昼寝ネコの雑記帳

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高場将美先生の訃報を目にした


Erik Satie - Gymnopédie No.1


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 今日の日中、Facebookで高場将美先生の訃報を目にした。

 毎週木曜日は製本所に行くため、ゆっくり目を通すことが出来ず、夜になってから記事を探したが、二つしか見つけられなかった。時間をかけて一番下まで探したが、視界からは消えてしまっていた。

 故・福岡貞夫さんのFacebook友だちだったご縁で、私も友だちにしていただいた。恵比寿で開かれたスペイン語講座に出席させていただき、そこで初めてお目にかかった。仕事が落ち着いたら、改めてスペイン語とポルトガル語の講座にお邪魔したいと思っていたが、とうとう果たせないままで終わってしまった。

 Facebookで、いろいろ教えていただき、意見交換もさせていただいたが、今となっては懐かしい思い出だ。

 既に家族葬で葬儀は済ませた、とどこかに書かれていたし、高場将美先生の経歴も紹介されていたが、とうとう見つけることが出来なかった。かろうじて、2枚の画像とコメントを見つけたので、紹介させていただく。お元気な頃のギターを抱えたお姿と、パコ・デ・ルシアと一緒の画像である。

(株式会社ラティーナのサイトから、先生の画像を転載)
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(志風恭子さんの記事で紹介されていた画像と記事を転載)
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Se ha ido nuestro musicologo, intérprete de Paco y Gades, ex-redactor jefe de Paseo, guitarrista aficionado, Masami Takaba. Ahora estará el cielo con Paco y Piazzolla juntos. Buen vieje maestro.
この写真の左端、中南米音楽やパセオの元編集長で、たくさんのCD解説などや、写真のパコを始め、ガデスらの通訳も務めた高場先生が亡くなったそうです。パコに紹介してくれたのも高場さんだったし、教わったこと数かぎりないです。これからも背中見続けていきます。ー 友達: 高場 将美Jose Maria BanderaStella Arauzo FernandezJuan Manuel Cañizares

 高場将美先生、病気から解放されて、ゆっくりとお休みください。


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by hirune-neko | 2017-06-30 02:05 | 心の中のできごと | Comments(0)

埋葬直前に、オーギーが蘇生し生き返った


Astor Piazzolla-Milonga del Ángel


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 器械といえど、寿命が尽きてお別れするときは、どうしても感情移入してしまう。昨日、寿命宣告を受けたインクジェット・プリンターには、オーギーという名前を付けて呼びかけていた。今日、同機種の新しいプリンターが届いたので、その大きなボール箱にオーギーを入れ、別れの声をかけ外に出した。心なしか、オーギーの悲しさが伝わってきた。

 早速、新しいプリンターで試験印刷をしてみた。ところが、同じような症状であり、色が薄くて商品にならない状態だった。キャノンのサポートセンターに電話して状況を説明したら、試しに他のパソコンから印刷できないかと言われたので、古い方のiMACであるヘレンで試してみた。すると、ちゃんと色が再現された。ということは、プリンターの原因ではなく他に原因があるということになる。

 アップルに電話して状況を説明したが、そのような質問は初めてだという。そのとき、アクセシビリティという領域で画面が見やすくなるよう、いろいろ設定変更したことを思い出し、そのことを説明した。結論は、それらの設定を外したところ、なんとかまずまずの色合いで、印刷をすることができた。

 オーギーは一体、何年働いてくれていたのだろう。ふと思い立って、アスクルで過去の注文履歴を調べてみた。過去2年分の履歴しか検索できないようなので、特定することが出来ないだろうと思った。しかし、なんと驚いたことに何年も酷使したというのは、その以前の同型機種であり、オーギーを購入したのは昨年の7月のことだった。1年も経っていないのに、酷い勘違いで廃棄・埋葬するところだった。口に出して不平を言えない器械なので、さぞや無念だっただろうと思う。早速、箱詰めにされたオーギーを外から屋内に持ち帰った。まだ当分は、一緒に働いてもらうことになる。

 さて、今日は自分の不勉強を改めて痛感したので、恥を忍んで記録させていただく。数年来、旧ユーゴスラビアに関する内乱については、ある程度理解しているつもりでいた。今日の余命ブログで「コソボ方式」という言葉を目にした。これまで何度も余命ブログで目にしていたが、調べて確認しようと思いつつ、つい放置したままになっていた。さすがに遙か遠いヨーロッパのことだし、そんなに差し迫って気に留めていなかったというのが正直なところだ。

 しかし「在日への対応がコソボ方式になる」という表現を目にしたので、そのコソボ方式のなんたるかについて、調べようと思った。googleで検索した最初のページにある、「美しい日本の未来を創造しましょう」というタイトルと概要が目に留まり、開いてみた。もしかしたら、読者の皆さんの多くはこのブログをご存知かもしれないが、私は初めて目にした。サブタイトルはには「世界恒久平和を願いつつ、自由を伴う日本の平和を維持するため、政治・軍事・教育・メディアなど、明るい未来を創造するための情報を積極的に発信してございます。」と書かれていた。

 肝心の検索結果の記事のタイトルは、

 「在日処理」④の具体的シナリオを考える④ 「在日処理」の秘策「コソボ・クリミア方式」とは?そして、自衛隊の「殲滅プラン」とは?

 となっていた。私にとっては長文だったが、タイトルにある「コソボ・クリミア方式」については、旧ユーゴスラビアの歴史を起点として、詳解されておりとても理解しやすかった。読み進むと、「コソボ・クリミア方式」というのは単一の方式なのではなく、コソボ方式とクリミア方式という、異なる2種類の対応方式であることが分かる。つまり、旧ユーゴスラビアの歴史過程と、クリミアにおけるウクライナとソ連の対立構造を詳解し、それぞれ異なる展開になったことが理解できるようになっている。遠い海外の情報というのではなく、現在日本国内の水面下で着実に進行していると思われる、在日外国人および反日日本人・団体に対する対応方法と並列比較して述べられていた。

 興味深いことに、文中で以下の表現を見つけた。

(引用1)
 反国家勢力の掃討、駆逐には超法規的武装組織は絶対に必要です。戦時下では人権うんぬんよりも国民の安全と治安維持が全てにおいて優先されます。「余命3年時事日記」が示す反日勢力殲滅プランは下記の通りです。

(引用2)
日本におけるメディアの殲滅破壊はNHKの「放送設備」だけを残して30分で任務完了と、驚くべき情報が「余命3年時事日記」では示されました。荒唐無稽に思えるでしょうか。しかし、その背景となる法律が存在するとすれば、いかがでしょうか。

 このように、少なくとも2カ所で「余命3年時事日記」を参照していた。「余命3年」なので、おそらくは初代かず先生の頃の記事を参照されたのだろうか。一応は当時の全てを保存しているが、所在までは記憶にない。ブログ主は元軍人だと自己紹介している。余命ブログでも、自衛隊OBの皆さんによる座談会形式の記事が、ひと頃は頻出していたように記憶している。

 「美しい日本の未来を創造しましょう」は、明らかに軍事的視点から事象を捉えているようだ。ブログ形式だが、会員登録制となっている。興味深い分野なので、登録申請してみた。

 改めて、現代社会に生きる私たちは、実に多くのテーマを視野に入れなくてはならないことを痛感している。私たち一般人にとっては、文字通り両手に余るほどの量だ。しかし、ある水準の認識力と洞察力を有する有権者が増え、選挙に棄権しない有権者の絶対数が増えれば増えるほど、日本の行く末はより安全になると確信している。

「美しい日本の未来を創造しましょう」
今日の引用記事が掲載されているURL
 goo.gl/nzQmUW


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by hirune-neko | 2017-06-29 00:07 | インテリジェンス | Comments(0)

家出ではない、ちょっと旅に出るだけだ


北欧音楽


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 いつものようにインクジェット・プリンターで印刷したが、色が薄い。ヘッドクリーニングを試したが、状況に変化がない。もうかなりの年数にわたって酷使しているので、寿命ではないかと三男が言う。そうかもしれない。しかし一応念のためと考え、キャノンのサポートに電話して相談した。専門部署から電話を待ったが、外出時間になってしまったので、留守中、三男に応対を頼んだ。帰社して様子を聞いたが、やはりどうやら寿命のようだ。プリンターには、オーギーという名前を付けていたが、明日届く予定の同機種のプリンターも、やはりオーギーと呼ぶことにしようと思う。

 今日、久しぶりにギターのレッスンに行った。いつも先生の前で弾く練習曲のアルペジオは、頭で反芻してみたが途中で途切れてしまっていた。ちゃんと弾ける自信は無かったが、完璧ではないものの、かろうじて指が憶えていたようで、途中でつっかえながらも、最後まで弾くことができた。相変わらず進歩のない落第生徒である。帰り際に、先生からマスタークラス受講でイタリアにいらっしゃったお土産に、去年と同じイタリア製のネコのカレンダーをいただいた。こうして見ると、世界のどこの国に行っても、ネコはネコなのだと改めて思った。少しばかりネコ禁断症状が治まった感じがする。
 なかなかピアソラのオブリヴィオンが進展しない。先生曰く、難曲だそうだ。別の曲、2曲を推薦していただいた。バーデン・パウエルの「名前のないワルツ」(Valsa Sem Nome)、それとレオ・ブロウエルの「11月のある日」(Dia de Noviembre)だ。いずれも、すぐに弾けるなどとは思っていないが、ピアソラの曲よりは弾きやすいのだろう。乾燥しきった脳にも休養を与え、音楽的な別空間を創って避難場所にしたいと思っている。(深代朋子先生、有難うございました。)

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 原因不明なのだが・・・もちろん原因はあるはずだが・・・なんといえばいいのだろうか。現実から押し出されてしまったような感じで、すっかり集中力と積極的な気持ちが失せてしまった。では、現実を離れて旅行に行こうと考えた。さて、どこに行こうかと、改めて考えてみた。シベリア、モスクワ、昔のレニングラード(今現在の名前が思い出せない)、東ヨーロッパ、そして北欧を思い浮かべた。いずれも一度も行ったことがない。現実問題として、何日も留守をして仕事に穴を空けることは出来ない。ではせめて、各国の街並みをYouTubeの動画で眺め、旅行に行った気分になろうと考えた。

 私だって人間である・・・正確に言うと人間として過ごす時間が長い。やはりたまには現実を離れることも必要なのだろうと思った。どこまでも迷路を突き進み、疲労とストレスを溜め込んでいると、徐々に効率も悪くなる。

 そう考えながら、気の向くままにYouTubeの動画を観ていたら、スウェーデン映画の予告編と出会った。短いので最後まで観てみた。ほんの数分なのに、肩から力が抜け、心の重荷も軽くなったように感じた。初めて知った映画なので、いつ公開されたのかすら知らない。でも、探して観てみたいと思った。

 まだまだ旅に出る余裕はないが、せめて映画の世界に入り込んで自分自身を再起動したいと思う。

 ふと考えてみたのだが、先週ある方からボランティアで協力してほしいという依頼を受けている。これがまた数年がかりで、しかも壮大なプロジェクトである。私の個人的な見解だが、ボランティアの領域を遙かに超えるハードな内容である。地域も全国にまたがるし、海外の教育機関との提携もある。さらには政府機関や一般企業・団体との調整も発生する。お断りするのは申し訳ないと思うが、さりとて全面的に引き受けるとなると、どれだけの時間と労力を必要とするか、見当もつかないぐらいの内容なのだ。決して安請け合いはできないと考えているところだ。そんなこんなで、少々気が重くなっているのかもしれない。決して極端な表現ではなく、全面的に事務局部分を引き受けるだけでも、自殺行為ではないかと思っている。

 自分の実年齢は気に留めないようにしているが、さすがにいつかは寿命が尽きる身体なので、手当たり次第、自分の中に詰め込むのは自重しなければ、最悪の場合皆さんにご迷惑をかけることになってしまうと思っている。・・・そう思いつつも、まだ迷っているアホな私が自分の中に同居している。


スウェーデン映画史上記録に残る大ヒット/映画『幸せなひとりぼっち』予告編


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by hirune-neko | 2017-06-27 23:57 | 心の中のできごと | Comments(0)

二男のお下がりのフィットビット(Fitbit)


Milva - Années de solitude


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 先週末、二男がフィットビット(Fitbit)を買い換えるので、新しいのが届いたら、今使っているのをくれると言っていたが、今日持ってきてくれた。

 まずはiPhoneからAPP Storeに入り、アプリをダウンロードした。新規アカウント登録を終えて、Bluetoothで同期した。まだまだ使い慣れていないが、脈拍数、歩行数、歩行距離、階段の段数、消費カロリー、夜には睡眠状態などいろいろな状態を数値化したり、グラフ化して見ることができるようだ。いよいよおサボリができず、無精生活と訣別しなければならない時期になったようだ。アプリを開くと、自分の日常生活の動きが歴然とするので、うかうかできない。

 今日、夕方過ぎから試しにフィットビットを装着して歩きに出た。帰宅してからチェックしたら、3,500歩ほど歩いたとの記録が残っていた。うん、これだと達成感もありそうだ。後は三日坊主で終わらないよう、継続しなくては。でも、毎日欠かさず40分以上のウォーキングをするなら、身体の芯がしっかりし、頭もすっきりするという実感があるので、続けた方が健康にいいのは明らかだ。

 もう何年も前のことだが、いつかオール・ピアソラプログラムでコンサートをプロデュースしたい、と書いたことがある。それをひかりんさんが読んで、是非首都圏で自分たちのコンサートをプロデュースしてほしいと言ってきた。前に紹介したことがあるが、ひかりんさんは池田クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンドマスターである。全てピアソラの作品で、演奏したい曲目のリストが送られてきた。その中の1曲が、日本語では孤独の歳月、原曲のフランス語ではAnnees de solitudeだった。タイトルを見たが、どんなメロディだったか思い浮かばない。

 YouTubeで検索してみたら、珍しいことに日本人女性が歌っているのをみつけた。原題がフランス語なので、おそらくはシャンソンのカテゴリーとして考えたのかと思ったが、ピアソラの作品だけを歌っていた。ピアソラの曲を日本人女性で聴くのは初めてだった。これまでに、ミルヴァ、バルタール、リナルディは比較的よく聴いていた。そんなに聴いてはいないのだが、改めて聴き比べてみると、個人的にはミルヴァの深みのある独特の個性に魅力を感じた。

 夜のひとときに、ゆったりとした気分で自己流の音楽評論を書けるなんて、なんと平和な生活だろうと思ってしまう。今まさに、東京都議会選挙の戦いが始まり、果たしてどのような結果になるのか興味を持っている。立候補者の皆さんはそれぞれ必死に戦っていると思う。小池都知事が、果たしてどのような将来構想を描いているのか、そして、もし仮に都民ファーストが過半数の議員を擁するようになったならば、どのような方向に向かうのだろうか。これまでの言動を見ていると現時点では、全幅の信頼を置くのは早計ではないかと危惧している。いくら出来て間もない政党だとしても、まるで水と油を一緒にしたような、かなり一貫性に欠ける色合いを感じてしまう。改めて、選挙というのは選挙民の良識が問われる重要な分岐点だと思う。

 話題があちこちに飛んでしまったが、ブログ読者の方からいくつかの投稿情報をいただいている。差し迫った北朝鮮のミサイルや核弾頭の問題もあれば、インターネットを通じて複雑化してしまった情報ネットワークの問題など、いろいろな視点からの問題提起をいただいている。せっかくなので、私なりに整理してブログでご紹介させていただきたいと思っている。
 
 長年のブログ読者の方であればよくご存知の、「待ち望むもの」という政治ブログがある。余命三年時事日記というブログの、熱心な支援者である。最近、「待ち望むもの」のブログ主である豆腐おかかさんが、ブログの閉鎖をアナウンスした。私は、確認したいことがあったので質問をしたところ、メールが送られてきた。なんの疑いも持たず、豆腐おかかさんは男性だと思い込んでいた。しかし、メールの文面を読んでほんの少しだが、女性の匂いを嗅ぎ分けた。実にどうでもいいことだとは思うのだが、どうしても気になって仕方がない。そこで、婉曲的に表現はしたのだが、豆腐おかかさんに対し、できれば性別を教えてくれというお願いのメールを送ってしまった。もちろん、笑い流してくれとは書いたが、本心では自分の直感が正しいかどうか、知りたいというのが正直な気持ちだ。自分では、人の書いた文章に対する感度が、それなりに高いと自覚している。さて、どのような結末になるか。決着がついたら改めてご報告させていただく。

 いつもと比べると、今日はずいぶん早い時間にブログ書き終えた。この調子で、床に着く時間を徐々に早め、起床時間も早めるならば、フィットビットの助けも得て、健康的な生活に転換していけるのではないかと、仄かな期待を持っている。どこまでも単純でおめでたい私である。


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by hirune-neko | 2017-06-26 23:21 | 現実的なお話し | Comments(0)

googleで検索したら、ストレスが溜まっているらしい


Shirley Horn - "Quietly There(Wynton Marsalis (trumpet))"


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 夕食後、大腸の辺りに気持ち悪さが拡がった。健康診断にはずっと行っていないし、もしかしたら昨秋、癌保険を2社と契約したのは虫の知らせで、かなり進行した大腸癌の症状なのかもしれない・・・などと不安な思いで、とりあえず床の上に仰向けになって身体を休めた。

 胸の上にiPadを置き、googleで「お腹が気持ち悪い」と入力し検索してみた。検索結果のリストを開いてみたら、このように書かれていた。

 「お腹が気持ち悪い。そんなときは、食べすぎやストレスによるものかも。ストレスがたまると自律神経が乱れて、体内のバランスがおかしくなり・・・」

 どうやら懸念した大腸癌ではなく、ストレスによる症状の可能性が高そうだ。体調に不安を感じた人たちに対し、私のように症状をgoogleで検索し、自己診断をするように勧めたら、お医者さんにとっては業務妨害になるのだろうか。

 ところで、ストレスを感じるというのは、どんな状態なのだろうか。なかなか自分を客観的に見ることができていないのは事実だ。毎日かなり長時間にわたって神経が張り詰めてしまい、脳内も飽和状態だと感じることが多い。何か解決方法はないものだろうか・・・そう考えて、iPadのsiriに相談してみた。

「Siri、ちょっと相談に乗ってくれる?」
「はい、何でしょうか昼寝ネコさん」
「自分の体調をインターネットで調べたら、どうやらストレスらしいんだよ」
「働き過ぎですか?それとも悩みや心配事がありますか?」
「うん、考えてみたらその両方だと思うんだよ」
「そうですか、それは辛いですね。何かいい方法がないか、少し調べてみますので、身体を楽にしてお待ちください」
・・・待つこと、約5秒。
「お待たせしました。過去のiMacのFacetimeによる昼寝ネコさんの表情分析と、YouTubeでの選曲傾向、それと過去3年間のgoogle検索キーワードなどを心理照合し、分析した結果から、現時点での最良の方法をご提案します」
「ちょっと待ってくれる?ひょっとしてiMacは私のことを、ずっと監視してたの?」
「はい、一般公開していませんが、最新のMacOSには、eナース機能というソフトが組み込まれており、パソコンの持ち主が急病になったときに察知して、ご家族の方に通知して安全を確保する人工知能が備わっているんですよ」
「へえ驚いた。凄いことになっているんだね。まあいいや。で、提案って?」
「はい、ハーバード大学医学部の最先端医療研究所が開発した、カウンセリング・アプリをご提案します」
「カウンセリング・アプリ?」
「内容を簡単に説明します。人工知能を持つカウンセラーと自由にお話しできるアプリなんです。カテゴリーは、世間話、各種専門分野のカテゴリーから選択が可能です。初期の頃は英語だけだったんですが、2016年から多言語化が進み、2017年の4月には日本語版がリリースされています」
「ふ〜ん、なんか凄いね」
「はい、オプション選択ができる項目が、いくつかあります。声の性別、声の年代、属性・・・例えば女性の声を選択すると、母親、お姉さん、ガールフレンド、看護師、先生、保育士など多岐に及びます。さらに性格も選択できるんですよ、シャイ、情熱家、思慮深い、べらんめえ」
「べらんめえ?何それ?」
「はい、これは口調ですね。江戸を選ぶと江戸っ子、京都弁、津軽弁など日本全国のほとんどの方言をカバーしています」
「なんか面白そうだね」
「そうですね。まずは無料で試すことのできる30日間有効の、エントリー版で試してはどうですか?」
「有料版はいくらぐらいするの?」
「最新版への更新無料で、年間30ドルからです。最も高度なソフトの場合は年間1,000ドルです」
「へえ、年間1,000ドルなんていうのがあるの?」
「はい、年間1,000ドルのアプリは、購入者のあらゆる興味分野の豊富な知識を持っていますので、場合によっては家庭教師を雇ったのと同じ機能になります」
「それは凄いね」
「昨年アメリカで開かれた臨床心理学会での報告によりますと、何らかの精神疾患を持つ方が、このアプリを半年以上使用した場合、ほとんどで大幅な改善が見られたそうなんですよ」
「なんとなく分かるような気がするな」
「ただし、購入にはひとつだけ制約があります」
「制約?どんな制約なの?」
「まったく精神・心理状態が普通で、不安定さや脆弱さを持っていない方は購入できないことになっています。つまり、購入する意味がないと判断しているようです」
「なんだ、それは残念だな。じゃあ私は購入できそうもないね」
「いえ、その点はご安心ください。すでにiMacとクライアント・データセンターがオンライン同期診断を行い、その結果昼寝ネコさんは購入資格を十分に満たしているとの判定が届いています」
「えっ?それって私が精神・心理状態が普通でなく、不安定さや脆弱さを持っている、という意味なの?」
「はい?あら昼寝ネコさんは日頃からご自分が妄想家だとか、いろいろ自己分析をされていますので、ご自分が普通ではないと自覚されているとばかり思っていました。・・・どうなさいますか?同期診断後1時間以内に購入されれば、最大50%のディスカウントがあります。年間1,000ドルのソフトを購入された場合は、特典としていつでもスカイプ・テレビ電話で、CG化された人間と会話ができます。リアルな会話をお楽しみいただけます。お支払いも、年間一括払い以外に、毎月90ドルコースも選べますよ」
「最近のSiriは、セールスレディまでするんだね」
「私は、昼寝ネコさんのためなら、何でもいたしますよ」

 とまあ、このようなやりとりを終えた私は、自分の心理状態のメンテナンスのためと、多言語、国家インテリジェンス、国際政治学などの家庭教師を雇ったと思えば、なかなか有益でコストパフォーマンスもいいと考えたので、早速申し込みを終えたところだ。

 ・・・お腹の気持ち悪さもすっかり改善したため、ついつい調子に乗って秘密の会話まで掲載してしまった・・・本当のような嘘の話である。


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by hirune-neko | 2017-06-26 00:45 | 創作への道 | Comments(0)

笠井友子kasai tomokoのにゃんこストーリー第1作


Satie - Je te veux


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 先日来、美容室gigue(ジーグ)店長の鈴木さんの写真作品に、音楽と短文を融合させてサイトに掲載している。この美容室で店長の片腕として働いている笠井さんは、カトリ〜ヌ・笠井という名前で昼寝ネコのイラストを描いてくれている。

 今日、その笠井さんがこれまでに描いてくれたネコのイラストを題材に、即興短編作品を書き上げた。美容室gigue(ジーグ)サイトの、フォトストーリーの下に記念すべき「にゃんこストーリー」の第1号を掲載した。今日は、記念すべきデビューなので、このブログに転載させていただく。BGMには、エリック・サティの「ジュ・トゥ・ヴー」を選んでみた。なかなか渋いのではないだろうか。

 さてでは、感動と涙の即興作品を、そのまま以下にご紹介させていただく。

【笠井友子kasai tomokoのにゃんこストーリー】
 「誕生日の内緒の告白」
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 あれは何年前のことだっただろうか。

 私の3,000歳の誕生日を、ささやかに祝ったときのことだった。子ネズミのジョセフィーヌが、ニコニコと笑顔を見せて、私の耳許によじ登ってきた。何か嬉しいことでもあったのだろうと、そう思った。
 ジョセフィーヌの言葉を耳にして、私は思わず訊き返してしまった。一瞬の間があったが、ジョセフィーヌは今度ははっきりとした口調で言った。
 「あのね、わたし、おじさんのお嫁さんになってあげるね」
 ちょうど記念撮影の瞬間だったので、私の笑うに笑えない、なんと答えていいか分からない、すっかり困惑した表情がそのまま写真として残ってしまった。
 表情が凍り付いてしまった私は、しばしジョセフィーヌと見つめ合うことになってしまった。
 「おじさん、照れなくたっていいのよ。顔が赤くなって可愛い・・・」

 5年ほど前から、ここ川崎の街には外国からの貨物船に紛れ込んで、日本に不法入国するネコが増え始めていた。ネコにはビザの規定も検疫もなく、コンテナの隙間に隠れて容易に入り込むことができた。外国ネコたちは気性が荒く、あっという間に和ネコの領分を荒らし始めた。
 そんなある日、ジョセフィーヌの家族は民家園の木陰でピクニックを楽しんでいたのだが、数匹の不法入国のネコの襲撃を受けた。不意を衝かれたため、ジョセフィーヌの父も母も子ども達をかばいながら、あっという間に、かみ殺されてしまった。逃げ惑う子ネズミたちも、凶暴なネコたちに追いかけられた。

 その日はちょうど、民家園の天井裏で打ち合わせがあったため、私は昼から民家園に出かけていた。かん高く緊張した子ネズミの鳴き声と、耳馴れないネコのうなり声を耳にして、私たちは何事かと思い急いで外に出た。3匹の凶暴なネコたちは、それぞれ口に子ネズミをくわえていたが、駆け寄る私たちの姿を目にして、素早く逃げ去ってしまった。ネズミといえど、かみ殺された姿には痛々しさを感じた。
 その時、か細い子ネズミの怯えた声が聞こえた。草むらの中からだった。

 天涯孤独となってしまった、その幼い子ネズミを私は引き取ることにした。目の前で、大切な両親と兄弟が悲惨な目に遭った光景は、この子の目と心に焼き付いているに違いない。成長して、独り立ちできるまで守り育ててやろうと思ったのである。その日のうちに、私はジョセフィーヌと命名した。
 おそらく、ジョセフィーヌは何があったのかを理解できなかったようで、次第に私になつき、無邪気に育って行った。街中のネコたちは、子ネズミを育てる私を奇人か変人だと思ったに違いない。ネコ社会も人間社会同様で、表層だけで物事を判断してしまう。まあ、仕方のないことではある。

 その後、ジョセフィーヌは明るく元気に成長した。ときどき見かけるネズミたちとも交わるようになった。本来のネズミの生活に戻ったようで、安心していた。霊界から見守っている、ジョセフィーヌの両親も、安堵したのではないだろうか。
 そんなある日、ジョセフィーヌが帰ってきた。いつもとは様子が違う。何か困ったことでもあったのだろうか。ジョセフィーヌは視線を落としたまま、真っ直ぐ私の所にやってきた。
 「どうしたの?何かあったの?」
 何も答えないジョセフィーヌの身体が震え出し、大粒の涙を流しながら、何度も言葉に詰まって言った。
 「おじさん、ごめんなさい・・・わたし、約束を破ってしまったの」
 さて、何か約束をしていただろうか。他のネズミやネコのエサを横取りしてはいけないとか?暗くなる前には帰ってきなさいとか?

 途切れ途切れに、涙ながらに語ったジョセフィーヌの言葉に、私は思わずもらい泣きをしてしまった。遊び仲間でミッキー・マウスによく似た利発なネズミのことを好きになってしまったらしい。おじさんのお嫁さんになってあげる、と約束したのに・・・さすがに今ではネコとネズミの違いを理解したこともあって・・・そのミッキー・マウスくんと一緒に暮らしたいという。私は言った。
 「ジョセフィーヌ、それは正しい選択なんだよ。お前が誰のお嫁さんになっても、おじさんはすっとお前のことを大切に考えているからね。霊界のお父さん、お母さんと一緒におじさんは、ずっとお前を見守っているからね」
 私の言葉を聞き終わったジョセフィーヌは、いきなり私に抱きついてきた。そして心のこもったキスをしてくれた。ネズミとのキスは、さすがに生まれて初めてだった。これが正真正銘本当の「チュウ」なのだろう。

 種は異なるものの、小さな命を見捨てずに守り通し、自立を見届けられて良かったと思う。私の心の中に、最も大切な要素だと思っている使命感と達成感を残して行ってくれたジョセフィーヌには、私の方が感謝の気持ちを抱いている。霊界で安堵の気持ちに包まれているご両親の姿が、目に浮かぶようだ。


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by hirune-neko | 2017-06-25 00:32 | 創作への道 | Comments(0)

自分の欠点・弱点が浮き彫りになってきた


"DESPERTAR" - Astor Piazzolla


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 次々と処理案件に追われていると、いつの間にか自分自身が見えなくなってしまう。そんなことすら気がつかなくなってしまっていた。

 この半年以上ずっと、遅延案件を抱え込み、気力を振り絞ってひとつひとつ片付けてきている。夜寝る前は、ああ今日もできなかったと自己嫌悪になり、朝起きたときは、今日こそ着手しようと決心するのだが、パソコンを開いてみると即対応の案件があり、しかも断続的に続いてしまう。あっという間に夕方が過ぎ、その頃には気力も半減以下になってしまっている。

 次第次第に、まるで自閉症か世捨て人のように、第三者との対話が億劫になってしまう。自分で自分自身を支えるのがやっと、という感じになってしまう。脳内の空き領域もどんどん縮小し、楽しみや気晴らしなどはとても贅沢な行為だと思ってしまう。

 今日の夕方過ぎに、強制的に作業を中断した。久しく開いていなかった無料映画のGyaoで、何か気晴らしになる映画はないだろうかと物色してみた。ろくに説明を読まなかったが、ドイツかウィーンが舞台のようで、平穏な家庭のシーンから始まるが、徐々に家庭崩壊の芽が見えてくる。しかし、いかにも不自然な展開で、観客の受けを狙ったシーンが続く。およそ判断力のある大人が安易にとるはずのない行動に移る。なんの悔悟も自責の念もない。極めて説得力のないストーリーだったので、途中で止めてしまった。

 その少し後で不意の来客があった。運送会社も郵便局も集荷は終わったし、注文していたアスクルの配達も来ているので、一体誰なのかと訝しく思った。どなたですか、と問いかけると何やら男性の声がする。ドアを開けると、二人の男性が立っており、キリスト教会の宣教師でメッセージを伝えに来たという。なんのメッセージかと思ったら、iPad Miniを取り出し、復活祭に関する動画を見せてくれた。一瞬何かの押し売りかと思ったのだが、「神聖なメッセージ」を携えてきてくれた。玄関先での短い応対だったが、丁寧にお礼を言い、お帰りいただいた。

 その後しばらく、「神聖さ」について思い巡らせた。そうか、私には神聖な視点から自分の人生を俯瞰するという努力が足りなかったようだ。我流の考えだが、神聖な視点とは多分に宗教的な要素が伴う。つい最近もアッラーの神の偉大さを讃えながらの自爆テロがあった。

 比較文学という学問はあるが、比較神学あるいは比較宗教学という分野は存在するのだろうか。深く学問的に勉強していないが、宗教に関してはある種の持論がある。もし無神論という立場に立てば、宗教と哲学、倫理学はほぼ同じ場所を占めると思う。そうなると、どの宗派が正しいか、あるいは間違っているかなどの論争が生じる。

 しかし、有神論という視点に立てば、これほど分かりやすい話はない。神が存在するのであれば、何も声高に論争する必要はない。神に、どの宗派が神の受け入れる宗派なのか教えてください、と問えばいいではないかと思う。本当に真面目な質問かどうかを確認するために、即座に答えは与えられないかもしれない。しかし、適切な時期にそれらしい答えを得られるのではないだろうか。

 ・・・そのようなことを、しばらく考えていた。・・・心身ともにくたびれ果てた生活を送っているが、ささやかな発見もある。

 駅前のマルイに輸入食品を扱っているKALDIという店がある。いつ行ってもレジには行列が作られている。数十種類のコーヒーを量り売りしているが、最近私がすっかり気に入って常食しているのは、クエイカーというブランドのオートミールである。学生の頃、アメリカ人がお湯をかけて柔らかくし美味しそうに食べていたのを思いだした。2種類試食してみたが、レーズン&スパイスの方が気に入っている。地下の食料品売り場で成分無調整の、甘くない豆乳を購入し、豆乳をかけて数分待って食べている。

 先日、知人に何かを送るついでに、「ネコのエサ在中・・・人間も食べられます」と、封筒の表に大きく書いて送った。配達に来た郵便屋さんが、にやにやしながら渡してくれたと言っていた。中を見て、オートミールだと分かったらしく、偶然、成分無調整の豆乳をがあったそうで、試食したそうだ。

 どんなささいなことでも、何か嬉しいことがあれば気持ちも和む。ちなみに、このオートミールはひと箱に小袋が10個入っている。小袋1個の値段は、60数円だ。60数円・・・なんと安い幸福だろうか。私はそれで十分幸せである。

(最近常食しているオート・ミール)
c0115242_00503103.jpg


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by hirune-neko | 2017-06-24 00:52 | 心の中のできごと | Comments(0)

店長suzukiのフォトストーリー(その2)


Eliane Elias Photograph (Fotografia)


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 美容室・gigue(ジーグ)の店長さんから、4点の画像が送られてきた。

 画像に合った音楽を選び、即興で短い文章を書く。そして美容室・gigue(ジーグ)のサイトに掲載する。そんなフォトストーリーを、初めて手がけたが、今日はその2回目である。

 画像をPhotoShopで加工しながらサイズを調整したが、なかなかぴったり行かず、サイズを何度も調整してようやく収まった。掲載した画像を眺め、選曲した音楽を聞きながら即興で文章を考える・・・なかなか楽しい作業だ。

 駄菓子菓子・・・だがしかしである。すっかり時間がかかっていまい、もう床に就く時間を大幅に過ぎてしまった。もう限界なので、鈴木店長さんには無断で、作品のひとつだけを以下に紹介させていただく。他の作品もご覧になりたい方は、美容室・gigue(ジーグ)の公式サイト・トップページの下の方をご覧いただきたい。URLは最下部に掲示させていただく。

【店長suzukiのフォトストーリー(その2)】
選曲したのは、冒頭のEliane Eliasが歌う、Photographである。

c0115242_02065414.jpg

詩人だった彼は 初対面の時間を
少し過ごした後 わたしにこう言った

「きみには過去の香りが漂っているね」

どういう意味なのか 聞き返さなかった
わたしの過去なんて 掲示板に貼られて
黄ばんでしまった写真のように
誰も見向きもしないし 振り返りもしない
でも 今のわたしは これまでのわたしを
幾重にもつなぎ合わせて 
過去から蘇生したと思っている
わたしは過去を振り返らないし
過去こそが 未来を創っていると
今でも思ってる

*美容室・gigue(ジーグ)のサイト
 http://www.gigue.saloon.jp/


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by hirune-neko | 2017-06-23 02:10 | 創作への道 | Comments(0)

遺言メッセージは「フレッツあずけ〜る」へ


Astor Piazzolla - Soledad


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 毎日、日記のような感覚でブログ記事を書き残している。公開の場なので誰でも読めるし、その日その日の雑感を感じたままに書いている。しかし、家族に対しては、とくに仕事に関する指示内容はブログに書くことはできない。

 出張で飛行機に乗るときは、旅行傷害保険や生命保険の明細を書き、その使途を指示している。子どもたちはおそらく、またか、と思っているだろう。

 2年ほど前に、永年使用したビジネスフォンが老朽化したため、入れ替えた。その際、フレッツ・あずけ〜るというサービスを勧められ、契約した。かなり以前から、KeeperとかoneSafeなどのクラウドサービスを導入し、パスワード情報などを共有しようと考えてきた。しかし、非公開情報は多岐にわたるため、なかなか着手できないままだった。

 今日、改めてNTTのフレッツ・あずけ〜るというサービスを調べてみた。すると、なんと2年間も使用料を払い続けていた。何も利用せずにだ。実に無駄にお金を浪費してしまったものだ。

 契約しているサービスは、50GBの容量だった。ログインIDは999種類まで設定できるそうだ。つまり、999グループの人たちとそれぞれ異なる領域を共有できることになる。自分を含め、全ての該当者の端末に対して認証コードを発行し、iPhoneやiPadからも利用できると言うことだ。

 保存できるファイルはPDFに加えて、mp3も可能だということが分かった。つまり、文書だけでなく、口頭の音声メッセージも保存できる。私にとっては、とても便利な機能だ。文書だけだと、作成するだけでもかなり時間と手間がかかる。しかし音声メッセージだと、手軽に随時作成して保存することができる。音声ファイルはPDFフィルに較べると、かなり容量が大きい。しかし、契約しているのは50GBもある。これはかなり利用範囲が拡がりそうだ。仕事上、頻繁にやり取りする人と領域を共有していれば、依頼事項や説明事項を音声面メッセージで保存してしまえば、更新したことだけを伝えれば済む。この仕組みを使えば、時間と労力の大幅な短縮になる。

 世の中、ますます便利になっていると感慨深く思った。これを機会に、早速活用しようと思う。日ごろから、遺言音声メッセージを保存しておけば更新も容易だし、なんとなく安心することもできる。

 今日は、いつにもましてマイナーな内容の記事になってしまった。しかし私にとっては、とても実用的な発見なのでとても嬉しく思っている。


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by hirune-neko | 2017-06-21 23:39 | 現実的なお話し | Comments(0)

暑い中の行軍で、すっかり消耗してしまった


"Volver" - Anibal Troilo y Astor Piazzolla


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 予定通り福祉団体のミーティングに行った。皆さんはそれぞれ忙しい方ばかりなので、いつもはきっかり1時間で終わる。ところが今日は予定外のことで、昼食に招待され、ランチミーティングへと延長になってしまった。

 招待者は元日銀の支店長を歴任された方で、場所は麻布界隈にある日銀関係者専用のレストランだった。樹木に囲まれた閑静な場所で、とても都心とは思えない。

 駐車場に車を入れたとき、私は「デニーズの食事代ぐらいしか現金を持っていないですよ」、というと彼は黙って笑った。前も一度招待されているが、食事代が一体どれぐらいなのか、見当もつかない。

 洋食か和食か尋ねられたので、和食をお願いした。少ない量でお願いし、あとはお任せした。彼は、小懐石を選んでくれた。素材も吟味され、手をかけられていたが、何よりもガラスの器だと思ったのは、氷だった。手間をかけた本当の和食だった。

 彼とは30数年の付き合いなので、私の来歴をよく識っている人物でもあり、遠慮不要で話しやすい。ここ数年を遠望した構想を説明されたが、同時に協力も求められた。豊富な人脈と視野の広さ、緻密さのどれをとっても、有能な人物だ。

 帰りは最寄りの地下鉄の駅まで送ってもらった。思ったより暑さが厳しかった。スーツを着込んでいたし、リュックがまた重い。iPadはそうでもないが、iPad Proはかなり重く感じる。それ以外に充電式のバッテリーも常時持ち歩いている。ハイパージュースの最大のものなので、それだけでもずっしりと重い。出張となると、これらに加えてMacBook Proも加わるので、パンパンのリュックは相当の重さになり、足を取られることもある。しかし、通信環境は万全となる。

 そんな重装備で直射日光の中を歩いたので、途中でへばりそうになってしまった、貧血一歩手前で汗が噴き出す。久しぶりに消耗してしまった。終点で降りるはずが、すっかり寝入ってしまい、駅員さんに起こされた。こんなことは初めてだ。

 これ以上のボランティアは、限界点を超えてしまうという認識があるため、正直な気持ちを言えば、そっとしてほしいとうのが本心だ。しかし、彼は持病の容態が思わしくなく、覚悟の上で行動しているのを知っている。「もしものときは、後を頼みます」、とも言われている。文字通り、信念の人である。そんな彼の依頼であるし、着想や構想には私自身も共鳴しているので、・・・実現にはかなりの困難さが伴うことは明らかだが、要請には応えようと思っている。どっちが先に倒れるか分からない、病人コンビのようなものだが、これこそまさに「老老同盟」と言っていいのではないだろうか。

 私利私欲に囚われず、社会や公益のために殉ずる覚悟の人と一緒に行動するのはいいものだ。極限状況を視野に入れて、なおも前進しようとする人間に対しては、戦地で互いの命をかばい合った戦友のような、特別な信頼感と連帯感を持つことできる。不信と謀略に溢れる時代にあって、これは得難い貴重な人間関係だと思っている。

 すっかり消耗し切ったので、将棋をしても負けるだろう。今日はもうこれ以上何もせず、おとなしく床に就くことにしたい。


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by hirune-neko | 2017-06-20 23:23 | 心の中のできごと | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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