昼寝ネコの雑記帳

改めて、いつ何が起きるか予測がつかない時代だと思う


[キエフ・バレエ] ジゼル


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 昨日の小坪しんやさんのブログによると、翁長知事派が絶対優勢といわれていた地域で、元航空自衛官の新人候補・大山たかおさんが、まさかの奇跡的当選を果たしたと書かれていた。那覇市議選挙の話である。実は極秘裏に、小坪さん自身が選対本部長を努めていたようだ。

 沖縄といえば、琉球新法、沖縄タイムス2紙の牙城と言われていたが、最近は八重山日報が、本島での販売も始めて話題になった。「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表運営委員の、我那覇真子さんの行動も注目に値すると思う。

 何も声高に語らず、事態の推移を冷静に見守っていた一般市民が、さすがに最近のメディアの報道姿勢、左翼勢力の言動を見て危機感を抱き、静かな投票行動に移ったのだと判断している。

 私に専門知識はないが、確かに現在の日本の法制度は「有事」をあまり想定せず「無事」を前提に年月を重ねてきたのではないだろうか。その制度疲労の間隙を衝いて「やり逃げ」と言われるほどの、卑劣な捏造報道が横行している。いつか将来振り返ったら、ブーメランとして逆襲を受けることになった主要因だったと、分析されるのではないだろうか。冷静な国民は、国家の存続を危うくするような報道機関や政治家、市民団体に対し本能的・直感的に違和感や忌避感を持ちつつあると思う。

 何年か前までは、メディアスクラムなる報道機関が、彼等の不都合は報じずに、国民の耳目を集めずに済んだ。しかし、昨今のインターネットやブログの発達、広範囲な浸透によって、「ごまかしや隠蔽」はできなっくなっていることを理解すべきだと思う。しかし、それはもう手遅れなのではないだろうか。

 私自身は、時間をかけて情報収集と分析手法のスキルを高め、一般国民の皆さんに信頼感と安心感で受け入れていただける情報発信を目指して行きたいと思っている。まだまだ仕事に忙殺される毎日だし、理念があれば直ちに構築できるほど簡単な機能ではない。しかし、5,6年ほど前の発案当時には、日本語でも英語でもファミリー・インテリジェンスという本来の意味での言葉は、Googleで検索しても存在しなかった。これからも、自分自身の嗅覚と直感を信じて試行錯誤を続けようと思っている。未踏で未開の荒野を切り拓くには、努力も継続力も大事だが、何よりも妄想力、想像力、直感力・・・そして閃きが不可欠だと実感している。

 今日は一日で六千歩以上を歩いた。少しずつだが、身体の変化を実感している。それに伴って、気力や集中力も徐々に向上しているようだ。しかし、将棋の棋力の方は急激には向上せず、一進一退を繰り返している。どんなに忙しくても、趣味の時間は大事にしたいものだ。常にそばに音楽があることも、救いになっている。

 まだ深夜前だが、活動の時間帯を少しずつ朝型に切り替えようとしている。はかない抵抗かもしれないが、健康も重要な要素だと思うので、少しでも寿命を延ばしたい。・・・どうでもいい話だが、ウクライナの首都はキエフだそうだ。高校時代、世界史や地理をサボったせいで、基本知識が欠落している。キエフはバレエ団でも有名だが、一度訪れてみたいと思い始めている。いつか実現することを願っている。

【ウクライナ・キエフの幻想】 
 ウクライナ・キエフ 2017.04 ①
  

【ウクライナ・キエフの現実】 
 ウクライナ騒乱から1年 首都キエフで追悼イベント(15/02/18)
  


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# by hirune-neko | 2017-07-11 23:29 | インテリジェンス | Comments(0)

アンドレイ・タルコフスキーの世界と郷愁


Nostalghia(1983)/ Andrei Tarkovsky / BWV853


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 高校生の時、誰よりも授業が退屈に感じた。世界史の先生は、授業中に体調が悪くなり、薬を服用しに席を外した。世界史の授業があまりにも退屈で、私は気持ちが悪いと嘘をつき、同級生の友人に付き添ってもらって保健室に行った。
 倫理社会の先生には授業中に良く質問した。「先生、限界効用逓減の法則ってどういう意味ですか?」。先生が答えると、「じゃあ、限界効用逓増の法則はどういう意味ですか?」と、また質問した。すると「キミは私の知識を試しているのか!」と怒鳴りだした。
 英語の授業も気が進まないので、職員室に行き、先生に「これからクラスで、学校の問題について(でまかせを言った)クラスで話し合いたいので、授業は無しにしてください」とお願いし、聞き入れられた。そのまま先生はクラスに来ないと思ったら、始業時間を10分ほど過ぎて、様子を見に来た。私は慌てて教壇の所に行き、「それではみんな、これから討論しよう」と声をかけた。先生は怪訝な表情で引き上げていった。
 誰かが玄関に来ている、と同級生が呼びに来た。誰だろうと行ってみたら見知らぬ大人の男性で、喫茶店に連れて行かれた。開口一番、中学時代の素行の悪かった同級生の名前を出し、「お前の同級生から聞いたが、お前が遊んだ女は俺の姪だ。どうしてくれるんだ!」と凄まれた。見え透いたことを言ってるなと思ったが、「姪御さんって、なんていう名前なんですか?」と質問したら、相手のヤクザは返答に窮してしまった。最後は「お前の同級生は悪いやつだから、あいつとは付き合うなよ」と忠告してくれ、家まで車で送ってくれた。

 こんな話題を書き連ねたらきりが無いほど、私はひどい高校生だった・・・いや、問題児だった。これでも、北海道の地方都市では一番の進学校だった。実際には、全然興味を持てなかった化学と世界史は赤点だったが、追試験ではなくレポート提出でいいと言われた。両方とも同級生に作成してもらい、無事に卒業した。
 あくまでも想像だが、あの生徒を留年させたら、さらに1年間、相手をしなくてはいけない。大学もどこか合格しているようだから、このまま卒業してもらった方が学校のためだ・・・というのが、職員室の成績会議の結論だったのではないだろうかと思っている。

 北海道は歴史の短い土地だ。初めて京都の街並みを目にしたときは、圧倒されたのを憶えている。どの街にも独特の雰囲気がある。また行ってみたいと思うのは、パリとロンドンだ。行ったことがないのに、違和感なく郷愁を感じるのは、理由は不明だが、モスクワ、キエフ、レニングラード(今はサンクトペテルブルクだと、石川さんが教えてくれたが)・・・なぜだろうか。

 先日YouTubeで見つけた、アンドレイ・タルコフスキーの映画「ノスタルジー」の一部を目にし、音楽を耳にしたとき、強烈な懐かしさを感じた。記憶の彼方に埋もれてしまった幼少時期のシーンが再現したような印象だった。

 自分なりに、もう人生の責任を果たしたと思える時期が来たら、仕事も何もかもから離れ、終の棲家を探しに行くだろう。体力や健康、言葉の問題は徐々に深刻化すると思うが、本当の意味で神経が休まるのは、もしかしたら湘南ではなくロシアから北欧にかけてなのかもしれない。しかし、実際に居を定めてしまってから、こんなはずではなかったと思っては手遅れなので、一度旅行気分で行ってみたいという望みがある。

 アンドレイ・タルコフスキーの作品はひとつも観たことがないが、もしかしたら現実には存在し得ない世界を創作しているだけなのかもしれない。
 英国のスパイ小説作家、ブライアン・フリーマントルの「チャーリー・マフィンシリーズ」に登場する主人公のチャーリー・マフィンは、MI6の老スパイという設定だ。シリーズの中に、唯一(多分)ロシアが舞台の作品がある。邦題は「亡命者はモスクワを目指す」(Charlie Muffin and Russian Rose)だ。シリーズ全作品を読んだのは、30代前半ではなかったかと思う。

 振り返れば、何年も旅行をしていない。その国の基本的な歴史を勉強した上で、街に足を踏み入れれば、かなり具体的な人物イメージとストーリーが思い浮かぶのではないかと感じている。人生の最後で静かに創作するための、必要な訓練を受けていると思えば、仕事に追われていても苦にはならない。

 改めて、自分が年齢不相応な人生計画を立てていると思っている。かつて青年は荒野を目指したが、老年にだっていくつになっても、荒野を目指す心意気があってもいいのではないだろうか。


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# by hirune-neko | 2017-07-11 01:01 | 創作への道 | Comments(0)

久しぶりに機能不全の一日だった


J. Cardoso Milonga, performed by Tatyana Ryzhkova


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 改めて、人間の機能の中枢はどこなのかと、考えさせられた一日だった。心臓に不安があると、立つことも歩くことにも自信がなく億劫になる。脳内が不調だと、ちょっとした何かを判断することも躊躇してしまう。ひたすらじっとして、快復を待つしかない。

 今日は朝からそんな一日だったが、予定があったため猛暑の中、徒歩で外出しておよそ4時間後に帰宅した。途中で中座し、帰宅しようかと何度も考えたが、なんとかすべての用件を終えて無事に帰宅し、すぐに着替えて、床の上に横になった。さらに今日は、椅子に座ると、30分もしないうちに背筋がギシギシと凝りを訴え出す。ゴム製の腰痛ベルトで背中と胸を締め付けても、効果が薄かった。

 何時間も床の上に仰向けになったまま、胸の上にはiPadを置いてあれこれ確認したり調べたり・・・。こんなコンディションの時なのでよせばいいのに、「将皇」という名の将棋ソフトを相手に、ずっと研究中の「気仙流」定跡をあれこれ試した。5段階の最高レベルの棋力をネットで調べたら、アマ三段はあると書かれていた。その最高レベルを相手に、序盤の変化を研究している。
 依然として未完の大作である「気仙しぐれ雪」というタイトルの舞台脚本がある。主人公の少女は江戸時代に、現在の岩手県気仙地方・陸前髙田で生まれ育った。将棋の才に恵まれ子どもなのに独特の定跡を指すことから、あっという間に江戸の棋士の間で、「気仙流を指す少女」として有名になった・・・という設定だ。舞台上で実際に将棋を指すわけではないのだが、敢えて架空の戦法である気仙流に生命を吹き込み、実際に通用するようにしたいと考えた。いくらなんでも趣味で将棋を指す私には荷が重いので、師匠の堀川修先生(指導棋士五段)に助言をいただきながら、展開を研究している。

 何もそこまで凝ることはないと思うのだが、数回お邪魔した日本将棋連盟の大船渡支部の皆さんとは、今でもやりとりがあるので、ある程度完成したら、「気仙流定跡」を私からの置き土産にしたいと思っている。そのときに、なんだこんな程度か、というクォリティだと恥ずかしいので、有段者レベルにも通用するような水準にしたい思い、悪戦苦闘を続けている。

 舞台作品の時代劇「気仙しぐれ雪」が完成した曉には、初演は大船渡のリアスホール(全1,100席)をお借りし、被災者の、とりわけご家族を亡くされた皆さんを無料招待して、鎮魂の舞台としたい。勿論、大震災で落命され霊界からご遺族を見守っていらっしゃる皆さんも、館内のどこかで観劇してくださるだろう。

 主人公の少女は、悲劇的な結末を迎える。自ら命を絶つときに、地上に遺す家族に宛てた独白のメッセージが、そのまま大震災のときのご遺族の皆さんに対する、霊界からの鎮魂の言葉となる。・・・あらすじは、頭の中で出来上がっている。舞う女性と語り部の老婆、そして音楽と振り付けが主要素だ。・・・はて、無料招待の舞台公演に必要な財源をどうするのだろうか。・・・そういうことは、その時になってから考えればいいという、まったくもって脳天気な話である。

 もうかれこれ5年近く前からの構想なのだが、私自身の時間的な制約があってなかなか進んでいない。困ったものだ。まずは脚本を仕上げ、振り付けの先生の協力を得られれば、あとはなんとか格好がつくと思っている。

 ・・・不思議なもので、書きたい内容が自然に湧いてくると、脳内も活性化するようで、かなりコンディションが快復してきた。しかしあまり調子にならずに、明日も猛暑だろうから、もうこれで閉店させていただく。

 いつも支離滅裂な内容で、読者の皆さんにはお詫び申し上げる。


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# by hirune-neko | 2017-07-10 00:15 | 創作への道 | Comments(0)

ホットな街・川崎市からの暑中お見舞い


Eliane Elias - Estate (Summer)


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 今日は、全国的に猛暑の一日だったようだ。熱中症で病院に運ばれた人の数も多いそうだ。記録的な猛暑だというので、改めて暑中お見舞い申し上げる。

 私自身は、土曜日の朝なのでだらだらと眠りこけていた。ふと目が覚めたのだが、なんとなく心臓に力が入らない。これはいよいよ心不全か何かで危険な状況になるのだろうかと.不安になってしまった。気がつくと部屋の温度が異常に高い。眠りこけているうちに、二階なので部屋の温度がどんどん上昇したようだ。やっとの思いで一階に下り、すぐに冷房のスイッチを入れた。しばらくすると、徐々に不安感が薄れ体調も正常に戻った。

 それでなくても日本は暑い。北朝鮮を中心として東アジア全体が暑い。ここ川崎市もヘイトスピーチ条例がどうだとかこうだとかで、すっかりホットな街になってしまったようだ。そのせいもあって暑さが厳しいのかもしれない。

 昨日、いくつかのブログを閲覧して驚いてしまった。東京都知事選のあと当選した小池都知事が、自民党都連事務所を表敬訪問した。その時、出迎えた自民党議員が手を差し出した小池都知事に対し、握手を拒絶したと報道されていたのを記憶している。いくつかのブログを閲覧すると、ちゃんと握手しているではないか。握手していない写真を報道に使い、新任の都知事を冷遇したという印象操作を行った。そのことが露見したとき、TBSのアナウンサーは編集上のミスだと釈明したらしい。へえ、編集上のミス?ずいぶん見え透いたことを言うなと思った。

 もう何年も前のことになるが、博士の独り言というブログがあった。ブログ主の島津先生は、時々横浜周辺でセミナーを開催した。一例を挙げると、国立国会図書館法の一部改正という話が進んでいるが、裏にはどのような意図が隠されているか、さらには人権擁護法案が話題になり、人権擁護委員には国籍条項がない、そこにはどのような意図が隠されているか、などについて講義をしてくれた。つまり、日本人ではない人物が、人権擁護委員になると、・・・正式な名称がなんだったか忘れてしまったが・・・その強力な捜査権や逮捕権により、自分たちにとって不都合な相手に人権を侵害する言動があったと虚偽の申し立てを行い、恣意的に敵対する人たちを弾圧する懸念がある・・・これが島津先生の論旨だった。

 公共の電波を使ったTBSという放送会社が、公然と恣意的に捏造報道によって印象操作を行ったという事実は、さすがに温厚で気が長く柔和で、しかも人情深く慈悲深い、さらにもっと言わせていただくが、包容力と忍耐力に富んだ私であっても看過することができない。これはとんでもないことである。

 個人的なことになるが、知人がTBSのドラマ制作部門で中堅として働いている。そのルートから、昼寝ネコの創作ストーリーをテレビドラマ化したい、というお誘いがあり、日頃お世話になっている相手でもあるし、またせっかくの機会でもあるので、お引き受けしようかと思っていたが、このような露骨な、しかも卑劣な報道を公然と行うようなテレビ会社とは快く仕事ができるはずがない。なので、このお話は無かったことにしていただこうと思う。・・・いや違った。今現在、そのようなお誘いの話はない。もし仮に将来、そのような機会があったとしても残念ながら、お断りさせていただく決意である。もしかしたら、ブログ読者の中にTBS関係の方がいらっしゃるかもしれない。気分を悪くされたかもしれないが、これは私自身の哲学や理念、そして価値観・生き方の問題であり、金銭や社会的な名声・地位などによって浸食され得ない領域のものである。

 ことほどさように、日本だけでなく世界中が報道機関によるプロパガンダ活動・情報戦争の渦中にある。しかし、たとえどのような不合理な、そして看過できない言動を目にしても、感情的にならず声高に相手をののしることはしない。それこそが、やれヘイトだ人種差別だ、人権侵害だ、など不要な攻撃理由を相手に与えることになってしまう。声高に攻撃したい人は、それはそれで自由なので、そういう方々にお任せしたいと思う。

 ただ、そのように隠蔽されっている様々な事実を目にしたなら、それはしっかりと記憶に留めるべきだと思う。そして選挙や外患罪集団告発、官邸メールなどを通して、一国民としての意思表示をすることは大切だと思う。

 さらに言えば、日本の将来を危うくすると懸念されるメディアは、断固拒否すべきだと思う。私はこれからも継続して公開情報を精査し、多くの国民のみなさんが知るべきだと考える情報は提供し続けていきたい。決して特定の方向に誘導するのではなく、正確な判断をしていただく上で重要だと思える情報は、定期的に提供することこそが私たちの使命だと考えている。

 今日は、いろいろな意味で暑い一日だった。「夏」(EstateまたはSummer)という曲を暑中見舞いとしてお送りする。最後の最後まで、どちらの曲にするか迷った。どちらにも捨てがたい魅力があるので、最初にエリアナ・エリアスを、そして最後にシャーリー・ホーンの歌をお届けする。こんな言い方をするとシャーリー・ホーンには申し訳ないが、まだまだ女盛りのエリアナ・エリアスと、枯れた女性(失礼)・シャーリー・ホーンの捨てがたい魅力を聴き比べてみていただきたい。個人的には、シャーリー・ホーンの人生の機微を知り尽くした歌唱法が好みである。多分、私はマザコンを通り過ぎて、ババコンだと思う。

今日は猛暑の中、通算して何とか5千歩以上を歩いた。暑さが厳しかったので、駅前のマルイの店内をぐるぐると歩き回った。それでも途中、少し心臓に不安を覚えた。無理しない程度で継続して歩くなら、気力と集中力が徐々に回復するのではないかと期待している。


Shirley Horn - "Estate(Summer)" (Joao Gilberto) (Music:Bruno Martino, English. Lyrics:Joel Siegel)


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# by hirune-neko | 2017-07-09 00:33 | 心の中のできごと | Comments(0)

愚考〜Academic Intelligence VS Field Intelligence


Shirley Horne - Once I Loved


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 午後の早い時間から、ゆったりとジャズバラードを聴きながら、実務作業を離れ、あれこれ将来構想について思い巡らしている。なんて贅沢な時間なのだろうと思っている。

 会社の相談役を引き受けてくれていた、元住友銀行の支店長の視点から見ると、いくら長期構想を描いてもゼニにはなりませんよ、と苦言を呈されるのは重々承知している。確かに私は目先の成果だけを追うことが苦手である。

 今日のブログ・余命三年時事日記の記事は、「1721 事象の解析と考察」だった。冒頭からブログ読者の「魚河岸のまぐろゴロゴロ」さんが、実に丹念で精力的に公開情報の収集と分析をなさった報告が掲載されていた。これぞまさに、OSINT情報/Open Source Intelligenceと呼ばれる、公開情報の収集・分析手法だ。私の場合は、半分以上野次馬根性で閲覧する程度だが、「魚河岸のまぐろゴロゴロ」さんの場合は、かなりの基本知識をお持ちだと思われるし、几帳面にデータを保存し比較検討されていると思う。

 私の読み違いではないと思うが、今日の余命ブログ記事は「魚河岸のまぐろゴロゴロ」さんの投稿のみを掲載し、最後に余命ブログ主のコメントが掲載されている。その、最後に掲載されているコメントを読んで、私にはとても参考になった。

 乱暴な言い方になると思うが、インテリジェンスはアカデミックに学ぶ手法と、フィールドで実践的に使われる手法に大別されるように思う。2年ほど前にインテリジェンスの授業を受けたが、当時は防衛大学と青山学院大学の大学院にしかその講座はなかった。私が出席したクラスには、東京オリンピックを控えた東京都庁の担当職員、現役の自衛官、共同通信の記者、さらには正体不明の中国人女性もいた。

 毎回の授業では、講師の先生が8ページほどの資料を用意してくれた。今でも大切に保管している。週一回の授業をなんとか最後まで受けたが、最も印象に残ったのは、アンドリュー・マーシャルという人物だった。ニクソン大統領からオバマ大統領の時代まで、軍事顧問として(国防長官に対してだと思うが)仕え、確か93歳まで現役で、2年ほど前に引退したらしい。アンドリュー・マーシャルは人前に出ることを好まない人物だったようで、彼に関する出版物は、当時は英語の書籍しか存在しなかったが、今では日本語にも翻訳されて出版されている。購入したが、残念ながらまだ読んではいない。未だにダウンロー読常習犯である。

 今日の余命ブログの最後に掲載されている、ブログ主のコメントを以下に転載させていただく。大学院の授業で習うアカデミックなインテリジェンス関連知識も、とても有益だったが、今現在、現実社会で展開しているリアルな公開情報から、鋭い洞察力で予測を立ててきている、ブログ・余命三年時事日記のエッセンスだと思うので、改めてこのコメントをじっくりと味わいたいと思っている。

 タイトルにAcademic Intelligence VS Field Intelligenceと書いたが、Field Intelligenceは、私が勝手に考えた言葉であり、一般的には戦場におけるインテリジェンス活動のようだ。しかし、様々な情報機関の実態を(私の場合は映画でしか知らないが)眺めてみると、情報機関のオフィス内での仕事に従事する人と、実際の現場での様々な活動に従事する人の2種類に大別していいと思う。水面下で繰り広げられる生々しい工作活動は、なかなか一般の人の目には触れないし、一部を除くが、反日的な立場で、政権転覆や国家転覆に同調し後押しするマスメディアは、決して報道することがないので、誰かが個人的にインターネットを利用して情報を発信し、警鐘を鳴らすしかないのが現状だと思う。

 その意味で、ブログを通し多大な労力と時間を割いて、日本国民の皆さんのために働いてくださっている方々には、改めて敬意を表したいと思う。私は、余命初代のかず先生の頃からの読者だが、当時と比べれば社会環境が大きく変化して来ていると思う。日本の現状に危機感を持つ人たちに対し、外患罪集団告発だけでなく、弁護士に対する懲戒請求など、以前では考えられなかった司法界に対する一般国民の監視の目は厳しくなり、しかも法律に則った行動を起こすようになってきた。

 そのような手法があることを、私たち一般人に啓蒙してくれているのが、他ならぬ余命三年時事日記の皆さんである。私は、まだまだ浅い知識しか持っていないが、時間をかけてこれまでの記事を参考にしながら、これからも私たち独自のインテリジェンス・スタイルを構築していきたいと思っている。

 少し長くなるが、以下に今日の余命記事をご紹介させていただく。

【余命三年時事日記「1721 事象の解析と考察」の一部転載】

 事象の分析や展開を読み解き予想するには最低限必要なものがいくつかある。

1.ベースとなる基礎知識。
2.事実に基づいた確かな情報。
3.期待や願望を排除した必須条件下での組み立て。

 これだけでまず大きく予想を外れることはない。まあ、付け加えるとすれば、情報を集めすぎないこと、言い換えれば必要のない情報を集めすぎると、焦点がぼけて迷走してしまう。

 これを共謀罪成立で検証してみよう。

 基礎知識としては国会60日ルール、中間報告だけで充分。確かな情報としては、会期延長の動きがない。FATFは2月6月10月が定例で昨年すでに引導がわたされている。ドイツ首脳会議が6月6,7日である。それだけで6月中の成立は待ったなしであることがわかるだろう。
 会期末が18日、公布後20日を考えて逆算すると成立は15日前後と絞り込みまでできる。この場面ではFATFの会議日時は必要がない。必至、必至で誰が考えても同じ結論が出る。以下、実戦例である。

「1676共謀罪成立」

 (中略)この共謀罪の件で今会期中の成立に不安という投稿が10件ほど寄せられている。衆院で可決後、約23時間以上の審議と一回、野党の審議拒否で取りやめを入れると約30時間の審議となるため次回法務委員会での採決の予定だったようだが、なりふり構わぬ野党の抵抗に安全確実に成立させるため参院本会議における中間報告作戦に切り替えたようだ。そのため、次回の法務委員会の日程は設定せず、14日参院本会議は延会となっている。中間報告も延会も聞き慣れぬ議会用語であるが以下Wikipediaを参考に。

国会における中間報告

 日本の国会は委員会中心主義を採用しており、原則として、委員会に案件を付託しその審査を経て、本会議に付するのが原則である(国会法第56条第2項)。
 しかし、各議院の議決機関があくまで本会議であることに照らせば、委員会の審査が長引いて緊急の案件がいつまでも本会議に上程されず、議院の採決が行われないことも問題となる。
 このため各議院は、委員会の審査中の案件について特に必要があるときは、中間報告を求めることができ(国会法第56条の3第1項)、議院が特に緊急を要すると認めたときは、委員会の審査に期限を附けまたは議院の本会議において審議することができる(同条第2項)。
 また、委員会の審査に期限をつけた場合でも、その期限まで審査が終わらないときも、議院の本会議において審議するものとし、ただし、議院は委員会の要求により、審査期間を延長できるとしている(同条第3項)。
 実際の中間報告の活用例は、少数勢力である野党議員が委員長を務める委員会(逆転委員会)に付託中の重要法案等について、野党側がその議案に反対(あるいは議案には反対でないが早期の採決には反対)し、多数を占める与党が「審査は十分尽くされた」として採決を求める場合において、委員長がさらなる審査続行のため採決をしないときに用いられることが多い。
 このような場合、本会議において、まず中間報告を求める動議を議題とする動議を可決し、次に中間報告を求める動議を可決した後、委員長(委員長が拒否した場合は理事)に中間報告をさせ、議院で審議を進め直ちに採決する動議を可決させて議案を成立させるという手法が用いられる。このような手法は与党の強行採決として野党から批判されることが多い。

(引用元・余命三年時事日記「1721 事象の解析と考察」)

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# by hirune-neko | 2017-07-07 15:27 | インテリジェンス | Comments(2)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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