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昼寝ネコの雑記帳

ついに応急の救命処置に成功した

Out of Africa - John Barry

 今日もまた、パソコン奮闘記の話題である。何をどうしたか、ということを細かく書いても、興味や関心のない方にとっては退屈極まりない話になってしまうと思う。しかし、もし同じような状況に遭遇されたときには、参考にしていただけると思うし、私自身も自分の記録として残しておきたいと思うので、またまた性懲りもなく書かせていただく。

 QuarkXpressが、どうしても起動せず、これまでのファイルを開くことができない状況がずっと続いていた。どのような打開策があるか、AppleやQuarkのサポートを受けながら、専門家でもない私が脳内であれこれと思いめぐらしてきた。

 不具合の原因がiMacの機械的なものなのか、あるいは何かのプログラムと干渉しあって機能しなくなっているのか、それすら特定することができない状態だった。

 今日思い浮かんだのは、外付けのハードディスクにmacOSをダウンロードし、新たに別のユーザアカウントを作って立ち上げる事だった。そこに、App Storeからサブスクリプションで購入できるQuarkXpressをダウンロードしてみるという方法だ。

 他のプログラムやシステムの影響を受けない環境であれば、もしこれで起動できなければ、機械的な原因だと特定されると考えた。

 そこで念のため、Appleのサポートに電話し、私の考えが間違っていないかどうか確認してから着手した。現在、タイムマシンバックアップ用の外付けハードディスクは4テラバイトである。その中に、パーティションを作り約800 GBの容量で別空間を作る方法を、スペシャリストの方に教えてもらった。。

 どのようにすればそこにOSをダウンロードできるかも、スペシャリストの方に教えてもらった。普段は全くしない作業なので、的確に教えてもらってありがたかった。

 ダウンロードとインストールが終わり、そこにApp StoreからQuarkXpressをダウンロードして起動してみた。すると、スムーズに起動することができた。

 いよいよ、過去に作成したファイルが開けるかどうかの確認をしようと考えた。しかし、2種類あるOSから、どのように選んで起動させるのかがわからなかった。最後にアップルのサポートに電話したのは、営業時間の9時ちょっと前だったので、あまり詳しく聞くことができなかった。

 そこで、Google検索をしてみたら、システム環境設定の中の起動フォルダから選ぶことができると書かれているのを見つけた。早速その方法を試し、無事にどちらでも起動できる環境が出来上がった。

 本来の管理者と新しい管理者との切り替えには、ユーザーログアウトとユーザログインという方法ではなく、いちいちシステム環境設定の中の起動フォルダ内で指定して、作業をしなくてはいけないので、それなりに手間も時間もかかる。しかし、これまでQuarkXpressは全く開くことができなかったので、これで開ければ多少の時間はロスしても、制作作業自体は進めることができる。

 データを外付けハードディスクに移し、ユーザログアウト、そして起動ディスクを変更して、新たなユーザでのログインを行った。
 
 QuarkXpressは スムーズに起動できた。さて、ではこれまでに作成したファイルが開くだろうか。緊張の一瞬だった。

 すると、あっけなく開くことができた。いやぁー、嬉しかった。これまでの悪戦苦闘が報われた感じだった。

 ちょうど、昨晩印刷会社のサイトから入稿したデータに不備があるので、修正して再入稿してほしいとのメールが来ていた。その作業を無事に終えることができた。

 途中で諦めずに、引き込もったり家出をしないで良かったとつくづく思った。これで、当面の救命処置は完了である。後は、大元のOS環境で,QuarkXpressを使えるようになるかどうかが最後の関門である。

 それには、アメリカあるいはインドのサポートチームの皆さんとやりとりをしなくてはいけない。原因特定は容易ではないと考えている。しかし、一つ一つ可能性を考えて検証していけば、時間はかかるとは思うものの解決するのではないだろうか。

 こんなに時間がかかったトラブルの経験は初めてである。しかし最終的には、とりあえず動かすことができるようになった。それだけでなく、どんなに追い詰められた状況であったとしても、希望と可能性を放棄せず、取り組み続けることの大切さを改めて学ぶことができた。

 そんなこんなで、また今日も歩くことができなかった。肉体的な犠牲を教えられたが、それ以上の価値はあると思う。明日からは、また歩くことを再開したいと思っている。

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# by hirune-neko | 2020-10-02 01:25 | 心の中のできごと | Comments(0)

追われる人生からは早く脱却したいものだ

Pachouli

 月末の振り込み作業は、パスワードを音声で知らせてくれるトークンに切り替えたため、かなり楽になったように感じる。これまでのトークンは、およそ30秒ごとに6桁の数字が変わる文字表示方式だった。したがって、数字が切り替わるまで待たされることもかなり多かった。

 新しく導入した音声型のトークンだと、番号の発行ボタンを押せば、すぐに音声でパスワードを知らせてくれるので、無駄な待ち時間がゼロになった。細かい仕事が連続しているときは、たとえ数秒であったとしても待ち時間が発生すると、どうしてもイライラしてしまう。

 1つのトラブルを解決しようとしている最中に、別の新たなトラブルも発生する。過去に経験している内容だと、すぐに対応できるのだが、新しい内容だと調べたり、サポートを受けたりなどの必要性が発生するため、正直言って気が重くなる。

 しかし、そんなことも言ってられないので、解決の糸口をあれこれ模索している。幸いに、在宅で手伝ってくれている若い人がいるので、細かい調査や確認はお願いすることにしている。

 それにしても、ここ2ヶ月近くの懸案事項であるQuarkXpressの動作不良の問題は、依然として解決の出口がまだ見えない。製作物の遅延が累積してきているので、とりあえずはAdobeのıIndesignをマスターするしか選択肢は無いのではないだろうかと思い始めている。

 もうかれこれ30年は使っているアプリケーションを、今更別のものに変更するというのは、考えただけで気が重い話だ。しかし、どうやらそろそろタイムリミットなので、一歩踏み出すしかないだろうと考え始めている。

 後10分で日付が変わる。今から、4種類の製作物を印刷会社のサイトから発注し、データを入稿しなければならない。今日は、1日のどこかで歩きに出ようと思っていたのだが、この時間からだと深夜の徘徊になってしまい、不用心ので、明日に延期しようと決めた。

 データをアップロードするところまで終えたら、入浴して身体をほぐし、明日に備えようと思う。

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# by hirune-neko | 2020-09-30 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

仕事には笑うに笑えない、こんなこともある

ELIANE ELIAS - Save Your Love For Me

 凜・凛・澟・・・騒動の話である。

 仕事の性質上、生まれたての赤ちゃんの名前をたくさん目にしている。最近のお父さんお母さんは、とてもお子さんの名前に凝っている。それだけお子さんに対する愛情が深く、また期待も大きいのだろうと思う。中には、どうしてこのような読み方ができるのだろうか、というような不思議な名前も多々ある。

 今日発生した、名前の漢字にまつわるトラブルを紹介したいと思う。

 あるお子さんの名前に、使用されていた漢字がトラブルの原因だった。
「凛」と「凜」という漢字は、両方とも「りん」と読む。手書きの申込書が送られてきたのだが、左側がさんずいで、右下が示すと言う漢字の文字が書かれていた。左側がさんずいで、右下がのぎへんであれば作字ソフトでも表現が可能だ。しかし、あちこち検索したのだが、当用漢字にも人名漢字にも登録されていなかった。

 そこでまずは法務局に電話した。戸籍登録する際に、この漢字が使われているかどうかを質問したかった。すると、この漢字は出てこないと言う。しかしながら、実際に出生届を受け付けた市役所に確認したほうがいいと言われた。

 そこで、申し込みをされた方の居住地の市役所に電話した。戸籍係の方に事情を話し、このような漢字は受け付けられているでしょうか、と質問した。すると、人名に使用できる漢字の辞書をすぐ調べてくれて、結論は受け付けられる漢字ではない、との事だった。窓口で出生届を受け付けても、実際に登録する際にコンピューターがハネたら、その方に連絡することになっているとも言われた。

 そこで、確認のため申込者のお母さんに電話をしてみた。法務局と市役所とのやりとりを説明した。話を聞くと、市役所でちゃんと出生届けを出し、保険証ももらっていると言う。さてさて、不思議なことが起きるものだ。しかし、そのように言われてしまっては、こちらも返す言葉がない。それで、もう少し調べてみますと伝えて電話を切った。

 改めてインターネットをくまなく検索し、この漢字が使われていないかどうかを再度調べてみた。しかし、どうしても出てこない。このままだと絵本を作ることができない。そこで、再度確認の電話を入れ、お母さんと話をした。

 右下がのぎへんだと、左側がにすい、さんずいのいずれも漢字は存在していますが、右下が示すという字だと、左側がにすいの字しか存在しておらず、さんずいのものはどうしても見つかりませんでした、と伝えた。

 するとお母さんの口から出たのは、「にすいですよ。さんずいではありませんよ。申込書は旦那に頼んだので、旦那がさんずいで書いてしまったのかしら。」という言葉だった。

 「はっ???にすいでよろしいのでしょうか。」拍子抜けした気持ちで確認の質問をした。すると、間違いなくにすいだと言うではないか。

 手書き文字だと、似たような漢字が多いので判読に苦労することが多々ある。しかし、今日のように申込書は明らかにさんずいであり、しかも市役所で出生届を済ませ、保険証まで発行されているとなると、こちらとしてもまるで狐につままれたような感じで、一体何が起きているのか皆目見当もつかなくなってしまっていた。

 それが、ご主人のうっかりミスで、こちらはすっかり振り回されてしまったことになる。しかし、ちゃんと納得いただける絵本を作れることになったので、これはこれで一件落着であり、ほっとしている。

 今日のような出来事はとても珍しいが、やはり手書きで申し込まれてくるとクセ字も多いので、漢字にはいつも悩まされている。

 漢字は中国が起源なのだろうけれども、改めて日本語の難しさを痛感している。漢字だけで、一体何種類あるのだろうか。アメリカのある調査機関が、世界中の言語で最も難解なのは日本語だ、という調査結果を発表したらしい。全く同感である。

 私は、たくさんの言語をマスターしていないが、例えば相手に対する呼び名の代名詞は、英語ではYouであり、相手によってはユーと発音したり、場合によってはヨウと言ったりする事はあるかもしれない。しかしいずれにしても文字で書けばYouだけである。

 フランス語でも、同様に相手を呼ぶときはVous(ヴ)であり、親しい関係の相手に向かってはTu(テュ)と呼ぶ程度の種類しかないはずだ。

 では、日本語ではどうだろうか。実にたくさんあると思うし、どの言葉を使うかによって話す人と相手の関係、あるいは相手に対する感情を伺い知ることができるのではないだろうか。

 あなた、あなた様、君、あんた、お前、てめえ、貴様、貴公、貴殿、おぬし、おんどれ・・・ちょっと考えただけでも10種類以上ある。外国語にも前置詞があって、私などon・in・for・with・intoの中の、どれを使っていいか判断がつかないことが多い。日本語の場合は、「てにおは」、に相当するのだと思うが、日本語を学ぶ外国人の皆さんにとっては、かなり難解なのではないだろうか。

 ましてや、膨大な数の漢字がある。しかも、音読みがあり訓読みがある。それに加えて、送り仮名の付け方もなかなか難しいのではないだろうか。漢字だけでなく、ひらがなもカタカナもある。日本語は、改めてなんて複雑なのだろうかと感じている。
 
 これは私の勝手な判断なのだが、かくも複雑な日本語を自在に操る日本人の感性や知性というのは、特別だと感じている。しかし逆に、とても面白いことに、あくまでも一般論としてたが、他人に対する警戒心がとても弱いのも日本人の特長なのではないだろうか。それはとりもなおさず、自分自身が相手に対する悪意を持たず、陥れようとするような考えを持たないものだから、相手もそのような事はするはずがない、というある種の先入観を持っているからなのではないだろうか。

 まぁいずれにしても、いざとなったらあっという間に結束し、悪しき勢力に対しては強い拒否感を持って対処するのも、日本人の特質だと思う。あまり日本人は不信感を持たれないように振る舞う方が良いのではないかと、外国人の皆さんには一言申し上げたいと思う。

 明日はいよいよ月末である。また、振り込みの作業が待っている。しかし、音声でパスワードを伝えてくれるトークンを購入しているので、明日はかなり楽だろうと思う。

 しかし、先日スペイン語に翻訳してくれたメキシコ人の方に、翻訳料を支払わなければならないのだが、海外の個人の方に送金した経験は、過去に1度しか記憶にない。確か、PayPalシステムで決済した記憶があったので、事前に相手のPayPalに紐付いているメールアドレスを教えてもらっていた。少し試行錯誤をしたが、何とか送金することができた。明日になってからとりかかったのでは、どれだけ時間がかかるかわからなかったので、今日済ませて良かったと思っている。

 依然として、やれやれの生活がまだまだ続いている。もう午前2時である。ため息しか出てこない。
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# by hirune-neko | 2020-09-30 02:17 | 心の中のできごと | Comments(0)

頭のてっぺんが小噴火を起こしそうな感じだ

Come A Little Closer / Wild Is The Wind
 
 小説を読まず、映画も観ない生活になって何年経つだろうか。脳内であれこれ想像をめぐらし、イメージを膨らませることが趣味のようになっていたのに、今はほぼ100%の時間が現実と格闘の毎日である。

 せっかくお越し下さったのに、またコンピューターとの格闘の話か、と思われるだろうけれど、今日も1日中、何とかこの関門を乗り越えようと取り組んでいた。

 サポートの対応をしてくださる皆さんは、程度の差こそあれ一応は専門家である。その専門家の皆さんに相談しても、なかなか解決の糸口が見つからない。ただ単に思うようにいかないだけでなく、時間経過とともに遅延案件が累積されていくので、今日は頭のてっぺんが小噴火を起こしそうな感じになった。はじめての経験である。

 そんな時、ふと思い浮かんだのは、イギリスのスパイ小説家ブライアン・フリーマントルの作品「追いつめられた男」だった。MI6に所属する老スパイのチャーリー・マフィンが主人公の小説シリーズである。全シリーズを夢中になって読んだのは、おそらく30年以上前なのではないだろうか。

 前後して夢中になったのは、ボストンの私立探偵スペンサーが主人公のシリーズである、ロバート・B・パーカーの小説だった。ストーリーはもう記憶に残っていないのだが、あの作品を読んだせいかボストンには親近感をようになった。今では考えられないことだが、家内とまだ小さかった子供達4人を連れて、ボストンに旅行に行った。コモンパークという公園に行くと、小さなリスたちが走り回っていたのが印象的だった。

 また、映画化された作品「キャットチェイサー」の作家であるエルモア・レナードの作品も好きだった。いずれにしても、スパイや探偵、そしてハードボイルドや戦争などの作品を好んで読んだり、あるいは映画を観た。いずれも、私の能力では到底書けない内容の作品である。

 ブライアン・フリーマントルはフィクション作家であるだけでなく、ノンフィクションとして情報機関その他に関するアカデミックな著書もある。ウィキペディアで調べると次のようなリストが掲載されていた。

 確か、岩波選書のシリーズで出版されていたように記憶している。

・Brian Freemantle 1982年 ノンフィクション KGB
・Brian Freemantle 1983年 ノンフィクション CIA
・Brian Freemantle 1985年 ノンフィクション The Fix FIX-世界の麻薬コネクション-
・Brian Freemantle 1986年 ノンフィクション The Steal:Counterfeiting and Industrial Espionage 産業スパイ-企業機密とブランド盗用-
・Brian Freemantle 1991年 ノンフィクション Where Food Is God 食に神が宿る街
・Brian Freemantle 1995年 ノンフィクション The Octopus:Europe in the Grip of Organized Crime ユーロマフィア

 人間は、読んだ本や観た映画から感性的な影響を受けるのではないだろうか。その意味で、学生時代は哲学や純文学に傾倒したのを覚えているが、徐々に現実的な視野を持つようになり、数十年を経て国家インテリジェンスという世界に興味と関心を持つようになった。

 そして現在は、世界中の誰からも見向きをされていないらしい「ファミリー・インテリジェンス」という手法の必要性を痛感しており、先人の存在しない分野だけに、かなり苦難の行軍を続けている。

 今日はとうとう、adobeのサポートに電話し、Quarkの代わりにIndesignを使えるようになろうかとまで思い詰めた。そして実際に電話し、アプリケーションの再ダウンロードを済ませた。

 こうしてブログを書いている最中に、たった今Quarkのサポートチームの方からメールが入った。6時間ほど前にライブチャットでサポートを受けたのだが、そこに記録されている情報をメールで送るよう依頼したのに、待てど暮らせどメールが来なかった。そこで1時間ほど前にアメリカ・コロラド州の本社に電話を入れた。対応できる人がいなかったので、伝言を残した。それに対する回答として、ダウンロードやインストールをリモートでサポートしてくれると言う内容のメールだった。

 本当に心底、やれやれの毎日である。しかし、苦難というのはその時は辛いのだが、努力して乗り越えた時に多くのことが身に付いているとの確信があるので、もうひとがんばりしたいと思う。

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# by hirune-neko | 2020-09-29 00:00 | 心の中のできごと | Comments(0)

夏が過ぎ去っても、まだ戦闘状態が続いている

Shirley Horn - "Estate(Summer)" (Music:Bruno Martino, English. Lyrics:Joel Siegel)
 
 戦闘状態といっても、自分との闘いである。これが実際の戦争であれば、戦闘機が飛ばない、ミサイルが発射できない、軍艦が動かないという悲惨な状況である。

 しかし、放り出さずに粘っている。今日もQuark本社に電話したのだが、日曜日なのでさすがに、応対できるスタッフは存在しないとのアナウンスだった。しかし、サイトを開くとライブチャットのボタンがあったので、そこにメッセージを入れたら、ほどなく受付メッセージが表示された。

 これまでは、日本語でやりとりしていたのだが、おそらく先方はGoogleの翻訳機能で自国語に翻訳し、さらには返信内容を自国語から日本語に自動翻訳して、返信していたのだと思う。当然それなりに時間がかかってしまう。

 そこで今日は、英語の勉強も兼ねて英語でやり取りすることにした。多少ミスタッチで綴りが違ったり、文法的におかしくても、とにかく通じればいいと思った。私がコンタクトする時間帯では、ほとんど例外なくインドのオフィスでインド人の方が対応してくれる。皆さんは、それなりに英語ができるようだ。

 Appleには2度電話してサポートを受けた。動作不良の原因の切り分けをするために、今日はデーターとリンクしていない管理者IDを新規でひとつ作り、動作確認を行った。もしそれでもダメなら、ハードウェアが原因ということで修理の必要があると言われた。しかし、身軽な管理者IDでは、Quarkがちゃんと開いた。日本語入力ができないなどの、原因不明の不具合はあるものの、とりあえずハードウェアは大丈夫のようだ。

 そんなこんなで、今日も不自由な環境ながら、できる範囲の作業を終えた。こんなに長期間、パソコンやアプリケーションの動作不良に悩まされた事は無い。まるで、サイバーテロにでも遭っているような気分である。

 もしサイバーテロの可能性があるとすれば、時々ブログで中国共産党政府のウイグル、モンゴル、チベットなどにおける施策に言及していることが理由なのではないだろうか。注目されたくない、いろいろな事実があり、それを掘り起こすようなブロガーは邪魔な存在なのだろうと思う。しかしここは日本である。考えたことや感じたことを自由に発言できるのが、日本の良さなのではないだろうか。

 昨晩のSkype英語レッスンで、アメリカ人である先生とアメリカの大統領選挙の現状、および選挙結果の予測について意見交換をした。彼は、アメリカのオルタナティブ情報をかなり閲覧しているので、アメリカや国際情勢に精通している。時間の乏しい私は、毎日何度かブログ「徒然なるままに」を訪れて、ほとんどはタイトルだけを流し読みしている。しかし、気にかかる内容だと、本文まで目を通している。それだけでも、特に東アジア情勢の動向については、かなり的確な状況把握ができると思っている。

 さて、外はめっきり涼しくなり、夏の気配は感じられなくなっている。歩くとしても、半袖半ズボンではもう無理である。今、脳内で逡巡しているのは、この時間から歩きに出ようかどうしようか、といういつもの些細な葛藤である。昔から言われるように、迷った時は行動に移せ、なのだろう。雨も降っていないようなので、脳内リフレッシュも兼ねて、やはり歩きに出ようかなと思っている。

 脳内ストレス解消のため、インターネット上の将棋対局場にアカウントを新規登録した。一昨日は、4級の人からチャレンジを受けた。まずまずの余裕で退けた。昨日は6級の人からチャレンジを受けた。少々自信過剰だった私は、相手の攻め手を見落とし手痛い攻撃をくらってしまった。粘れない事はなかったと思うのだが、あまりにも軽率な見落としだったので、すっかり戦意を喪失してしまい、投了してしまった。

 やはり、将棋ソフトとの対戦ではなく、実在の人間との対戦というのは、それなりに緊張するものである。性懲りもなく、また道場に行って対局してみようと思っている。ストレス解消の手段という理由では、相手に申し訳ないが、大目に見ていただきたいものだ。

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# by hirune-neko | 2020-09-27 23:00 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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