昼寝ネコの雑記帳

久しぶりにピアソラと対面した


Astor Piazzolla - Introducción al Angel (Gidon Kremer)

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 夜になってからだが、久しぶりに8千歩を歩いた。出かける直前にappleミュージックでピアソラのアルバムを5枚、月額定額なので無料でダウンロードした。そして珍しく、歩きながらずっとピアソラの曲を聴いていた。改めて、ピアソラの世界に引き込まれて時間を過ごした。

 途中、ピアソラ自身がライブコンサートで、聴衆に語りかけたメッセージが入っていた。英語だったので、完全に理解はできなかったが、1960年当時は自分の音楽を理解してくれる人が存在せず、人からは「きちがい音楽」と悪口を言われたそうだ。バンドネオンはドイツが発祥で精緻で複雑な機構の楽器だが、とても素晴らし楽器なのでドイツ人に感謝していると言っていた。どうやらドイツでのコンサートだったようだ。自分が演奏するバンドネオンは、1925年にドイツ人の・・・名前までは聞き取れなかった・・・手になるもので、名品であり、作ってくれたことに感謝しているとも語っていた。

 本当に久しぶりにピアソラの世界に入り込んだ。故人となった福岡貞夫さんが、ピアソラは精神的に強いときでないと聴くことができない、と言っていたのを思い出した。なるほど、本当にその通りだと同意する。

 ピアソラの作品、そして演奏にはとてもリアルなイメージが満ちている。かなり具体的なストーリーや登場人物が、その背負っている過去の陰影を表情に出しながら語りかけてくる。どう表現すればいいのか分からないが、ピアソラの作品には魂がこもっており、音楽自体がまるで生き物のように存在感を主張している。

 今年は仕事の営業成績を上げるよう次男から期待されてる。ボランティアはほどほどにして、営業コンタクトを増やすよう期待されている。そんな状況なのだが、今日は新たに別のボランティアの依頼があり、引き受けてしまった。明日、次男にそのことを伝えたら、呆れた表情を見せるだろうと思う。しかし、それが私の生き方なので受け入れてもらいたい。決して仕事の手は抜かないので。

 自分でいうのもなんだけど、組み立てのスピードは速いほうだと思っている。許可を得る前から、そのボランティアのためのドメインを夕方には取得し、基本設定を終えて、仮登録申請のフォームまで設置してしまった。

 ピアソラの作品と演奏を聴きながら、励まされているような気持ちで作業を行っているが、さすがにもうここまでにしておこうと思う。


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# by hirune-neko | 2018-02-04 01:36 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

アップル・サポートの皆さん、お疲れさまでした


Astor Piazzolla - Ausencias (by Piazzolla)

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 延べで何時間、相手をしてもらっただろうか。記憶に残っているだけでも、6人の方とお話しをした。そのうち二人はスペシャリストだった。おそらく、私の名前はブラックリストに載っているのではないだろうか。

 このままYouTube動画をダウンロードし続けると、iPhoneもiPadも容量オーバーになってしまう。そのため、パソコンでいえば外付けのハードディスクのような機能がないか、調べていた。可能性がありそうな手段として、SDカードをデバイスと接続する機器を購入した。ところが残念ながら、パソコン上でmp4やjpegファイルをコピーしたSDカードでは、それらを認識しない。それでアップルのサポートに電話して、あれこれ質問することになった。

 結論は、アップルの純正商品で外付けのハードディスクの役割を果たす機器はないそうだ。さらに検索を進めたところ、サードパーティの製品で数百GBから2TBの機器を見つけた。しかし、Amazonのレビューを丹念に読むと、星ひとつ評価の書き込みが多く、酷評されていたので、購入は賢明な選択肢とは思えなかった。

 そんなこんなで空振りの一日だった。

 今日のブログに使用する曲をピアソラのアルバムから選んだ。ピアソラにしては珍しく穏やかな曲だと思った。調べると、「郵便配達夫」という映画のメインテーマ曲であることが分かった。ピアソラはかなりの数の映画作品のために曲を書いている。ピアソラ音の出る図書館に、故・福岡貞夫さんが資料を寄贈してくれた、映画一覧が掲載されているのを思い出し、確認した。いくら探しても出てこない。

 Googleで検索して出てきたのはアカデミー賞を受賞した映画作品だったが、作曲はピアソラではなかった。なぜピアソラのアルバムに収録されているのか理解ができないが、そんなの俺の勝手だろう、というピアソラの声が聞こえてきそうだ。そういえばかつて、ガルデルの亡命という映画も、ピアソラが作曲していると思い込んでいたが、ピアソラらしくない作品があるとブログに書いた。すると、故・高場将美先生がピアソラの作品は一部だけだと教えてくれた。ほとんどは、映画を監督したソラナスが作曲した作品だと聞き、驚くやら納得すやらだった。

 こうして久しぶりにまた、ピアソラの作品を聴いていると、独特の世界が構築されていると感じる。しかもピアソラが音楽で描く世界は、広く深い。改めてピアソラの音楽作品の魅力を再評価している。

 早く寝るつもりが、あれこれ選曲しているうちに、また深夜になってしまった。そろそろボン・ニュイである。

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# by hirune-neko | 2018-02-03 01:31 | 心の中のできごと | Comments(0)

全面広告:貴重な公開情報源「メールマガジン版オルタナティブ通信」


Goran Kovačević - Tres Tangos - Astor Piazzolla PART II

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 いくつかの有料ニュースレターを定期購読している。そのうちのひとつが今日、配信された。「第346号 メールマガジン版オルタナティブ通信」である。

 公式サイトには、以下の説明が記載されている。

【オルタナティブ公式サイトより転記】
 オルタナティブ通信は、既存のマスコミや、運動団体機関誌等では、なかなか入手出来ない情報の調査報道を目的に配信しています。御高覧の程を、よろしくお願いいたします。

 今日配信された記事の冒頭には、以下のような記述がある。

【メールマガジン版オルタナティブ通信の冒頭】
 *・・・本文中の、記事内容の要約、数字データの部分的転載を無断で行っている方が居ます。内容の部分的要約、データの転用も含め、「いかなる形での転載」も、一切、禁止します。

 ・・・と書かれているので、記事の内容について紹介することは避ける。しかし、国際領域にまで及び提供される情報の深さと濃密さには、感心させられている。公式サイトを訪問すると、どのような切り口で記事が書かれているかを把握できる。興味がおありの方は訪問されることをお勧めする。

 公式サイトで閲覧できる概要の、最も古いのは2015年10月である。実際にはその何年も前から購読していたはずだ。著者の方とは面識がないものの、かなり国際情勢に精通し、情報収集能力をお持ちであると推測している。私自身、このメールマガジンから多くを学んでいる。ただ残念なことに、過去の配信を保存していたgmailのアカウントに不具合が発生し、データが消滅してしまった。とても残念に思う。

 公式サイトでは記事の概要を掲載し、実際には有料購読のメールマガジンで全文を読むことになる。定期購読の申し込みは、公式サイトで受け付けている。国際情勢の表象だけでなく、深層部分を知りたい方にはお勧めである。

【メールマガジン版オルタナティブ通信公式サイト】

 今日は全面広告になってしまったが、多くの皆さんにお薦めしたい価値のある情報源である。

 改めて考えてみたが。どうも腑に落ちない。オルタナティブ通信を、本当にgmailアカウントごと消滅させてしまったのだろうか。何か手がかりがないかと考え、Evernoteに保存してあるブログ記事を「オルタナティブ」で検索してみた。すると、2015年6月の記事に以下の文章が見つかった。

【昼寝ネコの雑記帳の過去記事より一部転載】
 溜まってしまった資料の整理をすることにした。2009年9月4日に創刊されたオルタナティブ通信。有料のメルマガだが、ずっと購読している。でも、去年から整理に手が回らず、今日最新号までのすべてをPDF化した。全部でA4判で約3,000ページになる。貴重な情報源だ。いつ、どこで、何が起きるか予測はつかないが、確実に非日常的なことが起きつつある・・・そんな時代に、私たちは生きている。嵐は早く過ぎ去ってほしいものだ。


 ・・・なんだ、ちゃんと根性を出して3,000ページもの文書を、Quarkで作成し、PDFに変換して、保存していたではないか、と思った。ところが確認したところ、古いiMacのヘレンにも、新しいiMacのアリスにも、表示されている格納フォルダが存在しない。謎の出来事である。もしやと思い、タイムマシンで最も古い日付まで遡行してみたら、ちゃんと存在した。以前、「マイファイル」というフォルダ内の膨大な量のデータを、ちゃんと確認せずに消去してしまったのが原因のようだ。

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 無事に創刊号から100号、101号から200号、201号から300号までの3ファイルを、改めて復元保存することができた。私にとっては貴重な資料なので、とても嬉しかった。懐かしい旧友との再会のようだった。

 事務局からの案内によると、著者は健康を損ない入院されたようだが、執筆意欲を絶やさず、健筆を奮っているようだ。快復し、息長く活躍されるよう、心から願っている。

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# by hirune-neko | 2018-02-02 01:55 | インテリジェンス | Comments(0)

月越(つきこし)の祭を独りで祝っている


Kronos Quartet - Five Tango Sensations - 01 Asleep

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【謹告】
 Amazonから、拙著「昼寝ネコの雑記帳」の注文が来た。現在、品切れ再版未定となっているため、出荷はできなかった。もし、ブログ読者のどなたかが注文してくださったのなら、お詫び申し上げる。本文に誤字・誤記があり校正は終えており、いずれKindle版と一緒に同時出版する予定なので、しばらくお待ちいただきたい。

 さて、いつものように慌ただしい月末を大過なく終えることができた。旧約聖書に記述のある、過越の祭(すぎこしのまつり)のことを時々思い起こすことがある。モーセとアロンは、エジプトの王パロに、エジプトで奴隷の境遇にあったイスラエルの民を、エジプトから解放するよう願い出た。何度も拒絶されるが、その度にいろいろ不思議な業を行うものの、パロの魔術師もことごとく同じ業を行なった。最後は、天使がエジプト中の子どもと家畜の初子を撃つことになり、国中で子を失った親たちの嘆きが響いた。さしものパロもイスラエルの民がエジプトを出ることを許した。これに先立ち、イスラエルの民は初子を撃たれないように、子羊の血を・・・私の記憶では、家の入口の柱と鴨居に塗るように言われた。その印を見て殺戮の天使はイスラエルの家を過ぎ越し、初子は無事だった。それ以来、毎年過越の祭が行われている、というのが概要である。

 従って、月越の祭というのは存在せず、勝手に私が名付けているだけである。ほっとひと息ついている。家の入口の柱と鴨居に子羊の血を塗ると、あたかも神社の朱塗りの鳥居のイメージと重なる。これも日本・ユダヤ同祖論の根拠のひとつになっているのではないだろうか。

 インターネットの政治ブログを一望しただけでも、ずいぶん様々な論争があり、批判や予測が溢れている。いずれも興味深く思うが、さりとて必要以上に深追いしていると、時として大局観を失い論争の渦に埋没してしまいかねない。論点は論点として整理するにこしたことはないと思う。しかし、人間の営みや人生というのは広範囲な面積を包摂し、しかも奥深い。ひとつの論争の当事者になり、燃え尽きることが人生の生きがいだという人は、それでいいだろう。しかし、人生の側面はそれほど単純化できるものではない、と考えている。世の中の何かを正すには、ある程度の時間がかかったとしても、最終的にはより多くの人たちが共通認識を持てば、選挙という合法的で絶対的な手段によって、一定の方向に収斂していくのではないだろうか。

 そのような考えの旗手が現れて、より多くの人たちに呼びかけ、分かりやすく説得するならば、少なくとも明らかな反日・売国スタンスと見なされるメディアは忌避されるだろうから、そのような新聞は購読部数が激減し、テレビの場合は視聴率が急降下するだろう。

 いずれにしても、インターネットの普及と発達は、劇的に個人の洞察力・判断力に好影響を与えていると思う。悪貨と見なされた新聞は、用紙、インク、印刷設備、運搬手段、販売スペースを必要としないインターネット新聞に駆逐されるのも、時間の問題だと予測している。同様に、良質なインターネット・テレビ番組の出現は、悪質なデマを垂れ流し日本の崩壊を目論む勢力に加担するテレビ局を駆逐するだろう。もうその兆候は顕著になっているのではないだろうか。

 単なる推測ではあるが、新聞社の押し紙問題が表面化し、テレビ放送の電波オークションも話題になってきているのは、顕在化している兆候だろうと思う。国民の大多数が健全であれば、健全な政権を支持し、謀略・陰謀が色あせて、国は健全な方向に向かう。歴史には疎いので暴論になってしまうかもしれないが、仮に日本が建国2600有余年を経ているとすれば、紀元前に世界中に散らされたといわれる、イスラエルの支族の一部が日本に渡来したと考えられるのではないだろうか。面積的には小さな島国の日本ではあるが、濃密な何かが秘匿・温存されており、世界情勢が臨界点に達する頃に、日本は大きな貢献をする国になるような気がする。

 アメリカ国務省は、日本語を世界の言語の中で最も難易度が高いと評価しているそうだ。日本人は皆、その難解な言語を日常的に使いこなしている。日本人は無意識のうちに、小さい頃から高い能力を身につける素地を訓練されているように感じる。

 具体的なことは何もないのだが、かつての東日本大震災の大規模な惨事に遭っても、日本人は整然と列を乱さなかった。一朝有事の際の結束力は、明らかに身体を流れている「血」によると思う。その意味で、私は日本という国、日本国民を、ある種の楽観的な気分で眺めている、もちろん、何も警戒しないという意味ではない。今後も公開情報の収集と分析を怠るつもりは毛頭ない。

 ・・・支離滅裂な内容になってしまったが、月を越すに当たっての雑感である。

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# by hirune-neko | 2018-02-01 00:45 | インテリジェンス | Comments(0)

ブログ読者の皆さんからいただいた情報


Jardin D'hiver - Connie Evingson


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 ブログ読者の田上劍風さんから、「両極神事」というタイトルのご著書を送っていただいた。同封されていた手紙を読むと、古神道という領域があるようで、熱心に研究されている。ヒマラヤだけでなく、エルサレムにもいらっしゃったというから、驚きの行動力である。以前、神学インテリジェンスという言葉を使ったことがあるが、共鳴してくださっているらしい。古神道は、私には少し難解そうに見えるが、ゆっくり読ませていただく。この場を借りてお礼申し上げる。

 同じくブログ読者のcausalさんからは、いつもながら映画や小説の話題を送っていただいた。さらには、上記のConnie Evingsonという女性歌手の動画を2種類紹介していただいた。この歌手は初めて聴いたのだが、以前causalさんから教えていただいた、Stacey KentとPascale Lavoieのいずれも想起させる歌唱法だと思う。しかし、フランス語の発音はStacey Kentの方に一日の長があるようだ。causalさんからはいつも新鮮な情報を提供していただき、改めてお礼申し上げる。

 上記二人の女性ヴォーカルを聴き比べてみたいという方のために、同じJardin D’hiver(冬の庭)をStacey Kentの歌で、下部に設置しておく。

 今日は電車と歩きで川崎の法務局を往復したため、久しぶりに1万歩を歩いた。仕事上ではまだまだ課題が多く、時にはため息が出る。しかし、肉体の鍛錬は脳にも精神にもプラスであることを実感している。

 ところで、causalさんからの激励のメッセージには、思わず笑ってしまった。ご本人には無断で転載させていただく。

(causalさんからの激励メッセージ)

 「今後とも、村上某が絶対に書けない優れた小説を書いて下さい。短編・長編を問わず。」

 causalさんのような、「ウルサイ」読者が激励してくださり、とても心強い。「村上某」とは、一体誰のことやら・・・分かってはいるが、畏れ多いことである。私の場合は、状況が整えばいつでも紙の本は出版できる。Kindle版も、そんなにハードルは高くないと思っている。そこそこ売れて赤字が出なければ、継続出版も可能なので、少しずつ推敲作業を進め,過去の短編を整理しておきたいと思っている。自分自身も、作品を出版の形で公開できれば、こんなに嬉しいことはない。何かに迎合することなく、自分自身の世界に留まって、書き続けたいと思っている。「大人のための童話」というか「大人になりきれない大人のための童話」という切り口に興味を持っている。つまり、それなりの年齢になってもまだ、みずみずしい感性を失わず、世俗に迎合せず、魂の純粋さを保っているような方々が、読者になってくだされば、こんなに嬉しいことはない。穢れなき大人を探し、発掘したいものだ。
stacey kent - jardin d'hiver (HD/HQ Audio)


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# by hirune-neko | 2018-01-31 00:28 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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