昼寝ネコの雑記帳

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腰痛ベルトを2本巻いて悪戦苦闘中だ

Adios Nonino - Astor Piazzolla


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 腰痛ベルトというのは、普通は腰に巻くものだろうと思っている。しかし私の場合、頸骨の少し下の辺りの背筋の凝りが酷くなることがある。なので、腰痛ベルトを背中に巻いて仕事をすることが多い。

 ところが最近は椅子に座っている時間が長いせいか、徐々に腰痛に苦しめられるようになっている。立ったり座ったりの時に、何かに掴まるほど不安な状況だ。今日など、珍しくちょっと姿勢を変えようと思っただけで、腰に激痛が走った。

 腰には太いゴムベルト、背中には母が生前使用していた、細いゴムベルトを巻いている。遺産の有効活用だ。

 今日は夕方から、大幅に遅延してお待たせしている小冊子の製作に取りかかった。これもボランティアである。第1稿を送ったら、かなりの修正が入ってしまい、手を付けるのが億劫になっていた。それと、まとまった時間を確保できない日が続いていたので、ますますハードルが高くなってしまっていた。

 なんとか日本語の文章ページと画像処理が終わった。夢中で集中したので、時間を確認したときはすでに午前2時だった。身体にいい訳がない。しかし、いつかは仕上げなくてはいけないので、意を決して取りかかったが、気分的にはすっきりした。

 あと2時間もしないうちに、次男が仕事場にやってくると思う。どうしても週末に受注したデータが溜まってしまうので、9時に出社したのでは間に合わない。

 記事を書きながら、YouTubeで音楽を探していたら、ピアソラがオーケストラと協演した、アディオス・ノニーノに行き当たった。演奏を聴きながら記事を書いているが、不思議と腰と背中の辛さが緩和されてきた。

 さあ、新しい1週間の始まりだ。月末も近いことだし、気力を出して頑張ろう・・・泣きたいぐらい憂鬱な気分で始めたが、心身ともにすっかり軽くなった。よかったよかった。


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by hirune-neko | 2017-03-27 02:29 | 現実的なお話し | Comments(0)

高場将美先生、ご覧になっていますか?


El exilio de Gardel Tango


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 掲載した動画は、アルゼンチンの映画監督ソラナスによる「ガルデルの亡命」の冒頭シーンだ。音質も画質も良くないが、ピアソラが作曲を担当したという三部作のうちの1つだ。この映画3作品ともDVDを購入し、大事に持っている。初めてこのシーンを観たとき、バンドネオンのソロ演奏でピアソラの曲が演奏されたのを耳にして、とても感銘を覚えた。

 どのような経路だったか覚えていないが、おそらくコロンビアの福岡貞夫さんと高場将美先生がFacebook友達であり、偶然私のブログをご覧になった福岡さんと私がFacebook友達になり、その流れで私が高場将美先生に友達申請をしたのだろうと思う。

 その高場先生のタイムラインに、3月14日付でヴォーカリストの峰さんが、高場先生の入院についてコメントを入れていらっしゃった。様子は皆目わからないが、高場先生のご快復を願っている。

 高場先生は東京外語大学のご出身で、ご専門はスペイン語とポルトガル語だ。一度だけ恵比寿で開かれたスペイン語講座に、参加させていただいたことがある。かつてピアソラが来日したときに、 通訳をされたり取材をされたとおっしゃっていた。お仕事で中南米音楽にも精通されており、色々と教わることの多い先生である。

 この映画、ガルデンの亡命はすべてピアソラが作曲したとばかり思っていた。それにしては、ピアソラらしくない曲があるなとブログに書いたことがある。すると即、何曲かは監督のソラナス自身が作曲したのだと、確か仙台の鈴木さんが指摘してくれた。その後、高場先生がコメントを入れてくれて、それに対し福岡貞夫さんが参入してきた。私が読んでも、あまりにも内容が専門的すぎて、ある種の畏敬の念を感じたのを覚えている。当時、「ピアソラ音の出る図書館」という名のサイトを、ネット上に設置していた。 クレモナ・モダンタンゴ五重奏団のアレンジャーである梶さんと知り合いになったのも、この図書館がきっかけだった。 

 今日は、入院中の高場将美先生への お見舞いメッセージとして、当時の図書館に保存した、やりとりを以下にご紹介したいと思う。

(高場先生へ)
 高場先生、実は私は極度の怠け者ですが、語学に対して異常な執着を持っています。一段落したら先生のスペイン語クラスとポルトガル語クラスを受講させていただきたいと、ずっと思っているのですがなかなか果たせないでいます。先生が退院されてお元気になられたら、何とか時間をやりくりして勉強させていただきたいと思っています。私がこんなことを申し上げても、何の励みにもならないとは思いますが、どうぞゆっくり養生なさり、無事に退院なさってください。お願いいたします

(ピアソラ音の出る図書館から転載)

 福岡貞夫さんが、Archivos BoesmiのコレクションをFacebookに掲載し、そこから自然発生的に交わされた対話をそのまま、転載します。へたに手を入れずに、そのまま転載した方が対話の息づかいが再現されると思いますので、リアルなサイト上鼎談をお楽しみください。(本当は、編集作業が面倒なだけだったりして)とくに、高場将美先生の解説にご注目ください。なお、文中の敬称は省略させていただきます。

福岡 貞夫
何回見ても橋の上で踊るグロリアとエドァルドの姿に釘ずけになってしまう・・・

高場 将美
福岡さん情報をありがとうございます! じつは、ついこないだ、この映画をレンタル・ヴィデオで借りて、コピーしようかなと思っていましたが、めんどくさいので返してしまい、今になって「また借りて、こんどこそコピー」と思っていたのでした。YouTubeの画質は、わたしのPCの画面で見るくらいならVHSと、まぁ変わりないですね。音はこちらのほうが鮮明でしたよ。また、この映画の日本語字幕はヘタクソなので(アルゼンチン人はおしゃべりすぎるので、短い字幕ではむずかしいのではありますが)、ないほうがスッキリしますね。ほんとに大発見ですね!

福岡 貞夫
高場さん、お役に立てて幸いです。これも偶然です。ボゴタで上映された時は何度も観に行きました。繰り返し、繰り返しでもあきませんね。終わり近くになるとカルロス・ガルデルが登場するシーンがありますが・・・ここで当地の映画館は観衆総べての拍手で騒然となります。これには感動しました。今でも彼ガルデルはアイドルなのですねー。

高場 将美
あのシーンは、わたしも最初に見たとき、そして今でも、うれしくて涙が出ます。まず街頭に人影が見えて、「あれ? もしかして、ガルデール先生がいらっしゃるのでは・・・」と思わせるではないですか。すぐに、やっぱりホンモノだ!と大感激します。3度めか4度めになると、なんだこの役者は顔も変だし、セリフもヘタクソだなぁ、と腹が立つんですが(わたしのほうが上手にガルデールみたいにしゃべれるぞ!)、わたしの大好きな曲、またこの場にふさわしい «Anclao en París»をうたうのは、本当にホンモノだから大感激です。歌がうまいこと! 当たり前ですがね。福岡さんがグローリアとエドゥワルドなら、わたしはガルデールに会うために、この映画を何回も見てきました。

福岡 貞夫
あれ、ガルデルの本物ではないんですか???ぼんやりしていて気が付きませんでした。そうかしゃべり方に気を付ければいいんですね^コロンビア人達も気が付いていないんですよ・・・

高場 将美
「ガルデルだー!」と感激して、目がくらまされるんですね。また、生きていると信じたい気持ちがありますから。そして、なんたって歌声はホンモノですからね。

昼寝 ネコ
福岡さん、有難うございます。日本語字幕のものを一度だけ観ましたが、ガルデルもどきの役者の登場には気付きませんでした。たしか、終わり頃に公衆電話のシーンでガルデルが話題になり・・・そのシーンに登場したのでしょうか。恥ずかしながら、その当時はガルデルについて全く知らなかったものですから、感動もせずただ見過ごしてしまいました。

高場 将美
最後のほうでガルデールとサンマルティン将軍がマテ茶をのみながら、『ボルベール(帰郷)』のレコードを聴きますよね。将軍はどうでもいいですが(失礼!)、ガルデール(になった役者)の顔は見えないようにして、また話もさせないでほしかったですね。逆光のシルエットで歌いダンスするシーンは、いまYouTubeで見て、わたしは、また感動しましたよ!

昼寝 ネコ
高場先生が役者と知りつつ感動なさるとは、高場先生もかなりのガルデル教信者のようですね。もし私がガルデルにも傾倒してしまったら、そして十分な蓄えができたら、もしかしたらアルゼンチンに行ってしまいそうな気がします。

高場 将美
昼寝ネコさま 公衆電話のところに出てくるのは、作詞作曲家のディセーポロです。これもニセモノとすぐわかりますが、そんなこと言ったら監督にも役者さんにも悪いですよね。すぐその次のシーンで、ガルデールがタクシーから下りてきて、2人のギタリストとともに『パリに錨をおろして』を歌います。このギタリストたちも、嘘っぽい……なーんて、勝手なことばかり言っちゃいけませんね。ガルデール自身は「よくできた。いい監督だね」と喜んでいるでしょう。彼は、「出演料はいらないから、この映画に出たかったけれど、いろいろ障害があって、うまくいかなかった」と、わたしに語っています。

昼寝 ネコ
以前、福岡さんかSuzukiさんの記事で、高場先生がピアソラの通訳をされたとか、コンサートのミキシングを担当されたとか目にしていましたので、ちょっと時系列が錯綜していました。さらにガルデル(ガルデール?)との会話だなんて、ますます不思議な感じがします。

高場 将美
ガルデル――わたしはガルデールと書きますが、カタカナ表記はどれが正しいというわけではないんです――がお話してくれるようになったのは、ごく最近です。すごく集中して、いっしょうけんめいレコードを聴いてきたので、「よしよし」と認めてくれたのでしょう。私生活の話はしないようにしています。ハハハ・・・

昼寝 ネコ
なるほど。そうですね、私生活のリアルな部分は横に置いて、引き続きお話しをなさってください。最近になってようやく、ピアソラがあまりにしつこい私の追求にうんざりしたのか、ときどき話し相手になってくれています。なのでオール「ピアソラ・プログラム」で、一度コンサートをプロデュースしたいと申し出たら快諾してくれました。でも、出演だけは勘弁してくれと念を押されてしまいました。残念ですけど仕方ないですね。なので、現存する演奏家候補を物色中です。気の長いお話しです。私が墓に入る前に実現するかどうか、少し弱気になっている次第です。

福岡 貞夫
高場さん、昼寝ネコさん、お二人の楽しそうな話題に割り込むのもどうかと躊躇しますがあつかましく・・・この映画をはじめからじっくり良く見ないと駄目だなと思います。PCの画面では俳優さんの顔もろくに判明も出来ないし、それ以前に感動が邪魔して平静に画面を見ていないんですよ。映画を見てたときもそんな状態だった。と思い出します。それから私はガルデルの傍に居るんだと一人よがりの上に彼に構わずに私生活をほじくりアサリ、今、後悔の念にさいなまされています。

高場 将美
一人よがりは、わたしも含めて、みんなそうじゃないですか??? 後悔なんかするな、とガルデルも言って・・・なかったですかね。ハハハ

昼寝 ネコ
高場先生に同感です。自分が忘れ去られていない、と思えるのは誰にとっても悪い気がしないものですよ、きっと。だから、そのうち福岡さんの夢にガルデルが現れて、グラシャスというか、メルシーっていうかわかりませんが、感謝の意を伝えることがあるだろうと想像しています。

福岡 貞夫
後悔しているといいながら・・・ガルデルの事ばかり書いている。ところで、ソラナース監督がこの映画に「ガルデルの亡命」となずけた意味を考えたのですが、やはり彼も亡命者であった。だからフアン2に彼の心情を語らせた。ではガルデルは?彼も当事アルゼンチンではウルグアイ人ゆえに阻害されたのです。サンマルティンも政治亡命ゆえにパリで病死したわけですから。私はアルゼンチンから軍事クーデターの直前に逃げ出した一人です。外国人である者が他国の政治情勢を語る事は触れませんが。

高場 将美
この映画のための歌をぜんぶ作曲したカスティニェイラ(ほんとは、もっと長々しい名前なんですが)も亡命者です。ソロを歌っている女性歌手スサーナ・ラゴは彼の奥さんでいっしょに亡命しました。彼女は、すごく個性的な魅力ある、要するにわたしの好きなタイプの顔のひとなんですが、画面には出てきません。それに、コーラスとまじっているので、ソロも目立たなくて、わたしは口惜しいです。それから、ピアソーラの演奏以外で聞こえるバンドネオンは、たぶんモサリーニだと思いますが、彼も亡命者ですね。ピアソーラだって精神的には亡命者みたいなものですよね。

福岡 貞夫
そうすると、亡命者達が作った映画。ともかく稀に見るよい映画だと思います。ピアソラのフアンとしてはテーマ曲に酔い、ガルデルの登場でとどめを刺される。あの軍事政権はありとあらゆる人権蹂躙を行ないましたから・・・モサリーニもそうでしたか。たしかにピアソラもにたような者。娘さんのディアナさんもメキシコに政治亡命していました。

昼寝 ネコ
ちょっと高場先生、待ってください。過日、この映画で使用されているTngo-Tangoを最もピアソラらしくない曲だと書きましたら、Suzukiさんから、これはソラナス自身の作品であり、ピアソラは一部しか作曲していないという指摘をいただいたばかりです。全曲そのカステラとかなんとかいう人の作曲なんですか?私は冒頭のDuo de Amorを聴いた瞬間、悶絶したというのに、ピアソラが最も情熱を傾けて作曲した映画だというのはまやかしなんですか?Soloという曲も、たぶんゴジェネチェが歌っていると思うのですが、聴いて、さすがピアソラ=ゴジェネチェのゴールデンコンビだと思っていたんです。ああ、なんだか詐欺師にだまされた気分になってきました。人生の終盤で、思いがけない真実に直面するというのは残酷なものですね。でも、ピアソラ図書館では事実を公開しなければいけませんので、高場先生のコメントと引用しつつ、皆さんにも落胆の気持ちを共有していただこうと思いますが、よろしいでしょうか?すみませんが許諾を宜しくお願いいたします。

高場 将美
引用に許諾なんかいりません。情報は、ご自由に使ってください。補足しますと――Duo de amor など、ピアソーラの演奏で聞こえる曲は、もちろんすべてピアソーラ作曲です。どこかに挟んで、バンドネオンのソロでガルデルの『想いのとどく日』を短く弾いていたように思いますが、とにかくピアソーラ作曲です。Tango-Tango や Solo など、歌の入る曲はすべて、脚本・監督を担当したソラーナスが歌詞をつくり、それにカスティニェイラ・デ・ディオスが作曲・編曲しました。歌の伴奏の一部分にバンドネオンが聞こえますが、これはパリにいたモサリーニが弾いていると思います(わたしの推定です。確率70%くらい???)。「ピアソーラが最も情熱を傾けて作曲した映画」というのは意味がよくわかりませんね。彼のような特別な存在でなくても、ほとんどすべての音楽家は、どんな曲でも、そのときのすべての情熱をそそいで作曲しています。それから、映画音楽は、じぶんが演奏するための曲と違って、画面の邪魔にならないように、多くの人の耳に親しみやすいように、より、わかりやすい音楽を作曲するのがプロですね。どんなシーンに使うかという、たとえ大ざっぱでも監督からの指示があって、いちおう制約の中で作曲するので、自由な創造活動ではありません。でも、かえって具体的なイメージがあればインスピレーションもわくでしょうね。もちろん作曲しているときは「最も情熱を傾け」ますよ。結果として、とてもすてきな曲ばかりで、映画を離れて演奏のみの曲としても愛され、(ふつうの?ピアソーラは気に食わない人も含めて)多くの人を感動させ、ピアソーラ本人もたいへん満足した音楽になりました。タンゲディアという造語は「タンゴとトラヘディア(悲劇)を合成したもので……」と、映画のことをなにも知らなかったときのわたしに解説してくれましたので、ソラナス監督の考えに、ピアソーラもとても共感していたのでしょう。

福岡 貞夫
高場さん:解説ありがとうございます。この映画を繰り返し見るのに益々楽しくなります。

高場 将美
ありがとうと言われると恥ずかしいです。暑さで1ヶ所忘れていました。造語タンゲディアには「コメディア(喜劇)も含まれています。タンゴ悲喜劇ですね。ついでに、ホセ・ルイス・カスティニェイラ・デ・ディオス José Luis Castiñeira de Dios (これがフルネーム)について、わたしの書いたものを引用します。「1947年生まれ。(中略)77年のフランス公演を機会に、パリに亡命(中略)、ほとんど同時に、別ルートで亡命してきたモサリーニとともに(共演したわけではないが)、パリにアルゼンチンあるいはラテンアメリカ音楽の場所を育て、守ってきた。ギター、エレキ・ベースなどを弾くが、リーダー、作曲、アレンジといった面が主である。フォルクローレからタンゴにいたる、非常に多くのアーティストをサポートしてきた。自身での活動は、前面に妻のスサーナ・ラゴ(1939年生まれ)を立てる。スサーナは個性的で力強い魅力をもった歌手で、すぐれたピアニスト、民俗楽器もこなす。(齋藤充正/西村秀人・編『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』 2000年、立石書房発行より)

福岡 貞夫
貴重な追加情報も興味あふれるものです。感謝です。

昼寝 ネコ
高場先生 大変貴重なコメントを有難うございます。書籍『ピアソラ タンゴの名曲を聴く』の中に、高場先生が寄稿されている、ということですね?ピアソラ図書館は、単純に作品紹介と鑑賞を目的に始めましたが、高場先生や福岡さんのコメントも「ピアソラうんちく」というコーナーを新設し、紹介させていただきたいと思います。引き続き、宜しくお願いいたします。

福岡 貞夫
この映画の解説は多く見つかるのですが、高場先生の解説のように各テーマ曲まで裏の裏までの詳しく説明された貴重なエピソードがありません。

高場 将美
昼寝ネコさま その本の執筆者は10数名おり、上記はわたしが書いたものです。ピアソーラへのインタビューも載っています。本の制作に当たり、書房の編集者の方々、そして編者たちがすごい情熱を傾けてつくった本で、内容はなかなか熱いです。

*引用元・ピアソラ音の出る図書館:http://www.piazzolla-library.com/index.php?go=nsu6JZ


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by hirune-neko | 2017-03-26 01:03 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

Webマーケティングを凌ぐ感動のマーケティング手法

Isn't it a Pity - Shirley Horn


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 どの企業も、商品をいかに多く売るかに腐心しているはずだ。一定水準以上の売り上げがなければ、企業は徐々に衰退しやがては活動を停止せざるを得ない。

 マーケティングという言葉は、ずっと昔から存在する。ここ数年はインターネットを活用した、ダイレクト・レスポンス・マーケティング、最近はWEBマーケティングと称して、FacebookやTwitterあるいはGoogleを活用したマーケティング手法を勧める企業が増えている。

 中には、ちょっと首をかしげる誘いのメールが頻繁に入る。クリックするだけの仕事で、月に何十万円とか何百万円の収入になる、と説明されている。いわゆるアフィリエイトといわれる、仕組みなのだろうと思う。

 そのような、いくつものハイテクなマーケティングと比べ、ローテクを通り越して伝統的というか、古式豊かというか、実にユニークなマーケティング手法を目の当たりにし、新鮮な感動を覚えた。

 昨日、知人から電話があり千歳船橋を歩いていたら、りんごの行商をしているトラック(実際はリヤカーだったと指摘あり)があったので、購入して送ってくれたと言う。今時、行商なんていうやり方で、物を売る人が存在するんだと驚いた。確かに私の住んでいる街でも、時々露店で何かを売っている人たちがいる。しかし、行商と書いてこれを正しく「ぎょうしょう」と読める若い人がいるだろうか、と思うぐらいだ。

 そのりんごが今日届いた。5キログラム入りの平べったい箱で、送り状を見ると送り主はりんご屋さんであり、知人の名前はなかった。ずいぶん気の利かないりんご屋さんだと思った。

 箱を開けると、手書きのメッセージカードが入っていた。なんだろうと目を通したら、りんごの行商をしていた人からの挨拶だった。ずいぶん丁寧な人だなと思って、読んでみて驚いてしまった。以下に、その原文を固有名詞を伏せ字にしてご紹介する。

(行商人の方からの手紙コピー開始)
 「世田谷の路上で行商中に、Sさまとご縁がありまして、C社さまへりんごのギフトのご注文を頂きました。大変格好の良い、素敵なS様の懇意のC社の皆様も、感性の光る愉快な方々なのだろうとお見受けします。そんな皆様にぴったりの、丁寧な仕事でみずみずしく育ったりんご、どうぞお愉しみください。クリエイションのお供となれましたら幸いです。また、別紙に保管方法と商品説明、当店のパンフレットを同封しました。一度お目通しくださると、いっそうりんごがお楽しみいただけると思います。 ムカイ林檎店 世田谷店 藤原」
(行商人の方からの手紙コピー終了)

 印刷された挨拶状なら分かる。私たちも、発送する絵本のパッケージには、産婦人科クリニックの院長先生のお名前で、挨拶状を作り同封している。もちろん、名前は1枚ずつ異なるが文章は共通である。

 この行商人の方は、知人であるSさんの名前だけでなく、わが社の名前も記載し、なおかつSさんの風貌やわが社の業務内容にも少し触れている。まさしく、オリジナルの手紙である。

 私自身は、全国に約5,000カ所程度存在する、産婦人科クリニックすべてに営業コンタクトをする準備をしている。できれば、院長先生の目に触れるアドレスを探し出し、ニュースレターの形で営業メールをお送りする予定だ。インターネット機能なしには考えられない手法である。もちろん、説明コピーはそれなりに工夫をするし、一度送って終わりではなく定期的にフォローアップする仕組みも考えている。

 以前から、WEBマーケティングをコーチングしている会社から、ほぼ毎日複数のメールを受け取っている。ある程度の基本は学んだつもりだが、セールスコピーライティングのテクニックなど、詳細なところまではまだ研究ができていない。相手が興味を持ちそうな文章を羅列し、最後に申し込みをさせるよう上手に動機付けをする。価格も、どーんと高く提示し、すぐにかなり割り引いた値段を示して興味を引く。最後は48時間限定の特別価格、といって画面上に残り何十時間何分何秒まで表示する。アメリカで確立された、セールステクニックなのだろう。

 興味を引き、関心を高め、あらゆるテクニックを使って購入させようとする。そこにはある種のパターンや公式があるのだろう。それと比較し、この行商人の方の挨拶状には、ハイテクの要素が見当たらない。しかし、手書きであり、顧客である知人の容貌や雰囲気に触れ、しかもわが社の業務内容も多少は分かった上で、なかなか憎い文章を書いている。

 この挨拶状を読みながら、正直に言うなら新鮮な感動を感じた。相手の心をつかみ、相手の心に訴える、相手の心を開く・ ・ ・計算しつくされた手法ではなく、素直に心に感じたままを書いたと思っている。私は即座にこの行商人の藤原さんのファンになった。

 とうとう藤原さんの携帯に電話は繋がらなかったが、会社の方から連絡があり、聞くとこのりんごの産地は青森県の大鰐だという。残念ながら、りんごの販売時期はもう終わりだそうだ。次は10月ぐらいまで待たなければならないという。

 そんな話を聞きながら、もうかなり前のことだが青森県の板柳町に何度も訪れたのを思い出した。板柳町は別名りんごの町と呼ばれている。りんごの産地であり、町をあげてりんごの生産と販売を支援している。りんご専用のまるで倉庫のような大きな冷蔵施設があり、年中出荷できる体制を作っていたと記憶している。

 藤原さんには、コピーライターとしての感性があると思う。芸術家としての素養がある人だと思う。調べると、この会社は京都にも販売店があるようだし、インターネットからも注文ができるようだ。しかし私は、リンゴを購入するときは藤原さんに電話をして、買わせていただこうと思っている。

 長年にわたって、営業が苦手な私はあれこれ苦労を重ねてきている。しかし今日は、りんごの箱に入っていた挨拶状を読み、マーケティングといわず、敢えて販売手法と呼びたいのだが、その原点を教えられたような気持ちだ。りんごに付加価値のついた贈り物だった。

 Sさん、どうも有難う。


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by hirune-neko | 2017-03-25 01:40 | 現実的なお話し | Comments(2)

描いたシナリオのシーンが、ゆっくりと展開している


Shirley Horn - "Where Do You Start?”


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 数日前、三男の家に電話した。すると若い女性の声で「どちら様ですか」と、なかなか美しい日本語で質問された。聞き覚えのない声なので、一瞬ボタンを押し間違え間違い電話をかけてしまったと思った。そこで「失礼しました」と言ったところ、電話の向こうで「あっ、じいじだ」と言う聞き覚えのある声が弾けた。三男夫婦の長女で、まだ小学校3年生の子だ。どう聞いても、あの声と口調は20代の女性のものだった。自分で可笑しくなってしまった。

 世の中というのは、単純に見える人にとっては単純なものだし、逆に複雑に見える人にとっては複雑なものとなる。確かに、人生はある意味で、いつ何が起きるかわからない生き物のようなものでもある。功成り名を遂げないとしても、無事平穏に晩年を過ごし、子供や孫達に先立たれず、他人に迷惑をかけたとしても謝罪で済む程度であり、肉体の老化も年齢相応程度であり、食べ物を美味しく食べられ、良い音楽に心酔できて、知識欲も衰えず、価値観を共有できて信頼できる友があり・・・自分のこれからの人生が、そのようなものであればいいなと贅沢な望みを抱いている。

 年に1度の誕生日を迎え、改めてこれまでの人生を振り返ってみた。私たち夫婦には子供が4人いる。それぞれ結婚して家庭を持ち、積極的に努力をしながら必死で道を切り拓いている。不思議なもので、子供たちも孫たちも年齢が毎年変わるので・ ・ ・当たり前だが・ ・ ・それぞれの年齢を正確に覚えていない。しかし、自分の年齢についてはそれなりの感慨がある。母方の祖父は働き過ぎで健康を害し、確か38歳で他界した。父は私が学生の頃、45歳で他界した。家内の父親は、何年間かの闘病生活の末、63歳で亡くなった。私の目には、それなりの齢のように感じられた。

 割と短命の家系に生まれたという実感があり、漠然と自分も短命だろうという強迫観念を持ち続けてきた。正直いって、この歳まで生き永らえるとは少し驚いている。やりかけの案件はとても多い。しかしどういうわけか、焦る気持ちはなかった。いくつもの数のパズルの断片を、丹念に一つ一つ組み合わせ、焦ることなくその日その日を過ごしてきたように思う。もちろんそれなりの試行錯誤や紆余曲折は経験している。

 ごく最近からだが、これまでに感じたことのない不思議な感覚に包まれている。自分が思い描いていたシナリオのシーンが、具体的に、展開を始めたと実感できるようになっている。これは、私にとってとても大きな励みだ。あとどれぐらいの時間で、どこまで達成できるかはまだ分からない。しかし、確実に大きな流れが長年思い描いていた方向に向かっているのを実感している。これはとてもありがたいことだ。

 決して順風満帆な人生だったわけではない。失敗や誤った判断と選択、窮地に陥ったこと、徒労感や失望を味わったこと、実に様々である。しかし今考えてみると、自分の苦境から大きな教訓を学んだと思う。たとえどん底の時であっても、逃げ出さず、諦めず、とにかくその時点でできることを行おうと努力した。

 心情的には、社会的な地位や名誉に対する執着はなかった。経済力は何をする上でも、あった方がいいに決まっている。しかし、ただひたすら資産を増やすことに執着して選択を重ねたことはない。

 他者の平和と安全、そして平安を願う気持ちを失わなければ、同じように考える人たちが寄ってきてくれる、そのようにも実感している。

 ある宗教家の言葉だが、何かに失敗してやり直そうとする最適の時期は、まさにその時であるといっている。失望や落胆は、その人の積極性や建設的なエネルギーをしぼませてしまう。したがって、自分の人生に何か予期せず、起きてほしくないことが起きたときは、その言葉を思い起こすようにしている。

 苦難や困難の時期こそ、自分の可能性を伸ばし、才能を開花させ、人格を磨くことのできる最良の時だ、とそのように思えるようになった。これは、すべての人に共通して当てはまる言葉だと思う。


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by hirune-neko | 2017-03-24 00:50 | 心の中のできごと | Comments(4)

やっと、みるとすサイト修復の入口に到達した


Astor Piazzolla - Woe pass away (11 - CD3)

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 さて、使い始めてから何年になるだろうか。QHM: Quick Homepage Makerという名前のソフトで、これまでにいくつもサイトをゼロから作ってきた。このソフトが大幅なバージョンアップと機能変更を行い、Haikと言う名前に変わっている。

 Google検索エンジンのプロトコルの変更に伴い、大幅な仕様変更をしたようだ。したがって、これまでのソフトを最新のものにバージョンアップする必要がある。忙しさに紛れてしまい、なかなか手をつけられなかった。ちょっとした質問をサポートの部署に送ったら、親切に丁寧な手順をメールで教えてくれた。まずは、最新のバージョンにアップグレードする必要がある。一体いくつのサイトが、サーバー内に設置されているかちゃんと確認しなければならない。そして、まずは1つ1つバックアップを取って保存しなければならない。かなり時間がかかりそうなので今日は断念した。しかし、説明動画を観ることができたので、ようやく要領を把握することができた。第一歩である。

 最近は時間的な余裕がないため、政治ブログもどうしても斜め読みになってしまう。少々気になる記事があったので、その発信元を確認しようとしたが見つけることができなかった。余命ブログだったような気がするのだが、もしかしたら他のブログだったかもしれない。

 私の記憶に誤りがあるかもしれないが、北朝鮮の銀行が国際決済を拒絶されたという表現があったと思う。私は正真正銘の経済音痴なのだが、仮に国際決済ができなくなると、輸出入の決済はどうなるのだろうか。素人の単純な質問である。現時点で、いろいろな人が様々な予測を立てている。第二次朝鮮戦争が始まるのか、韓国の次期大統領が、北朝鮮の傀儡政権になってしまうのか、したがって一気に北朝鮮主導で朝鮮半島の統一が進むのか、あるいは朝鮮戦争が再発するのか、はたまたその前に、米軍を中心とする特殊部隊が金正恩最高指導者を、排除する行動に出るのか。その時に、プーチン大統領は北を守るのか、あるいは将来を見据えてアメリカと共同作戦を取るのか、中国はどう出るのだろうか・ ・ ・などなど、私のような部外者には謎だらけである。

 去年あたりからだろうか。ブログ「余命三年時事日記」の記事スタイルが、徐々に変化している。最初の頃は、出版された余命書籍の書店での扱いに関する報告が多かったように思う。並行して、官邸メールについてや、さらには外患罪告発について色々な情報が飛び交うようになった。私自身は、余命初代かず先生がご存命中からの読者である。したがって、当時の余命ブログの記事スタイルからは、とても大きな変化を見せていると感じている。

 つまり、最初の頃からしばらくは、次々と開示される情報に驚き、政治や社会に対する見方を改めた人が多いのではないだろうか。私もその1人である。しかし、単なる情報発信あるいは評論という領域から、良い意味でだが、大きく逸脱してきている。常々、余命ブログ自身が目的ブログと自称しているように、明確な目的を持って情報発信をしている。そこで啓蒙された多くの方々が、その主旨に賛同し行動に移している。最初は官邸だったと記憶している。今では外患罪に対する集団告発に変容してきている。

 メディアスクラムによって完全に守られている、と美しい誤解をしてきた政治家の皆さんたちも、今回の森友事件を無理矢理政局に結びつけようとしたものの、どうも勝手が違うと気がついたのではないか。ためしに、セブンイレブンで新聞ラックの中から、日刊ゲンダイと夕刊フジを手に取り、第一面のタイトルを見比べてみたらいい。セブンイレブンには大変申し訳ないが、私は一度も購入したことがない。ネットで夕刊フジの電子版であるZAKZAKを閲覧すると、大体の様子がわかる。

 国会でのやりとりで、野党議員の方が政府に対し、マスコミが萎縮するからけしからん、と猛烈に攻撃した。その時安倍総理は何と答えたか。今でも鮮明に憶えている。

「帰りにでも、日刊ゲンダイを手に取って読んでみてください。きっとも萎縮なんかしてませんよ。」

  確か、このような答弁だったと思う。私は思わず吹き出してしまった。

 私自身は、政局や国際情勢に対し関心を持っているものの、予測をしたり非難をしたり擁護をしたりなど、公の場ではしない主義である。今ではもう笑い話で済ませることができるだろうが、一度だけ徹底的に書いてしまったことがある。書籍の余命三年時事日記が、史上最悪の出版物である、というタイトルで日本における近隣国からの工作活動の実態について、かなり具体的に触れてしまった。今考えれば、少々勇み足だったかもしれない。余命ブログ読者の皆さんが騒然となり、24時間だけで1万数千人の方がお越しにになった。

 いくつもの有力な保守系のブログ管理者の皆さんが、どういうわけか私のブログにリンクを張ってくださっている。そのせいか、最も読まれている記事の筆頭になっている。1年以上も経つのに、今でも読みに来て下さる方が絶えないのは、保守系ブログの皆さんのご紹介によるものだと思っている。

 これからの時代は個人や家庭を守るための、インテリジェンス手法が必要になるとずっと考えてきた。もう何年にもなる。個人の人生や家庭の営みを考えたときに、その領域は案外とても広く、単に政治論争や非難の応酬で勝ったとか負けたとかいうレベルを超えた、はるかに崇高なものである。もちろん政治的な関心を持ち、選挙を筆頭に自らの権利や義務を果たすことは大切だと思っている。

  自分自身の欠点や弱点を認め、さらには鬼神・変人であることも認め、もう一つネコ体質であることも認め、もっと言うと私利私欲指向が借り忘れてしまった人間として、何を拠り所にすれば良いのか、常に考えている。

 別に大仰な結論を考えているわけではないが、自分の内面で湧き上がってくる使命感や正義感、さらには人道的な慈悲、そのようなものを大切にしたいと思っている。ずいぶん抽象的な表現で、さっぱり具体性がないと思う。しかしこれでも、何かのシステムを作ったり行動計画を立てるときには、かなり具体的かつ緻密に作るよう努力はしている。

 あー、またこんな時間になってしまった。明日は午後からだが、大事なミーティングがあるので今日はこれで失礼する。くれぐれも慢心せず、北朝鮮の暴発、韓国の内乱、半島統一の混乱、中国と台湾の対立表面化や東南アジア諸国の連携、アメリカ軍の動き、プーチン大統領の判断、どれもこれも断片的な情報では確定的な判断はできないが、いつ日本政府が有事認定をしてもいいように、心構えと出来るだけの自給自足態勢は、準備していただきたいと思う。

 遅い時間になってしまったので、大変申し訳ないが推敲も校正もしないで、このままアップさせていただく。気をつけてアリスの音声変換文章を見ているが、とんでもない変換をしている可能性もあるので、その時はお許しいただきたい。新しいiMacのアリスも、毎日長時間相手をさせられて、ヘトヘトになっていると思う。わが戦友であり良き秘書でもある。


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by hirune-neko | 2017-03-23 02:17 | インテリジェンス | Comments(6)

やれやれ、なんとか一段落したようだ

Astor Piazzolla - Bidonville

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 昨晩は、深夜2時まで仕事をしたためブログを書く気力が失せてしまった。それで、まるでパチンコ屋の閉店のように、蛍の光を流して終わりにさせていただいた。今日はまだ深夜1時だが、仕事のキリが良いのでここで閉店させていただく。だからといってまさか、仰げば尊しとか君が代を流すわけにもいかない。今日ばかりはピアソラの作品を選んだ。

 今もこうして、iMacのアリスに手伝ってもらい音声入力で、文章に変換してもらっている。とても楽なのだが、ちょっとでも油断すると滑舌が悪いせいなのか、とんでもない変換になってしまう。そこで、まるでラジオのアナウンサーにでもなったかのように、なるべく正確な日本語で発音するよう心がけている。楽をするにもそれなりの苦労はあるものだ。

 サイトのリニューアルも何とか基本構造ができあがった。1番収穫だったのは、本格的に音声ファイルを埋め込む技術をマスターしたことだ。簡単に言うと、サイト内で音声セミナーができることになる。試しにICレコーダーで10数分の解説を試みた。文章だと、ちょっと間違ったら消して戻れる。しかし頭の中で考えたことを声に出して話すには、それなりのリスクがあるということがよくわかった。つまり、てにをはがおかしくなったり、あるいは言い直したいと思うことも何度もある。しかし、こればかりは巻き戻しをして録音し直すというわけにはいかない。なので生番組のアナウンサーのように、結構これでも緊張して録音を終えた。

 IMacにはVoiceOverといって、設定をすればサイトやメールを開いたときに読み上げてくれる便利な機能がある。確かにちょっと文章が多いページで、しかも文字が小さいと理解するのがとても辛い。少々時間がかかっても、音声で読み上げてくれるととても楽な感じがする。悪戦苦闘したが、なんとか要領がわかったのでほっとしている。

 おそらく、このブログに音声ファイルを埋め込むことはできないだろうと思う。調べてはいないが、多分そんな機能はないのではないだろうか。いずれにしても、これから新しく作るサイトだけでなく、これまでに作ったサイトにも音声ファイルを埋め込める技術をマスターしたので、活用したいと思う。

 10年単位の自分の仕事人生を振り返ると、ほとんど人任せで放漫経営をしていた時期もあった。しかし、人に依頼する予算がないときは、自分自身でやらなくてはいけない。必要に迫られるので、htmlの何たるかを知らなくても必死で食い下がるしかなかった。

 もちろん、インストラクターになれるような技術や知識を持ってはいないが、編集製作に必要ないくつかのソフト、サイトをゼロから立ち上げ色々な機能を付加するソフトなど、ある程度の基本的な技術は身に付いたように思う。さぁ、いよいよ本格的な反撃のステージである。

 何よりも、気力と体力を回復維持したいと思っている。今日は朝からこの時間まで座りっぱなしだった。洗面とトイレと食事以外は、ずっとパソコンに向かっていた。これでは身体にいいわけがない。

 一朝一夕に生活習慣を変えることは難しいが、少しでも余命を延ばすために、もう少し健康に気をつけたいと思っている。

 大変申し訳ないが、遅い時間になってしまったので推敲も校正もなしで、このままアップさせていただく。ではまた明日お目にかかりたいと思う。


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by hirune-neko | 2017-03-22 01:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

本日はこれにて閉店させていただく


~蛍の光~閉店の時間

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 気がつけば、もう午前2時になってしまた。あるサイトの大幅なリニューアルをする必要があり、しかも締め切りまで時間がほとんどない。せっかくの休日だったが、 ずっとかかりきっていた。おかげで、何とか骨格までは作ることができた。後はサイト内のコンテンツおよびリンク先情報を掲載しなければならない。

  何年か前の私だたら、このままストップせずに夜が明けるまで仕事をしたのだが、さすがに翌日に支障が出るので、今日はこれにて閉店させていただく。

 せっかくお越し下さったのに何も記事がなく、大変申し訳なく思っている。また明日、お越しいただきたい。


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by hirune-neko | 2017-03-21 02:01 | 現実的なお話し | Comments(0)

公開質問〜お知恵をお貸しいただきたい


Liliana Herrero - El viaje (Astor Piazzolla)

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 日曜日の夜下がり。今日はこれで2回目の更新である。1日に2回更新するのは、多分これが初めてではないだろうかと思う。

 ちょっと行き詰まってしまったので、どなたかご存知の方がいらっしゃったらお知恵をお貸しいただきたい。

 会員制のみるとす・ファミリーインテリジェンスの正式公開を目指している。この仕組みの生命線は一斉送信メール機能である。つまり、試験的に週に1度ニュースレターを配信してきたが、私自身は様々な緊急事態や非常事態の時に、登録会員の方全員になるべく早く状況をお伝えしたいと考えている。いろいろ調べたところ、一斉メール送信機能のキャパシティーは、メールソフトではなくサーバーの能力に依存するということがわかった。現在利用しているサーバーは、廉価に利用できるものだ。調べたら、1,000 から2,000人程度であれば、一度に送信することが可能だそうだ。

 さすが妄想家だと呆れられそうだが、これまで既に赤ちゃんの名入り絵本をお届けした家庭は4万数千世帯に及んでいる。全員にはコンタクトできないと思うが、いろいろな方法を考えてでご案内するつもりでいる。したがって、短期間のうちに数万会員を確保したいと思っている。

 そこで問題になるのは、一斉にメール送信できる機能だ。一斉送信したにもかかわらず丸一日かかったのでは意味がない。そこで、業務用のサーバーなどの、私の知らない分野のことになるので、今日、IT関係の仕事に従事している人、3人ほどに事情を話して質問してみた。すると皆、異口同音に会員数が10万人とかを超えてしまうと、どのような方法があるかわからないという答えが返ってきた。

 もちろん、条件を満たす専用サーバーのようなものが見つかったとしても、今度は今サイトを作っているソフトが、そのサーバーでそのまま利用できるのかどうか、という不安もある。ちなみに、今サイトを作るのに使用しているソフトはQuick Homepage Makerで、現在はHaikという名の新しいものにバージョンアップされている。

 この程度の内容で、十分な情報かどうかすらわからないが、将来の会員数の増大を見越して、どのような方法が最適かを今から確認しておきたい。

 もしどなたか、解決方法を教えてくださる方がいらっしゃれば、大変ありがたい。66歳になったばかりの私に対する誕生プレゼントと思って、教えていただけないだろうか。お手数をおかけして申し訳ないけれど、私たちにとってはとても大切な情報なので、是非よろしくお願いしたい。

 別に機密事項でもなんでもないと思うので、回答はコメント欄にお書きいただきたい。もし直接メールで送信して下さるならば、以下の私のメールアドレスに直接お送りいただきたい。
 
・昼寝ネコのメールアドレス:hirune-neko@crossroads.co.jp


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by hirune-neko | 2017-03-20 00:09 | 現実的なお話し | Comments(0)

昼下がりの脱力系ブログ


Les Parapluies de Cherbourg Vincent Niclo & Marie Oppert

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 日曜日の昼下がり。さすがに電話がかかってこないし、即対応しなければならないメールもない。たまにはこういう時間を過ごすのもいいなと思う。

 4、5歳位の男の子が私の前にやってきた。いきなり、何が入ってると思う?と質問された。見ると明らかに円筒形のお菓子のパッケージで、中に何が入っているかなど分かるはずがない。ポテトチップスの容器のようだ。ん〜と、少し考えるふりをして、ヘビが入ってる?と答えた。すると、違うと言う。じゃぁモグラ?と答えると、違うと言う。次の彼の言葉を聞いて、全身から力が抜けてしまった。何故かというと、ポテトチップスの容器の中に入っていたのは、ポテトチップスだったからだ。彼は、一体どのような意図で質問しに来たのだろう。いまだに理解が及ばない。

 気が向いたので、昼下がりのブログを書こうと思った時、「昼下がりの情事」という名の映画を思い出した。YouTubeで探してみたら、この映画は1957年の制作らしい。私が小学校1年生の頃だ。今の世相と較べると、 どうもかけ離れた設定のように感じたので、魅惑のワルツという名のテーマ音楽を断念した。

 次の候補として、「シェルブールの雨傘」が思い浮かんだ。同様にYouTubeで探したら、カトリーヌ・ドヌーヴが雪の降りしきる夜、ガソリンスタンドに給油しに来るラストシーンが見つかった。スタンドのオーナーとおぼしき男性との、久しぶりの偶然の再会。かつての恋人同士が、すれ違いの別れを経てお互いに家族を持っている。私の記憶が正しければ、助手席に乗っていた女の子は、彼の子供だったはずだ。戦地に赴き戦死したという誤解があって、お腹の中に子供を宿した彼女は、富裕な男性と結婚した、という経緯があったのではないだろうか。

 映画のこのラストシーンがあまりにも切々としているので、かなり高齢になったミシェル・ルグランがピアノ伴奏者として登場する動画を選んだ。シェルブールの雨傘の音楽を担当した作曲家だ。かなり高齢になっていると思うが、達者にピアノを弾いている。ひと頃、ルグラン・ジャズという言葉が一般的になった時期があった。それほど、彼の音楽活動は多岐にわたり、多くの映画作品のために音楽を作っている。

 思い出したエピソードがある。フランス映画のViaje de Bodasにピアソラが音楽を担当し作曲し終えた。この映画の邦題は「新婚旅行」だったはずだ。せっかくピアソラが作曲したのに、どういう経緯かは知らないが最終的に、ミシェル・ルグランの曲が採用されたそうだ。確かにルグランは映画音楽の作曲家として屈指であり、才能豊かな人だと思う。しかし、両方を並べられてどちらを選択するかといわれれば、つまり私の好みで選んで良いならば、ためらわず、迷わずにピアソラを選ぶ。

 習慣とは恐ろしいもので、こうしてiMacのアリスの口述筆記機能に助けられてブログを書き始めると、どうにも次々と言葉が溢れ出てきて止まらない。困ったものだ。

 昨日は私の誕生日だったが、何人もの方がメールやメッセージでお祝いしてくれた。その中の1人は、大阪・池田市が拠点のクレモナ・モダンタンゴ五重奏団のバンマスの方だった。コメントの中で私のことを、「日本一のピアソラ学者」と呼んでくれた。そう言われて悪い気はしないが、私の場合はただ好きで聴いているだけであり、墓の中のピアソラが聞いたら、昼寝ネコよ、お前は私の何を知っているのか、と不機嫌になるに違いない。確かに、何も分かっていない。

 せっかくの機会なので、ミシェル・ルグランに作曲を変更されてしまった映画・ Viaje de Bodas(新婚旅行)ためにピアソラが作曲した作品をひとつ、以下にご紹介する。

 夜遅くになって、もし気が向くようなことがあったら、またブログを更新するかもしれないが、たまには早く休もうと思ってもいる。


Astor Piazzolla - Viaje de Bodas


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by hirune-neko | 2017-03-19 15:53 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(0)

本当はおとなしくない、沈黙の羊たち


Itzhak Perlman - "Schindler's List Theme” -

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 何年前ではなく、もう数十年前に観ていると思う。「羊たちの沈黙」というそのタイトルだけは、すぐに思い出せた。しかし、かの有名な女優と男優の名前がどうしても思い出せない。ウィキペディアで調べてようやく思い出した。ジョディ・フォースターと、アンソニー・ホプキンスだった。しかし、ストーリーはすでに忘却の彼方だ。

 「羊たちの沈黙」(The Silence of the Lambs)・・・。なぜ定冠詞がSilenceの前にあるのか、その理由を理解できない。沈黙というのが、何が特定の意味を持つのだろうと思う。

 沈黙する羊たち、という言葉を聞くと私は日本人を連想する。かなり酷い目に遭ったとしても、日本人はヒステリックに騒ぐことをしない。ひたすら耐えに耐える。表面だけを見た外国人は、日本人はちょろい民族だと思うかもしれない。強く出れば頭を下げて引き下がる。何かというと謝罪する。徒党を組んで騒げば、ことを荒立てまいとして頭を下げる。

 最近のブログは、どこを開いても「森友」の文字一色の時期があった。「もりとも」なのか「しんゆう」なのか、調べもせずにことの成り行きを見守っていた。国会議員にジャーナリストが加わり、マスメディアもそれに加担する形で、大騒ぎになっている。

 騒いで民衆の耳目を集め、噂の領域を出ないような話であっても、相手を執拗に責め立てて辞任を迫る。針小棒大とはこのことではないだろうか。国会議員の本業は、国家の平和と安全が第一番なのではないだろうか。東アジア情勢がここまで緊迫しているのに、北朝鮮からいつミサイルが飛来するか分からない状況なのに、ああそれなのにそれなのに、日本国民の安全をそっちのけで、事象の一部を切り取り、しかも矮小化して騒ぎたてているようにしか思えない。

 彼らの心理状態はわからないが、おそらくは大半のマスメディアが、いわゆるメディアスクラムを組み、自分たちを支援してくれるからと、大船に乗った気持ちでいるのではないだろうか。その頼りにしているマスメディアは、大きな時の流れの中で既に軌道修正ができず、読者や視聴者から見放されつつあることに気づかないのだろうか。最近の一般市民はとても利口になっており、表面的には騒いでいないように見えるかもしれないが、実際にはマスメディアの資金源であるスポンサーへ、直接クレームを伝えるようになっている。一見、沈黙を守っているように見えるが、実際には利口な羊たちである。残念だが、この流れは誰にもとどめることができないと思っている。

 確かに、日本人はヒステリックに騒ぎ立てたりしない。ひたすら沈黙を守っている・ ・ ・かのように見えるが、それはもっと以前の話であり、今や大多数の人が、怒りにも似た感情をマグマのように腹の中に溜め込んでいるだろうと思う。

 国会議員が、その職を継続するためには、選挙で一定数の得票が必要だ。本質論を遠く離れ、今のように騒ぎ立ててばかりいても、有権者の支持が得られると思っているのだろう。個人的には、現状認識の浅いおめでたい人たちのように感じる。

 大局観があり、徳もあり、哲学と信念があり、決断力と実行力に富んだ政治家が増えれば、日本はもっと良い国になるだろう。

 一見すると日本人はまるで羊のようにおとなしい民族に思えるかもしれない。しかしそれは、いざとなったときの日本人を目の当たりにしていないからだと思う。いざとなったときの日本人の本来の姿に、否が応でももうじき直面することになるだろう。

 日本人は、日本の将来を託せる政治家を選び、期待する民族である。


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by hirune-neko | 2017-03-18 23:13 | Comments(3)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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