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昼寝ネコの雑記帳

ホンジュラスからのメール〜ネコの手も借りたい?



ようやく、ホンジュラスからメールが届いた。
いよいよ具体的なお手伝いが始まりそうだ。
ホンジュラスの障がい児へ
不要になった絵本を贈るプロジェクトだ。
ボランティアを募らなくてはいけなくなるが
ネコの手も借りたくなるほど忙しくなるといいなと思う。
ああ、それで思い出した。ピアノ調律師のKさんが
以前日記で紹介していた動画なのだが・・・
あるオーケストラの定期公演で、ピアニストが
急に体調を崩してしまったらしい。なにせ委嘱作品なので
他に誰も演奏できるピアニストがいない・・・
いやいや、いたいた。作曲家の飼いネコで
そこそこピアノも弾ける・・・というので
急遽、ネコが代役のピアニストを務めることになった
そういうイメージの動画である。あくまで推測である。

さて、前置きが長くなってしまったが、
ホンジュラスで絵本を必要としている
千田みかささんからのメールとプロフィールを紹介したい。
会社のサイトに「呼びかけページ」を設置する予定だ。

*絵本がなぜ必要かの説明と協力のお願い(ホンジュラスの障がい児のために)

 私は、2009年3月からJICAシニアボランティアとしてホンジュラスに派遣されています。
 ホンジュラスは中米の真ん中に位置する小さな国です。国土のほとんどが山林で、北にはカリブ海、南には太平洋がちょっぴり接しています。
 一年中初夏のような気候で、バナナやコーヒーなどが栽培されています。
治安は悪いのですが、多くの人はおだやかで親切、見慣れないアジア人種の私にも気軽に声をかけてくれます。

 私の職種は障がい児教育で、首都テグシガルパのフアナ・レクレルクという障がい児教育センターで働いています。

 フアナ・レクレルクは児童・生徒数約200名、職員50名、設立37年のホンジュラスで中心的役割を果たしている障がい児教育センターです。
 ホンジュラスではまだ障がい児が教育を受けられることが少なく、フアナ・レクレルクなどの教育施設で教育を受けている障がい児は、障がい児全体の5%に満たないと言われています。
 そんな中、フアナ・レクレルクでは通ってくる生徒達への教育だけでなく、市内の普通学校にいる障がい児のために巡回指導をしたり、地方へ行って障がい児教育の指導者講習を行ったりして、障がい児教育を広げる活動を行っています。

 私がフアナ・レクレルクで働き始めて一番初めに気になったのが
絵本が教室に一冊もないということでした。もちろん、図書室などないのです。
 職場のコーディネーターに「絵本はとても大切だから買って欲しい」と言うと、何冊か買えるように手配してくれました。さっそく町の本屋さんに行って、子どもが楽しめるような絵本を探しました。が、一冊がとても高いのです。平均300レンピーラくらいします。コーヒー1杯15レンピーラです。1ヶ月の給料5500レンピーラでは、買うのが難しい値段です。
 メキシコやスペインからの輸入本がほとんどなのです。そして、本屋にも絵本がとても少ない。20種類あるかどうか。

 日本の絵本は質も量もすばらしい、と気づきました。
そこでJICAや友人を通じて、不要になった絵本を何冊か日本から送ってもらいました。私のつたないスペイン語で翻訳して、授業で使ったり先生達に紹介したりしました。みんな絵本のおもしろさ、絵の美しさ、バラエティーに富んだ内容に、とても喜んでくれました。

 地方の障がい者支援センターにも絵本を贈りたいと思い、先日はサン・イグナシオという首都から車で4時間程度の村に行ってきました。
 ここでは10冊の絵本を紹介し寄贈したのですが、ショックなことに子どもに絵本を読み聞かせる、ということを指導者の皆さんが全く経験していないのです。考えてみれば、ちょっと前まで学校に行けず字が読めない方も多かった国です。絵本に親しむ経験などなかったことでしょう。
 絵本を手にとってもらい、そのおもしろさに指導者が気づくことがまず必要だ、読み聞かせの講習もしようと思いました。

 絵本をもっともっと紹介したい、子どもがいつでも手に取れるようにしたい、と思うのですが、絵本はまだまだ足りないと思うのです。
 そこで、 今後も不要になった日本の絵本をスペイン語に訳してホンジュラスに贈ることを続けられないだろうかと思い、ご協力をお願いする次第です。
 絵本を集める、スペイン語に翻訳する、絵本にスペイン語を貼り付ける、といった作業、並びにホンジュラスに絵本を送る、ということを日本でしていただけたらと考えています。
 ホンジュラスでの受け取り先は、私の配属先JUANA LECLERCを考えています。ここを中心に周辺の障がい児センターにも送られることでしょう。

 日本の皆さんにホンジュラスの現状を知っていただき、関心を持っていただけたら、こんなにうれしいことはありません。ご理解のうえ、ご協力をお願いいたします。

*プロフィール・千田みかさ
 宮城県での教員を経て、2006年から2年間JICAシニアボランティアとしてモロッコで障がい児教育に携わる。2009年より再びJICAシニアボランティアとしてホンジュラスに赴任。障がい児教育現場で活動中。個別指導、音楽・ダンスの指導を紹介。講習会も多数開催している。
 教育学修士。教育分野以外ではコンテンポラリーダンサー・演出家・ワークショップファシリテーターとして活動。2008年より「即興パフォーマンス集団・すんぷちょ」代表。性別・年齢・国籍・障害の有無を超えた、多様なメンバー構成で舞台作品を集団創作、上演する。主な作品、2008年『ぶこきがアンサンブル』(仙台)2010年『MAEK』(ホンジュラス)2010年『MIDORIGO』(ホンジュラス)など。2010年ニカラグア国際コンテンポラリーダンスフェスティバル参加。
by hirune-neko | 2010-10-05 14:21 | 現実的なお話し | Comments(0)
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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