昼寝ネコの雑記帳

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休日返上で、とうとう午前2時になってしまった


Jim Tomlinson & Stacey Kent - What Are You Doing The Rest Of Your Life ?(from the Lyric)

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 ほぼ16時間労働で、ようやく一段落したところである。明日は朝から都心でミーティングがあるため、これ以上は無理をせず休ませていただく。

 ずっと音楽を聴きながら作業をしていたが、このStacey Kentのヴォーカルは個性的で味がある。ご紹介くださったCausalさんに、改めてお礼申し上げる。

 おそらくは史上最短の記述になると思うが、無理をせずこれにて失礼させていただく。読者の皆さまも、これからの人生を有意義に、そして健康安全にお過ごしいただきたい。

 What Are You Doing The Rest Of Your Life?


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by hirune-neko | 2017-11-24 02:10 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼寝ネコの箴言 本編第1章 〜旧約テイスト

Astor Piazzolla - Viaje de Bodas

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 地が騒然とする直前に忽然と現れる、この箴言を目にする者は幸いである。世の中が数々の噂や虚言に満ち溢れ、真理が覆い隠されるとき、多くの人々は偽りの預言者とその陰謀によって、闇の深みに導かれる。闇の中には光がなく、従って希望も存在しない。それまで所有していた豊富な金銀財宝は朽ち果てて、瞬時に蛆(うじ)の住処となる。声をかけても応える人がなく、勝ち誇り蔑む笑い声のみが、闇の中に響き渡っている。

 その日、世界の耳目が東の果ての小国に注がれる。その国の王は金箔を身に纏ったまま、世界の国々に対して高らかに恫喝の雄叫びを上げる。国民は飢えに苦しみ、餓死の恐怖とともに絶望の淵に沈む。勇ましいはずの兵士の腹は寄生虫の住処となり、士気が失せる。圧政と暴虐に満ちた小国は、やがて数奇な運命を辿る。

 世界平和のためと称して、ともに敵対する大国の王たちは一堂に会する。大胆な東の国の王、狡猾な南の国の王、そして深謀遠慮に富む北の国の王それぞれは、自国の砦とするために小国を影響下に治めようと策をめぐらす。密偵が蠢き、それぞれの王は主導権を握るための策謀を命じる。

 小国とは大海を挟んで対峙する黄金の国では、国王が中心となり心ある国民の多くが一丸となって、国内外の敵対勢力を削ぎ落とすために知恵を絞る。善と正義に満ちた神聖な力は国全体に及び、国を滅ぼそうと企てていた悪人たちは、国を追われて行き場を失う。

 知恵ある者は耳を澄まし、地の底から響く勧告に耳を傾けるべきである。善良な者は目を開き、天から降ってくる古代の預言者たちの言葉に目を留めるべきである。ああ、地が荒廃しようとするそのときに、人は何に頼れるだろうか。金銀財宝だろうか、地位や過去の名声だろうか。動乱の国土を彷徨い、行き場を失った荒廃の地で、ひと抱えの純金を持っていたとしても、それが一体なんの役に立つだろうか。過去の誉れや地位が、一体何の役に立つだろうか。

 知恵ある者、善良な者は自らの心に尋ねるべきである。混乱する時代が到来する前に、人間にとって真に価値あるものは何か、という問いに対する答えを、自らの心に問うてみるべきである。人間は生まれる前、即ち霊として存在していた前世で、すでにその真理を心深くに刻まれていたのだから。

 長い忘却と苦難の道を経て、大地が終焉の渦に呑み込まれる前のこの時期にこそ、改めて耳を澄まし目を開いて、自己との神聖な対話を重ねるべき時が満ちている。長い旅路の果てに、還るべき本来の場所がどこにあるのかを見つけること、それが人生の崇高な目的であると確信できれば、たとえ地に暴虐が満ち、荒廃しようとも、人の心には決して損なわれることのない、平安と安息が満ちるのである。

(創作メモ)
 ちょっぴり旧約時代の、見習い預言者になったつもりで書いてみた。実際に、イザヤやエレミヤなど旧約時代の預言者の記述を読むと、明らかに現代の我々に対して告げる内容になっている。そこで日頃から、国家のインテリジェンス、個人のインテリジェンスに加え、神学的インテリジェンスの必要性を感じている次第だ。ファミリー・インテリジェンスという概念は、世界中で誰も視野に入れていないようだ。ましてや、神学的インテリジェンスだなんて公言しようものなら、変人扱いされることは間違いないだろう。しかし、そのようなことは一向に気にしない性格なので、我が道を行く、である、改めて、ピアソラの曲想の根幹にある独自性、特異性、妥協を許さない心意気・・・そのような部分に共感を持っているのだろうと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-23 00:01 | 創作への道 | Comments(0)

まるで実在しないかのような女性ヴォーカル


Pascale Lavoie - Change partness - Female Voices 097

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 先日、読者のCausalさんから教えていただいたPascale Lavoie/パスカル・ラヴォァ。低く独特な声質の歌に惹かれ、アルバムを探してみた。ところが、appleミュージックで検索してもiTunesストアで検索しても、見つからない。今どき、そんなことがあるのだろうか。不思議な歌手である。Please belong to meという曲が収録されている、同名のタイトルが見つからない。さて、どうしたものだろうか。

 大阪・池田から演奏に来てくださる、池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のコンサートが、いよいよ今週の土曜日に迫っている。当日のプログラムを作らなければならず、なんとか試作を終えた。クレモナの皆さんには、パリ在住の世界的に有名なネコのグラフィックデザイナー、その名もラング・ド・シャに無理をお願いして作ってもらった、と説明している。またいつもの冗談が始まった、と相手にもされていないと思う。

 以下に労作のプログラムの、表1部分だけをご紹介させていただく。もう何年も前に、いつかピアソラだけのプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いた記憶がある。ん十年前には、ほとんどクラシックだけのサロンコンサートを主催していたが、こうしてとうとう念願の、ピアソラ作品だけのコンサートをプロデュースすることが実現し、我が人生の佳き思い出になった。・・・まだ終わっていないので過去形では書けないが、あとは無事に終えられることを願っている。
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 ん〜、こうして改めて見ていると、さすが世界的に有名なネコのデザイナーの作品である。まるでセーヌ川に架かる橋・ポン・ヌフの上で、まだ熱い甘栗を頬張っているような、パリらしい雰囲気が漂っているではないか。・・・ん〜、自分でも何を言っているのか分からないが、まあ経費をかけずここまで一人で作業ができたのだから、それはそれでよしとしようと思う。

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by hirune-neko | 2017-11-21 23:00 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

人間の存在を根底から崩壊させる力の存在

Astor Piazzolla - Soledad

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 ほぼ一日中パソコン相手に作業をしていた。ときどき頭の中で断続的に考えていたのは、「人間の存在を根底から崩壊させる力の存在」についてだった。

 人間を成長させようと助ける力もあれば、逆に存在の根底から崩壊させようとする力も存在する。ピアソラの天使の組曲と悪魔の組曲から影響を受けたわけではないが、広い視野で見れば、どうもそのような神学的な意味での闘いが繰り広げられているのではないだろうかという気がする。

 人間が、その存在の根底から崩壊するというのは、不治の病に冒されるという意味ではない。事業に失敗し、莫大な負債を背負ってしまうということでもない。大切な家族を失ってしまうことは、大きな痛手ではあっても致命傷ではない。長年にわたって国会議員として名声を博していたのに、スキャンダルで落選してしまうことでもない。

 いずれの場合も、大きな苦痛を伴うものの、そこで踏み留まって再起への最初の一歩を踏み出すことができるからだ。存在の根底から崩壊するというのは、未来に対して完璧に希望を失い、絶望し、呼吸をする気力すら失せてしまうような状態だと思う。人の声も耳に届かず、真摯な励ましにも心を閉じてしまい、食べることも飲むことも忘れ去り、場合によっては睡魔も感じない。しかし、それでもなおきっかけがあれば、そして正しいと思う方向を促されれば、蘇生する可能性がある。

 つまり、人間という生き物は、どのようなどん底からも這い上がることのできる資質を、生まれながらに与えられていると思っている。それと自分の意思次第で、善なる勢力の目に見えない助けが得られるとも思っている。

 逆に、良心や責任感、正直さを失い、人を憎み妬むことを常とする人間も存在する、人を偽り、踏みつけ、場合によっては平然と人の命を奪う人もいる。そのような人の改心は容易ではないだろう。そのような生き方の延長線上にこそ、存在の根底からの崩壊が待ち受けている。決して後戻りできず、やり直しもできない最後の審判が待ち受けている。

 私には財力もなく、人脈もない。体力も気力も視力も弱まる一方である。しかし、一人の人間として、他者に対しては可能な限り寛容になる努力を継続しようと思っている。状況によっては容易ではないときもあるだろうが、他者の痛みや苦しみに寄り添えるような人間でありたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-20 23:37 | 心の中のできごと | Comments(0)

久しぶりに消耗した一日だった

Barbara ma plus belle histoire d'amour c'est vous

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 なんとか今日なすべき最低限の作業を終えた。かなり消耗していたらしく、途中で何度もうたた寝をしてしまった。手からiPadが滑り落ちるのを感じ、反射的に目が覚めて大事には至らなかった。そんなことが数回あった。

 もう11月も残りが少なくなってきた。しかしなんとか遅延案件に手がつき始めているので、精神的重圧は徐々に快方に向かっている、やれやれだ。

 ふと思い出した曲がある。もう何年も前のことだ。仕事で車を運転し、どこかに営業に行った帰り道だったと思う。あのときは初めて聞く「クミコ」という名の女性シャンソン歌手で聴いた。日本語の歌詞で歌ったので、意味は良く理解できた。原題はフランス語の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”で、ネット上を検索すると、邦題は「私の最も美しい恋物語」となっている。どうも、いかにも直訳表現だと思う。クミコ流では「我が麗しの恋物語」だったのではないだろうか。

 外国語から日本語への翻訳は、とても難しい作業だと思う。その逆もまた然りではないだろうか。翻訳家が日本語に訳す際、翻訳能力が重要なのは当然だが、文法的に間違っていない訳であることは当然としても、日本語としての善し悪しがとても重要だと、個人的にそのように思っている。

 ある感情や感覚的なイメージを表現するとき、どの言葉を使ったら最も適切かを考えて文章は練られる。それを日本語に訳す際に、やはり日本語としての様式美が要求されて当然だと思う。・・・翻訳家の皆さん、生意気を言ってしまいお詫び申し上げる。

 この原題の”ma plus belle histoire d'amour c'est vous”に込められた感情を、全て日本語で言い尽くすとするなら、「私の人生で最も深く愛した人、それはあなた」となるように思う。勿論、歌のタイトルなので長ったらしくてはいけないだろうと思う。全てを言い尽くさずに、行間にイメージを埋め込むことで簡潔に表現する手法が必要なのだろう。従って個人的には「我が麗しの恋物語」の方が「私の最も美しい恋物語」より、数段いいタイトルだと思う。

 なんだか翻訳評論家のような言い草になってしまったが、この曲の歌詞を日本語で味わっているとなかなか大人の恋、そして哀惜、離別の悲しさが伝わってくる。歌詞には火葬場の煙突から出て、空に上っていく相手に対する気持ちを織り込んでいるが、フランスでは火葬をしていないと思うので、日本的に翻案したのだと思う。しかし日本人のメンタリティを巧みに捉えた名訳だと思う。

 ちょっと調べたら、「我が麗しき恋物語 」作詞:覚和歌子 作曲:Barbaraとなっていた。覚和歌子さんという方は、とても秀逸な感性の方だと敬服している。

 フランス人女性は離婚したその瞬間に、「さあ、もっといい男を見つけるぞ」と張り切る、と何かで読んだ記憶がある。私はこれでも精神的にひ弱なので、冒頭のバルバラのような迫力ある女性よりも、クミコのような日本的優しさを感じさせる女性に愛される方がいいなと、贅沢な希望を持っている。

 ここまで書いたのだから、その、クミコの歌う「我が麗しき恋物語 」を以下に掲載する。ご自分の感性に照らし合わせながら、日仏比較鑑賞をしてみていただきたい。作詞をされた覚和歌子さんが、ご自身でフランス語から訳詞されたのかどうか、それはご本人に訊いてみなければ分からないことだが、それは別問題として、とても情感溢れる歌詞に仕上げてくださり、お礼を申し上げたい。

わが麗しき恋物語


あたしは十九で 町でも噂の ちょっとした不良で
わりかし美人の 部類だったから ちやほやされたわよ
眉をひそめてる 大人を尻目に ずいぶん遊びもしたわ
人生って 何て ちょろいもんだって 冷めたまなざしで

あなたがあたしを 好きといったとき 思わず笑ったわ
あんまり真面目で こちこちになって ふるえてさえいたでしょう
そんな男って 見たことなかった それであたしもふるえた
人生って 何て 奇妙で素敵って 少しだけ泣いた

安いアパート 暗い部屋 景気の悪い時代だって
へらないジョーク言い合って ふたり笑えば しあわせで
五年がたったら あたしはやめてた 煙草をまたはじめ
あなたの浮気が 七回目 数え あたしも三回目
視線をそらして 会話も減ったけど どこでもそんなものでしょ
人生って そうよ 退屈だったって 思い出しながら

さもない毎日 半年が過ぎた その日は止まない雨
聞いたこともない 病気の名前が あなたのくちびるから
あたしは壊れた 空缶みたいに 口を開けていただけ
人生って 何て 意味が不明なの いなくなるの あなた

白い煙が昇った日 空はどこまで よく晴れて あたしは泣いた 
自分でも疑うくらい 大声で
愛だったかなんて 誰もわからない 教えてほしくない

とっくに忘れた 昔の日のこと 時々浮かぶけど
ほほ笑みが少し 混じっているなら それでいいと言うわ
人生って 何て 愚かなものなの あとになってわかる
人生って 何て 愚かなものなの みんなあとで気づく


< クレジット >
「わが麗しき恋物語」
作詞 覚 和歌子 作曲 Barbara
2003年 エイベックスイオ IOCD-20045
< コメント >
シャンソンの名曲を覚さんが訳詞。
「覚和歌子の物語詩」の世界がそのまま歌詞になった。
クミコさんの歌声が多くの人を泣かせた傑作。

【作詞図書室より転載】


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by hirune-neko | 2017-11-19 23:48 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

Avec le temps〜Léo Ferré・・・


Léo Ferré - Avec le temps (enregistrement TRS)

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 最近、Apple Musicの「3ヶ月無料お試し」に登録した。長年、アルバムはiTunes storeでダウンロード購入していたが、Apple Musicのなんたるかも良く知らず、登録したまま時間が経過した。

 過日、ブログ読者のcausalさんから教えていただいた、Stacey KentのアルバムをApple Musicで探したら見つかったので、ダウンロードしてみた。さらに、以前Silvius Leopold Weissの" Fantasie”の演奏を聴いた、Asya Selyutinaという女流ギタリストをまた聴きたいと思い、探したらアルバムが見つかったので、ダウンロードした。

 デスクワークをしながらStacey Kentの曲を聴いていたら、耳馴れた曲が聞こえてきた。”Avec le temps”(アヴェク・ル・タン)という曲だった。激しく感情移入した女性ボーカルの歌声が記憶に残っていたので、YouTubeで探してみた。ダリダだったかもしれないが自信がなかった。閲覧しているうちに、”Avec le temps”を作詞・作曲をしたLéo Ferré(レオ・フェレ)が目に留まった。残念ながら、フランス語の歌は聴いてもまったく意味が理解できない。しかし、すっかり惹きつけられてしまい、聴きながら深い感動を覚えた。涙が流れるほどだった。

 Apple Musicで”Avec le temps”を収録しているLéo Ferréのアルバムを探してみた。何枚かあったが、3枚組で全50曲のアルバムをダウンロードした。しかし、一向に課金される様子がない。

 そこでアップルのサポートに電話して確認してみた。驚いたことに、Apple Musicは、月額980円でダウンロードし放題だというではないか。すっかり嬉しくなってしまった。聴きたい音楽を、豊富に保有できるようになるなんて、ここまで生きてきて良かったと、単純に喜んでしまった次第である。

 YouTubeは動画なので、Léo Ferréの表情がよく分かる。”Avec le temps”は、「時の流れに」と訳されている。歌詞の意味は理解できなかったものの、晩年になって人生を回顧し、忘れ去りたい悔悟の出来事、失ったものの大きさ、やり直せないことへの苦渋などに思いを馳せているのが感じられた。同時に、最後の最後まで自分らしく生きようとする神々しさを感じた。

 ふと、Shirley Hornが歌う”Here’s to life”と重なって見えた。

 ネット上では、何人ものシャンソン歌手の皆さんが、歌詞の和訳や作品が作られたときの時代背景まで説明してくれていた。なるほどだったが、私の場合は感覚的に理解しようと思う。

 以下に、この曲が和訳されている歌詞と掲載画像を紹介掲載させていただく。引用先は、「朝倉ノニーの<歌物語>」http://chantefable2.blog.fc2.com/blog-entry-727.html

 ん?フランス語を勉強されている方のようだが、もしかして朝倉季雄先生のご子孫の方なのではないだろうか。唐突にそんな気がした。余談だが、大学のフランス語は朝倉季雄先生に習った。教室内を移動しながら、生徒一人一人にフランス文を読ませる先生だった。私の前で立ち止まり、短い文章を読まされた。すると「キミはフランスに留学していましたか?」と質問された、勿論「そんなバナナ」の世界ではあるが、単純に嬉しかったのを憶えている。あれ以来、フランス語は半世紀近く停滞状態である。

Avec le temps  時の流れに(アヴェック・ル・タン)
Léo Ferré  レオ・フェレ
(文字数制限に引っかかったため、残念ながら訳詞t画像だけを転載させていただく)

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  面影を忘れ また声を忘れる
  心臓、それがもう打たなくなったとき、それ以上努力したってもう無駄、
  なるがままにしておくべし、それがたいへんいいことだ

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  大好きだった相手も
  雨のなかを捜し歩いた相手も
  言葉の間、行間、そして見せかけの誓いの裏側を
  ちらと覗いて本心の知れた相手も
  その誓いは自ら眠りへと向かい
  時とともにすべては消え去る


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  とてもすてきな思い出にさえ 君はうんと浮かない顔をしている。
  陳列室で 私は喪失の陳列棚を探してまわる
  優しさがおのずと消えゆく土曜の夜に

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  風邪や、たいしたもんじゃないことのように思っていたあの人
  無価値なものやあるいは高価な宝石をあげた相手。
  その人のためならと わずかな金で魂を売ってしまった相手
  その金欲しさに ひとは犬を引きずるように、わが身を引きずったが
  時とともに、すべてはうまく行く


  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  熱い気持ちを忘れ、また声を忘れる
  哀れっぽい言葉をあなたたちに低くつぶやいていた声を
  あまり遅く帰らないで、とくに風邪をひかないでね という

  時とともに…
  時が去りゆくとともに、すべては去りゆく
  そして 疲れ果てた馬のように自分が老いていると感じ
  そして 行きずりのベッドの中で凍えていると感じ
  そして、ひとりぼっちだろうが気楽なんだと感じる
  そして、失った年月に騙されたと感じ
  それで本当に… 時とともに…もう愛さなくなるのだ


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by hirune-neko | 2017-11-19 00:02 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(2)

知人が佐渡名産の"おけさ柿"を送ってくれた


佐渡島

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 最近は時節柄、リンゴと柿を常食している。今日、知人から佐渡名産の”おけさ柿”が送られてきた。普段食している柿は、カリッとした固さで甘みも薄い。”おけさ柿”はなめらかで、自然の甘みがほどよく濃く深い感じだ。口の中に入れると至福の瞬間である。柿を食べるのは一瞬だが、丹精込めて栽培している柿農園の方は、収穫時期までの長い間、柿の実をずっと見守ってきたことになる。改めてよく味わっていただいている。

 何かで読んだ記憶があるが、北海道、本州、四国、九州を除くと佐渡島が一番大きい島だそうだ。学生の頃、米原で乗り換えて福井県までは何度か行ったことがある。東尋坊にも行ったはずだ。去年は、北陸新幹線を利用し、初めて三男家族が住む富山に行った。石川県にはまだ行っていないし、佐渡島にも行ったことがない。

 佐渡島はどんな所なのだろうか。日本海に浮かぶ大きな島、といわれてもイメージが浮かばない。YouTubeで探したらいくつも出てきたが、冒頭の動画を観ていると佐渡旅行の気分を味わうことができた。観光旅行に縁のない私なので、束の間のバーチャル・トリップを楽しむことができた。
 どうやら起伏が多く、樹木が密生している島のようだ。周りは海だらけで・・・島だから当たり前だが・・・常に日本海の荒波に洗われているようだ。冬も含め、自然が厳しい島なのだろうか。

 佐渡出身の知人女性は、佐渡島のことを「ひょっこりひょうたん島」と呼ぶ。今の私には、旅行なんて贅沢な時間だが、一度は佐渡旅行を経験してみたい。本州から隔離された地勢というだけで、不思議と神経が休まる。海を挟んだ向こうには北朝鮮があり、さらにその向こうにはロシア大陸が拡がる・・・その程度の地理の知識はある。
 高校生の時に読んだ五木寛之作品の「青年は荒野を目指す」を思い出す。ジャズミュージシャンを志す若者が、ナホトカだったかハバロフスクだったからシベリヤ鉄道を乗り継いで北欧に向かったように記憶していたが、改めて調べたら空路モスクワに向かったようだ。どんなストーリー展開だったかはもう記憶の彼方に消えてしまっている。

 不良老人という言葉があったような気がする。本来の意味はよく知らないが、私の内面や感性はおそらく不良老人のカテゴリーに入るのではないかと危惧している。なぜなら、体力、筋力、視力、記憶力のいずれもが徐々に低下傾向にあるにも拘わらず、相変わらず意識はモスクワやウクライナ、東欧諸国、そして北欧に向けられているからだ。果たしてその頃に、海外旅行などできるのだろうか。自分でも不思議に思う。未だ見ぬ世界だからなのかしれないが、実際に彼の国を訪れ、街の空気を吸いながら散策してみたいという思いが、なかなか消えずに残っている。

 不良青年、不良外人ならぬ不良老人・・・まあなんとでも呼んでもらいたい。


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by hirune-neko | 2017-11-18 00:27 | 創作への道 | Comments(2)

世界三巨頭との衛星中継糸電話雑談が注目されてしまった。要注意だ。


Please Belong To Me - Pascale Lavoie - Please Belong To Me

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 一昨日、11月14日の記事「じーじーが行っても、ばーばーとはこれいかに」の中で、「昨晩遅く、トランプ大統領、習近平首相、プーチン大統領と私の4人で、衛星中継の糸電話雑談を行った。」と書いた。そんなことは100%冗談と受け止められると確信していた。それでひと言だけ「金正恩労働党委員長を亡命させることに合意した」と書いてしまった。
 すると驚いたことに、翌日のZAKZAKで「トランプ氏、正恩氏に亡命促す?」と、トランプ大統領がツィートした内容を報じていた。いやあ、公開のタイミングが早すぎて参ってしまった。こんな調子だと、世界の巨頭との糸電話雑談などと冗談めかしても、うっかりしたことは書けなくなってしまいそうだ。

 その記事を目ざとく見つけられたブログ読者のcausalさんが、早速コメントを送ってくださった。

(以下、causalさんからのコメント一部転記開始・・・実際には「禁止用語発見」で投稿できず、メールで送信されてきた。

・最初に結論ありきで、まずは金正恩労働党委員長を亡命させる。

 私も霊能者ではないので、KIMさんの考えも米中ロ首脳のそれも解らないのですが、皮膚感覚で申せば、その通りだろうと思います。亡命先が中国かロシアかその他の国かは別として。■トランプ氏、正恩氏に亡命促す? 異例ツイートで“真意”注目識者「行き着く先はロシアのプーチン大統領」  2017.11.15https://www.zakzak.co.jp/soc/news/171115/soc1711150004-n2.html

(以上、causalさんからのコメント一部転記終了。

 このコメントには、私が知らなかったジャズシンガーのパスカル・ラヴォワ(Pascale Lavoie)のYouTube動画が添えられていた。少しハスキーな低音で、最初は一瞬男性シンガーかと思った。何曲も聴いたが、私の好みで選定させていただいた。

 一般論として、低い声の女性は知性を感じさせるという。しかし意外なことに、動画で見る彼女は、かなり「妖艶さ」を前面に出していたが、プロデューサーの方針なのかもしれない。
 
 とくに何か変化があったわけではないが、ようやく最難関の遅延案件に手をつけることができた。不思議なもので、いざ始めてみるとどこに何があるかが視野に入り、そんなに厄介なものではない。しかし、締め切りのある案件が湧き出るように重なるときは、整理も整頓もできずただひたすら間に合わせることしか視野に入らない。脳内の疲労も感じることなく、ひたすら突っ走るので、いざ立ち止まったときの反動は全身に及ぶ。

 今日はぼんやりと「産婦人科のマーケティング」について考えていた。医療機関にはマーケティングなどという言葉は似つかわしくないのは分かっている。しかし、最近ではインターネット上で患者さんからの口コミ情報を閲覧することができる。なかなか気を緩めることのできない「メディカル・サービス」である。ひと昔前と違い、上から目線で「診察してやるぞ」、という時代ではないことを実感している。

 私がそこまで心配する筋合いはないと思うのだが、せっかくご縁のあった産婦人科は、やはり安定的に患者さんが増えていってほしいと思う。独創的なサービスを提案し、とくに退院後の各家庭の皆さんと院長先生が、信頼関係を長く築いていただきたいと考えている。

 仕事以外の余計なことを考える必要はないのかもしれないが、どうも私はその余計な領域に立ち入りたくなってしまう。そんな性分なので、やりたいようにやらせていただきたいと思っている。


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by hirune-neko | 2017-11-16 22:47 | 心の中のできごと | Comments(0)

これでも、少しずつ朝型になりつつある


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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 劇的な変化は望めないものの、少しずつ朝型に移行しつつある。一定の歩数を歩き、週に2回か3回はジムに行って身体を動かし、セブンイレブンのスゥイーツの前は素通りする。これだけでも寿命がかなり延びそうな気がする。

 今日、五反田に本社のある企業に、2度目の訪問をする機会があった。駅からの道順は分かっているつもりだったのに、何か様子がおかしい。山手線沿いの通りを歩いた記憶があったのだが、どうやら間違って右側を歩いたようだ。少し歩けば、線路の下を横切る通路があるだろうと考えたが、なかなかない。とうとう中原街道の交差点まで行き、線路の左側の道を引き返した。しかし、どうも見覚えのある建物が見当たらず、とうとうまた駅の近くまで戻ってしまった。狐につままれたような感覚だったが、そこで斜めのY字路が目に入った。
 
 もうすでに待ち合わせ時間まで5分を切ってしまっていた。しかし、ようやく目指す建物が目に入り、3分ほど遅れて目指す相手に会うことができた。極度の方向音であることを理由にお詫びしたが、ときどき現実と記憶の間に亀裂が発生してしまうことがある。困ったものだ。

 お目にかかった方は、膨大な数の子会社を束ねる経営戦略室の室長だった。すごい名前の部署だと思う。私など、会社案内に目を通しただけで、あまりの守備範囲の広さにめまいがしたほどだ。この会社は、礼儀を非常に重んじているようで、エレベーターの前で見送ってくれる際に、ガラス越しのドアの向こうで、ずっと頭を下げっぱなし状態だ。欧米では絶対にあり得ない光景だと思う。

 わが社の商品である絵本の特性と、今後展開するバリエーションについて説明した。次いで、ファミリー・インテリジェンスサービスを提供する、無料の会員制の仕組みで持論を展開した。およそビジネスとはかけ離れた話題だったが、辛抱強く聴いてくださり、また鋭い質問を受けた。

 さて、検討結果はどのようになるだろうか。反応はとても良かったと思う。

 帰路、乗換駅の池上線・旗の台で、ワッフルを買った。シナモンとプレーンの2種類だが、なかなかおいしい。脳内疲労とストレスには、甘い物が欠かせない・・・と思い込んでいる。でも、ほどほどにしなくては。文字通りサイレントキラーであることは重々承知している。ずいぶん以前だが、合併症を経験しているのに、どうやら懲りない人間のようだ。

 今日訪問した企業は、まるで総合デパートのようだ。それに較べると、わが社は単品商売の豆腐屋みたいなものだ、といったら笑い声を聞くことができた。単品といえど、何年もかけて様々な工夫を凝らし、付加価値を高めている・・・と自分では思っている。つまり、競合されにくい商品になってきていると自負している。加えて無料のファミリー・インテリジェンスサービスの存在がある。半ば呆れ顔で、ビジネスというよりボランティアですね、といわれたが、それでいいと思っているので、嬉しく思った。

 まだまだ雑多な処理に追い回されているが、照準器にはちゃんとターゲットがロックオンされている・・・と自分では思っている。しかし、他人に何といわれようが、まずは自分で確信を持たなければ、風に揺れ動く葦のようになってしまう。右顧左眄(うこさべん)せず、私は自分自身の妄想・妄言に殉ずる覚悟ができているように思う。余命時間の延長という儚い努力を重ねながら、老いぼれネコは厚木街道を今日も行く・・・演歌調の人生である。


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by hirune-neko | 2017-11-16 00:14 | 心の中のできごと | Comments(0)

じーじーが行っても、ばーばーとは、これいかに(苦笑)


橘兒Clémentine - Pourquoi Tu Pars En Voyage

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 駄洒落をいうつもりはなかったのだが、今日久しぶりに床屋へ行ってきた。つまり、じーじーが、ばーばー(Barber)に行ってきた。明日は大切なミーティングがあり、初対面の方にむさ苦しく、精気のない表情でお会いしたのでは、まとまるものもまとまらないと考えた。

 20歳代の頃からずっと、スーツは三つボタン、シャツはオックスフォード地、ネクタイはレジメンタルストライプに決めていた。すべてブルックス・ブラザーズの製品しか身につけなかった。ところが今ではどうだろう。Tシャツもトレーナーも、ユニクロでもどこでも良くなっている。あまり外見にこだわりを持てなくなってしまったようだ。

 ところが、音楽や映画には今でも不変のこだわりがあるようだ。勿論、仕事にも強いこだわりがある。そういえば、人間関係にも自分なりのこだわりがある。いずれも感覚的なこだわりであり、外見や諸条件、利害は視野の外にある。

 旗幟鮮明(きしせんめい)という言葉がある。私もそうありたいと願っている。自分の理念や哲学は、相手が誰であっても明確に伝えたいと、いつも思っている。目先の利害や損得でふらつくようなら、信頼と期待を寄せてくれている皆さんを、最終的に裏切ることになってしまう。自己嫌悪に陥るような生き方だけはしたくないと考えている。

 さて、いくつもの記事を読んでいると、トランプ大統領やアメリカ政府高官は、韓国の文在寅大統領に対し、深い失望、反感、疑念を抱いてしまったようだ。前の朴槿恵大統領は「コウモリ外交」と揶揄されたが、文在寅大統領の言動を見ていると、従北であり親中であり媚米で揺れ動いているように見えるが・・・しかし明らかなのは反日スタンスである。私のような素人が見ても、一貫性のない目先の一時しのぎに終始しているように見える。

 昨晩遅く、トランプ大統領、習近平首相、プーチン大統領と私の4人で、衛星中継の糸電話雑談を行った。(まさか本気にする人はいないと思うが・・・)

 最初に結論ありきで、まずは金正恩労働党委員長を亡命させる。身柄は中国が引き受け、北朝鮮政府後継者は米・中・露で協議して決めることになった。暫定的には国連治安部隊を駐留させるが、主に米・中・露およびNATOが受け持ち、ミサイルと核兵器の完全廃棄を急ぐ。韓国軍の派兵は認めない。日本の自衛隊に駐留を要請すると韓国側の反発が大きいため、北朝鮮の経済復興支援を日本政府に要請する代わり、日本の政府機関や関係者を保護する目的で、自衛隊には限定的に駐留を認める。昼寝ネコは、北朝鮮のやせ衰えたネコたちを保護するための、特別プログラムを至急立案することも盛り込まれた。またまた仕事が増えてしまうが、同胞のためなので全力で取り組みたいと思う。早速、パリに本部のある昼寝ネコ一族世界大会議に協力を要請した。議長は私のアシスタントとして、姪ネコのクレモンティーヌを派遣するといってくれた。

 そういえば、別名ミニ台風のクレモンティーヌは最近姿を見せていない。きっと結婚してたくさんの子どもに囲まれているのではないかと思っている。私もすっかり自分の忙しさに紛れてしまい、クレモンティーのことは視野の外に置いていた。「おじさん、ずいぶん薄情ね」という声が聞こえてくるような気がする。

 それにしても、米・中・露の三巨頭がすんなりと合意に応じたのは、世界平和の観点から考えると、画期的なことではないだろうか。これで、東アジアに安定的な平和が訪れる可能性が高まった。それもこれも、米・中・露三国に対し、一貫性のない対応に終始することで徹底的な不信感と反発を与え、結果的にこれら三国の結束を強めることになった、文在寅大統領の功績といえるのではないだろうか。文在寅大統領は、来年のノーベル平和賞の最有力候補になるのは間違いないだろう。


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by hirune-neko | 2017-11-14 23:30 | 創作への道 | Comments(0)



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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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