昼寝ネコの雑記帳

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過去は振り返らない主義だが、一年を振り返ってみた


"Volver" - Anibal Troilo y Astor Piazzolla


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いよいよ今年最後の日になった。
こんな気ままなブログにも拘わらず、はるばる
インターネットを乗り継いで閲覧しに来てくださった
読者の皆さんに、改めてお礼を申し上げる。

性格的に、読者を増やしたりブログランキングの順位を
上げることを目的に、受けを狙うとか、奇をてらうという考えは
持ち合わせていない。
そのときに思い浮かんだことを、そのまま文章にしている。
そんな内容なので、読んでくださる方が存在するだけでも
張り合いになっている。

どんな日でも、ブログ更新をしたはずなので、数えていないものの
この記事が、今年の365回目の更新になるはずだ。

今年は、気ぜわしい一年だった。
個人の年賀状は、喪中なので喪中葉書を投函した。
会社の年賀状は、とうとう作る時間がなく、
今日に持ち越してしまった。
自分で作り、自分で印刷するので、夜中に投函することに
なるだろうと思っている。

人間年齢は65歳なのだが、脳内年齢は3,000歳だと
公言している。
3,000年も生きていれば、少しは知恵が増し
人生を達観できるようになると思っているが、
半月ほど前に中学の同期会があり、関内駅で待ち合わせたとき、
女親分のえみちゃんが私を一目見て、開口一番
「ずいぶん老けたね、びっくりしたよ」、だって。
・・・これが室蘭の女性の特長である。
思ったことを、はっきりと口に出す・・・みんながみんな
そうではないようなので、性格なのだろう、きっと。
つまるところ、3,000年の年輪が、じわりと容貌にも
現れてきているのだろう。

自己評価をひと言で表現するなら、
「死してなお生きる、不存在の存在」
となるようだ。
すでに、人間としての寿命は尽きているのだが、
まだやり残していることが多いため、完全には他界せず、
抜け殻か亡霊のように、地上での活動を許されている。
そんなイメージが拭えずに残っている。

徐々に肉体の存在が希薄になり、したがって肉欲や
金銭欲、名誉欲の塊が溶解し、生まれる以前の
純粋な霊体の状態に近づいているようなイメージだ。
でもその割に、甘いもの嗜好は一向に衰えていない。
まだ肉体を持つ人間としての、最後の葛藤なのではないだろうか。

ここ数ヶ月、ブログ読者の方、何人かと直接メールのやりとりを
する機会が増えている。
文脈から察するに、皆さんは余命ブログで紹介された私の記事を
読んで訪問され、そのまま継続的に来てくださっているようだ。
およそ一年ほど前に、「余命三年時事日記」というタイトルの
新刊書が出版されたが、反日視点から書いたその書評もどきを、
多くの皆さんが誤解し、昼寝ネコが反日活動家だという内容で
余命ブログに投稿したのがきっかけだ。

聡明な読者の皆さんが誤解を解くコメントをしてくれたのと、
その記事がそのまま余命ブログの本欄でも紹介され、
私自身、思わぬ騒動に驚いてしまった。

私は、初代かず先生の頃からの余命読者だった。
至る所で、余命記事の内容に触れている。
国家インテリジェンスに興味を持ち、次第に
個人や家族のための、いわゆるファミリー・インテリジェンス
という手法をイメージすることになったのだが、
国家安全保障という観点から、余命3年から余命三年に至る
一連の余命開示情報は、とても参考になっている。

ここはあくまでも、エッセイブログであって、
決して政治ブログではない。
しかしいつの間にか、余命支援の強力なブログである、
「待ち望むもの」の「余命関連リンク」のリストに
私のブログが掲載されていることを教えてもらい、
確認して驚いた。

さらに驚いたことに、「政治系ブログ一覧」という、
余命ブログを含む「厳選された」12のブログリストがあり、
その中でも、堂々と「昼寝ネコの雑記帳」が紹介されている、
しかも、毎日の更新記事にリンクを張って、紹介してくれている。
「待ち望むもの」ブログ読者の方が、更新されているそうだ。
私の記事なんて、かなり隅々まで読まないと、見過ごしてしまうような
「政治的エッセンス」を見逃さず厚遇してくださっていることになる。
凄い慧眼であり、有難いことだと思っている。
 (ブログ「待ち望むもの」http://meron.vanillapafe.info/

今年最後の日ということもあり、珍しく明るい時間から
ブログを書き始めている。
この調子で書き続けていると、あっという間に字数制限に達し、
その1,その2・・・となりかねないので、
もう、これぐらいにしておきたい。

今年は疲労の濃い状態が続いたので、
あまりピアソラを聴くことができなかった。
今年最後の記事なので、ピアソラに敬意を表し、
トロイロとの二重奏らしき演奏を使用させてもらった。
私はトロイロについては、無知同様だが、
タンゴ〜バンドネオンの巨匠だそうだ。

何事も、途中で放棄せず、断念せずに
可能性を追求することが、重要な鍵だと思っている。
私のように、死せる存在でありながら、使命感の故に
霊界のしかるべき立場の人の判断で、再び地上に追い返され
やり残しをする機会を与えられている存在もある。

余命ブログでの紹介をきっかけに、新しい読者が増え、
また、私ごときの主旨に賛同して、情報収集や提供の
協力をしてくださる、心強い援軍もいただいている。

ひたすら継続していれば、予期していなかった
建設的な機会が生まれることもあるだろう。

明日からの新しい一年を、新たな心構えで再出発しようと思う。

いつも訪問してくださる読者の皆さんには、健康・安全、
そして平穏に、2017年を過ごされるよう、心から願っている。
国内外の情勢は、ほぼ間違いなく流動的になり、
いつどこで何が起きるかは、予測が難しくなるのではないだろうか。

現金も大事だが、一定量の食料と飲料水などの基本備蓄を
是非、進めていただきたい。
そして、重要な局面に対峙したときに、より賢明な判断ができるよう
普段から心を平安に保ち、鋭敏な感性を具えていただきたい。

では、改めて本年のご訪問に感謝し、ご縁があれば、
また新しい年でもお目にかかれるよう、
今年最後のご挨拶とさせていただく。

昼寝ネコのPPAP
Practical・・・実用的で
Proper・・・適切で
Attractive・・・魅力的な
Property・・・財産


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by hirune-neko | 2016-12-31 17:43 | 心の中のできごと | Comments(0)

じっと耳を澄まし、今年の終わりの音を聞いている


La Catedral

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反省点の多い一年ではあったが、
かなり限界近くまで無理を重ねたような気がする。
とても全てを視野に入れることはできないが、
あれこれ工夫の途中で、今年の終わりを迎えようとしている。

数日前、知人女性と少し話す機会があった。
彼女は外語大学でアラビア語を学んでいる。
興味があったので、ヘブライ語も学んだそうだ。
「私は、なんにも役に立たないことばかり
勉強してるんです」
と、恥ずかしそうに笑った。

あまりにもおっとり、ゆったりした性格なので、
これまでに、キレたり激怒したことがあるのか訊いてみた。
すると、「あっ、ここは怒るべき所なのかな?と
思ったことはありますけど・・・」
と、消え入りそうな声で話したのが印象的だった。

世の中は、すぐに役に立つことや、すぐに売り上げに
結びつくこと、すぐに結果が見えることが
圧倒的に支持されているように見える。

役に立たないことなんて存在しないと思う。
いつ役に立つかは分からなくても、興味と関心を持ったことは、
追求したらいいのではないだろうか。

私なんて傍目から見たら、役に立たないどころか、
お金にならないことばかりに、膨大な労力と時間を
費やしているように思われるだろう。

少しぼんやりできる時間があったので、
自己分析をしてみた。
半分はおふざけなのだが、ピコ太郎さんのPPAPを
自分に当てはめてみた。

Pen Pineapple Apple Pen

私の場合は

Practical・・・実用的で
Proper・・・適切で
Attractive・・・魅力的な
Property・・・財産

とは何だろうと、こじつけて考えてみた。
考えはすでにあるのだが、それを形にすることは
なかなか大変な作業だ。

何事も実現するには、経済力も必要だし時間も知識も必要だ。
すべてを自分一人で実現することはできないので、
スタッフや協力者も必要だ。

最初にイメージが浮かんでから、すでに5年は経過している。
ようやく、土台ができそうな状況になってきている。
来年は、なんとか形にして公開したいと思っている。

一見すると、役に立たないことだと思われるかもしれないが、
これからの時代を生きる人たちにとっては、必要とされる
仕組みだと思っている。

一年の終わりまで来たが、まだ闘志はある。
年末・年始は、少しだけ神経を休めようと思う。


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by hirune-neko | 2016-12-31 00:10 | 心の中のできごと | Comments(0)

四世代にわたる人々の表情と時の流れ


Shirley Horn - Here's To Life (Verve Records 1992)

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私の母は今年、91歳で他界した。
同居中の義母は現在93歳で、昨秋転んで骨折し、
数ヶ月寝たきりの生活だった。
いろいろ調べ、思い切って手術を受けることにした。
手術は成功で、椅子に座ることができるようになり、
危なっかしくはあるものの、数歩は自力で歩けるまで快復した。
椅子に座っているときは、黙々と「花の塗り絵」に
取り組んでいる。

義母は、あとどれぐらい生きられるか、予測がつかない。
お正月を東京近郊のお嫁さんの実家で過ごすため、
一番遠くに住んでいる三男家族が、帰ってくることになった。
そこで子どもたち全員に招集をかけ、家族連れで集まってもらった。
次男夫婦が最も近くに住んでいるので、ホストを引き受けてもらい
義母の娘である家内と私、孫である私たちの長男、次男、三男、
一番下の娘、そして都合のついたそれぞれの伴侶、
さらにはひ孫に当たる、その子どもたちが集まってくれた。

私は義母の隣に座って声をかけた。
「こうして四世代のみんなが揃ってみると、自分の人生の
足跡を目の当たりに見ることができて、幸せだね」
義母はかなり難聴気味だが、嬉しそうに頷いた。

人にはそれぞれ、いろいろな人生がある。
今年の8月に出産し、産婦人科から子どもの名入り絵本を
プレゼントされたお母さんから連絡があった。
離婚したので、父親の名前と文中の、お父さんという
言葉を削って欲しいという。
ご両親版から、シングルマザー版の文章に変更することになり
同じ絵本番号で再製作することになった。

予測しなかったことが起きるのも、人生である。
普段の自分なら決して選択しないようなことでも、
不安や迷い、怖れ、孤独感などそのときの心理状態で
思わぬ過ちを犯すこともありえる。

改めて振り返ってみると、脇道にそれ始めた高校生の頃から、
私の魂は、根を下ろせる場所を探して、徘徊していたように思う。
世間の常識に背を向け、大人の助言と勧告を無視し、
道徳規範に束縛されるのを嫌い、とにかく放浪者だった。

40歳を筆頭に、30歳ちょっとの子どもたち・・・
彼らの年齢は毎年変わるため、ちゃんと把握ができていない。
これからまだまだ過酷な人生を、生きていく。
そんな彼らの表情を見ながら、父親として何か感じることがあった。

帰宅して、全員にメールを送った。
「ちょっとひとこと」というタイトルだったが、
ずいぶん長いメールになってしまった。
ほんの一部を紹介すると、

「これからの人生も、健康、安全、心の平安に恵まれ、
経済的な問題も抱えず、大きな落胆や失望を味わうことなく、
また、大きな過ちを犯さずに、平穏な人生を
歩んでいって欲しいと思います。
ただ、もし仮に予期しないことが起きて、心を痛めることが
あったとしても、あるいは何か間違ったことをしてしまっても、
親というのはいつまでも親であり、子どもと一緒に
苦難を一緒に背負いたいと考えているものだ、ということを
決して忘れないでください。」

普段から、子どもたちの誕生日には短いメッセージと一緒に
YouTubeから、音楽を選んでプレゼントしている。
今日のメールには、迷わずシャーリー・ホーンの歌、
「Here’s to Life」のURLを掲載し、過日このブログに掲載した
大胆な意訳文章を添えた。

改めて実感しているのは、人が苦難を背負い、過ちを犯して
後悔し、絶望感を感じ、不安感に孤立し、自信を喪失するのは
すべて、いつか自分が立ち直ったときに、身近で同じような
苦しみを味わい、孤立している人たちの心情を理解して、
助けの手を差し伸べるためなのだということだ。

三男は医学生であり、今年の春だったと思うが、
ある左翼政党系の病院で実習させていただいた。
そのときの指導担当の医師を非常に尊敬するようになり、
相手も、その病院への就職を勧めてくれたがどう思うかと、
相談の連絡があった。
本人はすっかりその気になっていたようだ。

人間的に、尊敬できる人格、理念、技術を持つ医師を
尊敬することはよく理解できる。
しかし、政治的な背景がある医療機関の場合、職員に対する
政治活動への協力要請が必ずつきまとう、と意見を述べた。
三男は、その傾向はあるようだ、と同意した。
その左翼政党がどのような政治的な方向性を持っているか、
私なりの意見を伝えた。

その際、どの部分だったか忘れたが、余命三年時事日記の
いくつかの記事を読むように勧めた。
三男は私と較べ、とても頭脳明晰なので、あっという間に
余命ブログからエッセンスを学び、医療機関と政治活動の
収斂していく方向性を見極めたようだ。

しばらくして、三男のことを考えているときに思い浮かんだ
イメージを短編作品化した。
医療機関を宗教法人に置き換えて、実社会の表層と実相の
乖離という現実を伝えたかった。
同時に、人間として自己の理念と信念を貫くよう期待を込めて
少し長い作品を三男のために作って贈呈した。

今年の春、このブログに掲載している。

【長く退屈な話~迷える子羊の教会:
        The Church for the Lost Sheep】

 http://hiruneneko.exblog.jp/25543580/
                 2016-04-24

改めて、長年の自分の失敗、過ち、迷い、孤立などのすべてが、
これから本格的に人生を生きようとする子どもたちを
励まし、また力づけるために、私自身に課せられた
試練だったと、今だから思える。
子どもだけでなく、孫たちや、そしてまったく面識のない、
子育てで多忙な多くの両親たち、そして不特定多数の皆さんに、
私の屍を踏み越えて、無事に対岸まで辿り着いて欲しいという
私なりの使命感が、心の底で静かに流れているのを感じる。

私自身の、そんな思いを、
シャーリー・ホーンの歌、「Here’s to Life」が
見事に代弁してくれていると思う。

改めてこの歌を聴きながら、共感を新たにしている。
途中で居眠りしてしまったが、佳きひとときを過ごせて
心から感謝している。


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by hirune-neko | 2016-12-30 01:57 | 心の中のできごと | Comments(0)

もうじき今年が終わるが、疲れが出てきたようだ


Save Your Love for Me - Eliana Elias

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これまでの人生で、何かに浮かれるほど喜んだ憶えがない。
もう記憶は薄れているが、高校生の頃にはすでに
周りを醒めた目で見ていたような記憶しかない。

その原因を突き詰めて考えても、どうにかなる訳ではない。

牙城という言葉がある。
簡単には突き崩せないほど、堅固な構築物であり、
長い歴史に培われた人間関係や取引関係。
場合によっては、幾重にも積み重なっている既得権。
それらが渾然となって、周りの人間からは畏敬の眼で見られる。

そのような企業や団体が、気がついたら基礎が脆弱になり、
まさかの崩壊が兆している。
最近の記事を追うだけでも、韓国ではいくつもの
財閥企業の凋落傾向が顕著になり、日本でも
東芝の上場廃止、電通への厳しい視線、全国紙新聞社の
信用失墜、テレビ局への不信など、数え上げればきりがない。

既得権を確保し、盤石の経営体制を構築してきた人たちの
懸命の努力には敬意を表したいと思う。
しかし改めて思うのだが、大義がなく理念を喪失した集合体は、
凋落し崩壊へと収斂されているように思う。

大樹の陰には寄らず、丹念に信頼と共有を勝ち得るには
何よりも時間を要する。
地道な作業の途中でなかなか思うような結果が出なくても、
不安に思わず、信念を貫くには余程の固い信念と、
疑わないという、ある種の頑迷さが必要だ。

そうはいっても、疲労が蓄積し自信が揺らぐこともある。
そんなときは、訪問客もなく、電話もかかってこない空間で、
心身を弛緩させ、静かな時間の流れに身を沈めたいと
思うこともある。

自分のことを、極端なぐらい私利私欲がなく、名誉欲もない
人間だと思っている。
雑踏を離れてどこか遠くに住み、社会との関係を遮断して、
隠遁生活を送ることを想像することもある。

しかし、ときには内なる声に呼び覚まされ、
あるときはブログ読者の皆さんの励ましに奮起させられる。
途中で放棄してしまったら、後悔しか残らないということは
よく理解している。

明日は、子どもたち全員が揃うようだ。
みんなそれぞれが忙しくしているため、全員が顔を合わせるのは、
何年ぶりのことだろうか。
改めてひとりひとりのことを考えてみると、働く分野は
それぞれに異なるものの、私の血を引いているなと思う。

これまでの人生の、ある意味で自分の足跡を見るような
感慨深い思いがする。

残された時間を、未だ見ぬ人たちにとって
有益な仕組みを作れるよう、引き続き努力を傾注したい。


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by hirune-neko | 2016-12-29 00:07 | 心の中のできごと | Comments(0)

世の中に在って、世の喧噪から逃れている人々


Eliane Elias - Time Alone - Dreamer (2004).wmv

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わずか半世紀前と現在を比較すると、変化を認めざるを得ないが、
衣食住の環境は、そんなに大きくは変わっていないと思う。
さらに時代を遡り、2,000年あるいは3,000年前に生存していた
人間の社会環境を想像してみてほしい。

何が一番変化しただろうか。
交通手段だろうか。確かに、ラクダで旅をした古代と較べたら、
現在、時速100数十キロで走る自動車があり、さらには
音速を超える飛行機もある。

私が生まれた(と自称している)紀元前1,000年頃、
情報を記録し、伝達する手段は非常に限られていた。
文字は石板に刻むか植物に刻むかして保存した。
情報の伝達は、煙などの狼煙(のろし)や太鼓の音が
主たる手段だった。

現在のインターネット技術を使えば、テキストも画像も、
ほぼ瞬時に世界を駆け巡る。
賢者や博士たちに頼まなくても、google検索エンジンは、
ネット上から的確な情報を、あっという間に集めてくれる。
逆の見方をすると、私たちは情報の洪水にのみ込まれて溺死寸前だ。
あまりにも選択肢が多すぎて、適切に判断選択するのが
容易ではない時代に生きている。

例えば仮に、生まれる前の世界があったとしよう。
地球に生まれてくる順番を待つ、霊体の私たちが
どのような基準で生を受ける時代と場所を決められたのだろうか。

生まれる前の存在なるものがあると仮定するなら、
それぞれに異なる個性と能力が具わっていたと想像できる。
現在、この地上に生存している人たちは、程度の差こそあれ、
情報過多の中から取捨選択し、賢く生きることのできる
資質が具わっていた存在だったのではないだろうか。

情報が多ければ多いほど、人間はあれこれに誘われ、
失敗も経験して苦渋を舐める機会も増える。
しかし、そのような経験を積むことによって、
判断力や洞察力を育むことができるのも、現代人の特質だ。

情報量が多く、多岐にわたるということは、擬似的に
複数の視点を持ち、さらには疑似体験によって誤った選択の
可能性を軽減することができる。

かなり以前だが、日本のある政党党首が率先して、
パチンコの効用を説き、一般国民に勧めた時期がある。
韓国では法律で禁止されているそうだが、日本ではまだまだ
盛んなように見えるが、どうだろうか。
統計的には年々売り上げが減少しているようだ。
私自身、学生の頃はパチンコと麻雀に時間を費やしていた。

今の私が、自分の子どもたちがパチンコに夢中になり、
朝から夜まで、パチンコをしているのを見たとしたら、
親としてどう思うだろうか。
合法だとか、三店方式がどうとか、違法賭博に該当するかとか、
そういう問題ではない。
人間の生き方として、毎日ほとんどの時間をパチンコに
費やすような生き方を目にしたら、私だったら子どもの育て方を
誤ったと、心から反省するだろう。

あれこれに誘われ、ある時期は禁断の道に踏み迷う
ことがあるかもしれない。
人生のある時期には、人間は誰でも迷う時期がある。
その人の個性にもよるが、既成の価値観を何も疑わず、
一流大学を出て一流企業に就職することが、
絶対的価値だと考え、それに邁進する人もいる。

最近は話題に事欠かない時代になっている。
民進党の蓮舫党首が、ついに話題の最先端の一角を占めたようだ。
PPNPの蓮舫替え歌バージョンが、テレビで放映されたという。
I have Japan, I have Taiwan, nnh 二重国籍・・・
コメント不要だろう。

韓国の朴槿恵大統領は、まるで悲劇のヒロインではないだろうか。
あくまでも私個人の推測に過ぎないが、
その時代の政治力学に翻弄され、親の七光を利用されて
大統領に祭り上げられてしまった。
政治家としての実績や見識、あるいはその他
必要にして十分な経験があったわけではないだろう。
両親を暗殺によって失った娘としては、
深い人間不信を抱いていただろう。
そんな時に、家族のように親しくしていた女性が、
まるで巫女のように霊感を受け、朴槿恵大統領にとっては
唯一信頼し頼れる存在として、様々な助言を受けたのだろう。

これもインターネットの情報から得た内容から、
私なりに推測しているに過ぎないのだが、韓国の現状は
北朝鮮工作員が先導し、北朝鮮シンパで反日に凝り固まった
人たちが感情的に、大統領の辞任に向けて大きなうねりを
作りあげているように見える。

韓国は人治国家だと揶揄されるように、人情論あるいは感情論で
大きな流れを作り出してしまう国民性のように見受けられる。

一方、もし同じようなことが日本で起きたとした場合、
日本人ならどのような行動に出るだろうから。
一般の日本人にとっては、感情的になりヒステリックに
行動することを由としない気質があるのではないだろうか。

どう考えても、来年は国際的な大変動の時代を
迎えるのではないだろうか。
政治、経済、軍事等あらゆる部門で収斂に向けた大混乱が
起きると予測している。
当然、日本もなんらかの影響を受けることは避けられない。

日本では既に、国の安全に対する危機感を持ち、
連帯する人たちが、あたかも地下水脈のように
大きな流れとして育ちつつあるようだ。
定見や見識を持ち、かつ正義感を持ったごく一部の人たちが
先導する形で、日本の国家的危機を訴え多くの人を啓蒙してきている。
その水脈はさらに多くの一般国民を巻き込み、
巨大な流れになるに違いない。

彼らの大部分は、決して過激な感情論に走らず、
冷静沈着に、かつ正義感を持って自分たちの生活の基盤である
国家を安泰のものにしようという義憤に駆られているに過ぎない。

もし私が外国人だったとしたら、日本と日本人を敵に回したくない。
たとえ寡黙な日本人であっても、その心の中には深い思慮と
思いやりがあり、私利私欲に走ることを潔しとしない。
戦いの場であっても、敵国の軍人に情を示すことを忘れない。
責任感が強く約束を履行し、儀礼を重んじる。
真摯に努力や研究を怠らず、長年にわたって蓄積された
技術力は秀逸なものだ。

学生の頃は、無神論者として教会に乗り込み、議論するほどの
不信心者だったが、あれから相当期間が経過し、色々と学んできた。
今では日本人がイスラエルの子孫だという、
日本人・ユダヤ人同祖論を受け容れるようになっている。
すなわち日本人の大部分は、ヤコブの子孫だと考えている。
したがって日本人にはアブラハム、イサク、ヤコブの神の
加護があるだろうと、何も根拠は無いものの、そのような
安心感を持っているのは事実だ。

客観情勢をあれこれ見ると、韓国人と日本人は
決して同じ血統ではないだろうと思う。

私は自分の直感・予感を大事にする方だが、特亜三国といわれる
中国、韓国、北朝鮮の一般の国民の皆さんには、
かなり悲劇的で悲惨な状況が待ち受けているように思えてならない。

たとえ感謝されなくても、あるいは恩を仇で返されでも
私は一向に気にしない性分なので、限界状況に置かれた彼らが
何か必要とするものがあれば、自分のできる範囲で
支援することを考え、行動に移すだろうと思う。

現状の反日的な行動や工作については、
純粋に国家安全保障上の見地から、断固たる対抗措置を
講じる必要があると思うが、過去にどのような言動があったにせよ、
一個の人間対人間という立場を考えれば、
そこでは人道的な視点を見失ってはいけないと思っている。

私は、池波正太郎や藤沢周平の時代小説を読んだ程度なのだが、
本来の武士道には、敵味方という対立関係を超越した
人間的で純粋な心情を大事にする、「情」があるように思う。

国家安全保障という冷徹な視点と同時に、
人間対人間という人道的な視点、この両方をバランスよく
持つことが必要な時代なのではないだろうか。
そして日本人には、そのような資質が具わっている人が多いと、
私はそのように考えている。

日本は、世界でも最長の歴史を持つ国だという人がいる。
全く根拠は無いのだが、混乱し、もしかしたら人間的な生活を
営めない人が膨大な数になるかもしれないこの時代には、
日本人の持つ技術力や優しさによって救われる人たちが
世界中で、たくさんの数になるようなイメージが思い浮かんでいる。
そのために、今日に至るまで、この日本という国が護られ
温存されてきたのではないだろうか、とも考えている。

ごく稀ではあるが、今日ばかりは
昼寝ネコの「予言の書」もどきである。


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by hirune-neko | 2016-12-28 01:06 | インテリジェンス | Comments(2)

人生の最終到達地点に思いを馳せている


Eliane Elias Photograph (Fotografia)

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ある日本人の男性ピアニストが、欧米の演奏家と較べると、
超えられない領域があるが、血の違いとしかいいようがない、
と話していたのを聞いたことがある。
アメリカのピアノコンクールでも入賞し、長くヨーロッパで
学んでいた方だ。

私は演奏家ではないが、仕事でいろいろな国の人たちと
商談を通して接点を持った経緯がある。

鈍感なのか、アメリカの場合は西海岸でも東海岸でも、
あるいは中西部、南部でも人と接したが
そんなに極端な違いは感じなかった。
もちろん、アクセントが異なるため、聞き取るのに苦労した。

やがてヨーロッパに行くようになったが、主にイギリス、
フランス、ドイツだった。
フランス語もドイツ語も話せないので、商談は英語だけだった。
イギリスの英語は、しばらくの間、相手が何をいっているのか
さっぱり聞き取れなくて、すっかり自信喪失したのを憶えている。

オフの時間には、徒歩で市街をほっつき歩いた。
主に本屋、レコード屋、デパート、食料品店、レストランに
出没したが、ヨーロッパの大都市はどこも移民が多いようで、
結局はどこの国民か特定できないまま、雑踏の中を徘徊した。

限られた都市ではあるが、自分にとって一番違和感がなかったのは
ロンドンだと思う。
イギリスが日本同様に島国だからなのか、と考えたこともあるが
寛いで接することができたように思う。

海外に行かなくなって、かれこれ20年近くになるだろうか。
まだ日本国内で、かかりきりの仕事に追われている。

仕事が落ち着いて、自由時間が確保できるようになったら、
ゆっくりとしたペースで、異国の地に滞在してみたい。
その国の歴史や背景など、知識が多いほど見えるものも
多いだろうと思う。視野も立体的になるように思う。

残念だが、まだまだその機が熟していないと自覚している。
しかし、自分の年齢を考えると、仕事が落ち着く頃には
果たして長時間、飛行機に乗って海外に行くだけの
気力と体力が残っているだろうかと、一抹の不安がある。
まあ、そのときに判断すればいいことだと思う。

どうやら、長男の子どもがフランスに留学する予定のようだ。
ヨーロッパはどの国にも独自の文化があり、得るものは大きいと思う。
フランスで何年か暮らせば、フランス文化の洗礼を受けて、
感性も育つと思う。

先祖の家系を7代ぐらい可能なところまで調べた。
父方も母方も、江戸時代まで辿ったが、そこから先は不明だ。
生い立ちのせいなのかどうか分からないが、どうも私は
いつの間にか無国籍人間のような感覚になってしまった。

国民性という言葉があるが、いろいろな国の人たちに接してみて、
相手の考え方、話し方、感じ方などについて、善し悪しで
判断することがなくなった。
自分に合うか合わないか、という尺度で人を評価しているようだ。

人種、国籍、年齢、性別に関係なく、文字通り相性で
相手との関係を捉えてしまっていると思う。

行ってみたい国は、まだいくつもある。
北欧に行ってみたい。
東欧にも行ってみたい。
南米、とくにアルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビアに
行ってみたいと思う。
それと、ロシアは行ったこともないのに、原風景がシベリアだ。
モスクワやレニングラード(今はサンクトペテルスブルグ?)、
キエフに対し、どういうわけか郷愁を感じている。

自分独自の嗅覚で、それぞれの国の成り立ちを知り、
悲喜こもごもの人生を辿った人たちが、脳内に登場してくると、
そこではストーリーが展開すると思う。
いろいろな人生を生きた主人公が、私に語りかけてくるだろう。

仕事から解放された後は、仮想の時代と場所で生きた、
実在しない人物との出会いが、脳内で繰り広げられると思っている。

その頃には、自分自身でアマゾン用の電子書籍を製作し、
編集も自分で行い、装丁家の協力は誰かにお願いして、
作品を発表できるようになっているだろう。
いや、眼も気力も衰えているかもしれないので、
原稿を書く以外の作業は、誰かにお願いするようになるだろう。

こうして、自分自身の最終到達地点をイメージできるのは、
とても幸せなことだと思う。

早世の予感があり、短命という強迫観念に隣接して生きてきた。
あっという間に65歳を超え、それなりに病が同居しているものの
節制し、無理をしなければ、もう少し生きられそうな希望が
湧いてきている。

最も自分に合った職業は、文章を書くことだと思う。
それも、自由な発想で独自の世界を創り上げ、
あたかも霊媒師のように、実在しない主人公と対話し、
霊感を受けた言葉の力で、不存在の存在に生命を吹き込む。

読者は、作品内で登場人物と出会い、その架空の人物の
生き方から、疑似体験を学ぶ。
疑似体験は、読者に想像力と洞察力を受け取ってもらえるはずだ。

そのような仕事を、最後の最後まで続けていたいと、
贅沢な望みを持っている。
誰にも迷惑をかけるわけではないので、
人生の最後ぐらいは自由にさせてほしい。
・・・今でもかなり、勝手気ままに生きてはいるが。


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by hirune-neko | 2016-12-27 00:37 | 創作への道 | Comments(0)

クリスマスにちなみ、私家版・比較宗教論


Faure - Agnus Dei

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これまでに正面切って、宗教をテーマとして取り上げたことがない。
なぜかというと、特にこれという理由はない。
しかし、今日はクリスマスということもあり、不思議なことだが
改めて宗教というテーマと真剣に向き合うべきだと感じた。

しばしば論争の際には、理論的検証や歴史的検証などと
表現されるように、大体のところで正しさが論証される
ケースが多いと思う。
数学的、化学的、物理学的なテーマの場合、実験や検証を経れば、
ほぼピンポイントで正解値が導き出される。

しかし宗教となると、それらの手法がまったく通用しない。
宗教は人間の内面深くと関わっており、逆に人間の内面に
影響を及ぼさないような宗教には、存在価値がないと考える。

人間の内面は実に多面的であり、常に具体的な形を伴わない
抽象的な概念で表現される要素が多い。
しかも困ったことに、言葉で表現される概念は、
言葉に依存する以上、厳密な定義を追求していくと、
最終的には深い徒労感を味わうという結果に行き着いてしまう。
「伝統的形式論理学」でいわれる「外延」と「内包」の不整合だ。
例えば、幸福、平和という概念には誰でも賛意を示すが、
幸福とは何か、平和とは何か、と具体的・現実的に追求していくと、
完璧に合意を形成するのが不可能なことに気づく。

比較宗教論というからには、主要な宗教の発生史その他を列挙し、
それらの類似点あるいは相違点を説明すべきなのかもしれない。
しかし、その作業は私の能力を遙かに超える分野なので、
宗教研究家の皆さんにお任せしたいと思う。
真善美を求める人間個人にとって、最も重要なのは
「真の宗教」は何か、ということではないかと思うからだ。

しからば、真の宗教とは研究者や学者の膨大な議論の結果
選出された、ある宗教あるいは宗派を指すのだろうか。
その議論には、「人間の存在を超越した創造主」そのものの
存在が欠落している、といわざるを得ない。

では、「人間の存在を超越した創造主」が実際に存在するのだろうか。
さらに突き詰めるなら、宗教とはそもそも何かという壁に突き当たる。
パスカルがその著「パンセ」で述べているように、
パスカルの思考では「神学的発生」、すなわち人間の限界を超えた
存在を認めざるを得ないところに帰結している。

宗教法人とは、宗教法人法で法人格を与えられた宗教団体を総称する。
それは、あくまでも法律的な概念である。
現実社会では、政治的な目的や、他国への工作活動の拠点としての
目的であっても、要件を満たせば宗教法人法では、
宗教法人と認定される。

したがって「真の宗教」を明確に分かりやすく分類するためには、
「人間が創設した宗教」なのか、あるいは
「人間の存在を超越した創造主が創設した宗教」なのかの、
いずれかに大別しても支障はないのではないだろうか。
もちろん異論のある人も存在するだろう。

宗教あるいは宗派の創設者には、カリスマ性があり
人格者である人が多いだろうと思う。
しかし、どれだけ指導力があり、徳が高く、愛が深くても、
人間である以上は、人間としての限界を超えることはできない。

乱暴に聞こえるかもしれないが、
もし「人間の存在を超越した創造主」が存在しないことが分かれば、
宗教は倫理や道徳規範の高度な実践と完成を目指す団体である、
としか考えられない。

奇跡を起こすことを、宗教の正しさの拠り所にするかもしれない。
空中を浮遊したり、重篤な病を癒やしたりする奇跡を
「正しい宗教」の証明書として誇示するかもしれない。

しかし騙されてはいけない。
旧約聖書の出エジプト記で、奴隷の境涯にあったイスラエルの民を
エジプトから去らせることを、エジプトの王・パロに願い出たのは
モーセとその兄アロンだった。
モーセとアロンは、主に命じられたとおり杖を地面に投げると、
杖は蛇になった。
水を打つと、エジプト全土の川の水も、器の水も赤い血になった。
次に、ナイル川にかえるが満ちあふれ、パロや家来の家の
至る所にまで、かえるが満ちあふれ、ついには腐臭に満ちた。
しかし、パロの魔術師は、まったく同じ奇跡を起こすことができた。

パロは頑なで、それでもイスラエルの民を去らせなかったため、
主はモーセとアロンに命じ、手をさしのべて地のちりを打つと、
エジプト全土のちりがブヨとなって人や家畜に害を与えた。
パロの魔術師は同じようにしようとしたができず、
・・・魔術師らはパロにいった、「これは神の指です」。
   (出エジプト記8-19)

この後も続くが、奇跡を行う人物、あるいは宗教・宗派が
魔術師同様必ずしも正当で真理ではないということを心に留め、
慎重にならなかればならないと思っている。

私自身は、宗教そのものを醒めた目で見ていることを自覚している。
さりとて宗教そのものを否定しているわけではない。
学生時代、サルトルとカミュに傾倒し、キリスト教その他
宗教を否定する、いわゆる無神論的実存主義を信奉するようになった。
勢い余ってキリスト教会に乗り込み、宣教師と議論するだけでなく、
いかに宗教が間違っているかを「説教」したのを、今となっては
懐かしく思い出している。

あれから半世紀近く経つが、「人間の存在を超越した創造主」
とは直接出会っていないものの、その存在を肯定的に捉えている。
したがって、真の宗教は人間が議論で規定するものではなく、
「人間の存在を超越した創造主」が受け容れる宗教・宗派こそが
真の宗教であり宗派なのだろうと考えている。

どんな人間にも、一生の間には間違った言動や罪深い行いがある。
しかし、反省して自己向上を目指して努力している人に対し、
いつまでも過去の言動を責め立てるのは正当なことだろうか。

真の宗教の根底には、自分に敵対する人をも赦す寛容さ、
他者のために、時間と労力を惜しまない犠牲の精神、
さらには、必要とされれば自分の命をも差し出すほどの
「信仰心」など、ある種の厳しさが求められるのだとも思う。

キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、ヒンズー教、仏教など
異なる発生史を有する宗教があるが、
一生涯をかけても、一つの宗教すら究めきることは困難だろう。
なぜそのように思えるのだろうか。

宗教的観点では、知識が豊富にあることが、人間の完成ではない。
知識や教えを実生活で応用し、実践しなければ意味をなさない。
自分に敵対し、憎悪する相手を避けたり罵倒することなら
誰にでもできる。
しかしそのような相手に対しても、寛容さ、慈悲の気持ちを持ち、
赦し受け容れるとなると、単なる知識を遙かに超越した、
自制心が必要であり、しかも一朝一夕では身につかない特質なので、
長い年月をかけて自分を研磨する必要がある。
しかし不思議なもので、もしかしたら最初のうちは
苦痛に思えるかもしれないが、ある時期を境に、気がついたら
自分自身の心の中に平安と癒やしを感じるようになる。

私はキリスト教についてしか勉強していないが、
そのキリスト教の根底には、主イエス・キリストの購い(あがない)
もしくは贖罪(しょくざい)という教えがある。
自らの命を、人類のために捧げ、人間の罪を一身に引き受けることで、
人間には悔い改めを条件に、赦しが与えられる。
この場合の赦しとは、恩着せがましく「赦してやる」
というのではなく、文字通りその人の罪を忘れてくださる、
という意味である。

キリスト教の神と、ユダヤ教の神と、イスラム教の神が
それぞれ地上に降りてきて、
「我こそが神である」
といって、互いにいい争う姿を想像できるだろうか。

神が存在するとすれば、神はただ一人だろう。
かなり以前、脳出血で倒れた中東専門の大学の先生の
論文の校正を、知人から間接的に頼まれた。
その論文では、サミュエル・ハンチントンの著作
「文明の衝突」が紹介されており、これからの時代は
宗教的な対立が深刻化すると、予測していた。
また、イスラム教のマホメッドの言葉として、
「われわれのアッラーの神と、キリスト教の神は
もしかしたら同一人物かもしれない」
といったという記述内容も記憶している。

宗教のみならず、政治の世界でも自己の正当性を主張し、
相手を非難・否定する風潮が高まっている。
もちろん、論理的あるいは歴史的検証など、論理的で
理性的かつ建設的な議論は歓迎したいと思う。
しかし、個の人間の存在を大切に考えるという思想は、
左右いずれの側の人たちにも、見失って欲しくない要素だ。

長くなってしまったが、真善美を求め、あるいは
「真の宗教」を必要とする方のために、私の独善的な考えだが、
いくつか提言させていただきたい。

1.万物の創造主が存在するか、あるいはしないかのどちらかである。

2.人間が創設した宗教団体で、創設者に対する崇拝・傾倒を
 勧める宗教は要注意である。

3.宗教団体が特定の政党・政治家・法案に対して支持や反対を
 求める宗教団体は、要注意である。

4.集団に帰属することで守られ、あるいは便宜を図ってくれる
 という安心感と、信仰心とは区別すべきである。
 真の宗教は、しばしば孤立を恐れず信念を貫くことを求める。

本当に長い文章になってしまった。
しかし、これは約半世紀にわたって試行錯誤を繰り返し、
あれこれ失敗しながら考えてきた、私の個人的な見解である。
たびたび指摘しているが、最優先すべき国家安全と並行し、
最も大切なのは、国家の最小構成単位である人間個人と家族である。
個人と家族が、平和で安全な、そして充実した人生を目指し、
判断力と洞察力を適切に育んでいけば、
国家そのものも、健全で永続性の高い資質を有するようになる。

いつになく、演説調の真面目な文章を書いてしまった。
聖書研究者によれば、イエスの生誕は12月ではなく4月だという。
誕生日がいつであれ、果たして死から復活したイエスが
救世主すなわちキリストとして、地上に再降臨されるのか、
そして福千年という特別な時期を迎えるかどうか、私自身も
引き続き興味を持って注視したいと思っている。

長い駄文をお読みくださり、お礼申し上げる。


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by hirune-neko | 2016-12-25 19:04 | 心の中のできごと | Comments(5)

まるでパソコンにからかわれているようだ


Mama's Memories! Ute Lemper Sings "All That Jazz”

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ちょっと仕事の話題になってしまうが、
MAC OSでカタカナ変換するには、F7キーを使う。
OSによって異なるはずだが、最新のOS10.12.2をインストール
したため、最初は変換方法が分からずアップルケアに電話して
教えてもらった。
メール、テキストエディット、エヴァーノート、そして
最も頻繁に使用する製作ソフトのクォークエキスプレス、
そのどれでも、F7キーで一発、カタカナ変換ができていた。
それは昨日までの話だ。

ところが今日、突然、クォークで変換できなくなってしまった。
他のアプリケーションでは大丈夫なのに、原因不明で
クォークでの変換だけができなくなってしまった。
あれこれ当てずっぽうで試し「コントロール・K」で
変換できることが分かったので、馴れれば仕事に支障はない。
アップルサポートに電話しても、当たり前だが原因不明。
去年まではクォークジャパンが東京にあったので
すぐに電話で相談できたが、すでに閉鎖されてしまい
英国が本部になっている。
時差を考えてスカイプで電話しようと思ったが、
とうとう電話番号を見つけられなかった。

まだ使い始めて数ヶ月なので、このiMacの性格がいいかどうか
ちゃんと判断できていない。
まさか、人間をからかって喜ぶような性格ではないだろう、
とは思うが、大量生産の器械であっても、
大真面目で、個々に性格が異なるような気がしている。

先日、見慣れないCDが出てきた、ということで
Ute Lemperの歌を数曲紹介した。
ピアソラの作品も歌っているが、相性が悪いと書いた。
しかしどういうわけか、彼女のことが気になり、
今日改めて調べてみた。
別に暇だったからではなく、パソコンにからかわれてしまい、
ふてくされて、しばし仕事を離れたくなったからだ。

Ute Lemperは、シャンソン歌手だと思い、したがって
フランス人だと思い込んだので、ユテ・ランペールだなんて
フランス語読みをしてしまったが、ドイツ人だった。
ウテ・レンパーが、ドイツ語読みだそうだ。
ということは、推薦者は故・福岡貞夫さんではなく
もしかしたら音楽通のcausalさんだったのかもしれない。

わずか数曲しか動画を観なかったが、個性的なキャラクターに
興味が残り、Wikipediaで調べてみた。
好奇心がいつまでも退化せず、困ったものだ。

【以下はWikipediaからの抜粋】
 ケルンのダンス・アカデミー、ウィーンのマックス・ラインハルト演劇学校を卒業。ミュージカルでその名を知られるようになり、『キャッツ』ウィーン公演、『ピーターパン』ウィーン公演の主役、『嘆きの天使』のローラ役などで頭角を現した。また、『キャバレー』のパリ公演ではサリー・ボウルズ役、『シカゴ』のロンドン公演ではヴェルマ・ケリーを演じた。
 (以上、罰す有為終わり)

へえ、ダンサーだったんだ。演劇学校も出ている。
どんなダンサーだったのだろう。バレエダンサーだったのだろうか?
そこで「Ute Lemper dance」で検索した中から選んだのが
冒頭の「シカゴ」の1シーンだ。

笑わないで読んでいただきたいが、結婚後の20代の後半、
近所のバレエスタジオに通い、近所のおばさまたちに混じって
クレシック・バレエの基礎を学んだ。
当時はビデオで、著名なバレエダンサーの踊りを
かなり観たので、目は肥えている方だと思う。
その「肥えた目」で観ても、Ute Lemperの動きは
なかなかのものだ。

ドイツ語、フランス語、英語で歌い踊るなかなかの
エンターテイナーだということが分かった。
これで謎が解けたので、やっとすっきりした次第だ。

改めてこの「シカゴ」のダンスシーンを観てみると、
しなやかで、なおやかでクネクネの動きで、
幅広い役柄をこなせる多才な舞台人だと再評価した。
隣国のクネクネ大統領も、これぐらい器用に上手に立ち振る舞い、
難局を乗り切れないものだろうかと、他人事ながら案じている。
韓国の代々ほとんどの大統領は、悲劇的な最後を迎えているようだ。
そこが法治国家と人治国家の根底的な違いなのではないだろうか。

話は戻るが、もしUte Lemperが来日して、
かの有名な「PPAP」を歌い、踊っても、あるいは
「逃げ勝ち」のダンスシーンを踊っても、ピコ太郎や
ガッキーにはない、芸術的で風格のあるパフォーマンスに
なるのではないだろうか。
個人的には、是非実現して欲しいと思ってしまった。
Ute Lemperの「PPAP」がどんな感じになるのか、
一度観てみたいと、本気で思っている。


PPAP Pen Pineapple Apple Pen by Piko-Taro ピコ太郎


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by hirune-neko | 2016-12-24 23:31 | 音楽・映画・本の世界 | Comments(4)

創作短編「クリスマス・イヴの夜の不思議な夢」


Kathleen Battle - Pie Jesu - Requiem - Gabriel Fauré

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アメリカ・サンフランシスコ。
コンドミニアムの窓から、ゴールデン・ゲイト・ブリッジを
遠く眺望することができる。

ニューヨーク・フィルハーモニーを定年退職したとき、
日本に帰国することも選択肢としてはあったのだが、
数十年を暮らしたアメリカのライフスタイルが染みこんでしまい、
日本に帰って生活することは、すでに億劫になっていた。
しかし、自分にとっては人生の大きな転機なので、
思い切って気分転換を兼ね、東海岸から西海岸に転居し、
そこで女一人の余生を送ることにした。

ロス・アンゼルス、ポートランドなど何カ所か候補地はあったが
最終的に、ここサン・フランシスコを選んだ。
ずっと以前、オーケストラの演奏旅行で訪れたとき、
ゴールデン・ゲイト・ブリッジと周辺の公園が
とても印象的だったからだ。
住んでみると、東海岸に較べ近所の人たちは皆オープンで、
やはりサン・フランシスコにして良かったと思う。

ニューヨーク・フィルの年金があるので、生活には困らなかった。
しかし、一人きりの老後を考えると、介護棟を併設してる
コンドミニアムがあるというので、ここに決めた。

定年後、早いもので15年が過ぎ去ろうとしている。
新しい曲に取り組む苦しさも、演奏旅行の刺激に満ちた
緊張や仲間との歓談からも、すっかり遠ざかってしまった。

東京での若い頃の私の演奏が、ニューヨーク・フィルの
プロデューサーの目に留まり、あっというまに入団が決まった。
当時の私にとっては、夢のようなお話だった。
父親のいない小さな娘を両親に預け、渡米することにも
躊躇の気持ちを感じなかった。
せめて1年は、という考えだったが、自分の才能と可能性を
究めたいという気持ちが強く、結局はずるずると
定年まで在籍することになってしまった。

日系の団員は数人いたが、純粋の日本人演奏家は私だけだった。
ヴァイオリン奏者として、どこまで通用するか。
日々、演奏との格闘だったため、徐々に視界から
消えてしまっていた他のことを、人生の晩年で思い起こしている。

両親からは、娘の誕生日や入学式など、折に触れて
写真が送られてきたので、外見上の成長は把握していた。
自分を日本に残し、渡米したまま帰らない母親を、
娘はどのように受け止めていただろうか。
決して赦してくれてはいないと思う。
ある種の野心で、たった一人の娘に犠牲を強いてしまった。
時折、悔悟の気持ちに苛まれることがあったが、
連日、音楽と格闘する演奏家に戻ってしまうと、
いつの間にか、そんな気持ちはどこかに消え去ってしまった。

定期的に診察に来てくれる医師から、
心電図に問題があると告げられたのは、数ヶ月前だった。
急に激しい運動をしないよう、またアルコール類を控えるよう
注意を受けた。
考えてみたら外出などせず、いつも窓から飽きもせず
ゴールデン・ゲイト・ブリッジを眺めていた。
極度の運動不足で、健康にいいわけがない。

それ以来、自分の人生で初めて、余生がどれぐらい
残されているかを意識するようになった。
と同時に、自分の人生で何かやり残していることはないだろうか、
と自問するようになった。

両親はすでに他界している。
奔放でわがままな娘だと、私の生き方に、半ば呆れていただろう。
娘はすでに結婚し、3人の子どもを育てている。
日に日に娘のことが頭の中を占めることが多くなった。
母親として何もしてやることができなかった。
産み落としてそのまま放置したようなもので、
動物以下ではないか、と非難されても抗弁はできない。
娘が家庭を持ち、家族とともに平穏に暮らしている、
と知ることができて、自分の罪悪感が少しは鎮まったように思う。

しかし、日に日に娘のことを考える時間が長くなった。
もしかしたら、娘は人間不信の気持ちを心深くに刻まれて
しまっているのではないだろうか。
子どもの頃の孤独感が、今でも影を落としているのではないだろうか。

ある日私は意を決し、娘に対する私の正直な気持ちを書き、
手紙で送ることにした。
数時間ではとても書けるものではなかった。
途中で、あまりにも弁解じみていると感じ、破り捨てて書き直した。
結局、10日がかりで分厚い手紙を書き終えた。
航空便で送ってから、すでに1ヶ月近く経ったが、返信はない。
でも、娘へ詫びる気持ちと、自分の人生を振り返っての
悔悟の気持ちを・・・つまり、演奏家の道を一時的に中断しても
自分が産んだ娘を自分の手で、育てるべきだったという
悔悟の気持ちを伝えられたので、重く沈殿していた罪悪感は
かなり軽くなったと感じている。

12月も中旬を過ぎ、地元の教会の聖歌隊がキャロリングに
訪問してくれた。
演奏家としてではなく、一聴衆として音楽を鑑賞した。
地元の小学校の生徒が小さなクリスマスツリーを作り、
私の部屋にも持ってきてくれた。
今年のクリスマスは、いつもと違う神聖で特別な気持ちで
迎えることができた。

症状が軽度なので薬は処方されなかったのだろうが、
ここ数日、少し息苦しい日が続いている。
人生の残された時間が頭をよぎる。
しかし、私が息絶えたとしても、施設や市役所の職員が
事務的に埋葬を済ませ、身の回りのものを処分してくれるだろう。
アメリカには親類縁者もいないし、かつてのオーケストラ仲間とも
疎遠になってしまっている。
誰も私の死を知る人は存在しない。

そう考えると、苦しまずに眠るように息を引き取ることができれば
平安な人生の終末だ、と考えられるようになっていた。

今日はとうとうクリスマス・イヴになってしまった。
テーブルの上に飾られた小さなクリスマスツリーを眺めながら、
いつの間にか眠りについていた。
部屋の中も外も、静けさに包まれていた。

ふと目が覚めると、何やら異変を感じた。
部屋の天井近くから、私は自分自身の寝姿を見下ろしている。
一体何が起こったのだろうか。
状況が飲み込めず、呆然としていたとき、
ドアが開いて明かりが点けられた。
落ち着いた雰囲気の、母親らしい女性が
十代の3人の女の子を連れて、部屋に入ってきた。
日本人のようだ。

良くみると、写真でしか見たことのない我が娘だった。
娘たちは私のベッドを囲み、娘は3人の女の子に声をかけた。

「お前たちのおばあちゃんよ。ヴァイオリン奏者だったの」

3人の女の子たちは何もいわず、ただ黙って私の寝姿を見ていた。
突然、娘が嗚咽を漏らした。
こらえきれず、私の身体の上に身を預け、
「お母さん、会いたかった・・・」
そういうと、娘は声を上げて泣き出した。

目の前の光景が夢なのか、あるいは私の訃報を知らされ
はるばる日本からやってきてくれたのか、
私には判然としなかった。

しかし、永年にわたって抱き続けてきた悔悟の念や罪悪感からは
解放され、神聖で平安な気持ちを感じることができた。
ずいぶん前に演奏した、フォーレのレクイエムが
静かに流れていた。

【創作メモ】
知人女性がモチーフです。もちろん、設定は全然違いますが、
遠く異国の地で一人で暮らしているであろう彼女のことが思い浮かび、
短編作品の主人公として登場してもらいました。
音楽はいろいろ迷いましたが、フォーレのレクイエムの、
この楽章が一番合っているように思います。
恥ずかしながら、書きながら私自身が落涙してしまいました。
笑い話のような私の情景になってしまいましたが、
この短編は、その知人女性に献呈したいと思います。

ついでながら、創作作品は書こうと思ってもなかなか書けません。
あるモチーフがイメージを伴って脳内に浮かぶと、
そのイメージを文章化するだけなので、苦になりません。
最近は遅延案件に苦しめられていましたが、
明日はクリスマス・イヴですので、自分自身の思い出として
残したいと思い、手がけた次第です。


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by hirune-neko | 2016-12-24 00:19 | 創作への道 | Comments(2)

食への不信が募ってしまった


Something for You, Eliane Elias sings & plays Bill Evans 02, Here Is Something for You Bill Evans Lyrics by Eliane Elias

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なるべく、国内の農家の方が作った作物を食べるようにしている。
ましてや、知人が作ったリンゴ、柿、米などは安心して
食べることができるので助かる。

近所のテイクアウトのお寿司屋さんで、手巻き寿司を
買うことがある。
お寿司以外にも、いろいろな食品を置いている。
先週、そこで小さなイワシを加工したのを初めて買った。
美味しかったので、次に行ったときも買ったが、
ついでに一緒に並べられていたワカメの加工品も買った。
少し試食したら、パリパリして美味しかったのだが、
パッケージの底に貼ってある、説明シールを確認してみた。
すると原産国名が書いていない。

販売会社の電話番号を調べ、原産国を尋ねたら、
折り返し電話するということになった。

しばらくして電話がかかってきた。
イワシはタイ、インドネシア、ベトナム産だそうだ。
ワカメは中国産だという。
相手は電話の先で「大丈夫でしょうか?」と訊いた。
「はい、どうもありがとう」と答えて電話を切った。
イワシもワカメも同じ会社が販売しているので、
万が一を考え、両方ともくずかごへ直行となった。

中国産のイワシを、他国産と偽装していないとは限らない。
それに、万一だが日本と中国の関係が険悪になり、
交戦状態が予測される状況になったなら、
日本に輸出している食品に、健康被害を発症させる
遅効性の物質を混入することぐらいは、当然考えるだろう。
したがって、農産物はなるべく知人あるいは知人の知人から
購入するよう心がけている。

「みるとす」は、緊急事態に備えて食料、飲料水、日用品を
備蓄するよう、今後も継続的に勧めるつもりだ。
自然災害であれ有事であれ、流通手段が破綻することは、
かなりの可能性で発生するだろう。
72時間で復旧するなどという説明を、私は信用していない。
旧知の人間が、東日本大震災のとき仙台に住んでいた。
その後、被災の経験から学んだ助言を、一冊の本にまとめ
出版しているが、これも積ん読状態でちゃんと読んでいない。
電気。ガス。水道などのインフラが復旧するのに
かなりの日数がかかったといっていた。

交戦相手国に対して、敵国はどのような手段に出るか。
「スリーパー」という言葉がある。
敵国に民間人として居住し、普通に仕事をして
地域社会にも溶け込んでいる。
いざ交戦状態になったときには、母国の指令によって
長い眠りから目覚めて、敵対行動を開始する。
文字通り何十年も、寝たふりの「スリーパー」のこともある。

「アンダーカバー」という言葉もある。
たとえば捜査員が身分を隠して犯罪組織に潜入し、捜査する
という意味で使われることもある。
一方、大学の先生など誰もが安心する身分を得て、
実際には機密を知る個人や組織に接近し、情報を得たり、
工作活動を行うスパイも存在する。

「便衣兵(べんいへい)」という言葉がある。
軍人であるにも拘わらず、敵国で民間人の格好をして油断させ、
敵対行動に出る人間の総称だ。
国際法によれば、便衣兵は国際法違反であり、捕虜になっても
裁判を受けて処刑されるそうだ。

おそらく私は、長年にわたり、一般の人に較べると、
戦争映画、刑事・警察映画、スパイ映画などを
かなり観ていると方だと思う。
読書傾向も、ブライアン・フリーマントルや
ジョン・ル・カレなどのスパイ小説作家を好んでいる。
したがって、大変残念なことだが、できるだけあらゆる
可能性を想定して、相手の人間を「疑いの目」で見てしまう。
外国人なら、まずは他国のスパイか工作員である可能性を
嗅ぎつけようと、注意深く表情や言動を見てしまう。

そんな風に常に神経を張り詰め、緊張した視点から
社会や他の人間を冷静・客観的にに見ようとすること自体は、
人間である私個人にとっては、不幸な資質なのかもしれない。
あっ、正確にいうと時々はネコの存在でもある。
しかし、日常生活での油断や慢心は、非常時には致命的な
ダメージにつながってしまうだろうと判断している。

ファミリー・インテリジェンスという手法も、人間としての
形而上的な生き方を追求する、という理念が根底にあるものの、、
現実社会の非情さ、冷酷さがどうしても視野に入ってしまい、
国家インテリジェンスと並行して、個人や家族のための
安全、平和・平安、健康被害の回避を主目的とする発想を
少しでも多くの皆さんに、知っていただきたいと思っている。

必然的に、日本を敵視している国家、とくに特亜三国といわれる
国の出身者や関連企業、団体には警戒心を怠らないようにしている。
それを安易に「ヘイト」とか「差別」だとか声高に非難する
人たちが存在するが、誰でも自分の国や家族を守ろうとするのは
当然の義務であり、権利でもある。
もちろん、表現方法には注意を払い、個人の人格を尊重すべきだと
思っているので、その意味では配慮が必要だと考えている。
しかし冷静に考えると、「ヘイト」とか「差別」の領域を
恣意的に拡大し、表現や出版の自由を押さえ込もうとするのは、
明らかに他国からのプロパガンダ活動への荷担であり、
これぞ工作活動の最たるものではないだろうか。
一時、人権擁護法案とそれに関連して、人権擁護委員会なる
設立が話題になったことがある。もしかしたら、
捜査権や逮捕権などを持つ委員に、国籍条項がなかった。
つまり、特亜三国が委員会を実効支配するなら、
敵対する危険人物をでっち上げ容疑で、どうにでもできる
危険性が、理論的には存在した。

多くの日本人は、戦後の歴史を通し、合法的に支配下に置かれ、
実質的な属国化にされるか、あるいは武力による支配を見込んだ
種々の工作活動を視野に入れずにきたのではないだろうか。
近年、その隠匿されてきた危険性を指摘する、勇気あるブロガーが
徐々に増えてきて、何も知らされていなかった一般国民を
啓蒙するようになってきた。
もちろん、かくいう私も啓蒙された一人である。

以前も書いた記憶があるが、日本は今、分水嶺にさしかかっている。
そのように思えてならない。
象徴的には、民間レベルで日本の病巣を法的に告発する動きが
急激に拡大してきている。
長年にわたって築かれてきた既得権を、そう簡単には
放逐することは困難だと思っている。
しかし、希有な動きになっているのは間違いないだろう。

引き続き、私は私らしい方法で、さらには私にできる範囲で、
なんらかの新しい手法を提案し続けたいと願っている。


いつもクリックしてくださり有難うございます。とても励みになっています。
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by hirune-neko | 2016-12-23 01:12 | インテリジェンス | Comments(0)



妄想から始まり、脳内人格を与えられた不思議な存在
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昼寝ネコのプロフィール
・1951年
 小さいころ、雨ざらしで目ヤニだらけの捨てネコを拾ってきては、親から小言をいわれる。小学校低学年の音楽と図工は通信簿が「2」。中学からバスケを始めるも、高校2年で部活を止め、ジャズ喫茶通いが日課となる。授業が退屈でがまんできず、短編小説を書いては授業中のクラスで強制的に回覧させ、同級生の晩学を妨げることしばしば。早く卒業してほしいと、とくに物理の先生が嘆いていたようだ。ビル・エバンス、チャーリー・パーカー、ジョン・コルトレーンに心酔。受験勉強をすっかり怠り、頭の中は浸水状態。

・1969年 
 中央大学経済学部入学
 まぐれで合格するも、東大安田闘争・70年安保闘争などの影響で神田界隈はマヒ状態。連日機動隊がやってきて大学はロックアウト・封鎖の繰り返し。すっかり希望を失い、大いなる時間の浪費が始まる。記憶に残っているのは、ジャズを聴いたこと、大学ノートに何やら書きなぐったこと、ぼーっと考えごとをすること。数限りなく、雑多なアルバイトをやったこと。一応は無難にこなした・・・はずだ。いろいろ本を買いあさったが「積ん読状態」で、ただ、アルベール・カミュの作品には衝撃を受ける。それと、寮生活だったので、嫌いだった納豆を食べられるようになったのは、収穫だった。

・1974年 
 同大学卒業
 1年留年し、5年かけてなんとか卒業。理由は単位を落としたからだが、結局5年間の学生生活で授業に出席したのは、おそらく数十日ではなかったろうか。毎回レポート試験で単位をいただいたが、ほとんどは寮生仲間に「餃子ライス」を報酬に、作成を代行してもらった。今さら卒業証書を返還せよといわれても、もう時効だろう。白門同窓生の恥部であることは、重々自覚している。
     
・2006年 
 現在に至る
 プロポーズしたら1週間待ってくれという。そんなに待てないといったら、翌日ハート型のケーキを焼いて待っていてくれた。世の中には奇特な女性がいるものだ。おまけに4人も子どもを産み育ててくれて・・・育児放棄の夫に寛大な女性で・・・おまけに子どもたちは・・・三人の息子と息子のような娘が一人なのだが・・・父親を反面教師として、なんとか実社会に順応している。大したものだ。わが家には、「親の七光り」など存在せず、「子の七光り」で恩恵をいただいているようなものだ。

・2010年 宇宙の旅
 人生も、それなりに辛抱して生きていれば、悪いことばかりではないなと思っている。2010年には、どこで何をしていることやら。宇宙のチリになっているのか、地中に埋もれているのか、はたまた相変わらず時間を見つけては昼寝三昧なのか、こればかりは全く予測がつかない。

・現在
 このブログを始めた頃、2010年なんてずっと未来の存在だった。でも、気がついてみたら2010年はすでに過去のできごとになってしまった。2013年になり、もうじき2014年になろうとしているこの時期に、改めてブログに書き残された何編もの雑文が、自分の心の軌跡という遺産になっていることを感じている。6年前に「昼寝ネコの雑記帳」という単行本を出版した。最近は「続・昼寝ネコの雑記帳~創作短編集」を発刊しようと、密かに機会を窺っている。
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