昼寝ネコの雑記帳

リアルな夢と、夢の中のような現実


Obsessão/Não Me Diga Adeus/Pois E/A Flor E O Espinho - Maria Creuza


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 意識が混濁する、という表現がある。死線をさまよって、この世と霊界との境界線を行ったり来たりしているような状態なのだろうか。

 久しく、とてもリアルな夢を見ていなかったが、最近立て続けに見るようになっている。とても現実的で、具体的な会話はするし周りの情景もしっかりしている。目が覚めて初めて、あぁ夢だったんだと思うぐらいだ。

 今日の夕方前、段取りを組んで1つずつ仕事を片付けていたのだが、突然どういうわけか産婦人科医会に電話をするようにという促しを、心に感じた。何も理論的な根拠があるわけではなく、数週間前にインターネットで検索して閲覧していただけた。

 そこが私の単細胞なところで、ためらわず電話番号を探し当てて電話した。ある県の産婦人科医会である。全国の産婦人科に対して全面営業を開始するには、まだ態勢が整っていない。準備を進めながら、どのような方法でアクセスすればいいか、考えてはいる。しかしどういうわけか、突然産婦人科医会に電話するようにと言う思いが強くなってしまった。

 何を話し、何を依頼するかの準備も全くなしに電話をかけた。相手は女性だった。ほんの少し躊躇しながらも、こちらの自己紹介とお願いしたい案件を伝えた。すると、口頭ではなく資料を送ってほしいと言われた。メールで良いかどうか尋ねたら、誰かに相談したらしく、ファックスで送ってくれと言う。そう言われた以上、従うしかない。

 最終的に、約6時間半かけてA4判で5ページの資料を作成した。普段あまり使ってはいないが、eFaxといって、作成した文章をPDFに変換し、それを添付で送る形でメール送信すると、相手のファックス機に着信する。

 わき目もふらずも6時間半だったので、さすがにくたびれてしまった。現実に作業をしていたのだが、まるで現実世界から切り離されて、別世界にこもって過ごしていたような気分だ。

 今日送ったファックスを読まれた会長さんが、一度話を聞くから事務所に来るように、と言ってくれれば大きな前進である。そこには100カ所以上の産婦人科医療機関が会員として登録されているようだ。会長さんが、推薦や紹介をしてくれれば、その結果はともかくとして、他の都道府県の産婦人科医会に対してもアプローチできる実績になる。

 仕事なんて、全て計算通りにことが運ぶわけがない。とにかく、絶えずベクトルを前方に向けてひたすら前進するしかない。どこかで、堰を切ったように流出してくれることを願っている。

 私は自分に、予知能力があるなどとは思っていない。しかし、不思議なことに既視感のようなものを感じることが多い。先が見えるとか、結末が見えるとか、若い男女を見てもどのような老人になるか、その表情が見えるような気がする。

 何事も先が見えてしまうなんて、ある意味では、味も素っ気もないつまらない人生かもしれない。しかし、よくよく考えるとそうでもない。まさかそんなことが実現するわけがない、と思われるようなことでも想像力を逞しくして、かなりリアルに想像・妄想することができる。そうだ。想像力・妄想力・空想力だけはそんなに衰えていないような気がする。

 創作活動には、その想像力・妄想力・空想力は不可欠だ。それらの力を結集して、今未来の韓国情勢を透視してみた。

 どう想像しても、バラ色の光が射す気配が感じられない。いくつものブログを閲覧していると、決して楽観的な方向性が見えてこない。

 文在寅新大統領は、もともと北朝鮮に太いパイプがあるようだ。窮地に陥っている金正恩最高指導者とは、感情的に一蓮托生の覚悟なのかもしれない。距離を置いて眺めているだけの部外者だが、どうも韓国の政治指導者は感情論や情実論で、しかも国民の人情論に強い影響を受けてしまう傾向があるようだ。

 就任して間もない大統領ではあるが、あまりにも極端な方向に舵を取り、急激な方向転換をするならば、危機感を抱く人たちも現れるはずだ。すでに、韓国の財閥を解体するという意向を示していると聞いている。南北朝鮮のいずれにも、国家元首を見放した軍部によるクーデター、あるいは国の前途を危機的な状況に陥れたことに対する憤怒の感情から、暗殺などのテロ行為に走る人が現れるかもしれない。関係当事国を混乱に陥れるため、無差別テロ事件を起こすかもしれない。それぐらいの緊迫感を感じる。

 もう数十年前のことだが、当時居候をしていた男性を、一緒にアメリカに連れて行くことになった。ユナイテッド航空のソウル経由便だと安かったので、成田からソウルに向かい、そこからアメリカに発つ予定だった。ところが、何が起きたのかは知らないが飛行機が出発せず、ホテルを用意されて一泊することになった。あの当時の私は、韓国に対する警戒心も忌避感も何もなかった。用意された観光ツアーに参加し、韓国料理店で無料の夕食をいただいた。旅行ブックを片手に「イッスムニダ」(美味しい)などと、無邪気に韓国語を話した。

 正確には、あれから少なくとも30年以上が経過している。居候していた男性はその後、千葉大の医学部を卒業し、現在は北海道のある病院の院長をしている。隔世の感がある。

 南北朝鮮情勢。それに絡む中国やロシア、そしてアメリカの出方。日本の現在は、憲法改正や共謀罪などの議論の真っ最中だ。そんな緊迫した情勢には関係なく、昨日紹介したように、日本には黄砂やPM2.5が飛来している。なんと生きるのが大変な時代だろうか。

 いろいろな人がいろいろな予測を立てるが、どこかが戦争状態になれば、予測が当たったとか外れたとか、そんな議論は吹き飛んでしまう。現実的に、様々な緊急事態に直面することになる。それが夢であれば、じきに目が覚めるのでどっと疲れる程度で終わる。しかし、実際に東アジアで武力衝突が発生し、日本もそこに巻き込まれるならば、これは本当に現実的な問題になる。

 どんな状況になるかを正確に言い当てることは困難だ。しかし、何度も繰り返すように、少なくとも食料品と飲料水は不可欠であろう。さらには通信機器も不可欠だと思う。通信機能を維持するためには電源も必要である。一体どれぐらいの期間、自給自足体制を継続できればいいのか、それは誰にもわからないと思う。しかし、あれこれ備えていて良かったと思える状況になるか、あるいは、人の助言を聞いてちゃんと備えていればよかった、と後悔することになるかのどちらかだ。そのいずれを選択するかは、今この瞬間の私たちにできることだ。今からでも決して遅くはない。

 少しでも必要な物資をリストアップして、備蓄しておくことが重要なのではないだろうか。他人事のように、高見の見物でいられるほど、事態は楽観的ではないように思える。


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# by hirune-neko | 2017-05-13 00:40 | 心の中のできごと | Comments(0)

サーバーに蓄積されていたメールは約1万通だった


Eu Sei Que Vou Te Amar - Ana Carolina (Legendado)


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 昨日から本格的に、iPhone 7とiPad Proのメールアカウント設定を始めた。アカウントを設定すると、サーバーから過去のメールがどんどん流れてくる。必要なメールはiMacに保存しているので、携帯デバイスは着信を確認したら消去するようにしている。およそ500通ほどが表示され、1通ずつ手動で消去した。以前にも経験しているが、かなり根気のいる作業だ。300通位消去したところで確認すると、サーバーから古いメールがどんどん流れてきて、いつの間にか2,000通以上が表示された。これはもう、根本から方法を変えなければならないと思った。

 そこで、サーバーのメールアカウントを開くと、最も頻繁に使うもので約1万通のメールが残っていた。携帯端末1台ずつで数千通のメールを手動で削除するなど、勘弁してほしい。サーバーで消去処理すると、1回で解決する問題なので大元のサーバーから、膨大な数の迷惑メールを中心に削除することにした。1ページに表示される50通を全選択し、消去するのだからはるかに楽な作業だった。

 サーバーでの作業を終え、布団に入ってからiPhone 7を開くと、複数のアカウントで千通以上が表示された。仕方がないので、1通ずつ手動で削除する作業を始めた。途中で断続的にうたた寝をしたようだが、結局作業を終えたのは朝方の4時だった。そうなると、すっかり頭が冴えてしまい眠れなくなってしまった。おかげで今日の午前中は、とてもひどい体調だった。

 昨日、匿名希望1さんから黄砂やPM2.5に関する情報が投稿されてきた。黄砂については以前から聞いているが、PM2.5という微小粒子状物質も同様に中国から飛来していると言われている。Googleで検索すると、次のように説明されている。

【Google検索の結果】
 PM2.5は直径2.5μm(1μm(マイクロメートル)=1mmの1000分の1)以下の非常に小さな粒子です。 PMは「Particulate Matter(粒子状物質)」の頭文字をとった言葉です。 成分炭素成分、硝酸塩、硫酸塩、アンモニウム塩のほか、ケイ素、ナトリウム、アルミニウムなどの無機元素などが含まれます。

 花粉症だけでなく、黄砂やPM2.5が原因と思われる理由で、なんとなく体調が悪い、という人が増えているようだ。以下に匿名希望3さんから投稿があった情報を、そのまま掲載紹介する。

【匿名希望1さんからの投稿情報】
(引用開始)
 自分自身、毎年春先前後から花粉症で体調崩しがちなのですが、今年は酷い風邪以上にタチが悪い状況を引きずっており、これは何かあるのではと調べて見たところ、「黄砂アレルギー」が猛威をふるっているようです。


 社会における政治イシューから感染症、事件その他諸々、様々なトレンドを確認するのに、今や Twitterは必須と言えるかもしれません。





 なお、「黄砂アレルギー」への対処としては、やはりマスク着用、医院や薬局で花粉等アレルギーを抑える薬の処方をお願いする、外出先から帰宅後速やかに脱衣した衣服の洗濯、シャワー・入浴をマメにおこなう等くらいしか無いかもしれませんね。 あとは、栄養、休息を充分摂るくらいでしょうか
(引用終了)

 上記のサイトの掲載図をスクリーンショットで画像化して以下に掲載する。これを見るとアジア地域からヨーロッパにかけての大気汚染の状況が、一目でご理解いただけるのではないだろうか。防御と健康対策をぜひ調べていただきたい。

【アジアの大気汚染:リアルタイム気質指数ビジュアルマップ】
 
http://aqicn.org/map/jp/#@g/14.1335/107.7539/3z
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c0115242_00084114.jpg


 韓国に新しい親北の大統領が誕生した。選挙中はかなり威勢のいい演説をしていたようだし、昨日今日は当選した興奮が冷めやらぬ様子のようだ。言うまでもないことだが、言葉だけではなんとでも言える。しかし、いよいよ冷徹な国際政治社会に船出して、現実世界に直面することになる。いろいろな面で、日本にも影響が出るだろう。私たち一人一人も、健康状態を整え体力を維持し、賢明な判断が出来るよう備えていたいものだ。


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# by hirune-neko | 2017-05-12 00:10 | インテリジェンス | Comments(0)

生まれて初めて、中国語学習を体験した


Julia Zenko Chiquilín de Bachín


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 かつて大空を自由に飛翔していた鳥が、今ではすっかり老いてしまい、大きな幹の中に作った巣に閉じこもってばかりの日々を送っている。少し目がかすみ、方向感覚も鈍っているように思えたが、ある日、何を思ったか昔のように大空を羽ばたけると思ってしまった。

 老いた鳥は巣から出ると、そっと枝沿いに進み出た。試しに羽を拡げ、バタバタと動かしてみた。掴んでいた枝から足を離し、空中に飛び立とうとした瞬間、飛び方が記憶の彼方に消え失せてしまっているのを自覚した。愕然として身動きできなくなってしまった。自分の中枢機能が失われている・・・一瞬、記憶喪失者になり、現実感を失ってしまった。

 それが今日の私の姿だった。

 中国語会話教室の開講初日の案内を受け取り、どういう訳か試しに行ってみようと思った。いつか中国に行ってみたいと思っているわけではないし、将来、中国語を必要とすることがあるという予感もない。せっかくのお誘いだし、好奇心も手伝って足を運んだ。

 約90分の授業だった。講師は中国人女性で、標準語である北京語を教えてもらった。簡体字は初めて目にするので、まったく読めなかった。日本語でいうところの読み仮名には、どういう訳かローマ字が使われるらしい。初めて耳にする中国語独特の発音とアクセントに神経を集中した。

 模擬レッスンで、実際に中国語で自己紹介、他己紹介をさせられたが、頭の中が真空状態になってしまった。見馴れない文字聞き慣れない発音。自分の吸収力が大幅に退化していることに愕然とした。

 かなり時間が経った頃、もう一人の中国人女性が参加した。高校から日本に留学し、日本の大学を卒業しているというだけあって、とても流暢な日本語を話す。質問を受けてくれたので訊いてみた。

 「日本やアメリカでは、意見を自由に述べることができるが、中国では政府が検閲を行っていると聞いている。大多数の一般国民は、そのことをどのように捉えているのか」

 すると即座に、その日本に留学していた女性が、私の質問を遮るように言った。

 「その質問は、授業の内容とは直接関係がありません」

 ふーん、なるほど。そういう対応をするのか、と思った。私にはこれまで、中国人と接触を持った経験がない。従って、平均的な中国人が、自国をどのように評価しているのかを知りたかった。ずいぶん以前だが、アメリカ行きの飛行機で隣に座った韓国人に、政府の国家運営の手法が正しいと思うか、と質問したことがある。するとその女性は一瞬、「Yes」と言ったきり、怯えたような硬い表情になってしまったのを、今でも憶えてる。

 この中国人女性は、中国の情報機関に所属する人物かもしれないし、そうではないかもしれない。逆に私が、中国共産党政府当局の意向を受け、日本に滞在する中国人の思想調査を行っている人間だと警戒し、話題をそらしたのかもしれない。

 お互いに腹の探り合いになったのかも知れないが、ある意味ではそれぐらいの警戒心があってもいいのではないだろうか。 私は比較的、何気ない会話から、その人物の背景を探り出す嗅覚を持っている方だと思っている。そのせいか、必要以上に個人的な人間関係を増やす気にはなれない。本質的に、警戒心が強いのかもしれない。

 自分で勝手気ままに人物像を創り上げ、創作の世界に浸りきっている方が、遙かに居心地がいい。おそらく、雑踏には出て行かず、ひっそりと静かな部屋にこもって、売れるか売れないか知れない短編作品を書いているのが、最も性分に合っているのだと、今さらながら自覚している。
 
 負け惜しみを言うようだが、フランス語かスペイン語、あるいはイタリア語かドイツ語だったら、ずっとましな対応ができたという自信はある。ヘブライ語もロシア語も、さらにはアラビア語も、今では視野の外に追いやっているが、どういう訳か不思議と語学に対する関心度は高い。自由な時間に乏しいのが、つくづく残念で仕方がない。

 でも、いつまでも好奇心旺盛でいたいと思うし、どれだけ老化しても、仮想空間では自由に飛翔できると思い込んで、妄想世界を大事にしたいと思う。

 途中で、コップを倒してしまい、キーボードが使用不能になってしまった。このキーボードは、かなり以前、やはりコップの水を被ってしまい、使用不能になっていたものだが、捨てずに取っておいた。なんとか代役を務めてくれて、有難く思っている。


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# by hirune-neko | 2017-05-11 02:35 | 心の中のできごと | Comments(0)

まだまだ対応に追われているが、分水嶺を越えた実感はある


Diana Krall - Dream (Audio)


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 ときどきだが、私たちが製作しているグリーティング絵本「大切なわが子へ」が、ネット上で紹介されているのを見つけると、社内報告のメールが回ってくる。今日は、取引先の病院が紹介してくれているサイトと、出産した産婦人科からプレゼントされたお母さんのブログだった。
以下にご紹介したい。

*ひだまりDAYS*
「1カ月検診」(原文のまま)
(文章のみ一部抜粋)
 最後に病院からのプレゼントとして、世界に一冊だけの絵本をいただきました。「大切なわが子へ」という絵本です。息子の写真や足型、〇〇君へと名前が入っています。そして著者の欄には私たち夫婦の名前が(●´ω`●)私たち夫婦がどんな気持ちで息子をお迎えしたのか、どれだけ大切に思っているか、これからどんな風に成長していって欲しいかなどが絵本に書かれているのですが、本当に私達の気持ちにぴったりな内容でした!これを息子に読んんであげることで私たちの愛情が伝わるかなぁと思います。とりあえず娘が「読んで〜!」と言ってきたので、娘の名前に変えて読んであげました♬


*みっちゃんとゆかいな仲間たち☆
「絵本☆大切なわが子へ」
(文章のみ一部抜粋)
 先日、一冊の本が届きました。可愛らしいパッケージに収められたその本は、『大切なわが子へ』という絵本です。これは、私が出産した産院からプレゼントしてくれた、世界でたった一冊の絵本。みっちゃんの時にも同じくプレゼントしてもらっていて、左が今回届いた絵本、右はみっちゃんの時の絵本です。表紙を開けると、あっちゃんの足形と、パパ、ママ、みっちゃんからのメッセージジが書かれていて、院長先生が入院中に撮ってくれたあっちゃんや私たち家族の写真も入っています。ストーリーは一緒だけれど、主人公の名前はもちろんあっちゃん。著者はパパとママの名前になっています。あっちゃんがもう少し大きくなったら、読んであげるのが楽しみです♪


*サラネット〜手稲渓仁会病院での出産
 北海道・札幌市の総合病院の運営するサイト
 「希望される方には、お子さんの足形と写真の入った、世界で一冊のオリジナル絵本『大切なわが子へ』を作成してお届けします。」


 ・・・手稲渓仁会病院のページでの、絵本に関する文章はこれだけなのだが、ページの最下部に看護部長さんが絵本を手に取り、カメラに向かってポーズを取っている画像が掲示されてる。是非とも、この画像を見ていただきたいのである。
 手稲渓仁会病院といえば、幼児を除き札幌の人で知らない人はいないと思う。総合病院で規模も大きいが、最初に営業に伺った10年ほど前は、ドクターヘリを所有して、緊急救命医療に力を入れていることでも著名な病院だ。壁に掲示されている医師数も百人は越えていたと思う。
 そのような大病院の看護部長なんて、誰にも務まるわけはない。紹介者があり10年ちょっと前に当時の看護部長さんを訪ねた。産婦人科病棟の助産師さんたちに見せたら、是非とも出産されたお母さんたちにプレゼントしたい、と意見がまとまり、あっという間に製作が始まった。
 
 この画像の看護部長さんとは面識がない。実際にお目にかかっていないので、画像の表情だけからの想像にしか過ぎないのだが、この方はご出身が道東だろうと思う。帯広から釧路、あるいは根室にかけての冬の厳しい寒さの土地で、ひたむきに勉学とスポーツに励んだ方だとのイメージが強い。徐々に医療に対する使命感を持つようになり、札幌の看護学校で勤勉に学び卒業した。その後、部活でキャプテンをして培った統率力を発揮し、死と隣り合わせの厳しい状況の中でも冷静さを失わず、正確な判断力と胆力で陣頭指揮・教育に邁進されている方だという印象を受けた。そのような勤務姿勢が評価を受け、天下の手稲渓仁会病院で看護部長に抜擢されたのだと思う。
 私生活では、高校時代に・・・なんて、勝手なストーリーを想像して書くと、もしかして読者の中に看護部長さんとお知り合いの方がいらっしゃって、報告されてしまうと取引停止になってしまう可能性があるので、ここで止めておく。とにかく、手稲渓仁会病院の看護部長をなさる女性なら、かなりの実力者であることは間違いない。画像を見ているだけで、院内でてきぱきと指示を与える勇姿が目に浮かぶ。小さい頃から、北海道の女性の表情をたくさん見ているので、まず間違いは無いと思う。・・・いや案外、東京港区・南麻布出身の名家のご令嬢だったりして。・・・もしそうだったら、床屋に行って頭を丸めてもいい。

 すっかり前書きが長くなってしまった。いつもの悪い癖なのでお許しいただきたい。今日、匿名希望3さんが、「熱中症」に関する貴重な情報を投稿してくださったので、以下にご紹介させていただく。韓国の大統領選挙も投票を締め切ったらしいが、朝鮮半島は暑い夏に向かってますますヒートアップしていくのではないだろうか。その熱気の影響を受けて、熱中症にならないよう今から予防知識をお持ちいただきたい。

 匿名希望3さん、お忙しいところ時間を割いてまとめてくださり、お礼申し上げる。


【匿名希望3さんからの投降情報】
(コピー開始)
■【医師監修】熱中症と熱射病と日射病の違いとは | ヘルスケア大学

 近年、熱射病や日射病よりも「熱中症」という言葉を見聞きすることが多くなりました。しかし、熱射病や日射病が「熱中症」という呼び方に置き換わったわけではありません。それぞれの違いについて解説します。

 熱中症に熱射病と日射病も含まれる熱中症は、気温、湿度、風などの気象条件による環境や激しい運動など、身体の内外から「熱」の影響を受けて起きる不調全般を指します。自身が作り出す熱と身体から放出する熱のバランスが崩れることや、体内の水分と塩分のバランスが崩れることでさまざまな不調を引き起こします。従来、熱中症は「熱失神」、「熱痙攣(けいれん)」、「熱疲労」、「熱射病」といった4タイプに分けられていました。しかし、現在は「熱中症診療ガイドライン」(日本救急医学会)において、病名を「熱中症」に統一し、その重症度をⅠ〜Ⅲ段階に分けています。

 熱中症の重症度と症状についての詳細は『重症度別に見る熱中症の症状』で詳しく解説しています。

 「熱射病」は、頭痛、吐き気、めまいの症状に留まらず、意識喪失や臓器障害を引き起こし死に至ることもある症状が現れる段階で、ガイドラインの中でもっとも症状の重いⅢ度に位置付けられています。また「日射病」は、段階分けではなく、熱中症の中でも直射日光が原因となって発症した場合をいいます。

 日射病から熱射病になることも直射日光によって発症する熱中症が日射病ですので、症状が重くなりⅢ度(重度)になれば熱射病と言うことができます。つまり、熱射病と日射病は2つの異なる病名ではなく、

・熱射病:重度の熱中症についた診断名
・日射病:熱中症の原因からついた診断名

 と、まったく異なる指標でつけられている病名なのです。言い換えれば、熱射病は直射日光の有無に関係なく暑い環境下で発症し、至急入院して治療しなければならない危険な状態です。一方、日射病は、発症の原因が直射日光のみのものを指し、程度の判断はできません。水分の補給や身体を冷やすなどセルフケアで治まる場合もありますが、意識がはっきりしないような重症な場合は、至急医療機関に運び医師の診察を受けましょう。

 「熱中症」、「熱射病」、「日射病」の違いを理解することは、いざというときの対処の仕方にも大きく関わります。この機会に正しく区別しましょう。

■【医師監修】重症度別に見る熱中症の症状について | ヘルスケア大学

 熱中症は重症度によってⅠ度(軽症)、Ⅱ度(中度)、Ⅲ度(重度)の3つに分類されています。ここではドクター監修の記事で、この重症度の分類が設けられた目的や、それぞれの分類における症状と対処法について解説します。

 熱中症にはどのような症状がみられるのか、詳しく解説します。

・熱中症は重症度によって3段階に分けられる
 従来、熱中症はその病症によって「熱失神」、「熱痙攣(けいれん)」、「熱疲労」、「熱射病」に分けられていましたが、最近では重症度での分類が主流となってきました。分類にはⅠ度(軽度)、Ⅱ度(中度)、Ⅲ度(重度)の3段階があります。

・熱中症「Ⅰ度」(軽度)の症状と対処法
 「めまい、立ちくらみ、生あくび、大量の発汗、筋肉痛、筋肉の硬直(こむら返り)」(日本救急医学会熱中症分類による)といった症状が現れます。意識障害はありません。従来の分類では、「熱失神」、「熱痙攣(けいれん)」、「日射病」に当てはまる状態です。

 対処法としては、涼しい所で休ませて身体を冷やし、失われた水分と塩分を飲み物で摂取させるなどの応急処置をして様子を見ます。良くならないようであれば、医療機関を受診させます。

・熱中症「Ⅱ度」(中等度)の症状と対処法
 症状は、「頭痛、嘔吐、倦怠感、虚脱感、集中力や判断力の低下」(同分類による)があげられます。従来の「熱疲労」に相当します。虚脱感とは身体に力が入らない状態を意味しています。Ⅱ度での判断力の低下では、自分の名前や生年月日が言えなくなる、日付や現在の場所や自分の状況が分からない(見当識障害)などの意識障害が表れます。

 応急処置では対処できないため、早急に医療機関へ搬送する手続きを取ります。

・熱中症「Ⅲ度」(重度)の症状と対処法
 「意識障害、小脳症状、痙攣発作、肝・腎機能障害、血液凝固異常」(同分類による)などの症状が現れます。従来の区分における「熱射病」に当てはまる症状です。痛みや声かけといった刺激を与えなければ目を開けない状態、さらに進むと刺激に対して反応が鈍くなるといった意識障害もあらわれます。

 一刻も早く医療機関へ連れて行き、入院による治療を受けるレベルです。

・重症度の分類はあくまでも“目安”として
 熱中症は上記3分類のどれかにピッタリと当てはまるものではなく、環境や状況によって症状は刻々と変化します。そのため、各段階における主な症状をまとめていますが、重症度の決め手となるものではありません。学校、職場、介護施設、街中などで熱中症らしき人の異常を早い段階で判断でき、スムーズに応急処置や治療を受けられることを目指して作られた分類です。

 熱中症は、初めのうちはⅠ度の症状であっても、あっという間に重症化して死に至る危険性もあります。たとえ軽症であっても、症状がよくなるまでは必ず付き添って見守るようにし、一人にしないこと大切です。また、応急処置でよくならない場合や意識がはっきりしなくなるような場合は早急に医療機関へ搬送するようにしましょう。
(コピー終了)

 匿名希望3さん、私自身、似たような症状が現れることがあるので、よく読んで対処したいと思う。すっかりお手間をおかけしたが、これで私も命を救われるかもしれない。改めてお礼をお伝えする。


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# by hirune-neko | 2017-05-10 00:52 | 現実的なお話し | Comments(0)

長時間の電話サポートを受けて、脳内が限界状況だった


Un Dia De Noviembre - Per-Olov Kindgren


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 やれやれの13時間が経過して・・・強制的に作業を中断することにした。

 ブログに取りかかろうとしたら、この曲が耳について離れない。つい最近紹介したばかりなのは記憶にある。不思議なことに、曲名も作曲家も全く思い出せない。なのにどういうわけか、このメロディーが頭の中から湧きだしてくる。このギタリスト、ペオ・キンドグレンはピアソラの作品も演奏しており、好きなギタリストの一人でもある。

 曲名の「Un Dia De Noviembre」をgoogle検索しても、スペイン語らしき横文字ばかりで、さっぱり手がかりがない。ただぽつんと日本語で「11月のある日」と記載されていた。なるほど、Noviembreは英語のNovemberで、DiaがDayなのだろうか。もしかしたら、ギター教室の発表会で演奏された曲で印象に残っていたのか・・・今度先生に訊いてみようと思う。まさか、何かの映画で使用されている曲ではないとは思うが、思い出せない。

 そのギターの先生は今月、イタリアまでマスターレッスンを受けに渡欧される。すごいバイタリティだと思う。教えていただくようになって、もう2年は経ったはずだ。なのにまだ、Oblivionのイントロも終わっていない。意気込んで無謀にも、Oblivionを弾けるようになりたいので、といって教室の問を叩いた。難曲だそうだが、一生かかってマスターしようと気長に考えている。

 朝から、サーバー運営会社、アップル、ドコモそれぞれに何度も電話し、サポートを受けた。とくにドコモ携帯は普段からdメニューなど開くことがなかったため、意味不明のまま言われるままに馴れない作業を続けた。途中で軽いめまいを感じて不安になるほどきつかった。

 2種類のサーバーと契約し、十数種類のドメイン、合計50前後のメールアカウントを管理しているため、メールソフトが誤認して混線してしまっていたのが原因だった。普通ではちょっと考えられない事態になってしまっていた。

 それでもようやく、iMac上の設定まではなんとかこぎ着けてほっとしている。iPhone7もiPad Proも、容量が256GBあるのでかなりのキャパシティて安心だ。この時間から明日にかけて、iPhone7とiPad Proに、数十アカウントを設定する予定だ。機動性が高まり、外出先でもかなりの作業性を維持できると思う。

 最近は、政治ブログランキングの50位までを走り読みしている。もちろん精読する時間はないので、タイトルで判断し必要と思えば全記事を読むようにしている。時間に追われる期間が長かったため、しばらくお邪魔してなかったブログがある。「株式日記と経済展望」だ。別の方のブログ記事を紹介し、ご自分のコメントを書くというスタイルが定着している。何年も前からブックマークして読ませていただいているが、とても社会的視野の広い方で、いつも敬服しながら読ませていただいている。ブログ開始から20年が経過したそうだ。老舗である。

 客観的に見てみると、ブログにもそれぞれ異なる特性があるように思う。ひたすら相手を非難・罵倒する、アカデミックな知識や見識を持ちつつ社会を洞察する、具体的な目的を持って読者を啓蒙し行動に駆り立てる・・・いずれも、読者の個性や判断力で選んでいただければいいのではないだろうか。

 今日のブログ「株式日記と経済展望」のタイトルは、

「モバイルフレンドリー」でないサイトは検索結果の順位を大きく下げたのです。
 http://blog.goo.ne.jp/2005tora/e/71a5a44b735be98402412fb5ab004828

 である。インターネット検索全盛と思われたが、近未来を的確に予測しており、興味深く読ませていただき、また勉強になった。

 類は友を呼ぶというし、朱に交われば赤くなるという言葉もある。人生をある尺度で測れば、ちょっとした選択の積み重ねは、その人の人格や人生観、価値観に対し最終的に大きな影響を与えるのではないだろうか。興味本位や面白おかしく読めたり、鬱憤晴らしで読める記事も多い。しかし、ちりも積もれば山となる、の譬えのように、人間として生きる上での心や感性の滋養となるようないくつかのブログを、視野に入れることをお勧めしたい。

 いずれ近いうちに、ウィークリー・みるとすを復刊することになるが、皆さんのご協力をいただいて、いろいろな分野の推薦ブログリストも紹介できればいいなと、思い始めている。

 いつもと較べると早い時間帯ではあるが、メールアカウントの設定を少しでも進めて、朝を迎えたいと思うので、これにて失礼させていただく。


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# by hirune-neko | 2017-05-08 23:57 | インテリジェンス | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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