昼寝ネコの雑記帳

東アジア情勢を神学的視点から予測してみた


Astor Piazzolla plays Piazzolla Bandoneon Concerto II.-Moderato


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 大学生のとき、東京・練馬区にあったキリスト教の神学校・ ・ ・の近くに北海道出身の学生の寮があり、そこで4年間を過ごした。私が神学校で学んだわけではない。
 12月のクリスマスの頃、その神学校の神父さんらしき人と学生のみなさんが、私たちの寮を訪れた。おそらくは、愛の布教のために交流をしたいと思ったのだと思う。

 神父さんと学生さんたちは、何やら賛美歌と思われる歌を歌った。我が寮生たちは、それに対する返礼として、みんなで歌を歌うことになった。東京音頭という歌だった。東京音頭をそのまま歌えば、何事も起きずに友好的な時間を過ごすことができた。しかし、実際に歌ったのは東京音頭の替え歌であり、いわゆる卑猥な内容の歌詞だった。出だしのしばらくは、神父さんも学生のみなさんもにこやかに聴いていた。しかし、歌詞をよく聞くと全く卑猥な内容であり、それに気づいた皆さんは、何も言わず途中で立ち去っていった。今にして思えば、なんと失礼で非常識な応対だったのだろうかと思う。

 だからといって、北海道出身の人たちを偏見の目で見ないでいただきたい。たまたまそこで寮生活を送っていた学生たちが、よくいえば粗野であり、悪くいえば向こう見ずだっただけである。いずれにしても、周りの空気を全く読まない人間の集まりだったと思う。もしこの文章を、当時の寮生仲間が読んだら、お前こそその最たる者だった、と言うだろう。

 学生時代は、きっかけは覚えていないが、サルトルの実存主義という考え方に傾倒した。同時代人だったカミュに対しては、さらにもっと傾倒した。いずれもキリスト教を根底から否定する無神論の考え方だった。そのため私はいつしか、どこかの教会に乗り込んで牧師さん・神父さんと議論をし、いかにキリスト教が間違っているかを説明したいと思い始めていた。そんな私なので、神学校で学ぶ敬虔なクリスチャンの皆さんに対して、卑猥な歌を歌ったことに、何も罪悪感を感じなかった。

 それからしばらくして、古典ともいえるパスカルの「パンセ」という本を読んだ。パンセとは、フランス語で考える、という意味であり「人間は考える葦である」という言葉で有名だと思う。しばらく読み進むうちに、「神学的発生」という言葉が目に留まった。その意味を定義すると、とても長くなってしまうので省略するが、要するに、人間の知恵や知識では説明しきれない不思議なことがある、ということになるのだろう。

 学生の頃は、あれこれいろいろな宗教関係の人と話す機会がないままで終わった。しかし、

 「私たちの宗教を信じれば、病気もせず経済的にも困らず、長生きして苦労もせず、幸せな人生を送れる・ ・ ・」

 このような勧誘をする宗教団体は、詐欺師集団だと思っている。
 あえて断言するが、人間の人生には苦難が不可欠だと思う。苦難と向き合い、その境遇に耐えて努力するときに、初めて人間としての成長がある。その炉の中で人間性が精錬され、心の広い思いやりのある人間になっていくはずだ。
 私にとっての説得力のある表現は、

 「あなたの成長のためにイバラの道を用意しましたが、苦しくても耐えてください。私はいつもあなたを見守り、決して見捨てることはしません。私に信頼を置き、私に頼って生きてください。」

 である。このような表現をする宗教があれば、私は信頼を置くだろう。

 相変わらず悪い癖だと思うが、ここまでは前書きである。

 このところ、北朝鮮の核ミサイル問題が東アジア地域で大きな問題となっている。しかし、もしある国が超小型の核爆弾を開発・量産し、金目当てでその核爆弾を、世界中のテロリストや反政府組織、あるいは犯罪組織に大量に売却したらどうなるだろうか。所謂、スーツケース核爆弾である。おそらく彼らは、目に触れにくいその超小型の核爆弾を脅迫の材料に使い、理不尽な要求や犯罪活動を行うのではないだろうか。

 しからば、人間はどこまで苦難に耐える必要があるのだろうか。神学的な発想に立てば、たとえ命を失っても天国に救われればそれで良い、ということになるのだろう。
 では逆に、独裁者が暴虐の限りを尽くし、国を流血と恐怖で支配しようとするときに、その国の民は命を失う最後の最後まで、耐え忍ぶことを要求されるのだろうか。逆に、罪のない人々を苦しめ、あるいは命を平然と奪うような独裁者は、何の咎めも受けないのだろうか。なるほど、神学的には独裁者がこの世を去って初めて、来世で永遠の責め苦を受けるのかもしれない。しかし個人的には、多くの国民が血と涙を流して苦しむような、悪政を行う独裁者には、正義の力が働いてほしいと願っている。

 宗教関係の雑誌を少し読んだだけではあるが、今でも日本・ユダヤ同祖論という考えが根強くある。末の日のイスラエルの再集合という言葉もある。古代に、イスラエルの民が全世界に散らされ、北の国から失われたイスラエルの支族が現れる、という表現も目にする。もし、この「北の国」が、日本からごく近い国だとするならば、神学的視点から見たらどのようなことが起きるのだろうか。

 軍事的なバランス、地政学的な戦略などから、いろいろな予測をする人が多い。しかし誰一人として、神学的な展開などを述べてはいないのではないだろうか。

 自分の親族やその家族を残虐に粛清し、多くの民に飢えなどの犠牲を強いている国の国家元首は、ある日多くの人々の前で、女子どもに踏みつけられ、惨めな生涯を閉じるだろう。その遺体には野鳥が群がり、死体の肉をついばむ。
 そのとき、それまでに経験したことのないような大きな地震が起こり、山々は平坦になり、海底が隆起してあっという間に、大陸と日本の地が陸続きになる。抑圧された人々は、大陸と日本を結ぶ乾いた陸路に殺到し、祖国を後にして逃げ去る。その人々を背後から武装した軍隊が追うが、やがて逃げ惑う人々の背中が見えてきたときに、海水が丘のように隆起して、あっという間に軍隊を丸ごと海底にのみ込んでしまう。

 人間の手によらない不思議な力が、悪をくじき善良な民を救うというシーンを想像するなら、このような壮大な情景が思い浮かぶ。まるで、旧約聖書の出エジプト記のような内容だが、誰が読んでもおそらくは、荒唐無稽な作り話といわれて終わりだろう。実際にイスラエルの民は、エジプトでの奴隷生活から逃れた。しかし、エジプトを出てからも40年にわたって荒野をさまよい、飢えと渇きに苦しんだと書かれている。

 もし近い将来、本当に大地震が発生し、大陸と日本が陸続きになったとしても、私のことを預言者だなどと誤解しないでいただきたい。私はただ単なる妄想家に過ぎない。


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# by hirune-neko | 2017-05-23 00:40 | 創作への道 | Comments(0)

いつの間にか、現実世界と距離感を保っているようだ


Milonga for Three - Astor Piazzolla


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 あまり自分を客観的に見たことはない。現実を直視しているつもりだが、さりとて、目に見える現実だけを追い求めていても、真相の時間経過による変化を、的確に捉えることは難しいのではないだろうか。

 現実社会を透視し、その背後に横たわる目に見えない世界の動きをとらえることは、なかなか困難だと思っている。結局は、いくつもの断片をつなぎ合わせ、想像を巡らして推測を重ねるしかない。

 近い将来、日本が有事の状況になったことを想定し、改めて近隣国の国防総動員法の実態を確認しようと考えた。同様に、戦時国際法によるテロリストや便衣兵の扱い、隔離や強制送還等の根拠について確認しようと考えた。なぜならば、そう遠くない将来に英語を公用語とするミーティングに出席し、日本有事の際に日本人、韓国人、中国人などが、法的にどのような立場になるのかを説明する機会が訪れるような気がしているからだ。まさに既視感である。

 同様に、入管通報、官邸メールに続いて外患罪集団告発という流れが勢いづいている。今はまさに、共謀罪に対する議論が沸騰している。一連の流れを冷静に見つめ、そこにどのようなリスクが発生するかを予測しなければならない。

 実際には、何年も前からブログ・余命3年時事日記、そして現在の余命三年時事日記を閲覧し、そこからの貴重な情報を得て全体像を構築している。かなり精度の高い情報だと思っているが、ミーティングの出席者からは、何らかの法的な根拠や出典・公的確証を問われる可能性がある。それに備えていくつかの公開情報から、補強できるようにするべきだと考えている。

 「国防総動員法・中国」、で検索すると、中国語で書かれたサイトに行き着いた。中国共産党政府による公式サイトだとは思うのだが、中国語が全然理解できない私にとっては、まだ心もとない。一方、「国防総動員法・韓国」で検索しても、それらしいサイトを見つけることができなかった。もしかしたら、民団の公式サイトには何らかの情報が掲示されているのだろうか。以前、余命ブログに記述があった記憶があるが、まだそこまでは調べきれていない。

 個人の資格でアメリカのCIA、英国のMI6やイスラエルのモサドなどに自由に出入りし、現場の生の状況を見学できるはずがない。したがって、これらの情報機関を舞台に制作された、映画やテレビドラマを観て、その断片から推測を重ねるしかない。それらは作品として現実を捉えるので、どうしても必要以上にドラマチックになったり、意外性を追求して奇をてらうこともあるだろう。しかし、丹念に取材や調査をすることで、かなり現実的な展開をベースにして脚本を作り上げていると思う。その意味では、ストーリー展開の先を必死になって推測し、あらゆる可能性を脳内で検証している。しかし、さすがにプロの皆さんが制作しているだけあって、予想がそう簡単には当たらない。

 現在の、北朝鮮を挟む日本とアメリカ、韓国、中国、ロシアが、近未来にどのような動きに出るのか。いろいろな視点から予測する人たちは多いが、あくまでも公開情報からの推測であり、極秘情報まで入手して、予測するのは困難だと思う。

 今日たまたま、ある宗教指導者の講演をインターネットで目にした。いや、正確にいうと耳にした。一国の大統領や軍事司令官と比較すると、宗教指導者の視点は非常に現実離れしているように感じられる。高高度から地上を俯瞰する偵察衛星がある。宗教指導者の説法を聞いていると、さらに上空の宇宙の果てから、地球を俯瞰し、しかもその時間軸たるや、5年、10年あるいは数十年先を見越した視点になっているように感じる。

 宗教的な視点の是非を述べるつもりはない。国家指導者や軍事当事者は、目の前の現実的な課題を、タイミングを見て確実に解決しようとしている。一方、宗教指導者の説法を聞いていると、悲惨な戦争が始まり、そして終結したさらにその後の、数十年もの先を見ているような印象だ。いや、印象なのではなく、現実にそのような長期的なスパンで物事を見ている。

 あくまでも想像だが、有能・優秀な政治家というのは、目の前の困難を自国の勝利によって解決するだけでなく、そこから派生する様々な国際問題にどのように対処するか、さらには自国民や敵国の国民の負うであろう様々な心身の傷を、どのように癒していくかをも視野に入れていると思う。

 何度も述べているように、私自身は何人かの奇特な方々の協力を得て、公開情報から情報を収集し、分析するというのが基本的なスタンスである。一般の情報機関は、最終的には国家元首に報告・提言し、場合によっては戦争や特定の人物の暗殺を決断することで、国益を守ろうとする。

 一方で、ファミリー・インテリジェンス・ ・ ・?なんだそれは?と思われるはずだ。大学院の試験を受けたときの面接官は、国際政治学の専門家だったが、国家インテリジェンスとファミリー・インテリジェンスはどう違うのか?と質問した。今まさに大学院の試験を受けている人間が、主任教授に対して偉そうに講義できるはずがない。国家インテリジェンスの場合の最終判断者は、いうまでもなく国家元首である。それに対し、ファミリー・インテリジェンスの手法で想定する最終判断者は、個人や個々の家庭である。

 いずれは・ ・ ・以前も述べた記憶があるが、「個人と家族が平和・安全・健康に過ごすためのファミリー・インテリジェンス入門」という、長ったらしいタイトルの書籍を刊行したいと思ってはいる。国家インテリジェンスの書籍には、絶対に出てこない個人の人生観や価値観、感性を育てる、なども重要テーマになる。

 さて、世界的に見てもどうやら先例のなさそうな、ファミリー・インテリジェンスという発想。このプロジェクトを進めようとする当人が言うのだから、まず間違いはない。現実を見るだけでなく、相当な想像力と妄想力を必要とする。それに加えて、洞察力、感性力、直感力、使命感、哲学・理念、さらにはまるで宗教家のように、耳に聞こえない声を聞き、目に見えない事象を認識する能力を必要とされている。

 いつもいつも、これらのハードルを越えようともがいている私が言うのだから、本当に間違いはない。なぜ、このような複雑で面倒な領域を開拓しようとするのか、その答えは私にもわからない。こうなるともう、ある種のパラノイア・偏執狂だろうとも思う。

 改めての決意表明のような文章になってしまったが、くたびれ果てた私を支え後押してくれるのは、もしかしたら宗教家の表現による、天啓のものなのかもしれない。あと10年経てば、答えを得ることができるだろうと思う。実に気の長い話だ。


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# by hirune-neko | 2017-05-22 01:10 | Comments(0)

母の一周忌に寄せて


OSCAR BENAVIDEZ..REMEMBRANCE : ASTOR PIAZZOLLA


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 北国の友より届きし花かごの
 香り漂い佳き日を想う

 今日の母の一周忌を前に、昨日は母の従妹から花かごが届いた。母の従妹といっても、私の2歳上で同年代だ。最後は札幌の国立病院付属看護学校の副校長で退職し、療養生活を送っている。超キツイ性格が印象に残っているので、花を送る感性があったことに驚いている。

 今日の午後、花屋さんから花かごが届いた。白を基調に、アクセントで薄紫の花を何本かあしらった、なかなかセンスのいいアレンジだった。かつては、寝ずの番をしてくれたブロンズの「猫の給仕役」をどかして、骨箱の横に花かごを置いた。

 すると母の声なき声が聞こえた。連名で送ってくれた二人に、返礼で歌を詠んだので、伝えてほしいという。

 北国の友より届きし花かごの 
 香り漂い佳き日を想う

 この世を去って1年経った今でも、自分のことを忘れずにいてくれて嬉しかったらしい。生前は私のことをいつも「親不孝息子」と呼んでいたが、死して後、納骨もせず2階の奥の部屋に放置したまま、朝晩の挨拶もしに来ない・・・まさかここまで徹底した親不孝息子だとは思わなかった・・・という嘆きも聞こえる。甘受している。

 死して安息に入る、という言葉がある。激動の人生を生き、艱難辛苦が累積する人にとっては、死は唯一の安らぎなのではないだろうか。私は幸いにして、この世を去って安らぎたいと思うほどの激務をこなしていない。使命感だけでなく、楽しみもある。まだまだ責務を果たしていない道半ばの状況なので、集中力が途切れないよう・・・飽和状態になると、好きな映画を観て張り詰めた神経を弛緩させている。

 シーズン3の途中で中断していた24(Twenty Four)というテレビドラマを、久しぶりに観ている。次の展開が気になって、どうしても止まらなくなってしまう。でも、今日はここまでにしておこう。

 昨年の5月20日のブログを読み返してみた。喪主なのに、弔問客に配るための、母になりすました写真入りメッセージ文を作成していた。改めて、ブログがすっかり日記化していると認識した。10年も続けていれば、膨大な文字量になっている。

 自分の人生の足跡を振り返ることのできる、貴重な記録だと思う。


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# by hirune-neko | 2017-05-21 00:17 | 心の中のできごと | Comments(0)

観劇記「南武線誕生物語」〜夢みる男たち


Astor Piazzolla - Woe


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 川崎と立川を結ぶ「南武線」が誕生するまでの関係者達の苦労を、史実を踏まえて舞台化した作品だ。開業から90年というから、やがて1世紀になろうという由緒ある路線である。

 インターネット上に溢れる話題は、北朝鮮のミサイル問題であり、韓国における親北大統領の誕生であり、トランプ大統領の弾劾問題であり、中国が主導する国際金融機関AIIBの経営実態の脆弱さであり、・・・いずれも目が離せない緊迫した状況が錯綜している。

 もしかしたら明日にも、緊急事態が発生するかもしれない、という緊張した毎日を私たちは生きている。情報の断片ひとつひとつに一喜一憂し、知れば知るほど神経が休まらない。

 改めて90年という歳月を遡行し、当時の先人の舞台裏の苦労や、目に見えない理念・哲学を舞台上に再現しようという試みである。

 脚本家は小川信夫先生で、今回が第6弾となる。川崎市民劇というだけあり、いずれも、川崎の地にちなんだテーマを脚本化している。
2006年 「多摩川に虹をかけた男〜田中兵庫物語」
2008年 「池上幸豊とその妻」
2011年 「枡形城 落日の舞い」
2013年 「大いなる家族〜戦後川崎ものがたり」
2015年 「華やかな散歩」

 今すでに存在するものを、そのあるがままの姿でしか捉えないならば、目に見える表象しか理解することはできないだろう。しかし、最初に存在した理念を、具体的な形にしていく過程の苦労と努力を知るならば、表層からは伝わってこない「ぬくもり」を体感することができる。ときとして、身命を賭して後世の人たちのために遺してくれた関係者に対する、敬愛と尊敬の情が湧き上がってくるのではないだろうか。

 日常生活で、何気なく乗降していた南武線に対し、新たな感情移入をするようになるのではないだろうか。欲得ではなく、地域の人、後世の人のために信念を貫いた先人に対する情は、そのまま郷土愛につながっていくだろう。

 浅野財閥や安田財閥の創業者が登場する。苦難の環境をはねのけ、経営哲学を確立していく彼等の魂を再現したのは、脚本家の筆力である。その慧眼に、改めて敬意を表したい。

 舞台は映画同様、総合芸術である。目に見えない着想に始まり、脚本、演出、演技、舞踊、音楽、照明、衣装、大道具、小道具、音響、映像・・・おそらくは仕事を持ちながら、乏しい時間の中で、それぞれの役割を果たすことに努力されたはずだ。

 舞台作品は映画と違い、ある意味では再生の効かない瞬間芸術でもある。一瞬の気の緩みが集中力を欠き、予測しない思わぬ事故につながることもある。コンディションの維持と集中力が要求される、負荷の大きい、緊張した時間であり空間である。

 冒頭の雲の流れる映像が自然で、印象的だった。舞台装置も自然でリアリティがあった。照明も違和感がなく自然だったし、衣装も登場人物のキャラクターを引き立たせるよう吟味されていたと思う。音楽も決して出しゃばらず、場面ごとの感情イメージを想起する助けになっていた。登場人物の皆さんは・・・ベテラン俳優さん達の落ち着いた演技が、場面のリアリティを引き立たせていた。若手の皆さんには、それぞれの人物になりきろうとする、真摯な演技努力を感じた。唯一、メークに関しては、2階席の中段に座ったことと、持病の白内障のため的確なコメントを書くことができない。しかし、終演後にロビーで挨拶されていた皆さんを見たが、自然な感じだった。
・・・もっとも、私に舞台メークを語れるような資質や経験があるわけがない。

 最後にひとつだけ、私の好みから希望を言わせていただくと・・・音楽でいうところの「間」が、もう少し効果的にほしかったように感じた。登場人物の葛藤や苦悩から生まれる、内省や自省という無言の演技が「間」の中に浮遊していれば、作品のさらなる深さと幅に貢献しただろうし、観客の作品に対する理解や共感・共鳴もさらに深化したのではないだろうか。

 ・・・お前が自分でやってみろ、という声が聞こえそうだが、私はあくまでも一観客として、鑑賞することしか能がないので、お許しいただきたい。

 登場人物が作品中の台詞で語っていたが、経営者にとって、事業というのは単に「収益」という側面だけでなく、「夢やロマン、使命」という要素が中心になければならない、という哲学には大変共感を覚えた。

 相変わらず、小川信夫作品に通底する、弱者への温かい視線を感じることができたのは救いだった。壮大なスケールの構想作品だったので、舞台という限定空間での、しかも限られた時間内での「時代再生」には、ご苦労が多かったことと思うが、キャスト、スタッフの皆さんの意思と意識が結集して完成された、立派な作品だった思う。

 引き続き、有意義な大作を作り続けていただきたいと、期待したい。

(残りの公演情報)主催:川崎郷土・市民劇上演実行委員会
・5月20日(土)13:30
・5月21日(日)13:30
  いずれも、エポックなかはら(南武線武蔵中原駅から1分)


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# by hirune-neko | 2017-05-20 01:25 | 創作への道 | Comments(0)

金沢や能登に対して不思議な郷愁を感じる


Guitar Duo KM - Oblivion, A. Piazzolla


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 今日、能登にお住まいの方と何度かメールのやり取りをするうちに、遠く過ぎ去った懐かしい会話が甦ってきた。

 明後日、一周忌を迎える亡き母は、異常と思えるほど草花を愛でた人間だった。その母は、一度金沢の兼六園に行ってみたいと、口癖のように言っていた。

 学生の頃、福井県の鯖江までは何度か行ったことがある。長野から新潟、そして富山へは三男家族が住んでいた頃、2度ほど行ったことがある。しかし、金沢と能登には1度も行ったことがない。

 かつて、すでに故人となっている自称将棋気違いの80歳代の方と、毎月車で厚木の将棋教室に通った時期がある。片道1時間ほどの車中、少しずつ心を開き、お互いの過ぎ去りし日々について語るようになった。ある日、帰りの車中で彼は最近見た映画だが、と言って話し始めた。

 映画のタイトルは「駅路」で、原作は松本清張だ。35年間勤めた銀行を定年退職した男性が、ある日家を出たまま帰らず、家族が捜索願を出すという設定だ。広島支店長時代に知り合った女性と、時々密会を重ねていた場所が、私の記憶に間違いがなければ金沢周辺だったように思う。ゴーギャンの画が好きだった主人公の話を、まるで自分のことのように重ね合わせ、懐かしそうに語り続けた。ゴーギャンが晩年を過ごしたタヒチに、自分も行ってみたい、と彼は言った。

 私にとっては、金沢も能登もまだ見ぬ土地である。しかし、街並みやそこに住む人たちの心情に、陰影を感じている。いつか一度行ってみたいと思っている。

 生きていれば、誰でも毎日視野に入る目の前のことに追われる。必死にそして真剣に生き続けて、やがて人生の大きな分岐点を迎えたとき、それまでの延長線上に未来を見る人もいるだろうし、場合によっては大きく方向転換を考える人もいるだろう。現実の中にあっても、目に見えない心の中の世界に視線を移す時間があれば、自分自身をもう少し客観的に見ることができるのではないだろうか。

 私自身、時々飽和状態を感じることがある。それは能力の限界だったり、消化しきれないストレスのこともある。そんな時は、生きる方向感覚を失ったかのような、不安を覚える。現実と非現実の世界をバランスよく視野に入れ、思索する余裕を持てる人生を生きたいと思う。

 私はおそらく、年齢の割にはIT機器を使いこなしている方なのではないだろうか。今日、iPad Proで使い始めた新しい機能を、iPadでも使いたかったが操作方法がわからず、アップルのサポートセンターに電話した。電話に出た方が対応できず、技術担当の方に代わってもらった。口頭で説明をしたところ、よくわからないので画面共有したいと言われた。画面を共有してもらい、目的のアイコンを示した。そうすると、これは初めて見る機能だと言われた。正直言って驚いた。少し時間を置いて調べてくれたので、どのように操作をすれば使えるようになるかはちゃんと教えてもらえた。

 機能が低下する一方の私とは反比例して、どんどん思いもよらなかった新しい機能が追加されるIT機器には、とても助けられている。まさか、脳内に人工頭脳チップを埋め込むような時代は来ないと思うが、もし実現したら真っ先にお願いしたいと思っている。

 世界の主要7カ国語完全マスターチップ・ 36 GBで、手術代込み30万円、のような広告を実際に目にする日が来るかもしれない。もうしばらくは、それを楽しみに生きていたいと思う。


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# by hirune-neko | 2017-05-18 22:45 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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