昼寝ネコの雑記帳

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ちょっとばかり一時停止である


Johann Kaspar Mertz Elegie Asya Selyutina

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 今日、ディベートまでいかないが、あるプロジェクトの主旨説明を行った。質問を呼びかけたところ、質問というよりは消極論・懸念論を述べる人がいた。日本人としては珍しく、面と向かってはっきり発言したので、それはそれでいいことだと思う。

 言うまでもないことだが、ひとつのテーマには明確な賛成や反対だけでなく、いろいろな中間意見の人が存在する。それ以外にも、意見を持たず本質を離れた領域で、感覚的に捉える人も存在する。

 改めて人間社会における調和の難しさを感じた一日だった。リーダーシップのある人は、そんな状況から全体をまとめて、所定の方向に向かわせることができるのだろうと思う。組織の構成員を掌握し、歩調を合わせてもらうためには、日頃から気遣いを忘れず、細かく小さなコミュニケーションを積み重ねることが秘訣なのではないかという気がする。

 これはもう、論理的な組織論を超えた、ある種セオリーのない世界の手法のように思える。徐々に体得するしかない手法なのではないだろうか。

 そんなこんなで、今日は普段あまり使わない脳内領域を使ったせいか、珍しくこの時間で既に睡魔に襲われている。無理せずに、今日は早めに休ませていただくことにする。

 明日から徐々に、営業の外部コンタクトが本格化すると思う。メールを使用する、いわゆるダイレクト・レスポンス・マーケティングの基礎準備も、平行して始めなくてはならない。顧客対象数は最終的にどれぐらいになるか、まだ確定はしていない。数年前の調査データでは、全国に約8,000カ所の産婦人科があった。分娩をしているところと、婦人科だけのところの振り分け作業をお願いしている。さらに、ここ数年で新規に開業した産婦人科の調査もお願いしている。最終的にはおよそ4,000カ所程度に絞られるのではないだろうか、と予測している。

 長年にわたって存続している産婦人科の大半は、すでに何か出産祝いを用意していると思われる。それに加えて、新たにもう一つを使っていただく営業は、なかなか大変だろう。さらには現在使っているお祝いを止めて、私どもの商品を使っていただくのも、かなりの根気と努力を要するだろうと思う。救いは、対象の全産婦人科を会員としてサイトに登録してしまえば、いつでも費用や手間をかけずに、数千カ所に対し一斉にメールを送信できる点だろう。

 当面は、試行錯誤が続くと思うが、契約が取れ出すと張り合いが出てくることだろう。さて、いつもよりはまだ早い時間帯だが、明日のためにそろそろ寝る支度をさせていただく。


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by hirune-neko | 2018-01-21 23:38 | 心の中のできごと | Comments(0)

ようやく最後の遅延案件に着手した


Stacey Kent - The face I love en live dans l'heure du Jazz sur RTL - RTL - RTL

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 かなり手間をかけて第1稿を仕上げ、内容確認をしてもらった。校正を終えて修正指示が出たのが、昨年の9月末だった。その頃はすでに異常な忙しさで、なかなか手が付けられなかった。ちょっとした修正なら、無理してなんとかしたのだが、本来は完全原稿であるはずが、全ページに複数箇所の修正が入ってきた。今日の夕方から着手し、ノンストップで日本語部分をなんとか修正し終えた。左半分が日本語、右半分が英語というレイアウトだ。ノンストップで8時間かかった。PDF化し、さらにサイズを最小限にして依頼主に送ったところだ。この遅延案件が終わったら、湘南に海を見に行こうと思っている。この遅延案件は、仕事ではなく、ボランティアで手伝っている。最後まで、気持ちよく手伝ってあげようと思っている。

 今日も作業中、ずっとStacey Kentを聴いていた。神経に障らず軽いノリなので仕事に集中することができる。本当に不思議な感覚のヴォーカリストだと思う。ちっとも陰を感じない。無邪気な大人という感じだ。何日か前、リヨンのオーケストラでヴァイオリンを弾いている知人女性がコメントを残してくれた。なんでも同じくヴァイオリン奏者であるお嬢さんが、Stacey Kentのコンサートで協演したそうだ。生のステージを観てみたいものだ。

 もう午前2時になる。相変わらず仕事が途切れず、参ってしまう。いくらなんでももう寝なくては。明日は朝から外出なので、これにて短稿で失礼させていただく。


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by hirune-neko | 2018-01-21 02:04 | 心の中のできごと | Comments(0)

ちょっと小休止を余儀なくされている


Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)

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 確か、落語に登場したように記憶している。お寺の見習い小僧が、いずれ将来住職になって檀家のみなさんと飲食するのに備えて、お酒を飲む訓練をするという筋立てだったと思う。今の私もそのようなものだ。毎月一定の受注数があるが、1冊ずつ内容が違うだけでなく、納入先の産婦人科によっていろいろ異なる要素がある。現在は受注データのみを4Dというデータベースソフトで管理しているが、それ以外のデーターはExcelで管理している。それなりの数の納品書や請求書をExcelで作成していると、集中力が途切れてしまい、うっかりミスが発生することになる。

 今年は徐々に、重心を営業活動に移すため、細かい情報管理や伝達には迅速さと正確さが要求される。そこで、大量の情報処理を迅速かつ正確に行えるよう、データベースソフトを使えるようにしたいと考えている。開発会社に外注する手もあるのだが、私の悪い癖で、ある程度は自分で手をつけないと気が済まない。別にインストラクターになるわけではないので、隅々まですべてを理解する必要はない。そんなことは当たり前のことだ。しかし、ある程度の仕組みや操作手順を理解しているのといないのとでは、新しいことに対応し応用することはなかなか難しい。

 逆に、最低限必要な機能や操作手順を理解していれば、いろいろな他の技術と組み合わせて、発展的な仕組みを作ることが可能になる。今日そのデーターベースソフトのマニュアルを、いつでもどこでも目を通せるよう、Evernoteにアップロードし始めた。幸いに、日本語のマニュアルが用意されているので、その点はとても助かる。しかし、マニュアルは3階層になっており、最終的にすべてをアップロードするとなると、膨大な量であることがわかった。しかも、特殊な専門用語がたくさん羅列されており、少々気が重くなっている。とりあえず今晩は、中断することにした。

 自分の年齢を考えると、一体何をしているのだろうかと思うことがある。いつ寿命が尽きてもおかしくない年代になっている。それなのに、無理矢理頭の中に詰め込もうと悪戦苦闘している。老骨にムチ打つという言葉がある。年老いた見習い小僧の分際で、かなり専門的で高度な技術を身につけようとしている。果たして完走できるのだろうか。

 そういえば、ボブと名付けている愛車はかなり高齢である。機械類は寿命が尽きるまで付き合ってもらう主義なのだが、来週到来する車検期日を前にチェックしてもらった。すると、車検を取ったとしても2年間故障せずに乗れる保証はできないと言われた。暗くなると見えにくくなっているので、夜は1人で運転することを控えている。車を運転する機会がどんどん減ってしまっている。 次男からは、必要な時だけ乗れるカーシェアリングというのがあると教えてもらった 。調べたら、つい数分先の場所に拠点があることが分かった。インターネットで入会手続きを終えた。愛車のボブには、もう少しでお別れだねと声をかけてから、運転を始めるようにしている。来週いっぱいで廃車にすることに決めている。

 私自身は、自主的に人間を廃業するわけにはいかない。たとえ悪あがきと映っても、ウォーキングやジム通いを習慣化し、さらにはスクワットにもチャレンジし、心肺が停止するまで歩き続けたいと思っている。久しぶりに今日、Shirley HornのHere's to Lifeという歌を聴いた。しみじみと聴いた。

 As long as I'm still in the game, I want to play.

 という一節がある。直訳すれば、試合が続いている限りは、戦い続けたい、となるのだろう。私流に意訳するなら、生きている限りは最期の最期まで放棄せず、自分の使命に殉じたい、となる。

 肉体上の健康維持も大きな課題だが、頭脳に理解力、思考力、想像力、記憶力、洞察力、集中力、判断力が増し加えられるよう願っている。潤沢な予算があって、いくらでも外注する考えの人もいるだろう。しかし、過去を振り返ると、たとえ一定期間の労苦が伴ったとしても、自分の血となり肉となった知識や技術は、そこから新たな局面を創出する源泉となる。それが私の人生観であり、価値観でもある。日本では異端児扱いされると思うが、忖度せず、空気を読まず、人の顔色を窺うことをせず、自説を主張するのが昼寝ネコ一族から受け継いだDNAなのだろうと思う。


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by hirune-neko | 2018-01-20 01:42 | 心の中のできごと | Comments(0)

やはり木曜日はハードな一日だ


Bill Evans Trio - Blue in Green (Take 3)

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 半世紀ほど前に出会ったビル・エヴァンス。高校生という年代と感性で、果たしてどのようにエヴァンスの演奏に引き込まれたのだろうか。謎である。エヴァンスの演奏の特長のひとつは、スロー・バラードで始まる曲が多いが、ほとんど途中から感情が高ぶったかのようにアップテンポになる、という点だろう。そして再びイントロのスローな静けさが甦る。

 ビル・エヴァンスのプロフィールについては、一度何かで読んだ程度なので明確に思い出すことはできない。薬物依存で自殺願望のような生き方、というイメージが残っている。演奏そのものには、張り詰めた緊張感があり、独創的な音楽世界が構築されている。常に感性が研ぎ澄まされ、妥協のない美意識に溢れてもいる。風景も、田園地帯や海岸ではなく、マンハッタンの裏通りの雑踏が似合う。論理と感覚が絡み合って一体化し、直感的な洞察力に満ちている。真夏をイメージさせる曲は少なく、秋から冬、そして春先の心象風景のように聞こえる。

 これまで、イラストや写真を見て即興的に短編作品を書いたことはある。しかし、音楽を聴きながら作ったことは数えるほどしかない。例外なく、ピアソラの作品だった。ピアソラにも独自の音楽的世界があり、登場人物の姿が見えたり、さらには半生の航跡までが伝わってくることもあった。

 登場人物の精神的航跡は、自分自身の記憶している小さな世界には収まりきらない。過去に観た映画や読んだ小説の主人公と対面し、それらが疑似体験として蓄積されているような気がする。自由な時間があるときは、想像力や妄想力が小さな種を膨らませることもある。架空の人物が、あたかも実在するかのように命を吹き込まれる。

 改めてビル・エヴァンスとアストル・ピアソラを対比させてみた。エヴァンスの曲想から浮かび上がってくる人物は、極めて内省的であり、したがって内面世界が拡がる。一方、ピアソラの曲想からは、体躯や体温を感じさせ、しかも具体的・動的なストーリー展開が思い浮かぶ。今ふと、過去の作品で、アメリカ東部から中西部に移り住んで来た、近所付き合いの悪い、無愛想な老女を主人公にした作品を思い出した。確か「クリスマス・ロースの墓」というタイトルだったと思う。あの作品には、誰の曲を使っただろうか。大体のストーリーは憶えているが、音楽までは記憶にない。興味があるので、ちょっと確認してみたい。

 アハハ、エヴァンスでもなくピアソラでもなく、ナンシー・ウィルソンが歌う、「クリスマス・ワルツ」を使っていた。思ったより短く、しかもクリスマスの時期かと思ったら、2013年のまだ暑い8月に書き上げていた。もう少し詳細な描写を加えて、長くした方がいいようだが、気に入っている作品のひとつである。

 今日から11時前に寝るつもりでいたのだが、納品書に誤記載があるとか、直送が増えたから納品書の色を変更してくれとか、なんだかんだで深夜1時になってしまった。健康のためには、深夜ブログから早朝ブログに引っ越すべきなのだろうが、どうも一日の脳内疲労をクールダウンするには、そしてあくる日への鋭気を養うには、一日の最終章としてブログに向かうのが、とてもいい感じになっている。

 とにかく忙しさが加速している。地元の産婦人科病院に加え、一緒に仕事をしている次男がネットから新規開院の産婦人科2カ所を見つけたので、即対応している。全国の産婦人科名簿から分娩しているかどうかをチェックし、リスト化するのを知人の息子さんにお願いしている。何年もかけて準備してきた、産婦人科へのウェブ・マーケティングにトライする準備が整いつつある。

 エヴァンスでもなくピアソラでもない曲を使用した作品を、以下にご紹介させていただく。人生の陰影が見え隠れする主人公が、モチーフになっている。

【クリスマス・ローズの墓】2013/08/26


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by hirune-neko | 2018-01-19 01:34 | 創作への道 | Comments(0)

雨上がりの静けさに浮かび上がる、寂しげなカレンダー


Bill Evans - Never Let Me Go


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 外出から帰ったが、ふたつの緊張するミーティングに出席したせいか、集中力が低下してしまった。ぼんやりとパソコンの画面を眺めていたら、「誕生日」という文字と一緒に、明日の日付が表示された。一瞬、誰の誕生日なのかと思ったが、明日は亡き母の誕生日だった。生きていれば、94歳を迎えたのだろうか。

 まだ納骨を済ませていない。一番奥の部屋の、小さな座卓に安置したままになっている。一体いつになったら納骨するつもりなのか、部屋に入ってきても声もかけない、とうとう私の誕生日も忘れてしまったのか・・・などなど、いくもの小言が聞こえるようだ。昨日だったか、母との電話の会話をブログに記したのを目にした。当時は笑って読むようなやりとりだったが、改めて読み返すとある種の喪失感があるのを自覚する。

 亡くなる1年ちょっと前の会話だが、思い出に一部だけを再掲載したい。自分の作った短歌なんて、ドロドロした感情のはけ口だったから、人に見せる価値はない。死んだらそのまま燃やして灰にしてほしい・・・と言い張る母をおだててなだめ、本人も徐々にその気になった頃のやりとりである。

【老母との深刻な会話〜その2】
(転載開始)
 前半省略
母:いや、だからつくづく短歌のいい先生に学んでれば、
  もっとちゃんとしたのを作れたのにと思ってね、
  こういうのを書いてみたんだけど、最後の部分が
  どう表現していいか、思い浮かばなくて。
私:いってみな。
母:うん。
  「師につきて学びし歌にあらざれば
   書き残さるるは○○○○○○○」
  この○○○○○○○の部分が、「心に重し」だと
  ちょっと情感に欠けるなと思ってね。
私:なるほどね。(2秒考えて)じゃあさ、
  ○○○○○○○の部分は「面(おも)はゆくあり」
  なんていうの、どう?
母:ああ、「面(おも)はゆくあり」ね。悪くないね。
  (2秒間を置いて)うん、いいね。それに決めたわ。
私:そう。じゃあさ、この短歌は親子の合作ということに
  してもらうからね。
母:きゃはは。

とまあ、いつ逝くかもしれぬ老母と、
その老母より先に逝くかもしれぬ、
親孝行か親不孝か判然としない息子との、珍しくも
文芸的なやりとりに終始した時間だった。
(転載終了)2014/01/25

 母のケアマネージャーとして、最期まで寄り添ってくれた女性から、数日前にメールが届いた。インフルエンザでダウンし、高熱状態だというのに、母が何かの紙に書き残した短歌が出てきた、といってメールで送ってくれた。以下に紹介させていただく。


出先より子の送りきし京菓子をふくみて胸の温かくなる

暑きなかを仕事先より送られし品よく美味なる京の手瑠璃

小さき菓子大けき愛のこもりいてしばし至福の時を過ごせり

苦しみを逃るる我の苦しみを背負いて生きむ子の行く末を(思いやる)


 いつ頃の作品か分からないが、仕事で京都に行ったというのなら、かなり昔のことになる。当時は大阪大学、同志社大学、京都大学へ営業でたびたび訪れた。グリーティング絵本を商品化する前なので、少なくとも15年以上前のことだ。無謀な営業手法だった。大阪大学は紹介者があったが、他は飛び込みだった。結局、契約には至らなかった。その後、絵本の営業で大阪、奈良、兵庫と回ったが壊滅状態だった。すっかり営業に対する自信を失い、その後は北海道から関東までだけを視野に入れるようになってしまった。そんな頃のほろ苦い心象が思い出された。

 しかし、真夏の暑い時期に営業活動で辛酸をなめながら、母に京菓子を送っていたなんて、まったく記憶になかった。親不孝息子だと、いつも小言を言われていたが、これらの短歌を読んでみると、かなり親孝行な息子だったのではないだろうか。生存期間だけ見ると、母方の祖父、父、義父を超えてしまっている。かなり以前から早世の予感と強迫観念に囚われていたのだが、最近は世のため人のため、という考えを大切にするようになっているせいか、天の配剤で、もしかしたら旧訳時代の預言者たちのように、数百歳まで生きるかもしれないと、図々しい妄想をするようになっている。

 Googleカレンダーに登録している母の誕生を削除すれば、来年からは表示されなくなる。それが現実的な判断だと思う。しかし、今のような多忙な生活環境では、母の痕跡を思い出させてくれるのは、唯一Googleカレンダーぐらいのものだろうか。改めて、母の遺作集を出版しようと心を新たにしている。そのためにも、カレンダーからの削除はしないでおこうと思う。


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by hirune-neko | 2018-01-17 23:58 | 心の中のできごと | Comments(0)

Stacey Kentを聴きながら、深夜2時を過ぎてしまった


Stacey Kent - O Barquinho, from the album, "The Changing Lights"

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 夕方から納品書を作成していた。こんなに時間がかかるとは思っていなかった。現在はExcelで作っているのだが、取引先の件数が増える予兆があるのと、入力ミスやうっかりの勘違いがあると、請求金額に誤りが出て信用問題になるので、データベースソフトの4Dに切り替えることを考えている。まずは一通り自分で作業の流れを把握しようと考え、先月から作業をしている。4Dはかなり高度なソフトのようなので、難易度は高いと思っている。本当は専門家に外注すべきなのだろうが、どうしても技術を習得したいと、またまた無謀なことを考えている。

 この時間までずっと、Stacey Kentのアルバムだけを聴いていた。何枚聴いただろうか。神経に障らないので、眠気覚ましにちょうど良かった。

 明日は午後一番から、都心でのミーティングがふたつ連続している。多少の資料を作成する必要があるので、もう寝ないときつくなってしまう。

 何も内容の無い文章を書き連ねるのは、せっかくお越しくださった皆さんに大変申し訳なく思うのだが、体調を崩したくないのでこれにて失礼させていただく。

 今日、ひょんなことから、亡くなった母との電話のやりとりを記した記事を読んだ。生存していれば笑い話になるような内容なのだが、故人となった今、改めて読むと・・・どう表現していいか分からない感情が湧いてきた。知人にお願いして母の遺した短歌を、テキスト化してもらっている。「名もない歌人の遺せし歌」という感じで出版を考えている。さて、問題は私が実名であとがきを書くべきか、昼寝ネコの名前で書くべきか、まだ迷っている。実名だとなんとなくシリアスな感じになるように思う。昼寝ネコの方がいいかなと、まだ結論が出ていない。母との会話を記した部分は、長いあとがきとして収録したいと思った。

 さて、書き出すと止まらなくなってしまうので、本当にこれで休ませていただきたい。


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by hirune-neko | 2018-01-17 02:47 | 心の中のできごと | Comments(2)

午後11時少し前、寒さをこらえ道ばたにうずくまるネコを目にした

This happy Madness:Stacey Kent

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 午後11時少し前、いつものように第三京浜に向かって歩いていたら、街頭の明かりにほのかに浮かび上がる小動物が目に入った。思わず立ち止まり、声をかけた。この冷え込む遅い時間にどうしたのだろうと思った。声をかけたのだが、まったく反応せずピクリとも動かない。生後1年程度のネコだと判断した。全身がキャメルカラーの短い毛に覆われている。何度も声をかけたが、もしかして凍死しているのだろうか心配になり、そっと頭を撫でた瞬間、反応して身体を動かした。瞬時だったが顔つきを見たら、ネコではなかった。怪しげな小動物かと思ったが、明らかにワンちゃんだった。こんな優しい私なのに、警戒したと見えて植え込みの方に入ろうとした。

 今日は日中、3千歩を歩いていたのでいつもよりは歩数が少なくていい。ほとんど第三京浜の少し手前で歩数を確認し折り返した。歩きながら、あのワンちゃんは、まだあそこにじっとしているのだろうか、こんな遅い時間に、しかも寒空の下で捨てられたのだったら、どれだけ悲しく寂しく、心細い気持ちだろうかと、勝手に想像した。もしまだ道路脇でうずくまっており、通りかかる私に「クーン」という切ない声をかけたら、拾って家に帰ろうかと考えた。ネコならためらいはなかったと思うが、人生の晩年でワンちゃんと暮らすのもいいかなと考えた。

 しかし予測に反し、ワンちゃんの姿はとうとう見かけなかった。

 今日は歩きながらずっと、Stacey Kentのアルバムを聴いていた。そこでひとつ発見したことがある。セミナー形式の、外患罪がどうとか共謀罪がどうとかの話しを聴いていると、それだけに集中して必死で頭の中に詰め込もうとしている。一方、耳当たりのいい音楽を聴いていると、自然に脳内が開放され、いろいろなイメージが拡がる。あるときは創作ストーリーの主人公が現れ、身の上話を始める。あるいは、営業手法や出版企画が思い浮かぶ。つまり、自由な発想で何かを創出する必要があるときは、決して人の話す言葉を聴いてはいけないということに気づいた。そんなことは当たり前だと言われそうだが、今日の今日まで気がつかなかった。

 かなり前から、対応案件を記憶に頼れない状態になっており、見落としが多発している。まずはタスク管理ソフトの利用法にある程度習熟することを、最優先しようとしている。今日、Google検索したら、日本語の解説サイトをいくつも見つけた。収穫だった。

 マニュアルのない、未開の分野に踏み込んでいるようなものなので、ときどき飽和状態になって自信と気力が低下することがある。しかし、辛抱して取り組んでいれば、それらの労苦はいつかきっと血となり肉となる。そう思っている。艱難は忍耐を生じ、忍耐は練達を生じ、練達は希望を生ずる・・・のである。私の座右の銘である。


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by hirune-neko | 2018-01-16 01:19 | 心の中のできごと | Comments(0)

今日も外歩きは寒かったが、行ってきた


Bill Evans Trio - Elsa

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 最近はある種の強迫観念を持ってしまう。日曜日でも、億劫でも、寒くても、歩くのを怠る習慣に埋没してしまうと、不健康な体質に逆戻りしてしまう。そんな強迫観念だ。できれば早朝起きて歩けるようになればいいと思う。しかし、今日中に処理しなければいけない案件があると、どうしても夜までかかってしまう。

 音楽的嗜好が少し変わったのか、最近はビル・エヴァンスの演奏がしっくりするようになっている。appleミュージックで何枚ものアルバムをダウンロードしたが、改めてじっくり聴いてみると、知らない曲がかなり多いことが分かった。ある意味では、嬉しい新発見がある。

 先刻、ふと思い浮かんだ言葉がある。「異端児」だ。ピアソラのような「反逆児」ではないが、その場の空気を読まず、相手の反応を気にせず、自説を明確に述べるという点で、私は日本では異端児なのかも知れない。少なくとも、アメリカでは当たり前のごく自然な姿勢だと思う。欧州で仕事をした期間は、アメリカと較べればずっと少ないものの、基本的にはしっかり自己主張をしたように記憶している。誰も気を悪くしたと思わないし、却って旗幟鮮明にした方が自分の考え方や立ち位置が良く伝わると思う。しかし、残念ながら日本では異端児扱いされるだろう。日本社会も世代交代、国際化が進んでいるので、まあなんとかこのままでいいのではないかと、呑気に構えている。

 今日のウォーキングで、チャンネル桜の番組を聴いた。主催者の水島総氏とインテリジェンスで著名な中西輝政氏の対談だった。安倍総理の日韓合意に対する否定的な論調が主軸だった。水島氏は、田母神俊雄氏の訴訟の件で批判を浴びたし、余命三年時事日記でも否定的な記事があった。私は時間をかけて精査していないので、判断は保留するが、改めて政治の世界はなかなか真相が見えにくいと思った。ただ、戦略的に組み立てを考え実行する首相の立場と、表象で把握できる情報を見て論評する人間との間には、相当の距離があるように思う。将棋でも、飛車や角などの大駒をただで取らせる局面がある。傍目には、なんだ勿体ないとなるが、そこで捨て駒をしても最終的に相手玉を寄せきれば勝ちなので、捨て駒は悪手なのではない。そこが当事者と評論家あるいは学者との違いだろう。

 今日、アップルサポートに電話した。将来、情報収集と分析を手伝ってもらう人たちと、どのように情報を共有するかを具的に考えてみたが、不特定多数の皆さんとiCloudを共有する方法があるかどうか質問してみた。私たちは、基本的には公開情報から収集するので、機密情報は存在しない。結論は、相手にiPadを支給し、そこでApple IDを取得してもらい、こちらはAppleのサイトからそのIDでログインすれば、いくつでも増やせるとのことだった。とても便利な情報共有方法である。それに加え、タスク管理ソフトでプロジェクト管理ができるものがあるという。これまでは、自分自身のタスク管理しか考えていなかったが、何人かのチームで、作業の進展状況を共有できれば、それはそれで有用なことである。焦らずに、じくりと仕組みを考えていきたい。

 遅延案件も残りひとつとなっている。なんとか手を付けて終わらせたい。終わったら自分への慰労と褒美を兼ねて、湘南の海を見に行きたいと思っている。


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by hirune-neko | 2018-01-15 01:13 | インテリジェンス | Comments(0)

体質が変わる、趣味が変わる・・・感性の場合は?


Bill Evans - Waltz for Debby

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 驚いたことに、急降下して安堵した血糖値の値が、一夜にして120も急上昇してしまった。あんドーナツを10個食べたとか、そんな無茶はしていない。血糖値の測定器は10年以上使用しているので、動作不良を起こしているのかもしれないと疑い、今日薬局で最新の測定器の値段を調べてきた。

 数年前は血圧の上昇に悩まされた。200近くはざらな体質になってしまい、しかし200を超えるとさすがに脳内に違和感が出た。深夜の3時とか4時・・・4時だともう深夜ではなく早朝だと思うが、睡眠の時間帯が原因だと考え、床につく時間を早くするようにした(これでもだが)。昨年からは逆に、朝の血圧が100を切ることが多くなり、低血圧を心配するほど体質の変化に驚いていた。

 今日は午後3時過ぎから8千歩以上を歩き、その後も外出したので累計で1万歩以上を歩いた。この寒いのに、汗ばむほどだった。そのまま夕方過ぎからずっとデスクワークをしていたら、寒気に襲われ脳内に圧迫感を覚えた。不安に思って血圧を測ったら、普段は100から120の間のはずなのに、180を超えていた。一体、何が起こっているのだろうか。でも、たった今測ったら133だった。やれやれである。

 体質や嗜好、趣味が変わるという言葉は良く聞く。感性が変わるとか、感覚が変わるという言葉は聞いたことがない。しかし、今日は歩きながら自分の感性が根底から変化したことを感じた。歩きながらビル・エヴァンスの演奏が聴きたくなり、「有益なセミナー」ではなく"All the Greatest Night”というタイトルで、全46曲が収録されているのを聴いた。

 聴きながら、まるで天からの使いが降臨してきたかのように、実に鮮明なイメージが見えた。10年以上前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。それを校正してKindle本で出版することは決めている。しかし、どういう訳かこの10年の間にブログに書き残している短編作品から選び、紙の本とKindle本の同時出版をしようという気になってしまった。「続・昼寝ネコの雑記帳〜創作短編集」というタイトルに決めた。

 数年前から検討しているので、そこまでだったら何の不思議もない。ところが何の脈絡も無く突然、最初の扉ページで、献呈文をビル・エヴァンスに捧げようという考えが浮上した。考えてみたら,高校生時代からずっとビル・エヴァンスを聴いているので、かれこれ半世紀にわたって感性的な滋養を与えてもらっていることに思い至った。

 単行本のタイトルは「続・昼寝ネコの雑記帳〜創作短編集」である。そしてサブタイトルは、例えばだがWaltz for Debbyにする。さらに、各短編の日本語のタイトルに寄り添うように、英文でビル・エヴァンスの名演奏のタイトルを並べようという考えが閃いた。

 ちょうど1年前の2017年1月に、正編と完結編「ワイオミングの土に還る」をブログで書いていた。有能な情報部員が、無差別殺人に見せかけて銃殺されるシーンから始まる。ちょっとスパイ映画の見過ぎだなと、自覚していたのだが、改めて読んでみたら・・・自画自賛になってしまうが・・・なかなか感動してしまった。
 その昔、英国のスパイ小説作家・ブライアン・フリーマントルが、著名になる前にジャック・ウィンチェスターという名前で「スパイよさらば」という作品を書いている。ジェームズ・ボンドのような派手なドンパチはない。人生の晩年で亡くなった妻の遺品を整理していたら、長年連れ添った最愛の妻が、実は敵国情報部が監視役として送り込んできスパイだったことが発覚した、というストーリーだ。人生の陰影が実にリアルに描かれており、今でも心に残る作品だ。

 話が脇道に逸れてしまったが、短編作品のタイトルとビル・エヴァンスの演奏曲名を並記することにしたいと思っている。「ワイオミングの土に還る〜My Foolish Heart」のように。あくまでも私の感覚で、独断と偏見で選ぶつもりだ。

 「彼方から甦る記憶〜How My Heart Sings」。「迷える子羊の教会〜When You Wish Upon a Star」・・・ざっとこんな感じである。


 しかし問題が一つある。10年のブログ倉庫には、おそらく数千種類の記事が保管されている。何を書いたかは、ほとんど記憶に残っていない。全てを読み返すのは大変な作業だ。
以前、創作短編集を出版したいと書いたら、確か読者のきいろ香さんだったと思うが、何編かを推薦してくださった記憶がある。ずっと遡って読んでくださったのは嬉しい限りだ。

 突如として自分自身の感性に変化が起きてしまい、創作短編集をビル・エヴァンスに献呈する気になってしまった。あれほどピアソラに傾倒していたのに、どういう訳かいざ現実的・具体的に考えたとき、旧友であるビル・エヴァンスが記憶の彼方から甦ってきた。しかし、多感だった高校生の頃からの旧い付き合いなので、妥当な選択なのではないだろうか。

 ここだけの内緒の話しだが、実は私はこの歳になった今でも、自分のことを多感な人間だと思っている。それぐらいでないと、アンドリュー・マーシャルには追いつけないだろうと思う。


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by hirune-neko | 2018-01-14 01:03 | 創作への道 | Comments(0)

思考力が極度に低下して、おまけに眠い


Please Belong To Me - Pascale Lavoie - Please Belong To Me

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 納品書の作成プロセスと仕様を変更したため、今日は朝からずっと取引先全ての納品書、受領書、納品ラベルを作り直していた。納品書と言っても、相手によってそれぞれ項目が異なるため、間違えないようにかなりの集中力を要した。延べで10数時間はかかったようで、思考力がすっかり低下してしまったが、こうしてブログに向かっていたら、徐々に改善してきたようである。

 昨日、オンラインのビジネス・セミナーを受講することになった。なんとか保存できないかと考えた。YouTube動画であるはずがないので、モニターに映し出される画像と音声を保存する機能が無いかどうか、アップルに電話で訊いてみた。すると、Quick Time Playerという機能でできることが分かった。何度か試してみたが、音声は内蔵マイクで拾うため周りの雑音を拾うし、音質も今ひとつだった。それと、拡張子がmp4ではなくmovという見馴れないものだった。

 自分がパソコンで行う操作を録画し、説明する音声を一緒に録音できることが分かったので、サイトに掲示し会員向けのオンライン・セミナーとして使えると思った。ただ、Quick Time Playerで作成したままだと、Windows OSでは視聴できないと言われた。YouTubeにアカウントを開いて、mov形式をYouTube動画用に変換できるそうなので、汎用性が高まることになる。なんとか道筋が見えてきたので、試作しようと思っている。活用方法は拡がりそうだ。

 冒頭の歌手の名はPascale Lavoie(パスカル・ラヴォワ)で、読者のcausalさんに教えていただいた。名前はフランス人だが、英語の発音は絶対にネイティヴに聞こえる。不思議に思って調べたら、カナダの出身だった。そういえば、そうだった。

 あっという間の週末で、今日はとうとう歩けなかった。そんな日もあるさ、と深刻に考えずに、今日はこれ以上無理をせず休むことにする。


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by hirune-neko | 2018-01-12 23:50 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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