさん

お読みくださり、有難うございました。
産婦人科から、天使になったお子さんが発生すると
「天使版」で製作するよう依頼があります。
お子さんを亡くされたご両親の様子も知らされたり。
そんなにたくさんの事例はありませんが
天使になられた経緯は微妙に異なるため
文章も修正を加えます。
何度読み返しても、涙腺が緩んでしまいます。
でも、その絵本を読まれたご両親が
心に慰めを得られた様子を院長生成から伺うと
製作に携わったみんなの励みになっています。

被災地からはまだ依頼が来ていませんが
少しでも心の重荷から解放されてほしいなと
心から願っています。
Commented by 日本晴れ at 2016-04-04 22:45 x
2016年からやって参りました。

お師匠の過去ログに ‘聖書の「はじめに言葉があった」という部分は様々に解釈されているが... ’ と書かれていたのを思い出しました。

自分自身、幸いにも家族なり大事な人を失うという過酷な体験には遭っておりませんが、言葉の持つ力には、癒しの力も含まれているのだと再認識した次第です。 悲しいとき、嬉しいとき、その他人生の様々なシチュエーションにおいて、言葉は使われようによって、すごい力となるのだなあ、と。

オリジナル絵本というものは手間やコストは掛かるのでしょうが、メモリアルとしての効果はかなり大きいと感じます。
自分も、東北関東大震災の発生時、凄い物理的/体感的ショックを受け、また映像を通しての東北の津波被災地の姿に精神的ショックを受けました。
多かれ少なかれ、関東以北在住の人々はあのとき以降、何かしらのトラウマを引きずっているのではないかと感じます。
東北地方もインフラは随分復元されてきたようですが、今もなお多くの方々がまだ復興への長い道程にいらっしゃるのだろうと思うと、複雑な思いです。

ご家族を亡くされた方々以外にも、慣れ親しんだ地域を無くされた方々を含め、地域コミュニティ再生・復興の為の人々の絆やモチベーションを強くする為のメモリアル冊子製作とか、出来ないものでしょうか? 地域ごとに親しまれていた風景や建物など、それこそオーダーメイドになるのでしょうが...
思いつきで恐縮ですが、地方自治体が予算確保して進めたりなど、どうかな、とちょっと思いました。

それでは、また昼寝ネコ・タイムトラベルに戻ります。
Commented by hirune-neko at 2016-04-04 23:57
日本晴れさん

私も改めて、当時の状況を思い出しました。
津波でなくした子どもの写真も洋服も何も残っていない。
楽しかった頃を思い出せるものが、何も残っていない。
この絵本を読んで思い出が蘇り、涙が止まりませんでした。
こういうメッセージをいくつも目にしました。
少しは、過酷な心情を軽くしていただけたのかなと
達成感をいただきました。

被災地の小中高生向けの「創作コンクール」を企画しました。
残念ながら、助成してくれる企業が確保できず、
そのままになっています。
読書感想文コンクールではなく、創作作品のコンクールです。
ものすごく手間はかかりますが、子どもたちの未来には
必要な案件だと、今でも思っています。
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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