昼寝ネコの雑記帳

フィクションとノンフィクションが交錯する領域


Reflections in D • Bill Evans


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 今日から実施的なゴールデンウィークが始まったが、私は年中無休なのでゆっくり休むことができない。しかし、ちょっと頭休めに途中まで観ていたアメリカのテレビドラマ・24(Twenty-Four)のシーズン3-シリーズ3を観た。

 このシーズン3は、刑務所に入っている麻薬王を釈放させるため、感染力も致死力も強力な生物化学兵器を、ロサンゼルスに散布するという脅迫電話がFBIにかかってくる、という筋立てだった。小さな包みに入った生物化学兵器を、あちこちにばらまくという恐ろしいテロ行為だった。あくまでも、テレビドラマの中のフィクションなので、それなりに緊張はするものの、リラックスして観ることができる。

 今日、政治ブログランキングの30位までをざっと閲覧してみた。かなり速いスピードで読むので、メモは取っていない。しかし、1つだけとても気になる記事があった。あの強気のトランプ大統領が、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長と会談してもいいと言い始めているらしい。

 強力な海軍の艦船を朝鮮半島沖に待機させ、今にも攻撃をするぞという姿勢を見せていたのに、その相手に対して話し合いをしてもいい、というのはいかにも不自然に感じる。

 今更言うまでもなく、私は全くの門外漢であり素人であり、あくまでもあれこれの公開情報から推論しているに過ぎない。いくつかの報道記事とブログ記事を組み立てて、推測をしてみた。いわゆるOSINT情報である。

(推測その1)
 金正恩朝鮮労働党委員長が、さすがにアメリカ軍、韓国軍、日本軍の包囲網に恐れをなし、なおかつロシアも中国も助けてはくれそうもないという状況下で、極秘裏にトランプ大統領に対し白旗を掲げた。これからは核開発を放棄し、親米路線の国家になるので助けて欲しい、とギブアップした可能性はゼロではないだろう。さしものトランプ大統領も、そこまで相手が折れてくれば、武力衝突を避けて対中国・ロシアの地政学上の拠点として、是非とも管理下におきたいのではないだろうか。それはそれで、最悪の事態が避けられ多少は安堵できそうな気がする。そのようなシナリオなら、トランプ大統領の面目も立つし、やれやれなのではないだろうか。

(推測その2)
 過日、匿名希望1さんの投稿で、閲覧したブログがある。そのブログ「中杉 弘の徒然日記」を読むと、残置諜者(ざんちちょうじゃ)という初めて目にする言葉があった。大東亜戦争の末期に、日本がアメリカの原爆によって敗戦すると予測した人たち(記憶が間違ってなければ陸軍中野学校出身の人たちだったように思うが)が、日本に帰らず敗戦後もそれぞれの国に残って、情報活動を続けたという。それが残置諜者だ。その一人が北朝鮮に渡り、当時、ソビエトから帰った金日成を軍事的に指導したと書かれている。その人物は、アメリカに原爆を落とすという執念に燃え、北朝鮮での原爆開発を推進したらしい。

 以前から聞いていたことだが、北朝鮮にはプルトニウムやウラン、タングステンなどの地下資源が豊富にあるらしい。技術的な問題さえクリアすれば、原爆を作るのに必要な資源は豊富にあるということだろう。問題は、現在マスメディアで話題にしているミサイルや大陸間弾道男などではなく、小型で高性能の原爆が存在するらしいということだ。

 同じく、ブログ「中杉 弘の徒然日記」を読むと、「タングステン原爆(水爆)」という言葉が目に留まった。広島や長崎に投下された原爆は、何メートルもの長さだったそうだが、この耳慣れない「タングステン原爆」は、わずか1から2キログラムの重さで、広島原爆の10倍の破壊力があると言う。その程度の大きさなら、カバンやリュックサックに詰めてどこでも持ち歩くことができるだろう。つまりアメリカの主要な都市のあちこちに、すでにこの「タングステン原爆(水爆)」と言う名の、超小型原爆が密かに設置されている、という懸念がありそうだ。手動タイマーあるいは遠隔無線操作で起爆させるのか、まではわからない。しかし、アメリカ政府にとっては、もしこれが事実だとすれば、とんでもない脅威である事は間違いない。

 つまり、金正恩委員長がトランプ大統領に対し、アメリカの主要都市数十カ所にすでにこの超小型原爆を配置し、いつでも起爆できるという事実を開示したと仮定しよう。裏付けも取れたとするならば、むやみに北朝鮮を攻撃するなら、全米の数十カ所で一気に巨大な原爆が炸裂することになる。そうなれば、アメリカの終焉だろう。トランプ大統領としてはなんとしても避けたいシナリオだ。

 これがもし、アメリカのテレビドラマ・24(Twenty-Four)の中の出来事ならば、CTU(カウンター・テロ・ユニット)のチーフであるジャック・バウワーが、ハラハラさせながらも最終的にはこれらの原爆の所在地を突き止め、起爆装置を外してこのシーズン3は無事に終わる。しかし、今現実に展開している緊迫した情勢は、テレビドラマ中のフィクションではなく、文字通りノンフィクションの現実である。

 重さがわずか1から2キロ程度の爆弾であれば、見つけ出すのは困難なのではないだろうか。文字通り海岸の砂浜の中から一本の針を探すようなものだ。そこで、屈辱的な選択肢にはなるが、とりあえず会談を持ち相手の要求を聞き、なんとか妥協点を見出そうという状況になっているのかもしれない。それであれば、トランプ大統領の「状況さえ整えば、金正恩委員長と会談しても良い」、と発言した背景の辻褄が合うのではないだろうか。

 本当に、テレビドラマで展開するフィクションと、国際政治・軍事の舞台で展開するノンフィクションとの境界線が曖昧になっている。ある意味では恐ろしいことである。

 こう書いてしまうと、せっかくお越しくださった読者のみなさんを不安に陥れ、恐怖感を持たせてしまうことになりかねない。しかし残念ながら、これが現実世界である。

 何度も何度も繰り返すが、何が起こるかわからないという事は、逆に言うと何も起こらないかもしれない。しかし、いずれにしてもお互いに努力して何とか生き延びようではないか。同じことを繰り返すが、食料品と飲料水は予算と場所の許す限り、是非確保していただきたいと思う。いつか一緒に、よかったねと、お互いに胸を撫で下ろせる日が来ることを願っている。

 なお、以下の資料(2)を読まれた読者の方が、次のようなコメントを残していらっしゃる。なかなか冷静に述べていらっしゃるが、さすがにこのような超小型の爆弾となると、FBIその他対テロ対策機関にとっても、全てを摘発するのはかなり至難の業なのではないかと感じる。

(順番が前後するが、以下で紹介する参考資料「北朝鮮のタングステン原爆」に対する読者のコメントである)
3. 妄想の流布は、いけません。
米国は、長期的な戦略に基づいて核の小型化や米国内等における中国や北朝鮮の工作員による小型核の設置の可能性を含む軍事情報を収集分析し、軍事行動をとります。 米国が、今の段階で北朝鮮を攻撃しないのは、できないのではなく、やらないのです。 なぜなら、すぐに決着がついてしまうからです。 また、軍事面だけでなく、世界経済面からしても、その景気回復のために最低3年間の大規模な戦争は必要です。 今の段階は、大規模な戦争の舞台を綿密に設定している最中です。 遅くとも2019年9月までに、このような国際情勢にあることを理解できるようになるでしょう。

【今日の記事に関連する参考資料】
(1)Newsweek(2017年5月2日(火)09時20分)
   トランプ大統領、北朝鮮の金正恩と首脳会談も「適切な状況下なら」

(2)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮のタングステン原爆(水爆)

(3)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮は、日本の残置諜者の国

(4)ブログ「中杉 弘の徒然日記」
   北朝鮮と畑中理(おさむ)
   https://ameblo.jp/nakasugi-hiroshi/entry-12266715553.html


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# by hirune-neko | 2017-05-04 01:36 | インテリジェンス | Comments(0)

霊界からのお迎えがやってくるのだろうか


Changeling Soundtrack - End Title


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 普通、亡くなった人は夢に出てこないというし、ましてや夢の中で亡くなった人と会話を交わすことはないとも聞いている。

 土曜日の早朝、夢の中で知人の家に泊めてもらったが、数年前に亡くなった男性も一緒にいた。会話した記憶はないのだが、目が覚めてしばし茫然としていた。

 今日の朝、何時頃だったか正確に覚えていないのだが、まことに奇妙な夢を見てしまった。

 旅支度の私は、大きなスーツケースを持ってロンドンの母の家に行った。今は亡き母がそこにいた。その日には飛行機で日本に帰る予定だった。そこになぜか、三男の家族がいた。

 母は知人に電話をしている。泣きながら、せっかく息子が来ているのだから、普通だったら何か手土産を持ってきてくれるべきではないか、と訴えている。あんなに感情的になる母を見た記憶が無かった。

 やがて、三男の娘二人を幼稚園に送ることになった。車には、三男とその妻、二人の娘達、そして私と母が同乗していた。幼稚園のある場所は、オックスフォード・サーカスという通りのすぐ近くだった。三男が降りて後部のドアを開けようと思ったとき、後ろから走ってきた車にはねられた。

 道路の脇にうずくまる三男の所に行こうと思ったら、いつのまにか、はねた車の後部座席に座り、苦しそうにお腹を押さえている。隣に座る男性も運転していた男性も、信頼の置けそうもない印象だった。三男に声をかけると、かなり痛いという。

 とっさのことだったが、そのまま病院に連れて行くと言われても、どこかに捨てられて放置されるような気がしたので、免許証の提示を求めるか、救急車を呼ぶか、車の子ども達をどうすべきか・・・緊張した瞬間だったが、そこで目が覚めた。

 連続して死人と過ごし、しかも研修医として激務の最中の三男の痛み苦しむ姿を目の当たりにし、とても後味の悪い夢が続いた。胸騒ぎもする。夕方になって、ようやく次男にメーrを送った。ひと言だけ「生きてるか?」と送信した。まだ返事はないが、何かあったら嫁から連絡があるだろう。

 私の年齢になると、身近には他界する人やカウントダウンの人たちが何人も存在する。奇妙な夢が続くと、お迎えが来たのかなと思ってしまう。少しばかり、弱気になってしまった一日だった。

 その割には、かなり集中して懸案事項をこなした一日だった。改めて、たとえお迎えが来たとしても、後顧の憂いなく心穏やかに旅立てるよう、集中してスピードアップし、なすべきことをやり遂げようという気持ちになっている。

 糖分の摂取を減らすため、カカオ分95%のチョコレートを買って食べてみた。正直に言うと、不味い。甘さを求めているのに裏切られた感じだ。甘くないのは当たり前なのに。

 余命というのは、不明なのがいいところなのだろう。でも、強い使命感があれば、生命力も高まるような実感がある。すでに三千年も生きているというのは、嘘のような本当のようなあやふやな心象だが、でも、これまでの人生は密度が濃かったように思える。

 実際には、十の位を四捨五入したら百歳だというのに、知識欲と好奇心、向学心はますます高まっている。複数の外国語、暗号数理学、統計学、データベースプログラム、そして勿論インテリジェンス。多少使いこなせるのは英語ぐらいなので、本当に三千年も生きているのか、疑わしくなることがある。しかし、思索は長く深く継続してきたように思う。サルトルもカミュも、ニーチェもヘーゲルも、その述べている内容を自分自身の考えと比較して判断しているではないか・・・それは冗談であるが、冗談はほんの数%だというのも、正直な気持ちがする。

 絶え間なく考え続け、なんとなく収束に向かっていると思えるのは、実際にそうなのか、あるいは単なる希望的幻想に過ぎないのかか。それはあと5年もすれば、検証ができていると思う。なんとか最低5年は第一線で生きていたいと思う。少しでも多くの、善良な方々のために、共有していただける遺産を遺したいというのが、私のささやかな野望である。


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# by hirune-neko | 2017-05-03 01:01 | 心の中のできごと | Comments(0)

そういえば、最近は創作する余裕がない


Astor Piazzolla - Tango Blues (Campeón).wmv


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 創作ストーリーを考えるのが楽しみのひとつである。しかし最近は、現実社会があまりにも緊迫しており、一触即発になりかねない状態のときに、妄想の世界に閉じこもるだけの心のゆとりがない。

 かなり以前、アウトドア・サバイバルに関する本を読んだ。人間が極限状態に置かれた時・ ・ ・例えば、山奥で道に迷ってしまい携帯電話もつながらない、あるいは砂漠の真ん中で車が故障し、身動きできなくなってしまう。いずれも、食料と飲料水が底をつき、死と隣り合わせになれば不安感と恐怖感が募る。

 そのような状況に置かれた人間の、最も死に至るケースが多い原因は何か、について書かれていた。一言で言えば、パニック症状を引き起こし、冷静な判断力を失ってむやみに動き回り、やがては体力を消耗し死に至るそうだ。極限状態にあって、パニック状態にならないよう自分をコントロールするのは、かなり難しいだろうと思う。

 30年以上も前の頃だが、アウトドア・サバイバルに興味を持った。その少し後で、アーバン・サバイバルと言うテーマの本が出版された。著者は海外で傭兵経験のある方だった。自然界の厳しさと対峙したサバイバルではなく、飛行機事故など、いわゆる都会の日常生活で発生する、様々なリスクに対応する方法が述べられていた。

 あれからすでに30年以上が経過した。今現在の私たちにとって視野に入れるべきアーバン・サバイバルとは、どのような手法なのだろうか。

 書籍検索をしていないので、正確な事は言えないが、個人的な見解を述べさせていただきたい。あくまでも参考にしていただく程度の内容だが、私も含め、今この時代を生きている人たちにとっては、意味のあることなのではないかと考える。

 なんだそんな程度のことか、と思われるかもしれない。しかしこれらは、平常時から大事にしておくべきテーマだと思う。何せこれまで三千年の長きにわたって生きてきた私が言うのだから、そんなに的外れてはいないと思う。

【昼寝ネコ一族に代々伝わる家訓】

(1. 方向感覚を身につける)
 見渡す限り地平線の灼熱の砂漠や、暗く道標のない山奥では、自分のいる場所や進むべき方向が分からなくなってしまう。それ自体が、恐怖感と不安感を募らせる。現代社会でも同様に、世の中が複雑な動きを見せ、また種々異なる意見が錯綜すると、何が正しいのかが見えなくなり、不安になってしまう。したがって、日ごろから信頼できる複数の情報源を探し当て、それらから得た情報で社会の進むべき方向を見極めるよう努める。

(2. 危険の所在場所に敏感になる)
 不慣れな自然界では、どこに危険が潜んでいるかを知ることが難しい。野生の動物や毒蛇あるいは猛禽に襲われる可能性もある。もちろん、都会生活ではそのような危険は考えにくい。しかし、何度もお伝えしているように、日本社会に同化している組織や人々の中で、いざ有事の際には、武器・弾薬を手にして日本人を攻撃するように、敵国から命令される人たちが存在する。したがって、そのような可能性のある企業や団体、組織が身の回りのどこに存在するのかを知ることも必要だろう。今日、世界中で一般市民がテロ攻撃の危険にさらされている。どの国も、莫大な予算を投じているものの、効果的な対策を実施できないでいるのが実情のようだ。中には、ひっそりと身を隠し生物化学兵器を散布するテロも起こり得る。したがって、ある程度は基本的な知識を得ておくことも、自分や家族あるいは友人を守るきっかけになるかもしれない。

(3. 生命維持に必要な最低限の物資を貯蔵する)
 再三お伝えしていることであるが、非常事態が宣言されマスメディアも報じる状態になると、全ての人は本能的に、人間の生存に最も必要な食料品と飲料水に殺到する。東日本大震災直後の情景を思い出す。近所のコンビニやスーパーの棚からは、食べられるものや飲めるものが、あっという間に消えてしまっていた。たとえ一週間分でもいいから備蓄することが、明暗を分けることになりかねない。

(4. 誰にでも与えられている権利と義務を認識し行動する)
 差し迫った危機的な状況への対応とは異なるが、何度かお伝えしたように選挙というのは、国の方向性を平和的に、かつ合法的に明確に決定付けられる機会である。したがって、一国民として選挙には棄権せず投票場に行っていただきたい。その前提として、これまで以上に政治に関心を持っていただき、目先の議論に惑わされず、日本の将来を託せる政治家や政党を選んでいただきたい。最近は、選挙だけでなく官邸メールや外患罪集団告発など、基本的には誰でもが意思表示をできる環境が整ってきているようだ。多くの国民が明確な意思表示をすることにより、政府も国民の意思を尊重しやすくなるだろうと思う。無用な争いを避け、時間をかけても合法的に、かつ平和裡に社会を健全化する機会を大事にしたいものだ。

(5. 怒りや憎悪の感情を増幅させず心に平常心を保つ)
 ともすれば、人は誰でも不法・違法な行為を見聞きすれば、憎しみが湧き怒りを感じるだろう。それは人間として自然なことだ思う。しかし、これだけ社会が複雑化してくると、より正確な情報を得て、正しい判断をするためには、心が感情的にならず平静・客観的な判断力を維持することが大切だと思う。一朝一夕に完成できるものではないと思うが、日頃から自分自身の心の状態を客観視し、感情的にならないよう自己訓練をしておくことも大切なのではないだろうか。

(6. 目に見えず心で感じる要素を意識する:感性・直感力)
 平常心とか平安な心、という表現がある。どのような方法で心を平和に保つかという、全ての人に共通の方法があるはずがない。しかし、普段から目に見えない要素を心で感じられるよう、意識することは現代人にとってとても大切だと思う。つまり、音楽や詩、映画や舞台作品あるいは文学作品などを鑑賞することは、私たちの感性を育ててくれる。心に平安や感動を感じた状態というのは、忘れることのできない印象・心象である。心に平安や感動を感じる経験が多いほど、感性が育ち、また人間としての徳性も高まると思っている。人生で重要な選択を迫られる時には、情報やノウハウの知識以上に、感性や直感力などがとても重要になると、改めて申し上げたい。

(7. 家族や友人、信頼できる人間関係を大切にする)
 たとえ自閉症の人であっても、あるいはうつ状態の人であっても、人からの心からの親切には心を開く可能性がある。お互いに安心・信頼しあって接することのできる人間関係は、とても貴重な資産だと思う。大切に思う人が存在すれば、その人のために何かしよう、その人のために生きようという内面的な動機・エネルギーが湧いてくる。また、自分の周りにそのような人間関係があれば、孤立感を感じずに済む。人に優しく親切に接し、相手から感謝の気持ちを伝えられる機会があれば、これも貴重な人生経験であり、人生観や価値観をより健全な方向に構築できるようになる。


 今日は、少しばかり偉そうに述べてしまった。少々上から目線だったかもしれない。しかし、私自身が自分のことを上から目線で眺め、自分に対する教訓だとも思って書いている。

 いろいろ考えてみると、最も秘密のベールに包まれているのは、国際政治舞台の国家元首の頭の中なのではないだろうか。大統領の決断ひとつで、敵国のトップを暗殺することもある。したがって、評論家や学者の皆さんがどのように予測し、あるいは意見を延べようが、それはあくまでも推測に過ぎない。

 大統領は、国家安全保障会議で報告されるあらゆる情報を基に、最終的には自国の国益を考えて判断する。いかに側近といえども、最終的な大統領の判断まで踏み込むことは難しいだろうと思う。

 私たちは政治評論家でもないし、大統領補佐官でもない。いろいろな判断力を養うことは望まれていると思うが、まずは自分と自分の家族をよく備えることなのではないだろうか。より多くの国民が必要な物資を備蓄しているならば、それだけ国家や自治体の負担を軽減することにもなる。

 非常に緊迫した調整が続いているけれど、どうぞ平常心を失わず、いろいろな状況を想定して備えをしていただきたいと、心から願っている。


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# by hirune-neko | 2017-05-02 01:01 | インテリジェンス | Comments(0)

おめでたく、身の程知らずで無謀なりけり


Richard Galliano & Astor Piazzolla - Le Songe d'une nuit d'été (Ouverture)


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 記憶に間違いがなければ、この曲はフランスのオランピア劇場(だったかな?)で上演された、「真夏の夜の夢」のために、ピアソラが作曲した「開演時に演奏される序曲」のはずだ。フランス語ではOuverture、英語ではOvertureとなるようだ。

 もしかしたら本当に、私はおめでたく、身の程知らずで無謀なのかもしれないと思っている。

 日常的に英語を使わなくなってから、もうすでに20年は経過しているはずだ。どの程度錆び付いているかは、試してみないと分からない。

 詳細は書けないが、ある福祉団体に提案している情報機関構想が、具体化しつつある。聞くところによると、最終決定をくだす会議には、アメリカ圏からの電話会議による参加者もあり、討議は英語で行われているという。

 ・・・ちょっと待って欲しい。現在、その会議に出席している私の旧友は、唯一の日本人であり、彼にだけ通訳が付いているという。情報機関構想についてレクチャーするように言われる可能性は、決してゼロではないと思う。何の目的で情報機関を創設する必要があるのか?それは至極自然な質問だと思う。その際に・・・

 「日韓あるいは日中有事の際、両国の国防総動員法の規定により、在日の両国籍の人たちは瞬時に軍属となります。戦時国際法によれば、彼等はテロリスト、ゲリラ、便衣兵と認定され、隔離や強制送還に応じなかった場合や、投降せず、通名を使用した場合は逮捕ではなく、射殺が認められています。韓国籍の人たちは韓国兵務庁管理の収容所に入れられるようですが、受け入れを拒まれた場合は赤十字経由で北朝鮮に送還されます。」

 仮に私がこのように日本語で説明したとして、通訳の人には申し訳ないけれど、ちゃんと通訳できるとは思えない。案の定、有料の翻訳ソフトを試してみたら、真意がちゃんと通じそうもない英語になってしまった。

・外患罪集団告発→Treason group accused
・便衣兵→Ordinary clothes soldiers
・対外存立法→Foreign existence method
・国防総動員法→National Defense Mobilization Law
・戦時国際法→Law of war

 さて、私は一体どうすべきなのだろうか。日本人を対象とするインテリジェンス思考しか想定してなかったし、国際政治、国際法、軍事関係の英語とはまったく無縁に生きてきている。

 結局はkindle洋書であれこれ探し、「National Security Intelligence」というタイトルのをダウンロード購入した。果たしてどの程度理解できるかは未だ試していない。おそらく、かなり苦戦するだろうと思う。

 ところで、複数の知人から共通して推薦してもらった、村上春樹作品の「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」だが、間違って解説書を買ってしまっていた。どうしても読んでみたくて探したが、電子書籍がなく紙の単行本上下巻を注文している。

 そこで止めておけば良かったのだが、たまたま村上春樹の研究家でニュージーランド人の知人から、英訳本の翻訳者は、かなり名訳だと聞いたので、両方を読み比べてみたくなり、アメリカで出版されているkindle版のをダウンロード購入してしまった。英訳されたタイトルは「Hard-Boiled Wonderland and the End of the World 」である

 自分の年齢、視力、筋力、体力、気力などが一切視野に入らなくなってしまう瞬間がある。目的を持てば、年齢など関係ない。視力、筋力、体力、気力などは枝葉末節の問題になってしまう。

 もしかしたら私はおめでたく、身の程知らずで無謀な人間なのかもしれないという思いが頭をかすめるが、どうにもストップがかからない。

 かくして毎日毎日が私にとっては新しい幕開けであり、未来への期待感を刺激するOvertureに元気づけられ、明日もまた新たな一日を迎えたい。

 これら「National Security Intelligence」と「Hard-Boiled Wonderland and the End of the World 」に対し、どのように悪戦苦闘したか、あるいは歯が立たなくてギブアップしたかは、包み隠さずいずれ改めてご報告させていただきたい。


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# by hirune-neko | 2017-04-30 23:33 | 現実的なお話し | Comments(0)

知人の訃報に接し、現実世界に引き戻された


Astor Piazzolla - Remembrance.


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 一年ほど前に、脳梗塞と肺がんを併発し、かなり体調が悪いとは聞いていた。快方に向かっていたと知らされていたが、昨晩、自宅で他界したそうだ。

 40数年前に、結婚してアメリカから奥さんと一緒に帰国したときから見知っていた。娘さんの一人と、わが家の三男の嫁の兄が結婚したため、知らないうちに親族関係になっていた。明日のお通夜に伺って、お別れをしてこようと思う。

 年齢は73歳だったそうだ。活動的な男性だったので、私と同世代だとばかり思っていた。

 こうして、身近な人が亡くなると、改めて人生の終焉が現実感を伴って脳内を占有する。後顧の憂いなく、懸案事項をやり遂げて、終生を短編作品を書きながらゆったり過ごそうというのは、まったく身勝手で都合のいい、希望的な妄想だとの、警告を受けたような気になってしまう。

 もう少し集中し、スピードアップしなければいけない、という脅迫観念に囚われてる。時系列で達成目標を立て、着実にこなさなくては・・・人生の残余期間は無限に残されているのではなく、しかも、なんの予告もなしに突然、最期の時が訪れるかもしれない。

 普段は、妄想世界に耽溺している時間が長いと自覚しているが、今日ばかりはずっと現実世界で時間を過ごしていたように感じている。

 自分に対し、もう少し負荷をかけて、歩みを速めるべきだという殊勝な気持ちになっている・・・が、果たして何日続くことやら。


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# by hirune-neko | 2017-04-29 23:47 | 心の中のできごと | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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