昼寝ネコの雑記帳

気の重いスタートだったが、変化に富んだ一日だった


Astor Piazzolla: «Coral»

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 赤ちゃんの名前を入れる絵本には、いくつかのオプションがある。その一つが、足形色紙だ。生まれたばかりで絶えず動かす赤ちゃんの足をスタンプ台に当て、色紙に足形をつける。単純な作業ではあるが、じっとしていない赤ちゃんが相手なので、病院の現場では苦労しているようだ。その証拠に、足形色紙が足りなくなり少し余分に送って欲しいというリクエストは日常的にある。

 郵送したはずの、その足形色紙が届かないというアクシデントが起きてしまった。私が電話で状況を説明しても、お母さんは納得しなかった。そして、病院にクレームを入れ、泣きながら不満を述べたそうだ。昨日、その病院の患者サポートセンターの方から電話があった。これまでの経緯を文書としてまとめ、患者さんに送るようにという要請だった。

 なぜ、足形色紙に対しそこまで異常な執着を示すのか、理解ができなかった。しかし、お得意様の病院からの要請なので断るわけにもいかない。私が謝罪しなかったことも気に入らなかったようだ。しかし、原因として考えられるのは郵便事故による不着、他所に誤配され処分された、もしくは会社の封筒で送ったというので、私たちが営業ダイレクトメールだと誤認し、廃棄したかもしれない。 いずれにしても原因が特定できない状態だった。それなのに、私たちが過失を認めて謝罪文を書くならば、後日それを根拠に損害賠償請求を起こされるかもしれない。そこまで懸念した。

 A4用紙1枚に対応の経緯をまとめ、それとは別にご夫婦に対する手紙を書いた。出来上がって、電話するとお母さんが出た。ご希望の文書ができたので、メール、ファックス、郵送のいずれでお送りすればいいかを質問した。メールによる送信を望んだので、PDF化して送ることにした。

 唐突に、まるで身の上話をするかのように、お母さんは話し始めた。具体的に何年とは言わなかったが、長年不妊治療を続けようやくできた子供だった、と言った。退院の日に病棟の師長さんが、赤ちゃんの足形がつけられた足形色紙を持ってきてくれたそうだ。長年の苦しい不妊治療に耐えた自分に対する表彰状だと、強く感じた。なので、その足形色紙には普通以上に特別な愛着があった、と泣きながら話すお母さんの心情を私は理解した。

 それはよく理解できるものの、自分を慕って泣く小さな子供との思い出を、未来という時間領域で作れるではないか。過去に存在した足形色紙にいつまでも執着せず、前を向いて歩いて行って欲しい。それが私の偽らざる気持ちだった。
 「私たちは過去に4万人以上の赤ちゃんのために絵本を作りました。しかし出産にはいろいろなシーンがあります。長年の不妊治療の末、ようやく子供ができて出産という時に、へその緒が首に絡まってい亡くなったというケースがあります。子供が生まれるのを楽しみにしていたお父さんが、出産直前に病死したケースもあります。さらに、出産した直後にお母さんが亡くなったケースもあります。ご両親の心の痛みもさることながら、立ち会った院長先生も大きな痛手を負っています。そのため、天使版という文章を新たに作りました。失意のご両親を慰めるためです。もちろん、院長先生の精神的な負担を軽くしたいという気持ちもあります。実は絵本の文章は全て私が書いています。 次男が出産直前に、母親を経由して水疱瘡に感染しました。出産後、小児科病院に入院しましたが呼吸が停止し、何度も仮死状態になっては蘇生しました。あの経験がなければ、失意のどん底にあるご両親の心を軽くする文章は書けなかったと思います。」

 私の話を聞きながら、お母さんは電話の向こうでずっと泣いていた。私は続けて、その奇跡的に助かった次男が、この絵本を全て作っています、と言おうとした。しかし、今度は私自身が言葉に詰まってしまった。当時の心象を思い起こし、嗚咽しながらなんとか伝え終わった。

 病院に泣きながら電話でクレームをした女性と、クレーム処理担当係の私の両方が、お互いに感極まってしまい、涙を流しながらの会話になってしまった。見ようによっては、まるで笑い話だと思う。

 非売品の「わたしの読書記録ノート」というノートがあることを伝えた。やがて赤ちゃんが大きくなり、絵本を買ってあげたり、読んであげたりするときに、誰が買ってくれた、誰が読んでくれた、どんな反応だったかなどを記録できるノートだ。お子さんが大きくなったときにこのノートを見れば、自分がご両親から大切に愛され、育てられたということを実感してもらえます、と伝えた。次男は私の後ろで、黙ってこのやりとりを聞いていた。

 電話を切った後しばらくして、また電話をした。絵本に用紙1枚を余分に加えるので、そこに長年の不妊治療の辛さや、授かった赤ちゃんに対する深い愛情の気持ちを、文章で残されてはどうかと伝えた。その申し出には、とても喜んでいただけたようだ。

 朝には、あれほど憂鬱だった気持ちも、すっかり軽くなっていた。やはり、心の重荷で苦しむ人がその重荷を下ろし、前に向かって新たな一方踏み出す瞬間を見るのは、とても嬉しいものだ。

 何週間か前に、無料会員制みるとすとの提携を相談しに、ある財団法人の理事長にお会いしたことを書いた。今日、その財団の広報担当の方からメールがあった。財団のリンク先として、みるとすを掲示してくれたと言う。財団のページを見たら、関係団体というカテゴリーに名前を掲載してくれていた。クリックすると、古い方のサイトが開かれたが、何か大きな歯車が動き出したような印象を受けた。間に入ってくれた方が、かなり尽力してくれたからだ。改めてお礼を申し上げたいと思う。このブログで、いずれ財団の活動内容や告知したい内容について、ご紹介させていただこうと思う。今日はただその財団名と掲載ページを、読者のみなさんには報告を兼ねてご覧いただきたいと思う。フル公開前なのに大変恐縮している。

【児童健全育成推進財団】
(一番下から2番目に「みるとす」の名前がある)

 ついでながら、もう一つ記録させていただく。過日述べたように、本件についてはこれ以上書かないつもりでいた。ある福祉団体のための情報機関の設立についてだ。この福祉団体は国際的に展開しているが、アジア地域の法務本部はフィリピンにあるそうだ。今月の下旬にその本部からアメリカ人の日本担当弁護士が来日するという。この情報機関についての意見交換を行うので、同席してほしいという依頼の電話があった。もちろん快諾したが、最後に言われたのは、この弁護士が日本語を全く話さないという事だった。電話を切ってから慌てて、iPadに英和・和英辞書がダウンロードされているかどうか確認した。もう数十年も前に、頻繁に渡米していた時は、英語で商談するのにあまり不自由を感じなかったが、日常的に英語を使わなくなってかなり年数が経ってしまっている。錆ついているなんていう生易しいものではないと思う。でも最近は熱心に、アメリカテレビドラマのCovert AffairsやNIKITAを観て、字幕を読みながらも耳では、どのような英語表現かに集中していて良かったなと思っている。

 それにしても、今日ばかりは急激に自分の身辺が慌ただしくなりそうな予兆を感じた。逗子か葉山で作家生活・ ・ ・と言うと村上春樹さんに申し訳ないので、「作家もどき生活」を送りたいという希望が、一体いつになったら実現するのか、すっかり遠ざかってしまいそうな予感がする。

 さらなる余談だが、昼寝ネコの雑記帳という単行本を出版した時、たくさんのイラストを描いてくれたカトリ〜ヌ・笠井さんが、今頃になってFacebookを始めたそうだ。早速友達申請をしたところ、もともとブログ記事は読んでくれているのだが、改めて村上春樹さんと私の世界観に共通するもの感じる、とコメントを入れてくれた。なので、それに返信し、村上春樹さんと私の共通点は、両方ともノーベル文学賞候補作家である点だと書いた。
 それは面白い冗談だ、と笑われるに決まっている。しかし、私は本気である。数年前のノーベル文学賞作家は、カナダ人の女性短編小説作家だった。なんと年齢は80歳だったと記憶している。その記事を目にした瞬間、私は自分にも可能性があると直感した。だってまだ20年近くの時間的な余裕があるではないか、とそのときは勝手に思い込んでしまった。

 人生なんて様々であり、他人に迷惑さえかけなければ、どんな妄想を抱こうが希望を持とうが、それはその人の自由なのではないだろうか。それが、この生きにくい世の中で生きる原動力になるのならば、かわいいものではないかと思う。

 今日はいつになく、少々饒舌すぎたかもしれない。いや、文章を書くとなるといつだって、饒舌になっていると自覚している。


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# by hirune-neko | 2017-03-14 23:59 | 心の中のできごと | Comments(0)

じっとして、気力が戻るのを待っている


"DESPERTAR" - Astor Piazzolla

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 油田を堀り当てて、次々と豊かな原油が湧き出てくるのなら、歓喜の声を上げるだろう。しかし最近の私は、どうやら間違った場所を掘り当てたらしく、処理の難しい案件が次々と湧き出してくる。単純にこなせる作業なら、やればやるだけ目に見えて減っていくだろうから張り合いも出る。しかし新規案件で、関係者の意向を忖度して進めなければならなかったり、厄介な性格の人からのクレームがあったり、めったにやらないサーバー内の設定作業が続いたり、新規案件の企画書をゼロから作らなければならなかったり、などなどすっかりぬかるみに足をとられた感じだ。

 長年悪戦苦闘してきた歴史を経験しているせいか、こんな時は下手に悪あがきをせず、好きな映画を観たり、音楽を聴いたりして気力が戻るのをじっと待っている。20代や30代の頃と比べると、まだ何とか全体領域を見渡せるので、むやみやたらに動き回って消耗することはない。焦りは禁物だと思っている。

 みるとすの再構築作業が、あまりの多忙のため中断している。仕事の合間やウォーキングの最中に、頭の中であれこれ思いめぐらしている。会員として登録してくださる皆さんに、できるだけ有益な情報を提供したいというのが最優先課題だ。しからば、どの領域の情報をどれぐらいの精度で収集し、分析できるのか、そればかり考えている。

 OSINT情報(Open Source Intelligence)、すなわち公開情報の中から選定して収集し、分析を加える。世界の主要国の情報機関は、この公開情報の収集・分析に、全体の8割以上の時間と労力を割いているといわれる。この手法ならば、検索エンジンを使って確度の高い情報源を絞り込み、ある程度の精度の情報を収集することは可能だと思う。みるとすは無料の会員制組織なので、人件費等の予算はゼロである。どのように運営するのか、普通なら思い悩むところだと思うが、できるところから少しずつ蓄積し、協力者の輪を拡げていくしかないと思っている。

 潤沢な予算や設備、人的ネットワークのある国家情報機関とは違い、完全に手弁当で始めなくてはいけない。したがって、様々な情報収集手段のうち、採用できる可能性の高いもう一つの手法は、HUMINT情報(Human Intelligence)だと考えている。対象とする人物に接触して、情報を得る手法だ。少しずつ、信頼できる人間関係を拡げ、主旨と理念をよく説明して協力していただき、彼らの持つ情報を開示してもらうようお願いするつもりだ。ある程度は、相手がどんな立場の方であっても説得できる自信はある。

 それにしても、最近はのんびりと禅問答のようなペースで、進める時間的な余裕がなくなってきているような緊迫感を感じている。毎日、20数種類の主要な政治ブログに目を通している。中には矮小化されたテーマで論争している人たちも多いように見受けられる。しかし、現実に目を向けると東アジア近隣国の動静は、もはやすでに対岸の火事ではなくなっているのではないだろうか。もちろん、何かが起こるまでば、私たち一般市民には具体的な状況把握はできない。しかし、政府レベルともなると・・・あくまでも想像ではあるが・・・色々なオプションの発生を想定し、シミュレーションしているに違いない。

 まずは、自分の家族が生き延びるために必要な、基本備蓄を実現することだと思う。次いで、信頼できるな情報源を探し当て・・・逆にいうと日本の弱体化を目論むメディアは避け、できれば速報機能を持つ情報源を確保することも重要になると思う。その理由は、例えばミサイルが着弾したとか、日本領土に外国の軍隊が侵攻してきたとかなどの情報は、あらゆるメディアが一斉に報じるだろうと思う。しかし、局地的に実行される食品テロや生物化学兵器の使用などは、情報が一気に拡散することは期待できないと考えている。そのような緊急事態を、逐次速報態勢で知らせてくれる機能は、必需品になると考えている。

 これまで配信してきたWeekly みるとすは、文字通り週に1回のペースだった。しかし、会員登録した人たちに対しては、随時一斉にメール送信をすることができる。従って、何か緊急に伝達する必要な情報を入手した場合は、速報態勢で注意を喚起するようにしたいと考えている。そのためには、スタッフの常駐体制が必要となるため、現時点では予算の関係で精度の高い機能の確保は困難である。何とか、実現できる方法はないか知恵を絞って考えているところである。

 一瞬にして情報が世界を駆け巡り、さらには一瞬にして国を滅ぼすほどの力のある軍事兵器が点在している時代に、私たちは生きている。当然のことながら、ある種の緊張感を完全に拭い去ることはできない。
 一方で、人間の寿命というのは長ければ長いほどいいとは思わない。100歳まであるいは120歳まで生きたからといって、そこにどれほどの意味や価値があるだろうか。同様に、この緊迫しつつある情勢を生き延びることは必要条件であって、十分条件ではないと考える。つまり、人生の終わりに最も価値があると思えることを、今から大切に蓄えておくことこそが、どんなときにも見失ってはいけない道標だと思う。

 最近、ある雑誌で読んだいいお話を紹介したい。


(以下、引用開始)

 葬儀で追悼の言葉が述べられ墓地までの道のりを悲しみのうちに歩いた後成人した子供たちは母親が残したささやかな遺品をより分けました。ルイスは遺品の中に1 通のメモと鍵を見つけました。そのメモにはこう書いてありました。
 「角の寝室にあるわたしの鏡台のいちばん下の引き出しに小さな箱があります。その中にはわたしが心から大切にしてきた宝物が入っています。この鍵でその箱を開けられます。」
 母親が鍵までかけてしまっていた大きな価値のある物とは何だろうと 皆が思い巡らしました 。その箱はしまってあった場所から取り出され 、鍵を使って注意深く開かれました。ルイスと兄弟たちが箱の中身を調べていると子供が一人ずつ写っている写真を見つけました。そこには子供の名前と誕生日が書いてありました。
 それからルイスは手作りのバレンタインカードを取り出しました。子供らしいぎこちない字は自分のものだと気づき、60 年前に書いた自分の言葉を読んでみました。
 「お母さん、大好きだよ。」
 皆の心に込み上げるものがあり、声は優しくなり、目頭が熱くなりました。母親の宝物は永遠の家族だったのです。この家族の強さは,「大好きだよ」という堅固な基に支えられていました 。(Thomas S Monson)

(以上、引用終了)


 人生の晩年になってようやく、大切なものが何かに気づく人は多いと思う。失って初めて気づくこともあるだろう。人生で最も大切なものについて考える上で、示唆に富んだ話だと感じた。

 3,000年を生きてきた私にとっても、共感を覚える話だった。


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# by hirune-neko | 2017-03-13 23:48 | 心の中のできごと | Comments(0)

バレンタインデー→ホワイトデー→「味噌玉」


"Vissi d'arte," (Tosca), Angela Gheorghiu, Washington, D.C. [2009]

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 バレンタインデーにクッキーをもらい、ホワイトデーのお返しとしてチョコレート菓子を袋詰めにしたので、今日は味噌玉の話である。そこにどういう脈絡があるかというと、全くない。

 10日ほど前に匿名希望3さんから送られてきていた「味噌玉」情報をご紹介する。なかなか内容を確認するゆとりがなかったので、遅くなってしまった。

  この味噌玉は、読んで字のごとく基本的には味噌を丸め、保存しておいてそのままお湯で味噌汁のようにして飲める、いわゆる即席の保存食であるようだ。情報元は、IN YOU〜オーガニックフーズを研究している方のようだ。

 味噌玉のイメージに合う音楽を冒頭で紹介しようと思った。いろいろ迷った挙句、プッチーニのオペラ「トスカ」で歌われるアリア「歌に生き、愛に生き」が、いいのではないかと思い浮かんだ。味噌玉と何の関係があるのか、と質問されると答えようがない。味噌玉は私にとってなじみがなく、日常生活からは離れたところにある。同様に、最近はすっかりオペラを聴かなくなっている。なので、日本人にとって基本的な 食品である味噌と、ある時期すっかり傾倒していたオペラ音楽が、どういうわけか結びついてしまった。やっぱり、脈絡はどこにもない。

 最初は、マリア・カラスに敬意を表し、彼女の歌を選んだ。さすがに古い画像だったが、天下のマリア・カラスである。YouTubeが自動的に次の演奏に切り替わった。歌手の名前はどう発音するのか読めない。しかし比較的最近の演奏であり、しかも演奏場所がワシントンD.C.であると言うことで、なぜか興味を持ってしまった。それに、大柄に見えるこの女性オペラ歌手が、文字通り体を楽器として熱唱している。なかなか良いと思ったので、カラスには申し訳ないがこちらを選んだ。
 途中で、バルコニー席に陣取った、エリマキトカゲのような衣装を着たおばさんが、どういうわけか何度もアップで映し出される。よほどの著名人なのか、実力者なのか私にはさっぱり見当がつかない。
 どこぞの州の出身の上院議員なのか、それともこのオペラ歌手のパトロンなのか、あるいは名門一族の出である娘の母なのか・・・まぁそれはどうでもいい話だ。

 最近はとみに、東アジアにきな臭さが漂っているのではないだろうか。南北朝鮮と中国情勢には目が離せないと思っている。いつ何が起きるか予測がつかない情勢なので、やはり引き続きしつこく、食料を中心とする備蓄を勧めたいと思っている。

 悪い癖で、前置きがすっかり長くなってしまった。以下に、匿名希望3さんの投稿情報をご紹介する。


【匿名希望3さんの投稿情報】

こんにちは、食の情報です。
長文なので途中まで。

■飲みたい時にいつでも飲める!保存・持ち運びカンタン【味噌玉】を作って味噌汁を毎日飲もう!


 味噌玉をご存知ですか?

 目にしたことがあるIN YOUの読者の方も多いかもしれません。ここ最近、女性誌や料理本などのメディアを中心に、味噌を具材と一緒に丸めてキャンディ状に包んだ【味噌玉】が注目を集めています。

 別名、味噌ボールや味噌丸などとも呼ばれていますが、基本的には同じものです。以前、IN YOUでは、本物の味噌について下記の記事で触れましたが、そんな体によい元祖日本のスローフード食材である味噌の基本的調理方法はやはり味噌汁であると筆者は考えています。

 その都度包丁とまな板を取り出して具材を切らずとも、出汁をとらなくても、手軽に気軽に味噌汁を楽しめる方法があります。これから暖かくなるシーズン、火をつかわず、お湯を注ぐだけの簡単味噌汁のもと、味噌玉を作ってみませんか。

【味噌汁と塩分の気になる関係】
 味噌は塩分が多いが、がんになるどころか病気の死亡率は低くなった!

 「味噌汁が体によいのはわかっているけれど塩分の摂りすぎになるんじゃないの?」気になる方は多いと思います。

 味噌の塩分含有量は平均して100g中10~12g程度であり、味噌汁1杯あたり1.5~2g程度とされています。(種類、製法により塩分含有量は異なります。)

 味噌汁の塩分と健康の関係性が問われている中で、かつての健康を害するというイメージを持たれている方も少なくありません。しかし、味噌は発酵食品の中でも、専門家により多くの研究が盛んに行われ、臨床データも数多く発表されています。

 胃がんの原因のトップである塩分の問題も、味噌でのがんリスクはないと発表されています。むしろ「みそ汁の摂取頻度が高いほど胃がんの死亡率が低く、毎日みそ汁を飲む人は他のがん、動脈硬化性心臓疾患、高血圧、胃・十二指腸潰瘍、肝硬変などの死亡率が低い」というデータも発表されています。

 毎食1杯、1日あたり3杯位の摂取量では、気にする必要はありません。それでもやはり気になる方は、摂り方にひと工夫することでより塩分リスクを減らし、かつ栄養価も高めることができる方法があります。

【塩分リスクを下げるコツ、腸内細菌のエサになる味噌汁の“具”にこだわる】
 難しく考える必要は全くありません。発酵食品はとかく摂取することに難しさやハードルを感じる方も多いのですが、作り方や構造や摂り方はとてもシンプルです。味噌もそのひとつ。

 味噌は麹菌の産物である酵素、乳酸菌や酵母菌などが生み出した日本のプロバイオティクス食品です。腸内環境を整える食品の一つとして積極的に摂取したいところです。摂り方に一工夫することで、気になる塩分リスクを下げ、かつ腸内環境への一役を買う事ができます。

 塩分(ナトリウム)を排出する効果のあるカリウムを豊富に含む食材を具に使うほうれん草、わかめ、納豆、切干大根、あおさ、あしたば、モロヘイヤ、サトイモ等根菜類

 ナトリウムを排出してくれる食材を見ると、味噌汁の具としては鉄板食材、昔ながらの食材が多く見られます。やはり昔ながらのものにはそれなりに適した理由があるということがわかります。

【出汁を濃いめにする
 ポイントは、異なるうまみの「もと」を同士を組み合わせること。うまみの「もと」とはアミノ酸。代表的なアミノ酸はイノシン酸である「かつお節」、グルタミン酸である「昆布」。

 この異なるアミノ酸を組み合わせると、単体で使用するよりも格段に「うまみ」がアップします。ヒトの舌は「うまみ」を強く感じると塩分を感じにくくなる特性があります。

 その特性を利用してうまみを強くすることで塩分を抑える事ができます。また、うまみを感じると脳の満足中枢を満たすので過食を防ぎます。

【食事で摂取するときは、加工食品を控える
 IN YOU読者のみなさんはもともと摂取することは少ないと思いますので安心かと思いますが、加工食品には塩分量や添加物が多く含まれています。これらを含む食材は食事から減らしましょう。加工された顆粒状の粉末だしも同様です。天然のものを選びましょう。

【お湯を注ぐだけ!実は味噌汁は元祖ファストフード!味噌玉を作ろう。】
 どんなに体によいものでも、毎日続けることが何よりも大事。話題の食材に対するアンテナセンスは勿論必要ですが、日本人が文明をもちはじめた頃から受け継がれている発酵食品の代表格である【味噌】を一番手軽に継続して摂取できるのはやはり味噌汁。

 けれど、核家族化が進む現代、味噌汁を作るために毎食出汁をひいたり具材を下ごしらえするのは正直面倒だし、時間がとれない。そんな方に是非お勧めしたいのが味噌玉。

 味噌と具材と出汁粉をボール状にまとめて、ラップなどに包んでおけば、飲みたい時にお湯を注ぐだけで本格的なお味噌汁を手軽に楽しむことができます。

 要はインスタント味噌汁の素ではありますが、好きな具材を入れられるということ、入っているものの原材料が明確であるということから作ってみる価値は多いにあると思います。

 休日にまとめて作っておいたり、お子様と一緒に楽しみながら作ることができますよ。

【味噌玉の作り方】1個
・お好みの味噌(無添加・天然醸造)大さじ2/3程度
・出汁粉(無添加・昆布パウダーやかつお節のミックスタイプなど)小さじ1/2
・お好みの具(乾燥タイプがよい)適宜
※とろろ昆布、乾燥わかめ、切干大根、味噌汁の具(ミックスタイプ)、乾燥あおさ、乾燥ほうれん草などの乾燥野菜、ごま、高野豆腐の小さく切ってあるタイプものなど

【必要なもの
・15cm幅のラップ
・輪ゴム、ビニールタイ(ラッピングなどに使う口を縛るもの)、マスキングテープなどお好みで

1. 台にラップを幅(15cm)より少し長めに引き出して切る。
2. 具材をのせ、味噌、出汁をのせ、ラップの口をしぼりビニールタイなどでとめる。
 ※このとき力を入れすぎるとラップが破けてしまうので
  軽く丸める程度でよい。
3. まとめてチャック付きの袋などに入れ、冷蔵庫へ。冷凍保存もできます。

★ポイント★
・出汁は本格的な出汁をひかなくても、出汁パックの袋の中身を取り出してそのまま使えばOK。
・出汁のガラも立派な具材になります。ガラも噛むことで満足感もUPし、栄養もそのまま摂れます。
・野菜類などは乾燥タイプがおすすめ。味噌の水分を吸って、頂く時には程よく戻って食感も楽しめます。
・カリウムを多く含む乾燥野菜が特におすすめ。切干大根や干しにんじんなど、冷蔵庫で余った野菜を自宅で干したものなら経済的で安心です。
・おからパウダーやとろろ昆布などで丸めた上にまぶして包めばトリュフのような見た目になり、楽しくなります。
・板酒粕のかけらを少し混ぜると酒粕の風味が出て、減塩+うまみUP効果もあります。

【ズボラでもいいんです。アイディア次第で賢いとり方に】
 ラップで個包装するのも面倒!な方は、出汁と味噌を丸めずにまとめて保存容器などに入れ、一杯ごとにスプーンでとりわけ、具を入れて頂くという方法も可能です。
 その場合、具材は味噌と別の密封袋などにまとめてオリジナルミックス具材を作っておくと便利です。

 味噌玉は冷凍保存が可能です。まとめて袋などに入れ、冷凍庫に入れておけば半年は保管できます。(乾燥の具材がポイント)ラップに個包装しなくても蓋つきの製氷皿に入れて保管することも可能なので保管用とすぐ食べる用に分けておくと便利かもしれません。

【味噌玉は災害用の非常食にも】
 最近災害が多くその対策として非常用持ち出し袋の中身や備蓄食料などの見直しをされている方も増えているのではないでしょうか。味噌玉は冷凍することで長期保存が可能ですので、災害用の備蓄食料としても向いています。災害時に不足しがちな食物繊維やミネラルの補給などに役立ちます。

 暖かいものを摂ることができれば、精神安定効果がありますし、味噌は特にその効果が高いといわれています。万が一お湯が使えないときなどでも、おにぎりの具材や添え物などとしても使うことが可能です。

(以下略)

 以上で紹介を終了する。匿名希望3さん、貴重な情報提供にお礼申し上げる。


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# by hirune-neko | 2017-03-12 23:58 | 現実的なお話し | Comments(0)

バレンタインデーのお返しのホワイトデー


Diana Krall _ Dancing In The Dark

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 先月のバレンタインデーに、知り合いの女子中・高生たちから手作りのクッキーをもらった。明日、その後皆さんとお会いするので、ホワイトデーのお返しを用意していた。

 もらったのはクッキーの小さな袋が1つだったが、相手は10人ぐらいになるので10人分用意することにした。近所のスーパーに行って、チョコレート菓子を何種類か買い、小さな袋に詰めた。

 そのままだと殺風景なので、小さなラベルにお礼のメッセージを印刷し、1枚ずつ貼り終わったところだ。

 あれこれ用意する資料があったので、夜遅くなってからの準備となった。さすがに疲れが溜まってしまったので、今日はこれでお休みさせていただく。何も内容のない記事で大変申し訳ないが、ご容赦いただきたい。

 そうこうするうちに、匿名希望の皆さんからいろいろ情報提供をしていただいている。改めて近日中にご紹介させていただく。


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# by hirune-neko | 2017-03-12 01:29 | 現実的なお話し | Comments(2)

人生の晩年の心象風景

Hier Encore - Charles Aznavour - paroles


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 人生の晩年とは、何歳以降のことをいうのだろうか。その定義を考えてもあまり意味はないと思う。少なくとも半世紀以上生きてきて、静かに穏やかに余生を送りたい、という心境になれば、人生の晩年と呼んでいいのではないだろうか。

 私とほぼ同年代の知人夫婦が、別居から離婚に進もうとしている。断片的にしか聞いていないものの、長い年月をかけてすれ違いの距離が広がり、考え方のズレの幅が広がったようだ。

 どちらも知り合いだし、それぞれに事情があると思うので、私自身はどちらの味方をすることもできない。お互いに心を痛め、羽が折れ、徒労感に打ちひしがれていると思うが、どのように声をかければいいのか見当がつかない。

 人生のどの時点でどのような事態になったとしても、やり直し、立ち上がろうとし、半歩でも前進しようという特権は、人間の誰にでも与えられていると思っている。もちろん、年齢が若ければ若いほど体力と気力が残っており、リセットして再起できる可能性は高いと思う。

 自分の人生を振り返り、改めて良き家族に恵まれたと思っている。私のような融通の利かない、自我を押し通す父親だったにもかかわらず、子供達それぞれは自分の目標を持ち、積極的に人生を切り拓いている。おそらくは、私が反面教師になっていたのではないかと考えている。

  あと1週間もすれば誕生日がやってきて、ひとつ齢を重ね余命を意識する気持ちが強くなると思う。人間として66年を生きたことになるし、感覚的にはすでに3,000歳を超えている気分だ。ようやく自分のライフワークの着地点が具体的に見えてきている。きちんと基盤を作り、分業を進め、思考力がなくなるギリギリまでは指揮棒を振り続けたいと思っている。

 私は資産家でもないし、エリートでもないし、何か偉業を成し遂げたわけでもない。ただひたすら濃い霧の中で、出口の見えない深い森をさまよいながら、自分の使命感のみに促されて歩んできたように思う。結果はこれからだが、少なくとも自分の生きてきた姿勢には迷いがなかった。過去形で振り返るなど、まだまだ時期尚早なのだが今日はちょっと、自分の人生を振り返ってみた。

 20歳を少し過ぎた頃、このシャルル・アズナヴールを知った。この曲は日本語では「帰り来ぬ青春」となっている。原曲のフランス語の歌詞では、昔20歳だった頃を懐かしみ、思い出の場所を訪れてみた・ ・ ・と言う表現になっている。私はあまり場所や人には執着しない方なので、思い出というと自分の心象風景や出来事でしかない。それと、それぞれの年代の時に聴いた音楽は鮮やかに印象に残っている。

 できれば、家族に愛想を尽かされず、なんとか無事平穏に人生を全うしたいと思っている。
 

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# by hirune-neko | 2017-03-11 01:50 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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