昼寝ネコの雑記帳

なかなか充電する機会を確保できない


Alfonsina y el Mar


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 もうかれこれ1年半ぐらい放電状態が続いている、という実感がある。 音楽を聴くのは運転しながらでもできるし、眠りに落ちるまでの時間に音楽を流すこともできる。しかし、本を読むには何かをしながらというわけにはいかない。ある程度のまとまった時間が必要になる。

 ひと口に本といっても、色々なカテゴリーがあるが、少なくとも著者の方がそれなりの時間をかけて研究し、あるいは考え調査して書き上げたものなので、読者にとっての資料性は高いと思う。すなわち、1冊の本を読むことにより脳内に新しい小さな世界が構築される。もちろん読解力や理解力にもよるが、読書は決して無駄にならないと思う。

 私の場合は、どうやら「積ん読」ならぬ「ダウンロー読」が趣味のようで、読みたいと思う本があればAmazonでKindle版を探し、iPadにダウンロードしている。書籍は基本的には活字文化だ。それに比べると映画は総合芸術といえるのではないだろうか。俳優さんのセリフをを耳で聞き、表情は目で見ることができる。おまけに、そのシーンにあった音楽も流れる。注目したいときはカメラがズームアップしてくれるので、至れり尽くせりである。

 その点、活字が羅列されている本の場合は、読者の想像力や理解力、基本的な知識、感性に大きく依存すると思う。しかし、特に歴史の流れを把握したいときは、根気が必要かもしれないが、本は役に立つと思う。「役に立つ」、と断言できないのは、私自身にそこまでの読書量がないからだ。

 母の話によると、私は小学校に入る前から横に本を積み上げて、長時間にわたり黙々と読書をしていたそうだ。既に亡くなっている母方の祖母がある日、そんな私の姿を見て、「このままだと、この子は頭がおかしくなるから本を取り上げた方がいい」と母に言ったそうだ。幸いにして、小学校の高学年あたりから中学校、そしてさらには高校時代には、ぷっつりと本を読まなくなってしまった。そのおかげで、あまり頭がおかしくならなかったのだろうか。いやいや今でも多少は、ずれているような気がする。

 大学に入学した翌年が、70年安保闘争の年だった。私にとっては非常に大きなカルチャーショックだった。感覚的に現実社会を否定することになり、とうとう就職試験を受けないままで終わってしまった。父が早く他界したため、学生時代から進学塾の講師をしていたが、大学卒業と同時に、そのまま講師としての生活を送るようになった。

 ・・・そのつもりはなかったが、まるで身の上話のような展開になってしまった。言いたかったことは、読書が貴重で大切な習慣だということだ。しかし、読書は単に知識を得るための行動ではなく、自分自身の考える力を育成し判断力を養うための機会だと考えている。

 人生に対し意欲的な目的があれば、それに必要な知識を読書から得ることができる。しかし、人生の目的というのはしばしば実用的なものであることが多い。ある資格を得る、ある企業に就職する、ある職業に就きたい、などだろう。そのためには、ともすれば人間にとって宿命的に背負わされている、形而上学的な葛藤との対話をする時間が、希薄になってしまいかねない。

 人間の一生は、考えようによっては単純だが、実際にはかなり複雑なものだと思う。人生のどの時期にどの本と出会い、どのような影響を受けるかによって、その人の形而上学的な思考領域の空間的広がりや方向性が異なるはずだ。

 私は個人的に、最期のときを迎えるまで知識欲と向学心を持ち続けたいと願っている。もちろん自分自身の知識を深め知恵を増し加えたいと思っているが、その結果もたらされる果実は自分の腹を満たすためではなく、飢え渇き弱り果てている人の前に差し出したい。もちろんそれは、年齢・性別・国籍・人種には関係ない。すべてが同一である。

 今日は、このような内容の文章を書くつもりはまったくなかった。不思議な流れだと自分でも驚いている。人種や国籍問題、思想信条のぶつかり合い、軍事的な対立・緊張など、私たちに不安を与え視野を狭める要素はそこら中にたくさんある。

 目の前に飢え渇き弱り果てた人がいて、それを無視することはしない。それは人間として当然の行為だと思う。一方で、人の親切や寛容さにつけ込み、さらには無知や不理解の間隙にくさびを打ち込むような、謀略・奸智奸計が横行しているのも、現実社会の特長である。

 したがって、現代に生きる私たちは、人間らしい慈愛と寛容さを持ちつつ、同時に冷徹で現実的な洞察力をも持つ必要がある。それが、現実社会で人間として生き延びるためのサバイバル技術であり、同時に個人的なインテリジェンス手法でもあると思う。

 ・・・なんだか今日は改めて、いつもと違う論調になってしまったと思う。今ここで全容はご紹介できないが、匿名希望1さんから4本の連続投稿を送っていただいた。内容は国内政治から、宇宙事象、人間の内面に至るまでの広範囲なカテゴリーだった。それが大きな刺激になったのかもしれない。

 ブログ読者の皆さんからは、幅広いカテゴリーの情報だけでなく、良質な音楽や映画の話題、そして何よりも励ましと関心をお寄せいただき、目に見えないエネルギーを与えられている。いつも感謝の気持ちに満たされている。ともすれば、孤軍奮闘の思いを持つことが多いが、挫折せず放棄せずになんとかやって来られたのも、読者のみなさんのおかげである。


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# by hirune-neko | 2017-07-21 00:39 | 心の中のできごと | Comments(6)

疲れ切った頭で綴る雑感


Astor Piazzolla - Woe pass away (11 - CD3)


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【読者の皆さまへのお詫び】

 7月14日に投稿した記事注意喚起のための緊急速報・韓国がなくなる?」に関し、お詫びを申し上げます。

 投稿者も私自身も、twitterの構造に対する理解が不足していたため、渡邉哲也氏ご自身が独自の情報に基づいて「韓国がなくなる」という見解を述べたものと解釈し、ご紹介しました。
 直後に読者の方からご指摘をいただきましたが、それでも「浮浪者」さんのコメントとの位置関係を明確に把握できずにいました。さらに、何人かの読者の方からご指摘をいただき、このコメントは渡邉哲也氏が「浮浪者」さんのコメントに対して述べられたものだと、ようやく理解したした次第です。
 普段はtwitterを独自に使っていないとはいえ、基本的な判断ミスで大変お騒がせしました。改めてお詫び申し上げます。当該記事そのものは削除せず、今後の反省のための記録として、このまま保存させていただきます。 (2017.07.19)


 夕方から夜まで外出したが、普段は外出が極端に少ないため、さすがに消耗してしまった。消耗して疲労が蓄積してくると、思考パターンが徐々に否定的、悲観的、厭世的になってしまう。濃い無常観に囚われてしまう。

 自分が何かに取り憑かれているのではないかと思えるほど、前傾姿勢を維持しようと苦闘している。全てから距離を置いて、海辺の街で静かに暮らしたいという感覚はまだどこかに残っている。しかしどうやら、自己欲求を満たしたい、自己顕示欲が強い、注目されたい・・・そのような資質は何もないのは確かだ。あるのはおそらく、ある種の使命感なのだと思う。

 人間には、誰にでもなんらかの使命感があるだろうと思う。私の場合は、自分の子どもや孫たちと同じように、平和が永続することを信じて疑わず、無邪気に日々を送る人たちが、ある日突如として自然災害以外の非常事態に直面したときのことが思い浮かんでしまう。自分には関係ないと視野の外に追いやった後に、いつか悲惨な光景を目にしたときは、壮絶な自己嫌悪と自己責任を感じるに違いない。そのように思う。

 自分を振り返って、なぜ、あのときに思い浮かんだことを実行に移さなかったのだと、厳しく責められるだろうと思う。自分の良心からも厳しく咎められ、自責と後悔の念に苛まれる心境が見える。

 もし近い将来、5万世帯を超え、さらに10万世帯を超える人たちに的確な情報を発信できるようになり、やがて何十万世帯もの皆さんが社会の動向を洞察できるようになったら、私は自分の責任を果たせたと思えるだろう。私たちの使命は、最終的には個々の皆さんの自己判断に委ねるものの、できるだけ正確な情報をお伝えすることだと思っている。

 そんな動きが拡大するなら、私たちの行動を疎ましく思う人たちが現れることは十分に想定できる。情報戦争は相当以前から、既にかなり深刻に始まっている。情報戦争を制するために、様々な陰謀・謀略が図られるだろうし、心理的・物理的な妨害も起こる可能性は否定できない。すでにその兆候を感じている。

 私は信念をお金で売り渡すことはしない。恫喝を怖れず立ち向かうだけの勇気と気力を持ち続けたいとも思っている。徹底的に悲観視しているが、同時に楽観視もしている。

 何度か引用したことがあるが、ハワード・J・ラフがその著「破局に備える」で述べているように、既存の価値体系が崩壊する日は訪れるという予感を持っている。

 旧約聖書と新約聖書の両方で、貨幣単位であるアサリオンという言葉が使われているようだ。以下の一節をご紹介する。
 
 「五羽のすずめは二アサリオンで売られているではないか。しかも、その一羽も神のみまえで忘れられてはいない。その上、あなたがたの頭の毛までも、みな数えられている。恐れることはない。あなたがたは多くのすずめよりも、まさった者である。」(新約聖書ルカによる福音書12:6-7)

 どういう意味か?ただ思いだしただけであり、何も深い意味はない。しかし、ハワード・J・ラフの記述内容から想起されるのは、以下のような情景だ。

 「その日、絹のドレスや宝飾品には値がつかず、高値のついたひと切れのパンに人が群がるだろう。多くの人々は、富や名声のために競って費やした時間と労力を虚しく思い起こし、賢く備えた人々は賢人から教えられた知恵に感謝の気持ちを新たにするだろう」【古代イスラエル時代のネコ預言者による箴言(しんげん)

 ときどき近未来のイメージが見えることがある。論理的な根拠は全くなく、ただ直感力で思い浮かぶに過ぎない。しかし、人間には誰にでもそのような資質が具わっていると思う。目に見える範囲でしか捉えられない人も存在するが、多くの人は「何か変だぞ」とか「心深くに響く」という経験を何度もしているはずだ。

 ・・・悪い癖で、書き始めると止まらなくなるので、疲れていることもあり、今日は昼寝ネコ一族に口承されている、箴言もどきの一部をご紹介するに留めたいと思う。


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# by hirune-neko | 2017-07-20 01:27 | 心の中のできごと | Comments(0)

全血液交換、全脂肪切除・全身美容整形を受けたヘレン


Et si tu n'existais pas - Gourmet Duo Plus


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 昨晩ご紹介したシャンソン「もし君がいなかったら(Et si tu n'existais pas)」は、読者のcausalさんに教えていただいたものだ。今日、またcausalさんからメールが届き、同じ曲のジャズヴォーカル・バージョン2曲を教えていただいた。両方を聴き比べたが、こちらの方がジャズらしく、ほどほどにクールでビターなテイストがあると感じる。お時間がおありになる方は、昨晩の記事で紹介したのと、今日のとを聴き比べられたら興味深いと思う。

 causalさんのメールでは、このように紹介されていた。

 「この歌を知ったきっかけはエストニア共和国出身のジャズ・バンド-Gourmet Duo-グルメ・デュオ(https://www.facebook.com/gourmetduoplus/の動画を集めていた時・・・」

 地理音痴の私には、エストニア、リトアニア、クロアチア・・・これらの国の歴史的・地理的違いがさっぱり分からない。しかし、非西欧地域にもこのような本格的なジャズグループがあるのだと、妙に感心してしまった。

 causalさんの「芸術論」は音楽に留まらず、映画にまで展開していた。「好きな女優」として、何本かの映画のタイトルが列挙されていたが、その中で唯一記憶に残っていたのは2011年ハンナ」で、調べたら女優さんの名前が一致した。しかし、このようなマニアックな映画をご覧になるとは少々驚きだった。どんな映画かというと・・・以下にネット上の概要の一部をご紹介すると・・・

 「元CIA工作員の父とフィンランドの山奥で人知れず暮らし、並外れた格闘テクニックを叩き込まれたハンナ。愛らしい外見に反し、痛みを知らず感情をもたないまま16歳にまで成長したハンナの戦闘能力はいつしか父を超え、ついに外の世界へ旅立つ日が来た。ある任務の下、ヨーロッパへ旅立った彼女をかつての父の同僚であるCIA捜査官マリッサが執拗に追う・・・」
 
 ニキータ、コロンビアーナ、ソルト、ミーアと並ぶ「女性バイオレンス」5大映画のひとつとされているのが、この2011年ハンナ」である。(私はすべて観ている)へぇ、こんなカテゴリーの映画を観る方が存在するんだ、と正直言って驚いた。

 ところで、今日のタイトルの「全血液交換、全脂肪切除・全身美容整形を受けたヘレン」だが、私自身が少々驚いたことがある。ヘレンは、今年の11月で丸7年を迎えるiMacの名前である。最新のOSと較べると、当然だがかなり古いOSになる。今日は、2カ所の産婦人科から同時に、退院する患者さんに渡す絵本の申し込みセットが、残り少ないと連絡があった。プリンターのオーギーとオーギー・ジュニア2台をフル回転させる必要があった。問題は、ヘレンのOSが古いため、最新のアプリは使用できないと考えた。ところがそれは、これまでの経験からの先入観だったことが分かった。経緯の全てを説明すると長くなるので、結論だけを書く。アップルのサポートの方から、今は古いiMacでも最新のOSをインストールできると言われ、驚いてしまった。で、一度ヘレンを完全初期化したため、体内の血液を新しい血液と全交換したことになる。次いでデスクトップ上のデータも削除した。(バックアップを保存しているので問題はない)さらに膨大な数の着信メールもいったん全削除した。つまりは全身に蓄積していた脂肪をすべて切除したことになる。すっかり若々しくなったヘレンの姿をお見せしたいぐらいだ。

 何のことはないのだが、確かにヘレンはぐんと若々しくなった。こんな風に器械類に感情移入していると、また奇人・変人扱いされると思うが、敢えて否定はしない。ヘレンはまだまだ働けそうだ。気のせいか、本人も再婚を望んでいるような気がする・・・この浮気女め。あれこれ設定作業に手間取ったおかげで、とうとう深夜過ぎになってしまった。


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# by hirune-neko | 2017-07-19 01:27 | 現実的なお話し | Comments(2)

いよいよ残るは最後の関門となった


Hélène Ségara, Joe Dassin - Et si tu n'existais pas


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【業務連絡】
(匿名希望1さんへ)
投稿掲示板がいっぱいで保存できなくなりました。「掲示板〜その3」を新設しましたのでごご確認ください。

【ブログ読者の皆さまへ】
 ブログサイトがメンテナンス中で、投稿はできますが、投稿後の編集ができません。iPadでの編集はできそうですので、試してみますが以上ご了承ください。


 掲載したこの曲は、ブログ読者のcausalさんから今日教えていただいた。初めて聴く曲だったが、耳に優しいし、やはりフランス語は聴いていても心地がいい。知らないいい曲がまだまだくさんありそうで嬉しい限りだ。いつも佳き音楽との出会いをいただき、causalさんにはお礼を申し上げる。タイトルのEt si tu n'existais pasは、「もし君がいなかったら」だそうだ。どんな背景ストーリーかは、勝手に想像してお聴きいただきたい。

 ある公式サイトの更新がようやく終わった。ボランティアである。残るは小冊子の製作だが、ひとつにターゲットを絞れるようになったので、気分的には楽になった。これもボランティアである・・・のだが、どうやらオリンピックがらみの新規案件を依頼されそうで、正直言うと気が重い。どうしてこうも、ボランティア仕事が増えるのだろうか。・・・いつまで続くぬかるみぞ、である。

 一度作業を始めると、なんとか継続することができる。しかし、作業に取りかかるまでに、かなりの気力を要する。煩雑な作業であればあるほど気が重くなってしまい、しばし無言の充電が必要になる。面倒で億劫になる気持ちとの戦いだ。

 そんなときは、やり遂げたときの開放感を思い描き、次に訪れるかもしれない困難な作業のための訓練を積んでいるのだと思うようにしている。作業に集中していても、注文のメールが入り、問い合わせの電話が入り、送られてきた画像のダウンロードを行い、着信報告のメール送信をする。これらが間断なく入るため、その度に作業が中断されてしまう。かなり馴れはしたものの、疲れる要因になっている。

 自分なりに客観的に作業の特性について考えてみた。小冊子の製作は、最初に相手から渡された原稿がある。たとえ不完全な原稿だったとしても、確認しながら進めることはできる。しかし、自分の世界とはまったく無縁のものであり、残念ながら納品してしまえば、それでお終いである。

 一方、自分自身で無から創り上げようとしている構想は、試行錯誤と困難さを伴うが、文字通りゼロからの創作作品であり、大げさかもしれないが汗と涙が凝縮した結晶である。これまでの長い人生で経験した失敗や苦渋、様々な人生観から押し出された、ある種独創的な手法だと思っている。数年前に受けた大学院の面接試験で、主任教授の先生から「国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスは、どのように違うのか」と質問された。

 今日の投稿者の方のコメントにも、「国家元首に対して情報の分析結果を報告する、いわゆる国家安全保障会議のような機能が、一般国民個人を対象として存在することが理想だと思う。」という私の文章に対し・・・これが意味不明だと書かれていた。

 現在はサイト制作ソフトの不調で、まだ再構築できていないが、昨年は途中まで稼働していた。ファミリー・インテリジェンスは概念を説明するよりも、できあがった機能をご覧いただくのが、最も理解していただきやすいと思うので、それまではあまり理屈をこねないでサイトの修復に専念しようと考えている。

 東日本大震災のときは、結果的に何も役に立てず落ち込んでしまったので、また同じことを繰り返さないよう、ピッチを上げたいと思う。今の時代は、単に自然災害だけではなく、有事やテロ・暴動などの人為的な非常事態も視野に入れなければならない。同様に、マスメディアを利用した印象操作・世論誘導により、選挙によって合法的に日本を弱体化させ、他国による実効支配、さらには属国化という危険性まで視野に入れなければならない。

 まことに困難な時代になったものだ。しかしその反面、圧倒的なIT技術の発達とインターネットの普及により、一般国民の政治意識が高まりつつある。これは、印象操作や世論誘導を退け、選挙によって合法的に民意を具現できる土壌ができあがっていることを意味する。したがって、この機能を十分に活用した善意の啓蒙活動(インテリジェンス・サービス)が、広範囲に受け入れられるならば、大きな役割を担うことができるのではないだろうか。

 妄想家を自認しているが、会員世帯が数十万、あるいは数百万に拡大したとき、どのような仕組み・機能が有益かを密かに考えている。私の妄想は、架空世界だけのことではなく、極めて実現性が高い構想だと確信している。・・・世界的に見れば、雨傘革命とかジャスミン革命と呼ばれる(詳細は把握していないが)、一般国民による革命的な動きがあった。もし、これから本格公開する「みるとす・ファミリーインテリジェンス」が、大きなうねりとなったら、おそらく海外メディアは「マタタビ革命」と命名するのではないだろうか(笑)。そのような妄想をすることで、自らを鼓舞し、努めて実年齢を忘れるよう努力している。

 ここ数年、このようなことをブログに書き続けているし、途中までかなり具体化できたが、改めてブログ読者の皆さんのご協力、励まし、暗黙の期待をいただき、それが私のエネルギーとなっている。改めて、心からのお礼を申し上げる。


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# by hirune-neko | 2017-07-18 00:28 | インテリジェンス | Comments(0)

明日が祝日だなんて気がつかなかった・・・カレンダー音痴

Chant Et Fugue - Astor Piazzolla


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 そういえば、今年は梅雨があったのだろうか。確かに九州では豪雨の被害があったが、私が住んでいる所では、普通に数日雨が降っただけである。

 毎日仕事に追われていると、曜日感覚も時間感覚も薄れてしまう。仕事に従事している日本人は、多かれ少なかれ時間に追われる毎日だと思う。時間に追われていると、自分の存在を客観的に見ることが難しくなるのではないだろうか。ましてや、なかなか報道されない水面下の出来事には、視野に入らないものが多いと思う。

 自分の経験から思うのだが、自分ひとりで世の中の動きを追おうと思うと、かなりの時間と労力を要する。あまりにも個々の案件を深く追いすぎると、大局観を失ってしまうし迷路に踏み込んでしまうこともある。広角的な視野で公開情報を収集すれば、ある程度の色分けは可能だと思う。しかし、現実社会というのは現象が多面的であり、総合判断をするのがなかなか難しいと感じている。

 本来ならば、有能な、そして正義感のあるジャーナリストが真理を追求し、報道機関も国民サイドに立った国益の追求という姿勢で、情報を発信すべきだと考える。しかし残念なことに、報道機関といえども一般企業なので、債務超過が常態化すれば企業としての存続が困難になる。だからといって、資金提供さえしてくれれば何にでも迎合する、ということが許されない業種だと思う。

 既存のメディアをあれこれ批判したり、文句を言っても始まらない。たとえ少数であっても、信頼できる情報発信機能があることが理想だと思う。もちろん、ほぼ無数に存在する個人ブログのかなりの数は、お金で買収されず理念と信念に基づいて情報発信をしていると思う。しかし、気をつけて読まないと人気ブログランキングの上位のブログであっても、保守を装って誤った方向に誘導しようとしているのではないか、と疑われるものもある。

 あれこれ考えると、国家元首に対して情報の分析結果を報告する、いわゆる国家安全保障会議のような機能が、一般国民個人を対象として存在することが理想だと思う。しかし現実問題として、膨大な量の情報を的確に収集し、なおかつ国益を最優先し、一般国民の安全と平和さらには家族の絆、個人が人間として充実した人生を生きられるような人生観や価値観を育んでいただく、という総合的なインテリジェンス・サービスというのは、世界広しといえども存在していないのではないだろうか。人件費がかかるし、当然のことだが情報の保存・更新・発信などの機能を維持するにはそれなりの設備費もかかる。下手に広告費を集めようとすると、そこを巧妙につけこまれて、結局は不本意ながらも実効支配されてしまう危険性が高まる。おそらくこの点が、大きな課題のひとつになるのではないだろうか。

 具体例を挙げると、食品テロ、生物化学テロなどが発生したとき緊急にその情報を伝達する必要がある。現在の私たちのシステムだと、数分以内にメールで連絡ができるのはせいぜい二千人止まりだろうと思う。丸一日がかりで伝達したのでは、その間に被害者が拡大する可能性が高い。そうなると、かなり高性能のサーバーを使用する必要性が出てくる。まだ具体的に検討していないが、例えば十万単位の世帯に対し一斉メール送信を短時間で完了するには、果たしてどの程度の設備が必要で、月額どれぐらいの費用がかかるのか、これはコスト上かなり大きな問題になると思っている。

 現状はまだ遅延案件を抱えているが、脳内では少しずつシュミレーションを進めている。思い起こせば、東日本大震災のときにはまったく何も役に立てなかった。あのときはさすがに、ひどい自己嫌悪に陥ってしまった。今の時代は自然災害以上に、テロや暴動の可能性が高まっていると判断している。さて、私のような非力な人間にどこまで、何ができるだろうか。引き続き、自分の持つ妄想力と想像力を駆使し、なんとか形あるものに創り上げたいと思っている。


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# by hirune-neko | 2017-07-16 22:45 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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