昼寝ネコの雑記帳

怠け者のボランティア(1)・・・創作


Anjelika Akbar's New Video "Libertango Istanbul" by Astor Piazzolla

もう数十年以上前のことだが、
不意に記憶の底から甦ってきた。

一応は希望を持って学生になったのに
お茶の水周辺は、いつも機動隊で溢れていた。
大学のキャンパスは、ヘルメット姿の学生に占拠され
まるで押し出されるように、神保町の古書街を彷徨った。

目標を失ったが、何か有意義なことに携わりたい。

青学の文学部に在籍する、高校の同窓生から誘われ
文芸同人誌の立ち上げに参画した。
ある日、その同人仲間から思いがけない誘いを受けた。
「成城に、教会が運営する老人施設があるんだけど。」
興味を示さない私の表情を無視して、彼は続けた。
「自閉症、失語症で・・・認知症ではないらしいんだけど
根気強く話し相手になってくれる、ボランティアを探してるんだ。」

なぜ引き受けたんだろうか。
いや、引き受けたのではなく、断らなかっただけだ。
なのに彼はどんどん話しを進めてしまい、
初夏の、陽射しの強い日に最初の訪問が組まれた。
世田谷通りから、だらだらと長い上り坂はきつかった。
どうやら、ここがそうらしい。
応対してくれたのは尼僧姿の女性。
修道院?教会?カソリック?
そんなことはどうでもよかった。

かなり広い敷地は、緩やかな起伏が多かった。
手入れの行き届いた自然林、
そんなイメージだった。
建物から5分ほど奥に歩いた。
低い木立に囲まれ、白く塗られた
屋根付きのオープンスペースが目に入った。
近づくにつれ、車椅子に深く身を沈めた
老婆の姿を確認することができた。
尼僧は手短に私を紹介したが
耳が聞こえないのか興味がないのか
完璧に無反応だった。
「では、よろしくお願いいたします。」
引き返す尼僧の後ろ姿を見ながら
私は、ゆっくりと老婆の前に回り
ベンチに腰を下ろした。
「はじめまして。」

日本人なのだろうか。
白髪だが彫りの深い顔立ちだ。
手の甲と違って、不思議と顔にシワはなく
気品を感じさせる表情だった。
この施設に引き取られた経緯も
生い立ちも、知る人は誰もいないという。

「ぼくは、こうして初めて伺ったんですが
もともと人と話すのが苦手だし
好きではないんです。」
なんて間抜けな切り出しだろう。
言ってしまってからそう思った。

でも、無反応な相手だからこそ
気楽に話せるのかもしれないと思った。
同意も反論も、相づちもない会話が続いた。
我ながら、実に粗野で稚拙な人生論、芸術論だと
普通なら恥ずかしくなるところだが
鬱積していた何かが、徐々に風化されるような
かすかな安堵感を感じ始めていた。
その時、視界の遠くで尼僧の姿を捉えた。
老婆に簡単に別れを告げ、時計を見た。
1時間も何を話していたのだろうか。

翌日、尼僧から電話があり
翌週の同じ時間にまた来て欲しいという。
私で役に立っているかどうか不安に思ったが
老婆が拒絶しないので、是非にという。
拒絶しない?
どうやって意思表示ができるのだろうか。
とにかく、少しは自分が必要とされているらしく
引き受けることにした。

学習塾の講師のアルバイトが休みなので
毎週木曜の午後に、成城に行くことが
いつしか習慣になってしまった。
何度も面会するうちに、
私の方は勝手に親近感を持つようになり
すっかり饒舌で、親しげな語り口になっていた。
老婆は・・・最初とまったく同じで
無表情、無反応、無関心だった。
ときどき、ふとした時に
目の奥に感情が宿るように感じることがあったが
多分、思い過ごしだったのだろう。

クリスマスのイルミネーションが街に輝き
あちこちの戸口に、リースが飾られるようになった。
木々の緑は褐色に変化し、寒空に息も白い。

同じ場所で、老婆は厚手のキャメル色のコートと
同系色のマフラーで守られていた。
その日、私はプッチーニのオペラの話しをした。
ボエーム、トスカ、マダム・バタフライ・・・
「不思議なことに、主要な登場人物が死んでしまうんです。
結局、死というベールで包み隠さないと
醜悪な現実と向き合うことができないんですよ。
どんな芸術作品だって、架空の幻想世界を越えて
日常に生きる人間の現実にまで
干渉することは不可能なんですね。」
寒さを忘れての熱弁だった。

話しながら、
そういえば聴き分けられるだけで
実際にはアリアの一曲たりとも歌えない自分の
無知さが恥ずかしくなった。
ひょっとしたら「軽薄な解釈」なのかもしれない。
作曲家やオペラ歌手の才能、努力を知りもせず
尊大で生意気な態度なのかもしれない。
でも、ヴェルディだってアイーダの中で・・・
そういいかけた時、確かに言葉を聞いた。

「創作される作品は、現実から離れた人が
また現実生活に戻って行けるよう
人の心を純化するために存在するんです。」

周りには誰もいないし、確かにこの老婆が
言葉を発したに違いない。
だが、確かめる方法はなかった。
彼女の表情はいつものままで
視線はずっと遠くに向けられ
私にはまるで関心を持っていなかった。
幻聴だったのかもしれない。
でも確かに、聞こえた。
不思議な体験だった。

翌週の水曜日、反省した私は
明日こそ謙虚に、真摯に話しをしようと考えていた。
じゃあ何を話そうかと、構想を練っていた時
尼僧から電話があった。
短い内容だった。
「彼女が先週末に急逝しました。
もう来ていただく必要はなくなりました。
長い間、有難うございました。感謝しています。
お渡ししたいものがありますので、明日来てください。」

施設に向かう坂が、いつもより急勾配に感じられた。
面会室で向かい合った尼僧は短く礼をいうと
老婆が私に宛てたという包みを置いて、立ち去った。
テーブルの上の包みを、私はしばらく見つめたまま
現実感を失っていた。

明らかに古びた包みだった。
入っていたのは、擦り切れた布クロスのハードカバーで
しかも汚れとシミが目立つ楽譜だった。
タイトルは「トスカ」。
もしかしたら、昔のイタリアの
リコルディのものなのだろうか。
パラパラとめくってみたが
あちこちにイタリア語らしい書き込みがある。
残念ながら、私には判読できなかった。

ページの間から、何かが床に落ちた。
真新しい、白い封筒だった。
1枚のカードが入っている。

宛名は私の名前。
そしてたった1行の文章と、彼女の署名・・・日本名だった。
「あなたのおかげで、人生を終える勇気を得ました。感謝。」

何がなんだか、まったく理解できない。
なのに、たまらなく涙が次々と溢れ出てきた。
止まらなかった。
[PR]
by hirune-neko | 2011-04-26 20:50 | 創作への道 | Comments(12)
Commented by 天然木 at 2011-04-28 12:00 x
短編映画が浮かびました。
施設にいるご夫人には是非、フジコ・ヘミンクゥエイさんに。
ボランティアの彼にオダギリジョー、その友人に松山ケンイチ、
尼僧にもたいまさこ・・・って感じでいかがでしょうか。
Commented by hirune-neko at 2011-04-28 14:46
天然木さん

長話をお読みくださって有難うございます。
フジコ・ヘミンクゥエイは知っていますが
その他の方々は、おそらく写真を見たら
分かるのだと思います。

自分の人生で、実際に起きてもおかしくない
出来事で、おそらくやはり、こんな風に
接したのではないかと想像しています。

デッサンのように、簡単にイメージを
文章でなぞっただけですが
下手に長編にするより読みやすいのでは
と思います。
イメージが浮かぶと、文藻にしたくなります。
ある種の病気だと思うのですが
精神科医に相談しようとは思っていません。
どうせ、本で読んだ病名と結びつけて
診断するのがせいぜいで、決して理解されないと
思っていますので。
Commented by 天然 at 2011-04-29 01:41 x
訂正・・・お名前はフジコ・ヘミングさんでした(笑)
Commented by hirune-neko at 2011-04-29 13:47
天然木さん

そうでしたっけ?
フジコ・ヘミング?
Commented by Pu-cha at 2011-04-29 20:54 x
泣けた...
Commented by hirune-neko at 2011-04-29 22:40
Pu-chaさん

有難うございます。
書きながら、実は私も泣けました。
Commented by romarin at 2011-05-05 06:13 x
わたしも・・・
Commented by hirune-neko at 2011-05-05 15:38
romarinさん

泣いて下さったんですか?
それは有難うございます。
いい感性を持つ方は、泣いてくれるようです。
こうして書いていると
実在の人物と架空の人物が重なってしまい
どこまでが現実か分かりにくくなることがあります。
でも、こうしてわざわざお読みになった上に
感想を寄せて下さり、心よりお礼申し上げます。
Commented by El bohemio at 2013-02-13 01:01 x
やはり泣いてしまいました。やはり想像力のある方だから
成し遂げられた。人の心を動かす、、、
それも何かを受けつけられない心を病む方の心を、、、
Commented by hirune-neko at 2013-02-13 16:24
El Bohemioさん

こんな生涯を送る方もいらっしゃると思います。
日頃、創作するときには、読まれる方の心に
何か伝わるといいなと思って書いています。
頭の中で受けを狙って考えたのでは、
絶対に書けませんね。皆さん、敏感ですから。

なかなか時間を割けませんが、また何か
思い浮かびましたら、書いてみます。
いつもお読みくださって、有難うございます。
Commented by 鞠子 at 2016-05-04 01:38 x
このお話もとてもいいですね!
「創作される作品は、現実から離れた人が
また現実生活に戻って行けるよう
人の心を純化するために存在するんです。」
この言葉を何度もかみしめています。
Commented by hirune-neko at 2016-05-04 23:04
鞠子さん

すっかり忘れていた作品でした。
どうも登場人物はみな。何か心に傷を負って、
過去の重荷を背負っている人が多いようですね。
読み返してみましたが、独自の世界がありますね。

ブログでリベルタンゴを紹介することはなかったのですが、
この出だしの演奏が気に入って、例外的に使用しました。

「創作される作品は、現実から離れた人が
また現実生活に戻って行けるよう
人の心を純化するために存在するんです。」

これは、私自身がそのような考えでいますので、
同じ考えで書いていきたいと思っています。
簡単ではありませんけど。

改めて、鞠子さんの感性の良さに感心しています。
<< 怠け者のボランティア(2)・・・創作 四字熟語・右顧左眄・右往左往 >>



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
検索
ライフログ
最新の記事
最新のコメント
通りすがりさん コ..
by hirune-neko at 13:00
「仕込み tv エキスト..
by 通りすがり at 12:21
羽賀さん 貴重な情..
by hirune-neko at 23:17
貴方が貼り付けている動画..
by 羽賀 at 21:02
羽賀さん コメント..
by hirune-neko at 15:55
記事ランキング
以前の記事
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 04月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
お気に入りブログ
ファン
ブログパーツ